ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 宮崎勇・本庄真・田谷禎三著 「日本経済図説」 第4版(岩波新書 2013)

2014年09月30日 | 書評
激変する国際・社会環境の中で日本経済を読む 第7回

6) 金融・資本市場
① 日本の貯蓄

投資の資金は貯蓄からくるので、日本の高度経済成長の重要な要一因は日本国民の旺盛な貯蓄意欲にあったといえる。1955年ごろ戦後復興が軌道に乗り貯蓄は次第に上昇し、70年代に貯蓄率(可処分所得から消費を引いた)は10%となり、高度成長期に25%を超えるときもあった。80年代後半から90年代は10-15%で推移した。ところが90年代後半のデフレによる賃金低下を受けて、2000年以降日本の貯蓄率は低下を続け、先進国のなかでは低貯蓄(1-2%)を特徴とする国に変わった(アメリカは約5%)。ドイツは10%を超える堅実な貯蓄国である。貯蓄率は人口構成、社会保障水準、消費性向、景気などによって左右される。日本の最近の貯蓄率の低下は、若い人の貯蓄と負債が平衡していることと、貯蓄を多く持っている中高年齢者層の減少にあるようだ。貯蓄は景気が悪いデフレ期にはかえって景気の悪化に拍車をかけ(デフレスパイラル)、景気が過熱気味の時はむしろ貯蓄を推奨すべきである。しかし長期的に見れば貯蓄率が高いほど投資に回す金が増え、成長率は高い。
② 金融機関
資金の融通と仲介を行うのが金融機関である。日銀を別格とすれば、金融機関は財政投融資を行う政府系と民間系とに分かれる。むろんここでは民間の金融機関だけを考える。預金を取り扱う機関は、都市銀行、地方銀行、ゆうちょ銀行、信託銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫、JAバンクがある。1990-2004年に預金取り扱い金融機関はバブル崩壊によって発生した約100兆円の不良債権を処理してきた。その過程での吸収合併で金融機関の数は減少した(都市銀行は4グループに集約された)。ほかの金融機関として生命保険、損害保険、証券、証券投資信託委託、投資顧問会社がある。このほか貸金業者として手形割引業、クレジットカード、信販、質屋なども含まれる。
③ 間接金融
郵便局や銀行が家計部門から預貯金を集め、これを企業に貸し付けることを間接金融方式という。預金者は貸付け先を指定するのではなく金融機関が貸付先を決定する。預金金利は低い。間接金融方式は1970年代後半まで続いて高度経済成長を金融面から支えた。郵便貯金は政府の政策金融の財源になり、銀行貯金は財閥系の銀行資金として系列企業融資の財源となって銀行の企業支配の時代を築いた。これら都市銀行は日銀からの借り入れが多く、金融政策のかじ取りは公定歩合操作、日銀貸付規制、窓口規制を中心に効果が高かった。90年代後半には間接金融の借り入れが減少してきたが、これは企業の直接金融が増えたわけではなく、非金融企業の資金需要が減退してきたためである。
④ 直接金融
企業の内部資金調達力が強まり、また証券市場から調達することが容易になると、直接金融の比率が高まる。直接金融が盛んになった背景には、①企業の自己資金を充実させてきたこと(利益の内部留保)、②国債発行が債券市場の発達を促した、③家計部門で国債購入のほか株式・債券も購入するようになった、④海外投資家が日本の株を買うようになった ことがあげられる。非金融法人の資金調達は、1990年代に借入金を返済し、2000年代に入ってから直接金融(証券発行)が間接金融(借入)を上回った。
⑤ 公的金融機関の改革
国は特殊な金融機関(郵便貯金)を設置し、政策的に必要とする部門(道路建設)に資金を融通することを、財政投融資という。そのほかの財政投融資財源には保険金、国民年金、厚生年金の積立金など、公的な金融機関とは公庫、銀行、公団である。財政投融資は公共的なものであるが、中長期的には採算ベースに乗るものである。投資対象には高速道路、住宅建設、宅地整備、工業団地造成、中小企業融資などである。高度経済成長も終わりインフラ整備も一段落し、民間部門も力をつけてくると、公共部門の合理化が要請されるようになった。2000年代に財政投融資システムの見直しが行われ、①財源を金融市場から直接調達する、②郵政公社が民営化され、郵便貯金や簡保の財務省運用部委託義務がなくなり、自主運用されることになった、③国内向け融資機関は日本政策投資銀行と日本政策金融公庫の2つに集約された ことで財政投融資システムの民営化とスリム化改革が行われた。
⑥ 証券市場
国債、社債、株式など有価証券の発行と取引の場と環境を証券市場と呼ぶ。有価証券は銀行借り入れより長期的で自己責任の強い性格を持ち、国債は政府の責任で発行される。これらの有価証券を国民が買うことで、国民の資産運用あるいは中長期の貯蓄手段として機能する。個人金融資産における有価証券の割合は1980年代末には20%を超えるくらいとなったが、金融危機などによって株式市場の低迷があり、2013年現在は14.5%となっている。2013年の国債・財融債の保有高は807兆円で、最大保有者は年金・保険・日銀である。株式の保有高は378兆円で、保有者は海外30%、個人家計が20%、非金融法人が20%ほどである。年金・保険関係も20%ほどである。証券市場は銀行や企業の新規株の発行市場と、投資家の間で自由に売買を行う流通市場がある。株式の価格は短期的には為替・金利・物価などによって決まるが、個々の企業の株価は期待値で決定される。従って証券市場が健全に発展するには、価格形成に関する情報が的確かつ公平に提供されることと、市場参加が自由平等であることが必要である。粉飾決算など不当な行為を排除するルールが不可欠である。
⑦ 日本銀行
日銀は55%が政府出資で、1998年の日銀法改正によって政策委員会が意思決定者となり、総裁・副総裁・6人の審議委員は国会の承認による。金融政策以外の日銀の基本的業務は、①発券銀行(紙幣発行)、②銀行の銀行(預金・銀行への貸付)、③政府の銀行(国庫金・国債業務)である。しかし高インフレをもたらしかねない日本銀行による政府の信用供与は原則禁止されている。そのほか経済・金融調査、外国の中央銀行・国際機関との連携を行っている。
⑧ 金融政策
金融政策は政策員会で議論され決定される。日銀法は「物価の安定を図ることを通じて国民生活の健全な発展に資する」ことを定めている。物価が安定していてはじめて経済主体は安心して経済活動が行えるからである。日銀は有価証券を売買することで短期市場金利(無担保コール翌日物レート)の高低を誘導する。それによって中長期金利、貸出、外国為替レート、資産価格の変化を誘導する。日米欧の先進国諸国では近年、短期金利はほとんどゼロに近いので、将来金利を引き上げないことを約束する(時間軸政策)も広く行われる。多くの中央銀行では国債の金融資産を大量に買うことで金融緩和の効果を強めることができる。こうして日銀のバランスシートの規模は拡大してきた。日銀のバランスシート規模のGDP比率2012年に40%に拡大し、アメリカ・イギリス・欧州中銀はほぼ25%程度である。
⑨ 金融の自由化と規制
従来の金融政策は、①預金者保護、②金融機関の経営不安防止、③政府日銀の金融活動や金融機関に対する介入規制が強かった。しかし変動相場制移行以後は日本の金融自由化は急速に進んだ。民間企業が自己資金力をつけてきたこと、国債発行額が増えたこと、個人資産が金利が有利な金融商品をもとめてきたこと、外国の金融機関が日本市場参入が強まったことで規制緩和・金融自由化の動きが活発になった。金融自由化は預金金利の自由化からはじまり、銀行と証券との垣根がなくなったことである。しかし1990年のバブル崩壊や2007年金融危機によって、自由化の流れにブレーキがかかり、金融規制の強化が図られた。バーゼルルールⅠ-Ⅲによって、リスク資産に対して自己資本を8%以上とし、さらに上乗せする合意ができた。てこ原理も働ないようにする規制である。
⑩ 東京の国際金融機能
世界の金融センターは、ロンドン、ニューヨークであるが、それに次ぐ国際金融センターとしての地位を東京が持てるかどうかである。1980年代に高まった東京市場の存在感は、1990年のバブル崩壊後後退した。世界第2位のGDP(2013年は中国に抜かれて第3位)を背景として、対外純資産額が世界1になったことと、経常黒字で貯蓄過剰になった資本の供給国日本が東京市場の位置を押し上げている。しかし伝統的なロンドン市場、総合力で優れたニューヨーク市場に比べると東京市場は今少し見劣りがする。2000年に入って経済停滞は日本の位置をさらに引き下げ、シンガポールや香港が差を縮めてきている。国際債円建て債はドルやユーロに比べて大きく水をあけられた。一層の国際化と自由化を進める必要がある。

(つづく)
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2014年09月29日 | 書評
激変する国際・社会環境の中で日本経済を読む 第6回

5) 雇用・労働
① 就業構造の変化
産業構造が変化すると労働力の産業別配分も変化する。同時に職種・年齢・地域別の構成も変化する。日本においても長期的には第1次産業の就業者は減少し、2011年度で4.9%となり、第2次産業の就業者は高度成長期に大きく伸びたが最近は低下し始め23.8%に、第3次産業の就業者は一貫して増加し71.3%を占めている。国際的に見ても第3次産業に比率が高まりつつある。日本は先進国の中では製造業就業者比率はドイツに次いで高いほうである。この就業構成の変化は、①自営業、家族従業者が減少し、それが第3次産業へ移ったこと、②事務職員や専門職が増えたが、技能工・生産就業者が減少、若者の農業離れは一貫した傾向にあること、③第3次産業の主就労者は30歳以下の若年層と女性であるためである。就業構造の変化は社会的に重要な影響を持つので注意してみる必要がある。
② 就業条件
日本では戦後憲法と労働3法などの制度により、労働者の地位は向上し、就業条件は改善された。しかし若者の転職が多いことから、就業条件のミスマッチや労働環境が必ずしも良くない(ブラック企業)ことが考えられる。就業条件とは、賃金、労働時間、職場関係、安全性などもっと考えなければならないことがある。労働災害による死傷者は80年代以降は減少傾向にある。1年間1万件、死傷者数は11万人、死者は1000人程度の事故は発生している。先進国の中では災害死者数は一番少ないほうである。災害の多い産業は生活関連サービス業、卸小売業、医療福祉サービス業、運輸郵便業などである。
③ 労働時間
日本の労働時間はまだ長いほうである。戦後労働基準法によって1日8時間、週48時間以内とされ、週休1日制と有給休暇制も導入された。日本人の年間労働時間は2011年度1728時間であった。アメリカよりは短いが、欧州先進国よりはまだ長いほうである。労働時間は景気変動にも影響されるが、労使の賃金重視(労働時間)姿勢によるところが多く、大企業では週休2日制が定着しているが中小企業やサービス業ではまだまだ労働時間は長い。そして年次休暇が取りにくいなどがあげられる。裁量性という無制限労働があるため統計上の労働時間が実情に合っていない可能性も指摘されている。
④ 非正規労働
近年非正規労働者が大幅に増えた。非正規労働者とは有期契約労働者、派遣労働者、パートタイム・アルバイト労働者のことである。1980年あたりから増え始め、1990年後半から急激に増え2013年には36%に達した。最も多いのがパートタイマーでついでアルバイト、契約社員の順である。1999年、2004年労働者派遣法の改正によって派遣対象業務が一般に拡大されたためである。非正規社員は女性、若年層に偏っている。その人々の賃金は安く、退職金はなく社会保険料も支払われない、福利厚生教育(産休など)の対象とならないなど、労働条件の劣悪化に拍車がかかった。1990年以降の日本経済を取りまく環境が厳しくなったため、企業としては非正規労働者を雇う動機が高まったためである。労働者側としても雇用確保と労働条件改善が天秤にかけられ、低賃金(パートの中心年間賃金は100-150万円、派遣社員は200-300万円、正規社員は300-600万円)を飲んで雇用重視に傾いている。
⑤ 女性労働と労働環境
女性の労働力人口は生産年齢人口(15-64歳)でいうと2767万人(63.4%)、男性は3789万人(84%)であった。日本女性の年齢別労働力率は子育て期の30台-40台に落ち込みがあるM字型を示す。欧米では女性の就労率は日本より高く、かつ落ち込みは見られない。さらに男女賃金格差が大きいことと、女性役員の少なさは儒教の国らしく男尊女卑の悪しき伝統を引きずっている。少子高齢化社会では、高齢者とともに女性の労働を重視する必要があり、女性の労働環境整備が喫緊の課題であろう。1986年の雇用機会均等法のもとで平準化は進んできているが、日本の男女格差はまだ国際的に理解できない程度であり、アメリカのかっての黒人差別を思い起こさせる。
⑥ 高齢者の雇用
日本の高齢者≪55-64歳)の雇用率は緩やかに低下しているが2012年で63%で、OECD全体の平均である55%よりは高く、世界でも最も高い。60歳以上の高齢者の70%は働きたい意欲を持っている。公的年金の受給開始年齢が65歳以上に引き揚げられ、改正高年齢者雇用安定法(2006年)は企業に対して定年の引き上げ、継続雇用制度などを義務付けている。高齢者1世帯当たりの平均所得は308万円(2012年度)で、公的年金が占める率は70%であった。ただ高齢者の年金問題と雇用問題は別のことで、高齢者を優遇することで若年層が働く機会を奪ってはならない。ここにも世代間の軋轢が仕組まれている、
⑦ 所得格差と賃金
日本の単位労働コストは1980年を100とすると、2012年の日本は90%に低下しているが、イギリスは270、アメリカは210、ドイツは150と上昇している。日本の労働価値だけが低下している。賃金は労働者の生活の資であり、経営にとっては経費コストである。賃金にはAいろいろな格差が存在し、年齢格差、男女格差、地域格差、企業規模格差である。日本では中高齢者、男性、大都市居住者、大企業二法が賃金年収は高い。賃金はマクロ経済的には、インフレデフレとの関係が強いとされる。高度経済成長期には賃金が物価を引き上げ、最近のデフレでは日本の賃金は低下したため、消費者物価指数特にサービス価格がほとんど上昇しなかった。日本だけがこの失われた20年で労働賃金が下がった国であり、生産性は向上したが賃金は向上しなかったので、物価抑制の原因となってきた。
⑧ 労働組合と春闘
労働3法のもとで日本の労働組合は働く者の生活向上と権利確保の上で大きく貢献してきた。労働組合の組織率は製造業を中心に35%(組合員数1300万人)を最高に1980年以降は次第に下降気味となった。最近は生活水準の高まりやサービス業の発展で20%(1100万人以下)を切るようになった。労働組合の要求は賃金・ボーナスに関するものが多い。賃金はこれまで春闘で決められるのが慣例となってきたが、最近は賃上げだけでなく雇用の確保、労働時間短縮など労働条件の改善要求を組み合わせている。賃上げは1990年以降はほとんど定昇だけもしくはゼロ回答に低迷し、賃金はゆるやかに低下した。日本の労働組合は欧州のような職能別組織ではなく、垂直的な企業別組合であった。1989年に「総評」が解散し「連合」となった。
⑨ 失業率と構造的失業
「働く意欲はあるが職がない」人を失業者という。完全雇用であったことはないが、高度経済成長以後は失業率1-2%台で推移してきた。失業者数は景気によって決まる。しかしバブル崩壊後の90年代は失業率は上昇し2-4%となり、2000年以降はさらに深刻化して5-6%台となった。それでも欧米に比べると失業率ははるかに低い。フランス、アメリカの失業率は10%台以上で、ドイツは東西融合以来高い失業率であったが、2012年には6%を切るようになった。産業構造の変遷などによる構造的失業率や、外国人労働者による労働環境の圧迫、産業間、男女間、地域間で労働力のミスマッチが生じる可能性がある。外国人労働者や聖人輸入による失業や産業空洞化は、市場開放、国際化促進の見地から処するベきであろう。
⑩ 外国人労働者
日本の法律では特殊な技能技術を持つ外国人労働者は受け入れるが、単純労働者は受け入れないことになっている。在留資格を持つ在留外国人は2012年に203万人であり、永住者が半数、合法的外国人労働者は75万人、不法残留者は20万人だという。就労している外国人の総数は約95万人と推定される。調査によって不正確さは否めないので、実際は100万人を大幅に上回っていると考えられ、国籍別では中国人が圧倒的である(次いでブラジル人)。外国人労働者の問題は国内労働者の圧迫や社会問題を引き起こしているが、基本的には移動の制限は好ましくない。

(つづく)
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2014年09月28日 | 書評
激変する国際・社会環境の中で日本経済を読む 第5回
4) 変貌する第2次産業・第3次産業
① 殖産興業
日本の近代化はイギリスの産業革命に後れること1世紀で始まった。その原動力は手工業的な生産方式から、新しい技術と機械による工場生産方式に移ってきた工業を中心とした。日本は近代化に努め1915年には工業生産高の割合が50%を超えるまでになり、いち早く工業化を成し遂げた。日本の上からの産業革命は政府の「殖産興業」にのって、民間産業は工業化を推進したが、工業力が「富国強兵」によって過度に軍事目的を志向したために墓穴を掘った。先進国に追いついた工業も、戦争・敗戦によって壊滅状態となりゼロから再スタートを余儀なくされた。戦後は軍事的色彩は無くなり、上からの育成も民間企業が力をつけてきたので、通産省の産業政策はエネルギー分野を除いて影を薄めた。
② 製造業の高度化
資本蓄積が未熟で労働力が安い時代は7、労働集約的な紡績・織物などの繊維工業が発展した。資本蓄積が進むと労働力の技術水準が高まり鉄鋼・造船・化学工業が台頭してきた。戦後は重点的資本投資(傾斜的生産方式)によって石炭・機械産業の復興が進み、高度経済成長期には資本が資本を呼ぶ工業化が全面的に開花した。鉄鋼・造船・化学工業・機械工業が輸出の主力となって、重化学工業時代となった。いまでは「重厚長大」産業といわれるが、インフラ整備時代に設備投資、建設投資、住宅投資を推進した歴史的役割は大きい。しかし産業は1980年代から、より付加価値の大きい知識集約的な産業に移り、「軽薄短小」の情報通信関連産業が主流となった。研究開発企業が伸び内外での需要も大きく経済の推進力となった。
③ サービス産業
経済水準が高まり、衣食住の基本的・物的欲求が満たされると、教養、娯楽、文化などの非物的欲求が増してくるにつれ、サービス産業などの第3次産業が伸びてくる。供給面から見ると金融コストや流通コストを引き下げ、技術や情報の必要性が高まるのである。サービス産業の定義はあいまいである。電気や水道・運輸などインフラを含めた公的サービスも広義のサービスであるが、伝統的な分類に入らないサービス業が増えている。総務省の「就業構造基本調査」(平成19年)によると、電気ガス水道0.6%、卸売小売業16.7%、金融保険業2.6%、不動産賃貸業2%、運輸郵便業5.3%、情報通信3.1%、学術研究技術3.2%、宿泊飲食業5.9%、生活関連サービス娯楽業3.8%、教育学習支援4.4%、医療福祉9%などがある。ちなみに製造業は17.6%、建設業は8.3%である。
④ 情報通信産業
1990年代から2000年にかけて、IT情報技術革新が発展し、経済社会生活のあらゆる面に浸透した。2011年にはインターネット利用者は9000万人、普及率は80%となった。情報通信業の市場規模は82.7兆円で、全産業の9%である。情報通信産業とは通信業、放送業、情報サービス、インターネットサービス、映像音声文字情報制作、情報通信関連製造業とサービス業と建設業及び研究業である。その雇用者数は389万人である。民間企業の情報化設備投資額は19兆円で、内訳はソフトウエア―に48%、電子計算機と付属装置に42%、電気通信機器に10%の順である。
⑤ 建設業
産業分類上、建設業は製造業でもサービス業でもない特殊な分野である。建築(住宅、ビル)と土木(道路、治山、ダム)にわかれる。建設業はGDPの9%(2010年)を占めているが、1990年以降公共投資の削減に伴い低下してきた。資本金1億円以下の中小企業が99%を占め、地域性が強い。建設業では比較的新しい分野として、総合的エンジニアリング部門(原発、廃棄物処理場など)、都市総合開発・再開発、観光保養地のリゾート総合開発、海外建設工事などが脚光を浴びている。海外戦力、がいこく人労働者、外国企業の参加問題などが課題となっている。
⑥ エネルギー
戦後復興期には石炭、水力発電が、そして高度経済成長期には廉価な石油が主役となってきた。2010年のエネルギー構成比は、石油が43%、石炭が22%、天然ガスが23%、原子力が4.2%、その他となっている。2011年の東電原発事故の影響で今後は原子力が増加することはないだろう。生産コスト、輸入コスト、使いやすさなどで構成比は変化する。エネルギー消費分野別では、産業用が44%、家庭用が14.4%、業務部門が9%、運輸部門が23%である。先進国では省エネルギーの技術開発、省資源型産業構造への移行、家庭部門の節約などで輸入する石油の比率は減少しつつある。新興国のエネルギー消費増大で輸入やコスト上昇は避けられないだろう。智恵の出しどころである。
⑦ 大企業と中小企業
法人企業統計によると、資本金10億円以上(全体の0.2%)の企業5274社が、総資産の約半分を占めている。会社数の98.8%を占める中小企業が従業員の約7割を占める。戦後は財閥は無くなったが、会社の系列化がみられ、1997年には独禁法の規制緩和として「持株会社」が認められ、会社買収を防ぐためと称してグループ系列化を強化した。日本独特の株の法人所有は最近減少傾向にある。昔日本独特の「2重構造」と言われた、大企業と中小企業の格差共存路線(下請け)は依然変わりない。技術革新には身軽な中小企業の強みを生かした成長産業への傾斜を強めなければならない。大企業と中小企業の経営格差とは次のことである。企業の経常利益率は大企業では約4%であるが、中小企業では約2%に過ぎない。労働生産性(労働者1人当たりの付加価値)は大企業では1000万円/人、中企業では600万円/人、小企業では400万円/人と歴然たる差が存在する。
⑧ 企業収益
製造業では利益は次のような定義であるので、収入を大きく、費用を少なくすることが基本であることは言うまでもない。売上総利益→営業利益→経常利益→税引前利益である。利益は輸出入産業では為替など外部環境に左右されやすいが、人件費や購入材料の節減、生産性向上など企業自体の経営努力が基本である。戦後の企業の栄枯盛衰は激しく、繊維―鉄鋼ー自動車ー家電ー情報通信と変遷してきた。技術革命の先端にいる企業、高機能高付加価値企業、海外事情に即応できる企業、確固たる経営戦略を持つ企業が収益を上げている。GDPは上下が激しくとも、企業収益は2000年以降、2-4%で推移している。
⑨ 日本的経営
戦後好調だった日本経済を支えてきたのは、日本的経営の伝統、日本社会の伝統であったといわれる。労使協調、終身雇用、年功序列、ボーナス制度、企業別組合、企業内福利厚生の充実、所有と経営の分離、同族企業の少なさ、企業内人事、技術系経営者の増加、企業内訓練、年功熟練、稟議制経営、提案制度、生産性向上運動、地域との関係重視、企業系列関係、金融メーンバンク制などである。1990年以降これらの慣行は大きく修正されている。企業とは結局、経営を合理化し利益率を高め、より高い賃金と待遇を従業員に与えることが社会的使命である。国際的に理解される制度に改めながら、日本的伝統の良さは維持して、消費者、地域に受け入れられる企業でなければならない。
⑩ 研究開発と新技術
経済発展のてこは技術革新であり、その基礎は企業の研究開発能力である。日本の研究開発費は2011年で17兆3791億円である。緩やかな増加傾向にある。対GDP比は1.7%で、アメリカの4%(軍事関係も入っている)に比べると低いが、他の先進主要国に比べると高い率である。負担割合は民間が8割、政府・大学などが2割である。産業別では製造業が9割、なかでも自動車の輸送用機器と情報通信機器が大きい。企業の売り上げに対する研究開発比は約3%である。日本の技術革新は高度経済成長期以降、数々のヒット商品を生み、最近では環境保全脱公害、省資源・省エネルギー機器が目立ち、そしてと意識集約化を進める電子機器、新素材、バイオなどに期待したい。

(つづく)
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読書ノート 宮崎勇・本庄真・田谷禎三著 「日本経済図説」 第4版(岩波新書 2013)

2014年09月27日 | 書評
激変する国際・社会環境の中で日本経済を読む 第4回
3) 食生活と第1次産業
① 食生活と栄養水準
世界には慢性的に栄養不足にある人は8億5000万人いるといわれ、アジア・アフリカに集中している。今日でも食の確保は人類にとって重大事である。日本の戦後直後の食は貧弱であったが、高度経済成長の始まる頃から農業生産力も向上し、食料供給・栄養状態は著しく改善した。2010年度の供給熱量は2458Kcalとなり過剰摂取気味である。食の内容は炭水化物は58%、タンパク質は13%と多様化してきた。エンゲル係数は1960年に42%であったが2009年には23%に低下し食生活内容は変わってきた。栄養水準の向上は国民の体位・健康の改善、長寿命化に著しい貢献をしている。
② 経済の中の農業
人の生活が多様化する中で食料品が占める割合(エンゲル係数)が低下し、経済に占める割合はGDPの3%に低下した。農林水産業全体の生産額は11.5兆円で、GDPの1.2%に減少した。食品加工製造産業や飲食店産業、食品流通業を加えると合計79兆円(対GDP11% )で決して少ない産業分野ではない。食産業全体は人口に比例するのでそれほど変わりないが、ただ日本の農業だけはじり貧となっている。農林水産業就業者数は314万人で全就業者数の4.9%である。農家戸数は2010年で253万戸(主業農家は40万戸)に激減した。農業専従者は減少し、女性だけの農家も多くなった。この間農産物の輸入が5.4兆円と急増し、まさに日本の農業は絶滅の危機に瀕している。
③ 農業生産の構造変化
1960年と比較すると米の消費量は半分に減り、逆に肉類・鶏卵・牛乳・油脂類の消費は3倍から4倍に増加した。魚介類は10%ほど増加し、果実は2倍近く増えたが野菜は減少気味である。全般として米・麦中心の食生活から肉類畜産物へシフトし、このような構成の変化は、価格・嗜好・輸入動向で左右されるが、今後も継続すると思われる。
④ 米の需給変化
米は日本人の主食であるといわれてきたが、米の需給には大きな変化が起こっている。米の一人当たりの消費量は減り続け、過去10年で約10%以上の減少となった。ところが生産技術の向上で潜在生産力は高まった。1アール当たりの平均収量は1965年に390Kgだったものが、2012年には530Kgに向上した。1987年以来転作奨励や在庫米調整さらには大幅な減反政策を実施した。そのため政府備蓄米量は減り続け2012年で91万トンとなっている。最近自由化により輸入米が増加し、食管制度も自由化された。米価の国際比較は容易ではないが、2012年度で内外価格比は1.3-1.4倍とみられる。完全自由化により国際的に競争するなら、さらに作付面積をふやし、経営規模の拡大と担い手の養成が必要である。
⑤ 食料の内外価格差
一般物価水準も個別品目の価格も、その国際比較は難しい。国によって関税率も異なり、補助金制度も異なるからである。特に急速な円高の時代には国内の食料の割高感は否めなかった。為替レートが円高になるにつれて物価水準は高くなった。高関税率の維持がFTAやEPAの障害となっている。内外価格差の存在は一層輸入をもとめる声になり、国内農業の生産性向上の要因となる。また国内的には政府財政負担を軽減し、国際的には政府保護の透明化を求める要因となった。日本の関税率は平均4.9%で農産物が21%、非農産物が2.5%である。欧米や中国と比べても農産物の関税率は高いといえる。
⑥ 農産物の輸出入
需給の変化や内外価格差もあって日本の農産物輸入が増加し、輸出量と輸入量の比は2011年度で20倍ちかい。日本は1984年以来世界最大の農産物純輸入国となった。輸入相手はアメリカが26%と最大でEU、中国の順である。輸入品目はタバコ、トウモロコシ、豚肉、野菜・果実、小麦、牛肉などである。飼料用も含めると穀物の自給率は27%で、主要穀物の自給率は59%である。しかしカロリーベースの総合食料自給率は90年後半以降40%程度であった。自給率の低い食品の代表は、豆類8%、小麦9%である。FTAやEPAで貿易自由化が進むと農産物需要が増えるので、農産物の価格上昇傾向となるだろう。
⑦ 農業の構造改革
1961年の農業基本法の目標は耕作地の規模拡大による農家所得の向上にあった。1995年まで続いた食管制度のもとで米の価格維持政策が行われた。しかし食管制度の赤字が拡大し、食管制度の根本が揺らいだ。減反政策が続けられる中で、少しづつ米の自主流通ができるようになった。日本の農業経営の伝統的小規模零細農業構造は少しも改善されなかった。北海道の農家1戸当たりの耕作面積が27haであることは別格として、全国平均でいえば5haに過ぎない。そして全国の耕作面積は減少を続け、2011年で456万haとなった。農業が自由貿易協定FTAやEPAが進まない原因の一つとされた。近年農水省は欧米にならって、価格メカニズムに介入する食管制度から、2007年より所得補償へ転換する姿勢である。
⑧ 林業
国土の66%(25万平方km)は森林である。国公有林が42%、私有林が58%である。戦後手入れが進まず森林の荒廃が進んだが、現在10万平方Kmの人工林が造成され、21世紀に国産材で需要をまかなう予定である。人工林樹は杉43%を中心に、ヒノキ25%、カラマツ10%である。ところが高度経済成長期の住宅建築物の木材需要の追い付かず輸入材に頼った。自給率は20%に過ぎない。日本は中国、アメリカについで木材輸入国である。林業経営の問題は、人件費、人手不足、間伐保育など管理面で問題が多い。
⑨ 水産業
国民一人当たりの魚介類供給量は最近減少気味であるが2009年で54Kgで、中国・アメリカ・EUの23-31Kgよりは多い。水産業の形態は高度経済成長期に沿岸から沖合・遠洋漁業へ主力が拡大した。1973年の200カイリ水域設定により漁獲量は減少した。水産業のフローは国内生産が474万トン、輸入が484万トンであり(食用自給率は62%)、消費は国内で680万トン、輸出73万トン、あとは非食・在庫用である。国内での動物タンパク摂取量は魚類が減った分肉類へ移ってきている。乱獲によるマグロなど希少資源絶滅が心配され、養殖などに力を入れているが水産業を取り巻く環境は厳しい。
⑩ 畜産業
2010年の農産物(8兆円)の内訳は、畜産31%、米19%、野菜28%、その他となって、畜産業の比率が高い。畜産業(2兆5000億円)の内訳は鶏29%(卵17%)、牛乳26%、肉用牛18%、豚21%である。畜産業は高度経済成長とともに成長してきたが、80年代湖畔頃から家畜頭数は成長が鈍化した。それには生産者が零細農家のため経営基盤がぜい弱で、畜産業では広い土地が必要なため大規模化の投資ができないことであった。廃業が続いたため、牛肉・豚肉・鶏肉の生産量は1985年以来減少傾向にある。第2の理由は自由化の進展によって輸入畜産物が増加したことである。また穀物飼料のほとんどを輸入に依っているため、為替変動や気候条件によって生産コストを押し上げている。牛肉は高脂肪食品であるため、中高年の需要を抑制し消費が伸び悩んでいることである。

(つづく)
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読書ノート 宮崎勇・本庄真・田谷禎三著 「日本経済図説」 第4版(岩波新書 2013)

2014年09月26日 | 書評
激変する国際・社会環境の中で日本経済を読む 第3回
2) 人口・国土・環境・国富
① 人口と人口動態
人間は感情と理性を持った生命体であり、文化の創造者である。経済的には生産者であり消費者である。経済活動の究極的な目的は人類に豊かさを与えることであるという格調高い文章で始まる。日本の人口は明治維新時に3480万人であったが、2012年現在で1億2780万人となった。日本の人口は2008年をピークに減り始め、この傾向は向こう30年は変わらない。その原因は出生率の低下である(合計特殊出生率は1.4となった)。人口論については統計学的に確実なことである。河野稠果著 「人口学への招待」 (中公新書 2007年8月)では、「2007年以降日本の人口は減少傾向になり2055年には総人口は9000万人をきる。65歳以上の高齢化人口は2040年まで上昇し、14歳までの未就業人口は一貫して減少し続ける。100年後には日本の人口は4000万人以下となる。何らかの人口抑制策を講じて2025年にもし人口置き換え水準に恢復したとしても、2080年に人口は8000万人に一定化する。」という結論であった。 日本人の平均寿命は死亡率の低下によって2012年で女性86.4歳、男性79.9歳である。15歳から64歳の生産性人口は63.6%、労働力人口はそのうちの59.4%である。これだけの労働力で狭い日本で生活しなければならない。労働力の配分、地球全体の中の人口と経済発展を視野に入れなければならない。
② 少子化と高齢化
日本の人口構成はかってないスピードで高齢化・少子化が進んでいる。65歳以上の高齢者人口比率は2011年に23.3%となって、賃金・雇用・年金・医療制度・教育などに大きな影響を与えている。またこれまでの出生率低下によって14歳以下の年少者人口比率は13.1%に低下した。人生50年という生活設計を「人生80年」方に早く切り替えなければならない。行政のレベルにおいても社会保障制度、財政制度をはじめとした改革をしなければならない。
③ 変わる世帯と家族
平均世帯の世帯員数は1960年で4.1人、1975年で3.2人、2011年で2.5人に減少した。いわゆる核家族化の進行である。世帯数の増加も頭打ちである。近年において特徴的なのは単独世帯の増加である。老人あるいは老人夫婦世帯が増加している。高齢者世帯は20%を超えた。結婚はしたが子供はつくらないとか、独身者や離婚者の単独世帯も増えている。この背景には女性の地位と生活力の向上などの社会的要因がある。一般的な傾向として結婚年齢が上昇している。若者の価値観の変化によるものであろう。1970年代に100万件あった婚姻件数は2011年には年間70万件と減少し、併せて離婚件数は20万件を超えた。社会の価値観が急速に変化しているのである。
④ 国土と土地利用
日本の国土の面積は37.8万平方Kmで世界1国平均の半分である。その6割が私有地、4割が国有地である。森林原野が67%を占め、農用地が12.4%、可住地は21%にすぎない。可住地比率が西欧諸国に比べ(イギリス88%)て極めて少ないのが特徴である。自然が多く残されているという言い方もできる。そのため都市部での人口密度は極めて高くアメリカの22倍となっている。過密と過疎の格差が著しいといえる。したがって国土利用計画法(1974)は2008年で第4次全国計画を立てた。海外移住は困難であり、国土は増えないのは自明であるので、産業構造変化と自然環境の保全、地域別経済格差の是正を勘案しながら、効率的な国土開発利用が望まれる。
⑤ 過疎と過密―東京一極集中
現代社会では高度経済成長による産業の立地に従って人口の移動があり、特に都市部(東京首都圏)への集中が著しく、地方は過疎ないしは取り残され現象が生じている。その特徴は農村から都市へ、地域では県庁所在地の地域中核都市へ、全国的には東京・名古屋・大阪の3大都市圏へ、大都市の中では東京圏に人口集中が著しい。重厚長大型産業の時代には企業城下町的な地方都市が各地に発達したが、1990年代以降情報化・サービス化が進む中で東京一極集中だけが進んだ。東京圏のGDP比率は全国の32%を占めるようになった。東京は政治経済の中枢機能が集中し有利性を持つので、かっての首都機能移転構想も立ち消えとなった。名古屋圏の人口はほぼ横ばいであるのに対して、大阪圏の人口は減る傾向にあり、1975年からその地盤沈下の傾向が著しい。
⑥ 水資源
日本列島は四方を海に囲まれた島国で雨がよく降る。年間降水量は169cmと世界平均の2倍である。(人口密度が高いので一人当たりの降水量は世界平均の1/4であるが) 日本は水に恵まれているので水田農業に適し、その伝統は今も受け継がれている。高度経済成長期には農業用水のほかダム発電開発、工業用水の急増、都市人口も膨張による生活用水供給と、水の利用が多様化した。その過程で渇水対策、水質汚濁、河川氾濫などの問題が発生した。近年工業用水の節水・再利用が進み、水の使用量は若干減ってきている。2009年の水利用量は800億立方m近くに下がり、内訳は農業用水に65%、工業用水に15%、生活用水に20%であった。1999年全国総合水資源計画がスタートし、雨水貯水、需要の安定や地域間協力体制の整備を進めている。
⑦ 自然災害
自然災害とは暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火、異常自然現象による被害のことである。日本の自然災害発生数は世界でも高いほうである。太平洋プレートが大陸とぶつかるので火山列島とも地震列島ともいわれる。またアジアモンスーン地帯に属して集中豪雨がおおい。また急峻な地形は洪水地すべりをもたらし、最近の大きな被害は阪神・東日本大震災で発生した。もし大地震が首都圏を襲うなら想像を絶する被害が発生することが予想される。異常発生は自然現象であるが、被害は人的現象であるといわれ、減災の準備が最大の対策である。
⑧ 海洋国家
日本は海に囲まれた海洋国家である。200カイリ経済水域の面積は広大である。臨海地域には人口と商業・産業施設が集約して設置されている。高度経済成長期には資源の輸入陸揚げに便利な臨海地帯に、重化学工業コンビナートや製鉄所が建設され、造船業や運搬業も同時に発展した。1980年代以降条項長大産業は情報通信金融にとってかわられたが、運輸方式も船舶から航空へ置き換えが進んだ。2007年「海洋基本計画」が発表され、沿海地域を漁業のみならず海洋資源の開発、海洋観光、風力・海洋エネルギー基地化、海洋空間の利用など総合的な開発が期待されている。
⑨ 環境問題
1960年代の公害問題は騒音、悪習、大気汚染、水質汚濁、地盤沈下などの狭い地域での環境問題であった。その後生活廃棄物・産業廃棄物も環境汚染の発生源となった。1980年以降はオゾン層破壊、酸性雨、有機塩素化合物の海洋汚染など発生源や汚染地域とも広範囲になり「地球規模の環境問題」となった。さらの熱帯雨林の破壊、森林資源の減少、生態系での希少生物種の絶滅など人間を取り巻く生活環境の劣化が深刻な状況であることが認識された。ただ環境問題が南北問題・資源問題と絡んで、国際的合意の形成は非常に難しい。
⑩ 国富とその構成
経済規模や経済力はGDPや国民所得で示すことができるが、それは金の流れフローであり、国富は蓄積ストックであり、国民資産といわれる。家計ではいえば収入に対する個人資産に相当する。国民資産は実物資産と金融資産からなる。資産に負債がついている分(住宅資産にたいする住宅ローンなどの借金)は国全体としては資産とならない。そこで国としては実物資産と対外純資産が問題となる。2011年末の国富は2996兆円(対外純資産残高は約270兆円と増加傾向)であるが、1990年には3531兆円あったのだから、失われた20年で国富は大きく減少したことになる。アメリカと日本の固定資産総額はGDPのほぼ3倍で同じレベルであるといえる。ただ日本では住宅の価値が低いのが特徴である。

(つづく)
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