ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 岡田雅彦著 「放射能と健康被害」(日本評論社 2011年)

2013年12月31日 | 書評
放射線による健康被害の実態を科学的根拠に基づいて語る 第1回


 本書の刊行は2011年11月なので、3.11の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故を受けて急いで書かれたに違いない。確かにあの時は枝野官房長官が連日テレビの記者会見で、「直ちに影響を与えるものではない」といって福島県住民の不安を抑えるような発言を繰り返していた。むろん原発事故による放射線汚染は原爆被爆ではないので直接的影響ではないので、そういう意味では「直ちに影響を与えるものでない」ことは自明であるので官房長官の言は意味をなさない。しかし原発事故による低線量被ばくの長期的影響については大いに心配である。こういう発言は官僚的な詐欺的発言である。本書は医学的な本であるので、そういう政治的発言については詮索しないでおこう。しかし低線量被ばくの閾値問題とか累積的被ばく量(生涯線量)と発がんの関係こそが重大な関心事である。この観点で本書をまとめよう。戦後米国、フランス、英国、ソ連、中国(そして北朝鮮)の核実験は数えきれないほど行われ、隣国中国だけでも46回もの核実験が行われた。(地球破壊兵器である核保有国は国連安全保障理事会の常任理事国になれる。北朝鮮はそれを狙って核保有国=強国を目指しているのだろう。) したがって自然放射線量バックグラウンド値自体が上昇し、慢性的な放射線汚染状態であるといえる。チェルノブイリ原発事故の影響を調べる数々の調査団は、比較対象として自然状態が曖昧になり、純粋にチェルノブイリ事故の影響を抽出できないといわれた。チェルノブイリ原発事故から25年たってようやく健康被害と環境汚染に関する調査データーが続々発表されるようになった。放射線による健康被害は長い時間をかけないと見えてこない。「直ちに影響を与えるものでない」ことは自明なのである。だから安心できるわけでも、東電が免責されるわけでもないのである。筆者は放射線による健康被害の実態を科学的根拠エビデンスに基づいて、分かっていることから説き起こそうとした。医療あるいは健康診断に用いられている放射線であるエックス線も、原発事故と同じくらいに、あるいはそれ以上に危険なのである

 本書の構成は
第1章放射能の基礎知識、
第2章原発事故はなぜ起きるか、
第3章チェルノブイリ事故の真実、
第4章もっと危ないエックス線検査、
第5章 放射能のない社会をつくろうからなる。
第1章は放射線化学と放射線生物学の基礎を述べている。私も放射線生物学を学んだひとりで、コバルト60γ線で酵素活性の失活過程を研究していた。ですから第1章はあまりに初歩のことなのでスキップします。第2章は原発事故の起こる背景を書いています。事故発生以来今まで何十冊の東電事故関係の書物を紹介してきましたので次に代表的な書物を記します。
原発の技術面は 淵上正朗/笠原直人/畑村洋太郎著 「福島原発で何が起こったかー政府事故調技術解説」(日刊工業新聞B&Tブックス)
原発行政と事故の背景については 東京電力福島原発事故調査委員会著 「国会事故調 報告書」
を挙げてスキップします。そして第5章 放射能のない社会をつくろうでは原発は地球温暖化対策になるという説に対する反論として、地球温暖化説事態が欺瞞であることを述べていますが、これについては
地質学者より 丸山茂徳著 「科学者の9割は地球温暖化炭酸ガス犯人説はウソだと知っている」(宝島社新書)
環境学者より 武田邦彦著 「環境問題はなぜウソがまかり通るのか 2」(洋泉舎)
の反論が妥当と思われるの参照してください。
そして電力事情と再生可能エネルギーについては、長谷川公一著 「脱原子力社会へ」(岩波新書)
プルトニウムとプルサーマルの原子力行政については、佐藤栄佐久著 「福島原発の真実」(平凡社新書)
に詳しいので参照してほしい。
ということで本書の核となる部分は第3章「チェルノブイリ事故の真実」と第4章「もっと危ないエックス線検査」にあります。本書の半分以上を占める第3章と第4章に著者の医学者としての神髄があると思われます。他の章は割愛(スキップ)します。なお「あとがき」によると、本書の著者岡田氏は新潟県巻町(新潟市に合併)のうまれである、1977年に巻町議会は東北電力角海浜原発計画受け入れを強行採決したが、1995年白紙撤回を願う住民投票条例が可決され町長はリコールされ、1996年の住民投票で61%が原発誘致に反対して、新町長が町有地を反対派に売却し原発計画は白紙撤回となったといういきさつを持つ。著者自身放射能の危険性、原子力行政のあやうさを早くから認識していたという原発反対意見の持ち主のようである。

(つづく)