ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 山岡淳一郎著 「原発と権力ー戦後から辿る支配者の系譜」 ちくま新書

2013年04月22日 | 書評
原発というシナリオに群がった人々 第5回

1)冷戦が押し開けた原子力の扉ー中曽根康弘の原子力関係予算化 (2)
 中曽根はキッシンジャーの招きに応じて「ハーバード大学の夏季セミナー」に参加し、最軍備・反共の姿が注目された。帰路中曽根は嵯峨根遼吉を訪問し、二人でカルフォニア・バークレーのローレンス放射線研究所を見学した。嵯峨野は中曽根の日本の原子力研究をどう進めるかという質問に答えて、次の指針を与えたという。(出来すぎていて、後付けの感が否めないが、これが日本の方針となった)
① 長期的な国策を確立すること。とくに政治家が決断しなければならない。
② 法律と予算を持って国家の意志を明確にし、安定的研究を保証する。
③第1級の研究者を集める。
1953年国連総会でアイゼンハワー大統領の「原子力平和利用」演説の後、国際原子力機関IAEAの設置を呼びかけた。1954年防衛産業の育成に力を注ぐ経団連会長石川一郎と三菱の郷古潔の二人は日本航空のアメリカ乗り入れに招かれて訪米し、嵯峨根遼吉に会いバークレーのローレンス研究所を訪問した。政界と財界の原子力利用への動きが始まりつつあった。官は政治が予算の筋道をつければ自動的に動き出すものである。「原子力予算を入れよう」と言い出したのは斉藤憲三だったが、改進党の中曽根康弘、稲葉修、川崎秀二、斉藤憲三、小山倉之助らは1954年度予算修正案を上程した。総額2億6000万円の原子力予算が盛り込まれていた。学界や民間でも茅・伏見の原子力派科学者と大政翼賛会左派の旧昭和研究会グループの田中慎次郎らが「新しいエネルギー-原子力」と銘打った講演会を開いた。同年3月米国の水爆実験がビキニ環礁でおこなわれ第5福竜丸が被曝したにもかかわらず、原子力予算は国会を通った。原子力予算説明で改進党の小山倉之助は「現在製造の過程にある原子兵器をも理解し、またはこれを使用する能力を持つことが先決問題であります」といい、原子力利用の目的は核兵器使用にある事を明白に露呈した。
(つづく)

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文芸散歩 山本光雄訳 「イソップ寓話集」  岩波文庫

2013年04月22日 | 書評
動物に擬して民衆に生きる知恵を教える奴隷の道徳 第2回 最終回

 イソップ寓話が目的とする道徳はやはり奴隷の道徳である。現在の規範から判断すべきではなく、ギリシャ時代の民衆(自由市民とは貴族のことで、民衆は奴隷とみてよい。ただしかなりルーズな奴隷で、近代の黒人奴隷の悲惨さとはイメージが異なる)の道徳観や処世術をみる必要がある。凡俗で醜悪な人生の活図(ゴヤの版画のような)が見られる。それによって人間の智を深く広くする事を狙っている。アイソポス寓話はギリシャ時代の学校において、作文の練習課題として用いられたという。アイソポス寓話は紀元前4世紀の道徳的観察の隆盛になった時期に多いにもてはやされた。アリストパネス、クセノボン、プラトン、アリストテレスに度々引用される。なお文学形式としてはイソップ寓話は先ず散文であって、プラトンは詩形に改めたといわれる。一部に詩形の作品も交じっている。紀元前3世紀にデメトリスがアイソポス寓話の蒐集と編纂を試みたといわれるがそれは伝わってはいない。本書の翻訳は1927年パリ エミール・シャンブリー版のギリシャ原文によったそうである。日本では、1593年(文禄2年)に「イソポのハブラス(ESOPO NO FABVLAS)」として紹介されたのが始まりで、これはイエズス会の宣教師がラテン語から翻訳したものと考えられており、天草にあったコレジオ(イエズス会の学校)で印刷されたローマ字のものである。その後江戸時代初期から「伊曾保物語」として各種出版され、普及し、その過程で「兎と亀」などのように日本の昔話へと変化するものもあらわれた。内容は現在のイソップ寓話集と異なる話も収録されている。

 話の内容を分類するため題名にでる主役だけでカウントすると、大きな分類では動物の関係が217作品、人の関係が104作品、ギリシャの神の関係が22作品、植物8作品、自然4作品、物3作品の合計358作品である。動物が主役の作品が全体の2/3を占め、動物の順で行くとライオンが21作品、ロバが20作品、狼が17作品、狐が15作品、犬が13作品、烏が11作品、山羊が6作品、鶏が6作品、鹿が5作品となって、動物から想像される性格を擬人化した話である。次に人の話ではさまざまな職業の人が描かれており、職業別では漁師7作品、羊飼い8作品、農夫9作品、医者4作品が多い方である。ギリシャの神ではゼウスが9作品、ヘルメスが5作品、ヘラクレスが3作品、プロメテウスが2作品である。動物が主人公の話しが多いので、主人公として登場する動物種を全部挙げてみると、鷲、鶯、鼬、猫、山羊、鶏、翡翠、狐、熊、蛙、牛、カナリア、豚、蝮、騾馬、鮪、鳶、馬、駱駝、甲虫、蟹、ビーバー、つぐみ、烏、雲雀、白鳥、犬、蚊、兎、鴎、ライオン、狼、蜂、鼠、蠅、蟻、こうもり、驢馬、蛇、猿、羊、モグラ、猪、孔雀、蝉、ハイエナ、燕、亀、鵞鳥、鸚鵡である。登場動物の豊富さに比べて貧弱なのが植物で、柏、葦、くるみ、オリーブ、バラ、柘榴に過ぎない。そして季節や自然も極めて貧弱である。これはギリシャという乾いた土地のなせることかもしれない。本書の目次に従って全作品を要約することはやめよう。あまりに内容が短くて数が多いからである。要約しても文章の嵩はさほど減らないし、作品自体に贅肉がないのでこれ以上にまとめようがない。また作品に付されている教訓は的を得ていない場合もあり、これを取り上げて詮索しても人によっては異論も多いからである。どうぞそのまま味わってください。また私にとってそんな教訓は今さらどうでもいい年頃に来ているのである。
(完)
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読書ノート 山岡淳一郎著 「原発と権力ー戦後から辿る支配者の系譜」 ちくま新書

2013年04月21日 | 書評
原発というシナリオに群がった人々 第4回

1) 冷戦が押し開けた原子力の扉ー中曽根康弘の原子力関係予算化 (1)

 米軍の占領政策は日本の民主化を最優先にして軍国主義の根を絶つことであったが、ソ連の国力の脅威に驚いたGHQは日本を「反共の防波堤」とするために、日本の経済力回復へと楫を変えた。そこで軍国官僚や政治家・旧軍人・右翼を取り込んで、日本の左翼陣営を弱体化させ保守勢力を強化した。筆者は政治の動きにページを費やする傾向にあるが、私はそれは他書に譲って、原子力関係を中心にまとめたい。戦犯の釈放で岸信介・後藤文夫といった東条内閣時代の官僚・閣僚が政治に参加した。後藤文夫は大政翼賛会の顔ともいうべき存在で東条内閣の国務大臣であったが、戦犯として収監された巣鴨で英字文献を読んで原子力発電の事を知っていた。後藤は元秘書官であった橋本清之介(のちの原子力産業会議の代表理事)と話し合って米国発の原発に関する情報を電力界にもたらした。橋本文夫は後藤隆之介の主催する講演会で田中慎次郎から原子力発電を勉強したという。後藤隆之介とは近衛の「昭和研究会」を取り仕切り、大政翼賛会(当初大政翼賛会は左翼も連合する緩やかな組織であった)の組織局長となった男である。後藤慎次郎も朝日新聞の田中慎次郎も左翼系である。新聞界では朝日新聞の田中清次郎が最も早く原子力に目をつけたといえる。1951年最後の「日本発送電株式会社」(9電力会社に分割・民営化される)の総裁であった小阪順造は電力経済研究所を創設し、橋本清之介を常任理事に、後藤文夫を顧問に迎えた。こうして戦中の国家総動員体制の落ち武者が原子力ネットワークの要所を押さえたことになる。

 戦時中、日本にも原爆研究がなかったわけではない。1941年陸軍の安田武雄中将が理化学研究所の大河内正敏所長に原爆製造研究を依頼した。大河内は仁科芳雄に原爆研究を命じたが、仁科らはガス拡散でウラン濃縮すれば原爆は作れるといったが、研究はもっぱら原子核物理のサイクロトロン基礎研究に費やされ原爆研究には熱心ではなかった。そして米軍は1945年8月日本に2発の原爆(広島:ウラン濃縮、長崎:プルトニウム)を投下した。占領軍は原子力研究を全面的に禁じた。こうして日米の原子力研究の差は大きく開いた。日本の科学者で原子力利用を訴えたのは仁科の門下生だった武谷三男(反体制派物理学者。・科学史家)である。1950年武谷は「自主・公開・民主」の平和的な原子力研究を行なう権利を日本人は持っているといった。物理学者の動き対して原子力を政治の舞台に引き上げたのが、日本の再軍備を主張する中曽根康弘であった。1950年朝鮮戦争は日本の再軍備という「逆コース」の変更を迫った。1951年ダレス大使が来日したとき、中曽根は、最軍備への援助や原子力研究の自由化・民間航空の復活という要望書を出した。1951年9月サンフランシスコ単独講和と日米安保条約はセットで締結された。東大の茅誠司と伏見康治らが原子力研究再開に向けて動き出した。茅は1952年秋の学術会議に原子力委員会設置を図り、伏見康治にシナリオを書かせたが、茅・伏見の提案は学術会議の若手物理学者の猛反対を招きシナリオは却下された。
(つづく)
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文芸散歩 山本光雄訳 「イソップ寓話集」  岩波文庫

2013年04月21日 | 書評
動物に擬して民衆に生きる知恵を教える奴隷の道徳 第1回

本書の巻末にある解説より、イソップ寓話の簡単な紹介をする。イソップ(ギリシャ語でアイソポス)に関する最古の文献は、歴史家ヘロドトスがエジプト王ミュケリノス建造のピラミッドを論じるについて、芸妓ロドピスはサモス人イアドモンの奴隷で、あの寓話作家アイソポスと一緒に奴隷をしていたというのである。そしてアイソポス殺害の代償を受け取りたいひとをとして、イアドモンの孫が名乗り出たという記録を書いている。一般のこのヘロドトスの記述は信用されており、これによればイソップはアマシス王の時代(紀元前6世紀)に実存して、寓話作家として知られており、サモス人イアドモンの奴隷であったこと、そしてデルポイで殺害されたことが分かる。イソップに関する他の記述は概して信用できないものが多く、プラヌデス(1260-1330)の作といわれる「アイソポス伝」も全く面白半分に書いており信用するに足りない。イソップは寓話を作った最初の人といわれ「寓話のホメロス」ともいわれたが、彼以前にもヘシオドスらはイソップ寓話に見られるような寓話をいくつか残している。それ以前から伝承されてきた古代メソポタミアのもの、後世の寓話、アイソーポスの出身地とされる(小アジア)の民話を基にしたものも含まれている。現在の寓話についている解釈は、これらの古典的寓話集が、ギリシャ語やラテン語を読むキリスト教の学者によって受継がれて来た事、中世ヨーロッパでのキリスト教の価値観を持った寓話をさらに含むことで、単なる娯楽的な寓話から教訓や道徳をしめす教育的な意味を付加されている。したがって各々の寓話の末尾につけられた解釈・教訓は本来(原形)のイソップ寓話集にはなかった文章で、後の学者が教訓じみた文を付加してものであろう。寓話を堅苦しくしており「なくてもがな」と思われる。寓話は動物などの性格(たとえば狐は狡猾さ)・行為に託して道徳的教訓を与えるところ、童話などと違った特徴がある。とはいうものの寓話的要素はグリム童話にも多く取り入れられている。グリム童話の登場人物の特徴が、深い森にいる魔法使い、職人、王様・お妃・王子・お姫様だとすれば、イソップ寓話の登場人物は動物である.。人間も登場するが半分ほど少ない。そしてグリム童話は長編(繰り返しによる)であるが、イソップ寓話は短篇(付け加えられた教訓を取り除けば、数行にすぎない)短篇である事が特徴である。面白いことに、本書に一箇所、作者といわれるイソップ自身が登場する。これは後日他人が書いたものであろう。イソップをどう見ていたかが分かるエピソードが挿入されていると見るべきであろうか。
(つづく)
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読書ノート 山岡淳一郎著 「原発と権力ー戦後から辿る支配者の系譜」 ちくま新書

2013年04月20日 | 書評
原発というシナリオに群がった人々 第3回

序(3)
日本は原爆の悲劇を2回経験し、「第5福竜丸」は水爆実験の「死の灰」をあびた経験をもつ唯一の国家である。にもかかわらず日本の左右陣営はこぞって原子力の平和利用という言葉に乗せられた、稀有な、愚かな国民である。反省は経験から学び取るものであるが、悲劇という経験から何も学ばなかった日本という国の底知れない反省のなさに唖然とする。ドイツはユダヤ人虐殺に猛反省をしていまや世界をリードする健全な国家になりえた。日本では先の大戦で軍人は滅んだが、軍国を支えた官僚は生き残り、経済成長に的を絞った統制経済的手法で日本を乗っ取った。原子力は支配体制を再構築するするには戦後の格好のターゲットとなった。そして日本を底知れず腐敗させている体制は「大政翼賛会」というよそ者を排除する総与党体制である。自民党政治家のみならず、野党政治家、知識人とくに大学の科学者達全員が原子力平和利用の大合唱に巻き込まれた。原子力に批判的な意見は「文明を知らない野蛮人」と罵倒した京大の教授がいた。いつも村八分を恐れて空気を読む人々が原発に賛成したのだ。この雰囲気は国体を恐れアカ・非国民呼ばわりに恐怖した人々が戦争に巻き込まれたのと同じ原理である。原子力発電はどこから来たのか、そして推進した者はだれか、実名で記録しておかなければならない。特に権力に群がった政治家たちの名前を。著者山岡淳一郎氏のプロフィールをみよう。1959年愛媛県うまれ、出版会社を経てノンフィクションライターになる。近現代史、医療、政治などの分野で活躍している。主な著書には「国民皆保険が危ない」(平凡社新書)、「医療のこと、もっと知ってほしい」(岩波ジュニアー新書)、「狙われるマンション」(朝日新聞出版)、「後藤新平」(草思社)、「田中角栄}(草思社)などがある。山岡淳一郎氏はこのようにノンフィクションライターである。本書は政治家の事しか書いていない。政治家イコール権力者というわけではないし、権力の中枢というわけでは決してない。だから本書の副題にいう「日本の支配者」に肉薄した内容を持つものではない。せいぜい原発の甘い汁に群がった政治家というような意味であろう。
(つづく)
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