永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(27)

2008年04月22日 | Weblog
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【末摘花】の巻 (2)

 源氏は朱雀院行幸の準備に忙がしく、末摘花へは絶えたままでしたが、
「御いとまなきやうにて、切に思す所ばかりにこそ、ぬすまはれ給へ、かのわたりには、いとおぼつかなくて、秋暮れはてぬ」
――源氏は暇がないようでいて、とくに打ちこんでおられるところへは、ぬけ出して行かれることはあっても、かの末摘花の所へは足が向かず、この年の秋も暮れたのでした――

 この頃の源氏は「かの紫のゆかり尋ねとり給ひては、そのうつくしみに心いり給ひて、六條わたりだに、かれまさり給ふめれば、まして荒れたる宿は、あはれに思しおこたらずながら、もの憂きぞ理なかりける」
――かの藤壺にご縁のある若紫をさらって来られてからは、その可愛らしさに心がいっぱいで、六條御息所へさえも絶え絶えなのに、まして荒れ果てた末摘花の所へは、可愛そうだとは思いながらも、億劫なのはどうしようもないことでした。――

 源氏はさすがに末摘花への仕打ちをこころ苦しく思い、また気を取り直して、
「またうち返し見まさりするやうもありかし、手探りのたどたどしきに、あやしう心得ぬこともあるにや、見てしがな、」
――またよく見ると、うって変わって良いところが見つかるかも知れない。今までは手探りではっきりしないので、良く分からぬのかも知れない。今度ははっきり見たいものだ――

 雪の降る夜に出かけます。
末摘花の荒れたままのお屋敷の中をのぞくと、こんな具合でした。
「几帳など、いたく損なはれたるものから、年経にける立処かはらず、……御台、秘色やうの唐土(もろこし)のものなれど、人わろきに、……隅の間ばかりにぞ、いと寒げなる女房、白き衣のいひしらず煤けたるに、きたなげなる褶(しびら=下級の女房が着用する、衣服の上から腰につける簡略な裳)、引き結いつけたる腰つき、かたくなしげなり。」
――几帳など、ひどく傷んではいるものの、長年のしきたりどおりに立てた場所は昔のままで、……食卓の器は、青磁らしい舶来品だが、体裁悪いまま……隅の間には、ひどく寒そうにしている女房が、白い衣とはいえ煤けたようなのに、汚らしい褶を腰に巻き付けていてみっともない状態でいます――

 女房のひとりがつぶやくように、
「あはれ。さも寒き年かな。命長ければ、かかる世にも逢ふべきものなりけり」
――ああ、なんて寒いこの年でしょう。長生きするとこんな惨めな目にも遭うものだこと――
 またの女房「故宮おはしましし世を、などて辛しと思ひけむ。かく頼みなくても過ぐるものなりけり」
――宮様がおいでの頃はどうしてこんなに辛いのか、などとも思ったこともありました。このように心細くても暮らせば暮らせるものなのに――

 かつて常陸太守の任にあった親王(父)が亡くなって、頼り所の男君の居ない、このような姫君の行く末は、ひとつの例ですが、惨憺たるものでした。

◆几帳=平安時代、室内に立てて隔てとした道具。土居(台)の上に柱を2本立て、上に横木をつけて帷子(かたびら=垂れぎぬをかけたもの。夏は生絹(すずし)・綾織り、冬は練り絹を用い、花鳥などをえがいた。柱の高さにより、三尺(約91㎝)と4尺(約121㎝)のものがあったが、三尺が普通)。
ではまた。