ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

水上勉文学  「金閣寺炎上」、「五番町夕霧楼」  新潮文庫 

2006年09月30日 | 書評
  私は水上勉の小説は今まで好きになれなかった。その理由はあまりに話が暗く、日本海側の貧困そのものを直視できなかったからである。京都に生まれた私の近所には北陸出身の人が多くいて、偏見ではないが一様に吝嗇で始末やさんが多かった。又冬の日本海の鉛色の海の暗さには鬱として嫌悪すべき印象が強かった。水上氏の小説は多くは北陸の貧しい人々の苦しい生活を背景とした話である。それが京都の寺院の腐敗と陰惨さと絡んでいて、いやな気分にさせてくれる。といった私の偏見に満ちた思い出と印象が支配していたからである。北陸の貧困と京都の底意地の悪さが相乗的にマイナス方向に増幅した気持ちになった。
  それがなぜ水上文学を取り上げたのかという説明をしなければならない。私のホームページ「京都洛中洛外スケッチ帖」コーナーにもう既に180枚以上の京都の町屋寺院花街商家などを描いてきた。とくに花街(色町)を描いているとき、昔あった遊郭に興味を持った。西陣の織物屋の旦那衆は上七軒という花街で遊び、西陣の職人や丁稚という下層階層の人は五番町という四流以下の色町で遊んだそうである。五番町という遊郭の跡を探して少しでも昔を偲ぶ縁があるならスケッチしようと思い立った。らしい家を探したがこれという手がかりも失われていた
  そこで水上勉氏の小説「五番町夕霧楼」を思い出して読んだ。するとこの「五番町夕霧楼」の遊女夕子の知り合いであり客であった金閣寺の小僧が金閣寺に放火したというではないか。金閣寺は昭和25年に放火炎上したことは史実である。この社会事件は当時の京都人を驚愕させた。そこで私の興味は「金閣寺炎上」という水上勉氏の小説に移った。この小説はいまでいうノンフィクション小説で関係者の証言と聞き取りから構成され、犯人林養賢の生い立ちから犯行までを丹念に再構築した小説である。その背景はやはり北国の貧しさにあった。
  それにしてもなぜ金閣寺は焼かれたのだろうか。権力者が建立した寺院はいつも焼かれる運命にある。金閣寺が残っていたのが不思議なくらいである。時代の変遷の中で消失するのが権力の象徴である。三島由紀夫が言うような美しいから焼かれる運命だいうのは観念上の戯れごとである。戦火で焼かれるのが運命である。金閣寺の放火事件は今風に言うと、金閣寺の観光寺としての収入が相国寺本山を支えていたこと、歴代禅僧住職の酒宴・妻帯や女遊びと建前との矛盾(坊主は京都では白足袋はんといって、旦那衆と同様花街の上客であったことは有名だ)、住職に金があった割りに小僧にはけちであったこと、丹後生れの林養賢の出の貧困との落差、林養賢が生まれつきどもりでそのためいじめや孤独という性格上の問題などが挙げられている。林養賢の精神分裂症的情況は刑務所のなかで一層悪化し、親譲りの肺結核が命取りになった。刑期7年を5年で出所したが直ちに入院して若干27歳で大量の喀血で他界した。
  林養賢が金閣寺放火の前に五番町の遊郭に二回登楼したときの相方が「五番町夕霧楼」の中では、林養賢と同郷の夕子であった。この夕子の生い立ちも哀れを極めるような極貧の樵の娘という設定で物語が始められる。境遇が同じで林を兄のように慕った夕子が、警察で自殺する林の後を追って故郷の寺の百日紅の樹のしたで服毒自殺するという物語は、読む者の涙を誘わずにはおかないという脚本である。「金閣炎上」とは話の材料が随分違うが、これは主題が金閣炎上ではなく、あくまで遊女の哀れな境遇を社会派小説家水上勉が貧しいものへの心情溢れる小説に仕立てた。こんな厳しい貧しさもあったのだということは、もう既に今に若い人には話しても通じないことではあろうが。
  水上勉文学は日本海の暗く厳しい冬の風景を背景に、なすすべもなく貧しい農民の辛酸な生活から出てくるお話が主流である。こんなことは今では伝達不能なくらい昔話になった。結構というかなんというのか。
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米本昌平著 「バイオポリティクス」  中公新書(2006年6月 初版)

2006年09月30日 | 書評
内なる生命研究の最先端と各国の生命倫理法と行政

 著者の米本昌平氏は三菱化成(現三菱化学)生命科学研究所において30年間科学史・科学論の研究に従事されたそうだ。私が知っている三菱化成生命科学研究所は民間会社の常識からいえばありえないほど学問的研究を推進されているところである。民間企業組織というよりは、企業のリソナ基金で運営されている財団法人研究所に相当する。さすが短期の利を追わない財閥三菱の長期戦略ではないかとやっかみ半分で眺めていたものだ。バイオ研究そのものではなく、科学論や科学行政の比較研究という分野は大学でも現在の成果主義研究体制ではやりたくない研究分野である。(自然科学研究そのものではなく半分は社会科学に足を突っ込んだ政策論は自然科学者はやらないものだ。)しかも内容は権力に対する痛烈な批判にもなるので、何処までも三菱化成の度量の大きさを思いやられる
 この本が書かれたきっかけはやはり韓国の黄教授によるヒトES細胞樹立捏造スキャンダルにある。これは科学技術分野における後進国韓国が成功を焦ったために起きた事件ではあるが、このような無制限なヒト卵子の提供ということを可能にした韓国の儒教文化を背景とする女性差別前近代社会に起因した。さらに2003年ヒトゲノム計画の完了は20世紀生命倫理(バイオエシックス)から21世紀バイオポリティクスヘ大きな転換を求めている。生命という内なる自然をどう把握し理解し管理して利用するかという価値問題に本格的に向かわざるを得ない。そして問題は科学と社会の関係の見直しに及ぶことになる
 背景にはヒトゲノム研究や発生工学の急展開で科学研究の主軸が物理的自然から身体の内なる自然へ移行したこと、さらに身体が分解・解体され素材として編集される対象となったことがある。このため医者と患者の関係をインフォームドコンセントや自己決定といった米国式生命倫理学の考え方で対処できない事態が顕在化した。人体の商品化は商業主義が自己決定を巧みに利用した結果であり、臓器移植ツアーや韓国の論文捏造事件で発覚した卵子の大量採取は経済格差に起因する南北問題だ。本書は身体の処分をプライバシーの範疇と見なす米国型自由主義を反面教師に、連帯といった新たな価値を見出した欧州の動向をたどりつつ、日本が取り組むべき政策を示す。生命倫理的課題には個人の自由より上位に公序が位置することを確認し国内法を整備したフランスの議論が、人間の尊厳を規定するEU憲法案の生命倫理原則に結実する経緯は示唆に富む
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代理出産と生命倫理・法的問題

2006年09月30日 | 時事問題
asahi.com 2006年09月30日11時28分
向井さん代理出産、高裁が出生届受理命じる
 
「タレントの向井亜紀さん(41)と元プロレスラーの高田延彦さん(44)夫妻が米国の女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児(2)の出生届を、東京都品川区が不受理としたことを巡る家事審判の即時抗告審で、東京高裁は不受理処分の取り消しを命じる決定をした。決定は29日付。南敏文裁判長は決定理由で、「(向井さん夫妻が)法律的な親として養育することが、子供の福祉に最もかなっている」と述べた。」

生殖工学と生命倫理および法的問題

森岡正博氏は著書「生命観を問い直す」において『生命倫理と環境倫理は今までバラバラに論じられてきたが、「生きてゆく欲望」という内部願望がもたらす環境破壊と自然生物略奪と、生命工学の進歩(とくに生殖工学)がもたらす危険性は本質を一つにしていることに気が付くべきです。これらの様々な問題を文明の問題として捉えることが新しい生命の知をもたらすと期待したい。』 と述べています。ここでは生命倫理は主に胚操作技術とクローン技術の危険性をいい、代理出産は特別に生命倫理の問題は無く、夫婦の精子と卵子であれば、どちらかが死亡していなければ法的にも問題ではない。別の判決では卵子を他人から貰った場合代理出産の結果できた子の出産届けは受け取らなくていいという判決であった。今回の向井さん夫婦の場合は両方の精子卵子であり、親は健在なので法的には全く問題ない。脳死審議会でも、警察は人の死を心臓停止と呼吸停止、瞳孔拡散の3条件で抵抗したが審議会は意識が無くなった脳死で人の死を認めた。これと同じように区役所は生んだ人が母親だということ抵抗してきたようだが、精子卵子が夫婦のものであることは遺伝子診断で証明できるので、生んだ人から何も受け継いでいない子を親子関係とすることのほうが不自然である。妥当な判決であるといえる。向井さんも晴れて親子になれておめでとう。
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労働関係の劣悪化 安い労働力を求める企業の宿命か

2006年09月30日 | 時事問題
asahi.com 2006年09月30日07時50分
偽装請負で事業停止命令へ 大手コラボレートに厚労省

 実態は労働者派遣なのに、請負契約を装う違法な「偽装請負」を繰り返していたなどとして、厚生労働省は来週中にも、製造請負大手の「コラボレート」(大阪市北区)に対し、労働者派遣法に基づき、事業停止命令を出す方針を固めた。偽装請負に絡んで事業停止命令を出すのは初めて。厚労省は、大手メーカーの国内工場で偽装請負が蔓延(まんえん)していることから、請負・派遣企業とメーカーへの指導を強めていた。
 コラボレートは多数の大手メーカーと取引があり、工場内での製造業務を請け負うほか、一部で労働者派遣事業を手がけている。同社の会社案内のビデオによると、04年度の売上高は1560億円。「アウトソーシングでは国内ナンバー1」と自社を紹介している。同社の従業員は今年8月現在3万4290人。グループ全体だと年商は国内だけで5000億円、従業員は11万人を超える。国外では、米国や英国で人材事業を展開している。

 厚労省 企業の人件費率削減の妙手禁じる 人材派遣会社を罰しても製造企業は罰しないのか
 
 製造業では昔から請負組制度や下請け制度があった。製造現場には主任くらいしか正社員はいなくて、殆どの従業員は外部の人間であった。まさに製造人件費は比例費(製造量に応じて変動する費用)であって、業績に応じて臨機応変に変動させること(忙しい時は雇い入れ、閑になれば直ぐ首にする)ができた。つまり企業は工場全体から固定費的要素を出来る限り排除したいわけである。工場自体も請負化したいようだ。会社には企画開発部門と営業しかない事が理想的といわれた。しかし従業員は自由に使いたい。ということで請負契約を装う違法な「偽装請負」という妙手が考えられた。これを考えたのは雇うほうの企業であって、人材派遣会社ではない。これを違法というならば企業にも責任を問うべきだ。企業の管轄は経済産業省なので、厚生労働省は手を出せないだけだろう?。なんか片手落ちにみえる。
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安部新政権 日中日韓関係修復へ

2006年09月30日 | 時事問題
asahi.com 2006年09月30日03時11分
安倍首相、8日にも訪韓 中国にも「10月中」打診

 [安倍首相は10月8日にも韓国を訪れ、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と初の首脳会談を行う方針を固めた。韓国側も積極的で、約11カ月ぶりに両国首脳の会談が実現する見通しだ。日本政府は小泉前首相の靖国参拝で冷え込んだ中韓両国との関係を同時に改善することを目指しており、中国側に対し、10月中の安倍首相の訪中による胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席との首脳会談を打診している。」

asahi.com 2006年09月21日12時01分
扇参院議長、10月訪中で調整 首脳級会談も
 「日中両国は21日までに、扇千景参院議長が10月中旬に中国を訪問する方向で最終調整に入った。現段階では、安倍晋三官房長官が新首相に就任して初めての日本側の要人の訪中となる見通しで、中国側は首脳レベルによる対応も検討している。」

安部新内閣 日中・日韓関係修復へ始動  誠に喜ばしい動きである。
 何回もこのことについては記事を書いているので、コメントは不要だが、首脳会談の具体化にむけて粛々と交渉が進んでいる様子だ。ただ会った場合、何を議題にするかその辺の情報が欲しい。小泉の尻拭いのお詫び行脚だけではつまらない。貿易問題や六者会議、拉致問題、北の核武装阻止などについて議論が必要だ。
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