ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 新崎盛暉著 「日本にとって沖縄とは」 岩波新書(2016年1月)

2017年03月29日 | 書評
歴代政府の対米従属路線である、基地を沖縄に集中させる「構造的沖縄差別」政策 第1回

序(その1)

 沖縄は2016年の今、辺野古新基地建設を巡って、日本政府と沖縄県の厳しい対立の中にある。そして辺野古新基地建設は、単に米軍基地の建設をめぐる問題だけでなく、戦後70年の日米沖縄関係史の到達点でもある。1945年8月は、ポツダム宣言受諾によって連合軍に無条件降伏した日本の戦後史の始まりである。連合軍(実質的にアメリカ軍)の占領政策は、①天皇制の利用、②日本の非武装化、③沖縄の分離軍事支配という3点セットでスタートした。その後冷戦構造の中で日本の非武装化は「目下の同盟国化」へと変質したが、基本的構造は変わらなかった。この基本的枠組みは、対日平和条約(サンフランシスコ条約)と日米安保条約によって、日本の主権回復後も維持された。そしてこの枠組みは日本政府によって対米従属的日米関係の矛盾を沖縄にしわ寄せすることによって日米同盟を安定させる基本構造として戦後ずっと利用されてきた。60年安保条約改定にいたる本土米軍基地のしわ寄せはその顕著な現れであり、この仕組みは「構造的沖縄差別」と呼ぶことができる。1972年沖縄は日本に主権が返還された。日本本土の米軍基地は約1/3に縮小されたが、在日米軍基地の75%が沖縄に集中することになった。沖縄返還後も「構造的沖縄差別」は維持されてきた。1995年米兵の凶悪犯罪をきっかけに爆発した米軍基地縮小、日米地位協定の改定要求は、沖縄の構造的差別が可視化されてきたことを意味する。これに対して日米政府は、普天間基地や北部訓練場の基地返還で、在沖縄米軍基地を20%削減することで合意した。ただその本質は老朽化した普天間基地を新らしい機能的基地に置き換えるということに過ぎなかったので、民集の強い反発を招いた。沖縄の保守陣営は普天間基地代替え施設については、1999年12月「15年使用期限付き、軍民共用空港を辺野古に建設する」ということで、沖縄県知事、名護市長と政府の合意が成立し閣議決定した。ところが、在日軍再編成協議の過程で沖縄の頭越しに破棄され、日米政府によって現行案が押し付けられた。これにより「日本にとって沖縄とは何か」という問いが広がり、政権交代やオスプレイ配備によって、この基本的な自決、民主主義、平和が戦後の到達点として問われている。新崎盛暉氏の著書は初めて読むことになるので、まず氏のプロフィールをまとめる。新崎氏は1936年(昭和11年)東京生まれ。1961年東京大学文学部社会学科卒後都庁に勤務した。かたわら沖縄資料センターの活動に従事し、反戦運動家として活動、1978年伊波普猷賞、84年沖縄研究奨励賞、93年沖縄タイムス出版文化賞受賞。岩波新書編集部から琉球新報社に出向して赴任し、1974年沖縄大学教授、学長を務め、2007年定年退任、名誉教授。 沖縄現代史を論じる。「九条科学者の会」呼びかけ人を務めている。沖縄現代史に関する著作は特筆すべきは、英文学者・評論家の中野好夫氏との一連の共著である。「沖縄問題20年」〈岩波新書 1965)、「沖縄70年前後」(岩波新書 1970)、「沖縄戦後史」(岩波新書 1976)の3冊がある。中野好夫氏は1958年から1976年まで憲法問題研究会に参加。護憲、反安保、反核、沖縄返還、都政刷新を主張して社会活動を積極的に行った。沖縄問題への取り組みとして沖縄資料センターを設立、のち法政大学沖縄文化研究所に引き継がれた。新崎盛暉氏は沖縄返還までは東京で生活し、時折パスポートを得て沖縄を訪問していたという。沖縄返還後に1974年氏は沖縄に移住し、沖縄大学教授として社会運動、文化運動に加わった。1995年沖縄民衆の決起を体験した。沖縄問題への発言を著書で見ると、「戦後沖縄史」 日本評論社 1976 (戦後史双書)、「沖縄現代史 」1996.11 (岩波新書)、「沖縄現代史  新版」2005 (岩波新書)などがある。

(つづく)
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読書ノート 山岡耕春著 「南海トラフ地震」 (岩波新書2016年1月)

2017年03月24日 | 書評
M8-9規模の南海トラフを震源域とする巨大地震をどう予測し、何が起きるか、どう備えるかを考える 第10回 最終回

4) 地震予測と震災対策

2011年4月27日「3.11東北地方沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門委員会」が設置され、同年9月28日報告書を取りまとめた。この報告を受け内閣府は南海トラフの巨大地震モデル検討会を設置し、2011年12月に中間とりまとめ、2012年8月29日に詳細な計算結果を公表した。2012年4月に南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループが内閣府の設置され、2012年8月に第1次報告、2013年3月に第2次報告を、5月に最終報告を公表した。同時に南海トラフ沿い大規模地震の予測可能性に関する調査部会(著者が座長)の報告がなされた。報告書はすべて内閣府ウエブページからダウンロードできる。国の想定は津波に関して11のケースを、地震発生場所につては4つのケースを想定した。個人の防災対策には都道府県別の被害想定、さらに市町村別の被害想定の方が役に立つ。内閣府の建物被害の想定の原因別内訳としては、揺れによる被害、液状化による被害、津波による被害、急傾斜地崩壊による被害、火災による被害という分類で検討されている。県別では静岡県、愛知県、大阪府・和歌山県、高知県別に補がい想定をまとめている。インフラの被害については、電気・ガス・水道の被害、通信の被害、交通・運輸の被害をまとめている。詳細は興味の場所が個人的に異なるのでここでは省略する。つぎに防災体制については、2014年3月内閣府は「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」を発表した。耐震対策、地震火災対策、津波対策、事業継続計画BCP、防災教育と広報活動、防災訓練、防災力の向上などが書かれている。行政的内容は予算的裏付けによって実効性が決まるので、お題目を並べた官僚文書は抽象的であり、ここに記しても意味はないので省略する。

(完)
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読書ノート 山岡耕春著 「南海トラフ地震」 (岩波新書2016年1月)

2017年03月23日 | 書評
M8-9規模の南海トラフを震源域とする巨大地震をどう予測し、何が起きるか、どう備えるかを考える 第9回

3) 津波、連動噴火、誘発地震(その2)

南海トラフで巨大地震が発生すると、連動して富士山が噴火する可能性が指摘されている。南海トラフの地震史上最大の1707年宝永地震が発生した49日後に富士山が噴火している。江戸に火山灰を降らせた。富士山は活発な火山活動で形成された火山である。その美しい山の形は噴火ブルが積もることによって滑らかな地表が形成され、火山活動が活発な証拠である。マグマには成分によって玄武岩マグマ、安山岩マグマ、流紋岩マグマに分類され、富士山は主に玄武岩マグマによって形成された火山である。マグマの成分は二酸化ケイ素の含有量によって分類され、玄武岩マグマは二酸化ケイ素の含有量が最も少ない。二酸化ケイ素の含有量はマグマの流れ易さに関係し、玄武岩マグマは最も流れやすい。流紋岩マグマは最も流れにくいので、流紋岩からなる北海道有珠山はごつごつした地形が特徴である。マグマに含まれる水分や炭酸ガスの揮発成分は地表に近づいて圧力が下がると気泡を発生する。気泡が多くなるとマグマの密度が下がり上昇速度が増加する。流れやすい玄武岩マグマは火口から勢いよく吹き出し流れやすい溶岩になる。流れにくい流紋岩マグマは地表で一気に気泡が爆発し粉々の火山灰を噴き上げる。1991年に40人以上の犠牲者を出した雲仙普賢岳の火砕流がそれである。富士山の火山活動は3つの特徴がある。①大量のスコリア(黒い軽石 気泡を含んだまま固化した粒子)や火山灰を噴き上げる、②大量の溶岩を流す噴火、③山体崩壊である。宝永噴火では①のスコリアと火山灰の噴火であった。火山灰は江戸にまで降り注いだ。②の溶岩を流す噴火は866年の貞観噴火に見られた。標高1400mの火口から大量の溶岩が流れ、現在は青木ヶ原樹海豊?れる樹林となっている。富士山は溶岩を流す噴火は何回もおき三島市はその溶岩流の上に立っている。③山体崩壊は「岩屑なだれ」と呼ばれ、2900年前の御殿場岩屑雪崩が知られている。さて南海トラフ巨大地震で富士山が噴火するだろうか。火山噴火の基本的な仕組みは、地下深部のマントル内で発生したマグマが火山直下5-10Kmでマグマだまりを形成し、その一部が地表に噴出する現象です。大量の気泡を含んだマグマが上昇するとされている。だから火山が噴火するには、マグマが蓄積されマグマ内の気泡が増加することが必要条件である。だがマグマだまりで噴火の条件が整っているかどうは分る方法がない。宝永地震から300年、富士山は沈黙を保っている。もし地震のゆれでマグマが移動しやすくなったり圧力が低下した時、富士山が噴火した場合、その影響は非常に大きいと予想される。風向きによっては関東一円に火山灰を降らし、大雨が降ると泥流を発生させる。溶岩流がどこへ流れるかは火口の位置できまる。富士山の山体が崩壊することが一番厄介な想定である。南海トラフ巨大地震が発生すると、その後に日本列島の内陸で地震活動が活発になることが考えられる。場所によっては地sンが発生しやすくなる。地下の岩盤中の割れ目が急速にずれ動くことが考えられるからである。何回もずれを繰り返して大きく発達した割れ目が活断層と呼ばれる。南海トラフ巨大地震が発生した後、10年くらいは西日本の内陸全体でマグニチュード6以上の地震活動が活発化する。特に近畿地方での地震活動が活発化する傾向がある。フィリッピンプレートの押し込みによって内陸部地下のひずみが蓄積し、特に紀伊半島の圧縮隆起が大きいからである。国の地震調査研究推進本部がm留めた全国で110の活断層の地震発生可能性評価では、深溝断層は対象外である。誘発地震はどこで起きるかは予想できない。最後の問題は南海トラフ巨大地震の影響が、日向灘で切れずに琉球列島まで及ぶかどうかである。琉球列島では過去にプレート境界を震源域とするマグニチュード8クラスの地震が起きた記録はない。フィリッピン海プレートは琉球列島に沿っても沈み込んでいる。琉球列島では「南西諸島海溝」と呼んでいる。ところが国土地理院のGEONET観測網データでは琉球諸島は北西へ押し込まれていない。大体南から南東方向へ島嶼が移動している。諸島の大陸側に沖縄トラフという「背弧海盆」が形成されている。日本海と同じように大陸側からの力を受けて、琉球諸島は大陸からは離れつつある。琉球諸島が大陸から離れるときに地殻が割れマグマが侵入して新たなトラフ(沖縄トラフ)が形成され、沈み込んだプレートが「南西諸島海溝」と沖縄トラフで支え合っている構図である。沖縄の過去の地震津波はマグニチュード8クラスの巨大地震がなくても、巨大な津波は発生した。津波は、1771年4月24日の明和八重山地震津波(M7.4)では遡上高さ30m、犠牲者は約9300人であった。この津波の原因ははっきりしていないが、海溝沿いの比較的狭い範囲が急激にずれて海底の地殻変動を起し、津波を発生させる「津波地震」ではないかという推測がある。

(つづく)
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読書ノート 山岡耕春著 「南海トラフ地震」 (岩波新書2016年1月)

2017年03月22日 | 書評
M8-9規模の南海トラフを震源域とする巨大地震をどう予測し、何が起きるか、どう備えるかを考える 第8回

3) 津波、連動噴火、誘発地震 (その1)

南海トラフ地震のおさらいをしておこう。南海トラフ巨大地震は、フィリッピン海プレートが南海トラフから日本列島のしたに沈み込んで発生する地震である。震源域が海域にあるため津波を引き起こす。南海トラフ沿いのフィリッピン海プレートは1年あたり5cmほどの速さで動いている。その際に沈みこむプレートの上に載っている日本列島の地殻を陸側に押し込んでゆく。地震が発生するときには、押し込まれた地殻が反発して一気に元に戻ろうとする。地殻は上にある海水を動かして津波となって沿岸を襲うのである。特にトラフ軸付近まで反発すると海底が大きく隆起し高い津波を発生させる。南海トラフでは巨大地震が発生すると、最悪ケースとして駿河湾から日向灘まで広い範囲が連動するとされる。広域津波災害に発展する。さらに2011年3.11東北地震に比べて、地震発生から津波が海岸の到達するまでの時間が短くて、10分もない。津波災害の悲惨さは1993年の北海道南西沖地震で奥尻島の津波は一瞬にして逃げ場のない200名の命を奪った。押し寄せた津波は海岸線付近の家屋を根こそぎ押し倒し、倒壊した家を海へ持ち去った。津波が去ったあとの街はがれきの山となり大きな漁船が打ち上げられ、鉄道の線路もはがされ曲がった。津波ハザードマップをみるとき、堤防での津波の高さよりも陸上での浸水深さに注目するべきである。最高津波高さが維持されて地上を覆い尽くすわけではなく、波であるから高低があり、それに海岸からの距離や地形によって浸水する深さが異なる。注目すべき浸水深さは30cmと2mという値である。30cmは膝くらいまで水が来て帰るため、足をとられて転倒すると体ごと海へ持ってゆかれる極めて危険なのである。侮ってはいけない。浸水深さ2mを超えた場所ではほとんどの木造の家は流されてしまい。後には基礎しか残らないのである。だから高台まで避難できない時は鉄筋コンクリートの建築物に逃げ込む必要がある。津波の予測は震源の想定に大きく影響される。海底の地形が分かると津波の伝わる様子は予測できる。海上保安庁の作成した海底地形図が地震予測に参考となる。内閣府が「最大クラス」の震源モデルを作成し、そのモデルに従った津波ハザードが計算されている。南海トラフ巨大地震の特徴は陸地に近い場所が震源地域となるため、津波が海岸に到着するまでの時間が短いことである。太平洋に面した海岸には高い津波が直接到着する。一方伊勢湾、大阪湾、瀬戸内海沿岸など入り口が狭い湾内には津波は入り込みにくい。外界では数分から20分ほどで津波が到着する。伊勢湾では1時間ほど、大阪湾では2時間ほどかかって津波が到着する。沿岸各地の津波被害の予想を北から南へとみてゆこう。

静岡県は海岸線全体が外海沿いであるため津波の被害が大きくなる。かつ震源地に近いことから津波到達時間は短く時間的余裕がない。伊豆半島の下田では最大33mの津波が襲い、市街地の浸水深さは2mを超える。駿河湾の奥に位置する沼津市、清水市あたりは広い範囲で浸水する。焼津から御前崎にかけて高い津波が押し寄せ海岸線は浸水する。御前崎以西の砂丘海岸津波は砂丘を超えて市街地に達して浸水する。天竜川では津波が遡上し浜名湖のに陸にかけて広い範囲で浸水する。
愛知県は静岡県に比べて比較的津波の影響は少ない。それは愛知県の太平洋沿岸はほとんど崖になっているからで、津波が押し寄せても内陸への影響は少ない。愛知県が大きな影響を受けるのは渥美半島の伊良湖と知多半島の岬である。
三重県は、伊勢湾の外か内によって津波?街は大きく異なる。伊勢湾内では津波は低い。志摩半島から熊野にかけての外海はリアス式海岸である。尾鷲市では過去の地震で何回も津波に襲われた記録がある。
和歌山県は紀伊半島沿いに長い海岸線が太平洋に開いている。新宮から潮岬を経て和歌山市まで216Kmの長さの海岸線である。津波の高さは最大クラスの地震で10mを超える。県南部は20を超える場所もある。新宮市では最初に来る津波高さ(3m)より次の津波の方が高い場合(14m)もある。
大阪の高い津波被害は限定的である。ただし潮位があがると低地の場所では地下鉄や地下街が水没する被害が考えられる。
四国の徳島県では鳴門以南が津波の影響を大きく受ける。吉野川と那賀川河口では我国第1級の活断層が走っており、都市に人口が集中しているので津波や地震の被害が大きくなることが予想される。高知県は四国の中でも南海トラフの巨大地震による津波に最も警戒しなければならない。県のほとんどの海岸線は太平洋に面しており、海岸での津波高さは10mを超える。そして震源地との距離が少ないことからすぐに津波が押し寄せる。そしてさらに悪いことには高知市の地盤が地震によって1mほど沈下する。津波の影響をもろに受けやすくなる。愛媛県佐田岬以南が津波の影響を受ける。海岸線では5mを超える津波となり、場所によっては10mとなる。原発のある伊方、八幡浜市、西予市、宇和島市、愛南町が津波の影響が大きい。瀬戸内海側の津波の影響は相対的に小さい。
九州では日向灘までが震源地とされており、太平洋側の海岸線では津波が押し寄せる。及ぶ範囲は佐田岬半島と佐賀関半島までとされて、それより北へは津波は及ばない。南は鹿児島県東串良まで浸水深さが5mを超える地域が続いている。南海トラフ地震の震源範囲を日向灘で止めたため、九州パラオ海嶺で震源の想定はしていない。

1923年の関東大震災では10万人以上の犠牲者の内、9割が大規模火災による犠牲者であった。1995年1.17の阪神・淡路大震災では6500人の犠牲者のほとんどが家屋の倒壊や家具の転倒による犠牲者であった。2011年3.11の東北地方太平洋沖地震では2万人近い犠牲者行方不明者の大部分は津波による犠牲者であった。関東大震災の教訓は「グラッと来たら火の始末」、阪神・淡路大震災の教訓は耐震化家屋と家具の固定であった。2008年時点で住宅の8割は耐震化されている。過去に例のない災害は見過ごされがちである。それは海抜ゼロメーター地帯の災害である。海抜ゼロメータ地帯は関東平野、越後平野、濃尾平野、嵯峨平野など広く存在する。なかでも南海トラフ地震の影響を受けるのは濃尾平野である。伊勢湾の奥にある濃尾平野に高い津波が襲ってくることは少ないが、堤防の破壊は揺れによる堤防直下の地盤が液状化し、堤防の重みに耐えられず沈没するために発生する。ゼロメーター地帯は堤防によって守られている。このことは2015年9月の鬼怒川流域の堤防崩壊による水害の様子にも明らかである。

(つづく)
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読書ノート 山岡耕春著 「南海トラフ地震」 (岩波新書2016年1月)

2017年03月21日 | 書評
M8-9規模の南海トラフを震源域とする巨大地震をどう予測し、何が起きるか、どう備えるかを考える 第7回

2) 最大クラスの地震とは (その2)

ここで少し地震のメカニズムを科学的に考えてゆこう。現在の気象予測はスーパーコンピュータを用いて世界中の20Kmごとの格子点の大気測定値(アメダスデータ)を取り込んで計算するものである。そこで用いられる方程式は、大気の流れの流体力学の微分方程式、水蒸気の蒸発と降雨方程式などを用いる。こうした気象の数値予測が行われ、天気予報や警報の発表がなされる。地震発生についてはコンピューターによる数値予報は研究中である。地震発生の数値計算がいかに難しいかを述べることになる。地震現象を支配する微分方程式とは、媒体である岩石層の歪と応力の関係式、字椎の正体である断層運動方程式を求めなればならない。近くの粘弾性値は温度によって変化する。深さ15Kmよりも深い場所では粘性的な性質が顕著となる。地震の発生は岩石の中で起きる急激な破壊である。これら断層面に沿っ多ずれの動機を支配するのが摩擦の法則である。摩擦とは固体と固体が接触する面のずれを抑制する。摩擦則は滑り(ずれ)速度と状態に依存する。滑り速度が増加すると摩擦力が減少する性質を「滑り速度弱化」と呼ぶ。接触の強弱の割合を「状態」と呼び、状態によって摩擦力が異なる。摩擦則はそもそも経験則であることに加え、パラメーターも空間分布も不明である。ということで現在の地震予測を数値計算から求めることはまだ不可能である。過去の地震履歴事例から地震を確率的に予測する手法の開発も進められている。話をもとに戻して南海トラフ巨大地震が発生した時、東京、名古屋、大阪といった大都市で何が起きるだろうか。政府や各自治体が発表した被害想定に基づいて考えよう。東京は南海トラフから離れているため揺れの強さは震度5強程度に収まる。伊豆半島や三浦半島の陰になるため東京湾の奥での津波もさほど大きくはない。東京では長周期地震動と呼ばれるゆっくりとした振動の影響が懸念される。高層ビルや石油タンクなど巨大建築物に影響が出る可能性がある。3.11東北太平洋地震でも千葉県市原市五井石油コンビナートで大火災が発生した。東京都内で地盤の揺れやすさが異なるので、低地や埋め立て地は揺れやすいので地盤の流動化が起きるだろう。高層ビルでは高層部の揺れが地表部に比べて大きい。家具・ファイル書棚・コピー機やPCによるケガを防ぐために固定化が必要である。東京では建物被害は少なくても交通への影響は大きい。このように短期的には東京への影響は限定的である。名古屋市は南海トラフ巨大地震の影響を最も受けやすい都市である。市内のほとんどの地域の震度は6弱以上で、名古屋の南部や西部の揺れやすい地域では震度6-7となろう。そして液状化の可能性も高い。津波については入口の狭い伊勢湾の奥にあるので影響は比較的小さい。名古屋市の想定では巨財地震の最悪ケースで建物全壊が66000棟、仮設住宅6万戸の建設費は3000億円、死者数最大6700人とみている。ライフラインや交通の停止による生活困難が待ち構えている。電力停電と固定電話が不通となり復旧するには数日から1週間ほどかかる。電力は水道にも影響する。長期間の交通マヒが続き鉄道再開まで1週間はかかる。大阪市も歴史的に南海トラフ巨大地震の影響を受けてきた都市である。安政の南海地震では大阪湾を襲った津波による被害を受けた。大阪は河川と運河の張り巡らされた都市であるので津波被害が広がった。大阪府がまとめた被害想定を見よう。南海トラフの巨大地震の最大揺れは震度6弱とみており、名古屋より1段低い。建物倒壊による死者は70人程度で見ているのは、大阪府の耐震化率は80%であるからだ。揺れによる被害は限定的であることに比べて、津波による被害は、此花区で4mの高さで地域全体が浸水する。大阪では地震発生からつ津波が来るまで1時間半から2時間かかる。大阪駅や梅田も浸水域となり地下街に侵入する可能性がある。大都会では地震後歩いて帰宅する避難者で大混雑する時間帯に津波による浸水が起きたら被害が拡大されるだろう。地震後4-5時間は避難した場所に留まる方が安全である。事前にハザードマップを入手して、よく付近の起こりうる事態を把握しておくことが大事である。

(つづく)
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