<イタリアの五つ星運動>
英国のEU離脱は、欧州の分裂の兆候であろうと思う。これまでの世界はグローバリエーションが拡張し続ける大潮流であった。しかし地球上の大きなトレンドは反転しつつある。統合から分裂に向かっているのではないだろうか。
ヨーロッパでは英国以外にもEUを離脱する国が続く可能性がある。また各国内ではスコットランドやスペインのバスクやカタルーニャなど、独立を求める機運も強くなっている。
イタリアでは新興「五つ星運動」(略:五つ星)が、レンツィ首相率いる民主党を抜き、世論調査では支持率首位に躍り出た。本年10月には同国では国民投票が実施される。憲法改正を問う投票だが、現首相の信認も決定する。イタリアでは「五つ星」の躍進から、「10月危機」が来襲する危惧がある。英国に続いて伊国でも脱EUの激流が渦巻こうとしている。
日本ではなじみの薄い「五つ星運動」(MoVumento 5 stelle、略M5s)。一体どのような政党なのか。6月の統一地方選で選ばれた新首長たちをまずみてみよう。有権者は腐敗した政治プロではなく、常識を持った「素人」の女性候補たちを選んだ。「未経験の素人」と対立候補から攻撃され続けた新人の彼女たちは圧勝した。(月刊「選択」8月号)
まず工業都市トリノのキアラ・アッペンディーノ市長。32歳の彼女は、環境運動を経て五つ星に加わり、過去20年間ベジタリアンを通している。新市長選の宣言は「ベジタリアン都市作り」。
トリノがあるピエモンテ州は肉料理と赤ワインが名物なだけに、新方針には抗議が殺到しているが、市長は「まず小中学校に菜食教育の講座を作る。健康と環境にいい」と動じていない。
ローマのヴィルジニア・ラッジ新市長は37歳。夫とは別居中の彼女は、郊外で7歳の息子とふたりで暮らしている。五つ星のラッジは選挙前、ニューヨークタイムズのインタヴューに対し「子どもたちのために世界を変えたいと願う、母親たちのために頑張りたい」と語った。選挙戦では、汚職撲滅や行政サービス向上を訴えた。
ラッジ市長は「市民の声に耳を傾ける」ことを第一に掲げた。この後は「機能する信号機の整備」「資格がないのに、身体障碍者用スペースに駐車したひとへの罰金」など、市内交通改善に関する細かな施策が並ぶ。ローマ在住の邦人記者は「外から見ると『なに、これ?』と笑うでしょうが、ここローマでは最低限のモラルから始めないと」
ローマでは中道左派のイニャツィオ・マリーノ前市長(61歳)が昨年10月、市のクレジットカードで私的な夕食やワインの代金を支払っていた公費使い込み疑惑で辞任した。特別担当官が任命され、ラッジの就任まで公選市長不在の異常事態が約半年間も続いていた。(毎日新聞6月21日)
新党「五つ星運動」の創設者、ベッペ・グリッロは人気コメディアン。M5sは、グリッロとITエキスパート、故ジャンロベルト・カサレッジオ(16年4月病死)の協力で生まれた。ネット市民政治活動から発展した政党である。2013年のイタリア総選挙では、予想に反して下院630議席の109議席、上院315議席の54議席という驚異的な数の議席を獲得し、現在のイタリアの国政において、PD(与党民主党)に次ぐ第2勢力となっている。同党議員団の指導者で下院副議長のルイジ・ディ=マイオ(30歳)は、大学中退後にインターネットの仕事をしていた青年である。
かつて欧州各紙だけではなく、ワシントン・ポスト、フィナンシャル・タイムスをはじめとするインターナショナルな主要新聞がM5sに注目し、ポピュリズムの危険性をも含め書きたてたので、いまや世界でも有名なイタリアの市民、つまり政治の素人たちが形成する政党となった。
M5sの出発点はそもそも2005年にベッペ・グリッロがはじめたブログに遡る。過激な暴露記事や、世界のリアリティを歯に衣を着せることなく書いた。そのグリッロのブログそのものが、よりよい世界の構築のために意見を述べ合い、テーマを議論、提案する『Social network Meet up(ソーシャル・ネットワーク・ミートアップ)』という発想で発展。短期間に直接民主主義を旨とするヴァーチャル市民政治活動にまで育ち、政党を立ち上げるに至った。右も左もなく、政治思想とはまったく無縁、伝統的な政党色を排除し、現在でもイタリア国内の既存の大政党と連合することを完全に拒否している。政治戦略、各選挙の候補者を含め、あらゆる事項をネット上でM5sの支持者の投票により決定する、という特殊な形態を持つ。いわばヴァーチャル民主主義とも呼べるポピュリズムを核としている。基本的に物理的な本部を持たず、M5sの支持者それぞれがネット上で交流するヴァーチャル・コミュニティにより政党が維持されている。名称の五つ星は、水、環境、交通、発展、エネルギーをシンボライズしている。
「Meet up」から発展したヴァーチャル政党が2011年のイタリア地方選で、それまでまったく政治経験がなかった普通の市民たちを候補に擁立し、多くの議席を獲得。ネットから飛び出して現実の政治活動を始動することになった。ここで一気にイタリア国内の注目を集め、2012年にはグリッロ、カサレッジオがM5sを『政党』として登録。翌年のイタリア総選挙の結果は前述したように大勝。イタリアの大きな政治勢力のひとつとして確固とした地位を獲得した。
ポピュリズム、民主主義、合法性、アンビエンタリズム(交通網の整備と環境保全)、非競争主義、アンチマテリアリズム(反物質主義)、非ユーロ主義(ユーロ離脱を主張)、非政党主義(腐敗した伝統的政党の否定)と、『アンチシステム』、『アンチキャピタリズム』を掲げるこのM5sは、ベッペ・グリッロのユーロ離脱や移民排斥などの度重なる過激な発言で、さんざんメディアに叩かれ、時にはファシストだのフォークロアとまで呼ばれている。しかし一方、国政に市政に、普通の市民から躍り出た議員たちのなかには、例えばアレッサンドロ・ディ・バッティスタやロベルト・フィーコなど、短期間にめきめきと政治力を発揮しはじめたスターも生まれている。
カサレッジオがベッペ・グリッロの知名度とともに仕掛けたM5sのネット世代の若者たちへのメッセージの浸透力、いわゆるデジタル・ストラテジーの見事さには目を見張る。「ベッペ・グリッロのブログは、めちゃくちゃ面白い」という話を大学生たちが話しているのを聞き始めたのは2008年ごろから。イタリアのネット世代の若者たちは、不正と嘘と不公平がはびこる社会、そして世界にすっかりうんざりしていた。しかしそれから数年の間に、そのブログが市政、国政の場に現実に議員を送り込む大政党に発展するとは考えもしなかった。ベッペ・グリッロ自身も急激なこの膨張を『ミッション・インポッシブル』と表現している。
2013年のイタリア総選挙でM5sが大躍進を遂げ、大量に議席を獲得した際、当時イタリアの大統領だったジョルジョ・ナポリターノが「これが民主主義というものだ。市民がM5sを選んだのだ」と発言した。市民の多数決で政治を作るのが民主主義というものなのだ、と国民の多くは改めて実感した。(ネット「Passione」16年6月22日)
<2016年9月19日>
英国のEU離脱は、欧州の分裂の兆候であろうと思う。これまでの世界はグローバリエーションが拡張し続ける大潮流であった。しかし地球上の大きなトレンドは反転しつつある。統合から分裂に向かっているのではないだろうか。
ヨーロッパでは英国以外にもEUを離脱する国が続く可能性がある。また各国内ではスコットランドやスペインのバスクやカタルーニャなど、独立を求める機運も強くなっている。
イタリアでは新興「五つ星運動」(略:五つ星)が、レンツィ首相率いる民主党を抜き、世論調査では支持率首位に躍り出た。本年10月には同国では国民投票が実施される。憲法改正を問う投票だが、現首相の信認も決定する。イタリアでは「五つ星」の躍進から、「10月危機」が来襲する危惧がある。英国に続いて伊国でも脱EUの激流が渦巻こうとしている。
日本ではなじみの薄い「五つ星運動」(MoVumento 5 stelle、略M5s)。一体どのような政党なのか。6月の統一地方選で選ばれた新首長たちをまずみてみよう。有権者は腐敗した政治プロではなく、常識を持った「素人」の女性候補たちを選んだ。「未経験の素人」と対立候補から攻撃され続けた新人の彼女たちは圧勝した。(月刊「選択」8月号)
まず工業都市トリノのキアラ・アッペンディーノ市長。32歳の彼女は、環境運動を経て五つ星に加わり、過去20年間ベジタリアンを通している。新市長選の宣言は「ベジタリアン都市作り」。
トリノがあるピエモンテ州は肉料理と赤ワインが名物なだけに、新方針には抗議が殺到しているが、市長は「まず小中学校に菜食教育の講座を作る。健康と環境にいい」と動じていない。
ローマのヴィルジニア・ラッジ新市長は37歳。夫とは別居中の彼女は、郊外で7歳の息子とふたりで暮らしている。五つ星のラッジは選挙前、ニューヨークタイムズのインタヴューに対し「子どもたちのために世界を変えたいと願う、母親たちのために頑張りたい」と語った。選挙戦では、汚職撲滅や行政サービス向上を訴えた。
ラッジ市長は「市民の声に耳を傾ける」ことを第一に掲げた。この後は「機能する信号機の整備」「資格がないのに、身体障碍者用スペースに駐車したひとへの罰金」など、市内交通改善に関する細かな施策が並ぶ。ローマ在住の邦人記者は「外から見ると『なに、これ?』と笑うでしょうが、ここローマでは最低限のモラルから始めないと」
ローマでは中道左派のイニャツィオ・マリーノ前市長(61歳)が昨年10月、市のクレジットカードで私的な夕食やワインの代金を支払っていた公費使い込み疑惑で辞任した。特別担当官が任命され、ラッジの就任まで公選市長不在の異常事態が約半年間も続いていた。(毎日新聞6月21日)
新党「五つ星運動」の創設者、ベッペ・グリッロは人気コメディアン。M5sは、グリッロとITエキスパート、故ジャンロベルト・カサレッジオ(16年4月病死)の協力で生まれた。ネット市民政治活動から発展した政党である。2013年のイタリア総選挙では、予想に反して下院630議席の109議席、上院315議席の54議席という驚異的な数の議席を獲得し、現在のイタリアの国政において、PD(与党民主党)に次ぐ第2勢力となっている。同党議員団の指導者で下院副議長のルイジ・ディ=マイオ(30歳)は、大学中退後にインターネットの仕事をしていた青年である。
かつて欧州各紙だけではなく、ワシントン・ポスト、フィナンシャル・タイムスをはじめとするインターナショナルな主要新聞がM5sに注目し、ポピュリズムの危険性をも含め書きたてたので、いまや世界でも有名なイタリアの市民、つまり政治の素人たちが形成する政党となった。
M5sの出発点はそもそも2005年にベッペ・グリッロがはじめたブログに遡る。過激な暴露記事や、世界のリアリティを歯に衣を着せることなく書いた。そのグリッロのブログそのものが、よりよい世界の構築のために意見を述べ合い、テーマを議論、提案する『Social network Meet up(ソーシャル・ネットワーク・ミートアップ)』という発想で発展。短期間に直接民主主義を旨とするヴァーチャル市民政治活動にまで育ち、政党を立ち上げるに至った。右も左もなく、政治思想とはまったく無縁、伝統的な政党色を排除し、現在でもイタリア国内の既存の大政党と連合することを完全に拒否している。政治戦略、各選挙の候補者を含め、あらゆる事項をネット上でM5sの支持者の投票により決定する、という特殊な形態を持つ。いわばヴァーチャル民主主義とも呼べるポピュリズムを核としている。基本的に物理的な本部を持たず、M5sの支持者それぞれがネット上で交流するヴァーチャル・コミュニティにより政党が維持されている。名称の五つ星は、水、環境、交通、発展、エネルギーをシンボライズしている。
「Meet up」から発展したヴァーチャル政党が2011年のイタリア地方選で、それまでまったく政治経験がなかった普通の市民たちを候補に擁立し、多くの議席を獲得。ネットから飛び出して現実の政治活動を始動することになった。ここで一気にイタリア国内の注目を集め、2012年にはグリッロ、カサレッジオがM5sを『政党』として登録。翌年のイタリア総選挙の結果は前述したように大勝。イタリアの大きな政治勢力のひとつとして確固とした地位を獲得した。
ポピュリズム、民主主義、合法性、アンビエンタリズム(交通網の整備と環境保全)、非競争主義、アンチマテリアリズム(反物質主義)、非ユーロ主義(ユーロ離脱を主張)、非政党主義(腐敗した伝統的政党の否定)と、『アンチシステム』、『アンチキャピタリズム』を掲げるこのM5sは、ベッペ・グリッロのユーロ離脱や移民排斥などの度重なる過激な発言で、さんざんメディアに叩かれ、時にはファシストだのフォークロアとまで呼ばれている。しかし一方、国政に市政に、普通の市民から躍り出た議員たちのなかには、例えばアレッサンドロ・ディ・バッティスタやロベルト・フィーコなど、短期間にめきめきと政治力を発揮しはじめたスターも生まれている。
カサレッジオがベッペ・グリッロの知名度とともに仕掛けたM5sのネット世代の若者たちへのメッセージの浸透力、いわゆるデジタル・ストラテジーの見事さには目を見張る。「ベッペ・グリッロのブログは、めちゃくちゃ面白い」という話を大学生たちが話しているのを聞き始めたのは2008年ごろから。イタリアのネット世代の若者たちは、不正と嘘と不公平がはびこる社会、そして世界にすっかりうんざりしていた。しかしそれから数年の間に、そのブログが市政、国政の場に現実に議員を送り込む大政党に発展するとは考えもしなかった。ベッペ・グリッロ自身も急激なこの膨張を『ミッション・インポッシブル』と表現している。
2013年のイタリア総選挙でM5sが大躍進を遂げ、大量に議席を獲得した際、当時イタリアの大統領だったジョルジョ・ナポリターノが「これが民主主義というものだ。市民がM5sを選んだのだ」と発言した。市民の多数決で政治を作るのが民主主義というものなのだ、と国民の多くは改めて実感した。(ネット「Passione」16年6月22日)
<2016年9月19日>
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