ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 池内 了著 「科学者と軍事研究」 岩波新書(2017年12月)

2019年07月31日 | 書評
京都立本寺 「蓮の花」

防衛省と大学の共同研究制度「安全保障技術研究推進制度」で大学は何を失うか 第10回

第3章) 軍事化する日本の科学 (その3)

③ 大学改革による大学運営への政府の介入: 
 政府が進める軍事化路線においては、人材を抱える大学の協力が不可欠なので、大学改革が遅れているとの言いがかりをつけ、主に財政的措置を通じて国家が大学の軍事化を促す方策がとられている。安倍内閣は財界の要請を受け国立大学を産業界に奉仕する場とするため、産学共同のための条件整備と職業教育に軸足を移すよう「大学改革」を進めてきた。2014年8月国立大学法人評価委員会において、教育や人文・社会科学という分野の組織廃止・転換を進めるべきだという方針が出され、2015年6月各大学に通知が出され組織改編を促した。2004年の国立大学の法人化以来、文科省の大学支配が貫徹されるようになっていた。大学を競争原理に曝して短期の成果を競わせ、財界が要求する「改革」を実行する大学を優遇して差別化して全体として安上がりに済ませるのが、文科省の「大学改革」の目標です。そしてさらに政治的な要素が加わり、政府に楯突くような「社会科学」は廃止したいと菅官房長官も言っていました。2016年1月に綜合科学技術イノベーション会議CSTIで決定された「第5期科学技術基本計画」では、我が国の大学が欠ける問題点を検討して、「世界における我が国の科学技術の立ち位置は全体として劣ってきた」という厳しい結論であった。そこまでは正常な現状認識であるといえる。問題は、「大学などの経営・人事システムをはじめ組織改革の遅れや、組織間、産業間、府省間、研究分野間などの様々な制度的要因が存在する」と、大学に責任を押し付けるのがCSTIという為政者の常である。具体的には大学に人材、組織改革を強要するものである。政府は「第5期科学技術基本計画」を受けて、「科学技術イノベーション総合戦略」(略して「総合戦略2017」)という処方箋を出した。しかしピント外れの処方箋は事態を一層悪化させるものでしかない。イノベーションの意味を「価値の創成」とするか、「社会における改革」と取るかでは不明瞭であるが、政府の文脈は「改革」という意味である。創造性のない人、研究テーマにいくら金をつけても決して成功しない。また組織、人事システムを猫の目のように(朝令暮改)変えても、いい研究は生まれない。そんなことは自明である。「総合戦略2017」は基本的に「第5期科学技術基本計画」と同じ課題を掲げているが、新たに「知の基盤の強化」、「資金改革の強化ー外部資金の京化による資金源の多様化」、「国立大学改革と研究資金改革の一体化」等が提示されている。資金の多様化という無責任な官僚用語は国家の責任を放棄し、金は自分で工面してくるという国家にとって都合のいい安上がり策であるが、空文句である。この文章の無味空論さは、日本経済再生本部で議論され閣議決定された「日本再興戦略」と同じく空理空論の作文である。「我が国が強い分野を支える拠点・人材への集中投資」では、現状の日本の劣位の認識は正しいとして、政府は「選択と集中」政策しか眼中になく、選ばれたエリート分野やエリート大学に資金を集中すれば、それで日本の科学技術は一流になると考えているようである。強い分野を支える拠点・人材はどうしてできたかへの検証は無く、最初から存在するアプリオリの分野へ資金を流し込めというに等しい。政府の誤った政策によってやせ衰えた体に鞭を撃つ政策である。ますます日本全体の科学技術はガタガタになってゆくことは必至であろう。

(つづく)

読書ノート 池内 了著 「科学者と軍事研究」 岩波新書(2017年12月)

2019年07月30日 | 書評
京都立本寺 「蓮の花」

防衛省と大学の共同研究制度「安全保障技術研究推進制度」で大学は何を失うか 第9回

第3章) 軍事化する日本の科学 (その2)

② 軍事大国へのステップ: 
日本の研究の軍事化戦略は先に、ⅰ)装備化を目指す基礎的技術開発、ⅱ)大規模実用化の課題を探る、ⅲ)省庁間協力で産学と軍学共同を結びつけ、軍産学官複合体形成を本格化させる、ⅳ)画期的な武器開発を目指して、武器の国際共同開発と武器輸出のための実力をつけると書いた。ⅳ)を除いてその順にまとめる。
ⅰ)装備化を目指す基礎的技術開発段階: 2015年から開始された「安全保障技術研究推進制度」を足場とする第1段階です。官庁言葉での「基礎研究」とは戦略的・要請的とあるように、ある明確な目標が要請され、戦略的に開発を進めるべき研究のことである。学術研究ではこれは「応用研究」と呼んでいます。あえて防衛省が「基礎研究」と呼ぶのは明確な 軍事研究であることを曖昧にし、カムフラージュし、オブラートで包むためです。
ⅱ)大規模実用化の課題を探る段階: 「安全保障技術研究推進制度」が2017年度より110億円となったことで、第2段階に足を踏み入れたと思われる。1件当たり20億円、原則5か年によって、大規模開発研究が可能となった。2017年度予算は12億円を使うことにして、来年以降に備えて備蓄しておくことになった。現時点では大型実用化テーマは設定されていない。研究開発法人の公的研究機関(産総研など)は特定プロジェクトを除いて、融通性のある予算は無く、大学以上に予算削減要求が強いので、創造的研究の余地は少ない。従って軍事研究に手を出す素地はできているようである。
ⅲ)省庁間協力で産学と軍学共同を結びつけ、軍産学官複合体形成を本格化させる段階: 2016年8月に出された「防衛技術戦略」には20年先を見通した技術戦略の必要性を示しているが、まだ計画段階であり、10年位時間はかかるであろう。その戦略において、「防衛装備移転三原則」を示して産業界の武器生産と輸出を可能とする道を引いた。現状では民生技術で経済が成り立ってきたので、それほど武器輸出は進んでいない。ここには経産省の協力が不可欠であり、大学の協力を得るには文科省との連携も必要である。そこで、防衛省としては(産学官共同+軍産連携)を省庁協力が後押し、軍産学官複合体に持って行く方向に施行してゆくだろう。
ⅳ)「防衛省中長期技術見積もり」の具体的実現の段階: 「防衛技術戦略」ではこの10-20年程度の時間をかけて、①外国に対する技術優位性の確保、②優れた防衛装備品の効果的な創製の2点に絞った課題設定を論じている。「防衛省中長期技術見積もり」では画期的な軍事技術開発を構想することを第4段階と位置付けている。キャッチフレーズはスマート化、ネットワーク化。無人化、高出力エネルギー技術である。ほとんどの軍事装備品は「技術的優位」思想で、アメリカで新規戦闘機の売り込みがあると、惜しげもなく旧機を廃棄し数兆円をかけて戦闘機を購入し入れ替えている。こうして軍備増強という形で膨大な資源とエネルギーと人的資源を無駄使いを繰り返している。冷戦でソ連が崩壊したのは、核ミサイル競争で膨大な国力を乱費し疲弊したためである。それは持続可能性と矛盾しており、人類存続の危機を招くことに目をつぶってきた。

(つづく)


読書ノート 池内 了著 「科学者と軍事研究」 岩波新書(2017年12月)

2019年07月29日 | 書評
京都立本寺 「蓮の花」

防衛省と大学の共同研究制度「安全保障技術研究推進制度」で大学は何を失うか 第8回

第3章) 軍事化する日本の科学 (その1)

日本では今静かに軍学共同の研究が進行中である。日本の科学研究における軍事化は大規模でないにしろ多方面で進められており、暗黙の裡に科学者側の認知が進んでいるといえる。それに参加する研究者には軍事化路線に加担しているという意識が希薄であることの方が心配である。軍の資金になれるとむしろ引き返す方が容易ではなくなる。防衛省は大学等への委託研究予算を増やしているが、その危険な戦略は次のような段階を経るものと考えられる、ⅰ)装備化を目指す基礎的技術開発、ⅱ)軍産複合体の形成を開始し、実用化の課題を探る、ⅲ)省庁間協力で産学と軍学共同を結びつけ、軍産学官複合体形成を本格化させる、ⅳ)画期的な武器開発を目指して、武器の国際共同開発と武器輸出のための実力をつける。
大学は今のところ軍学路線に消極的であるので、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)は「第5期科学技術基本計画」で安全保障科学技術政策を展開して、大学の運営に政府が介入する道をつけることを宣言している。さらに「日本再興戦略」なるものを閣議決定し、国家への学術の取り込みを図るつもりである。今まさに「大学と科学の岐路」に差し掛かっているとい得よう。①現在進行中の軍事研究協力、②軍事大国へのステップ、③大学改革による大学運営への政府の介入 の3点についてまとめておこう。

① 現在進行中の軍事研究協力: 防衛整備庁が有する陸上・艦艇・航空・電子装備研究所・先進技術推進センターの五つの研究所と大学・研究機関・官公庁・財団法人などとの間で「研究協力協定」を結んで、防衛にも応用可能な民生技術を積極的に活用する研究が行われている。現時点では(2017年8月)、7大学6公的研究機関1官庁が参加して、累計23件の技術協力が行わr手ている。その中で宇宙航空研究開発機構(JAXA)が7件ものテーマで協力しているのが突出している。JAXAはスパイ衛星の打ち上げを通じて防衛設備庁とのつながりを深め、軍事研究に本格的に参入する意図である。国家間の外交・安全保障・経済などの課題を研究する目的で、1980年代に国際関係学部や公共政策大学院などが設立された。そういった大学・学部に研究交流という形で防衛省の人間が大学に出入りするようになった。防衛設備庁の研究所には外部評価委員会を設け、これまで総計160人の大学教員が委員となった。また「安全保障技術研究推進制度」の審査・評価を行う外部評価委員は毎年15名が任命されるが、大学教員が名を連ねている。こうして防衛省では大学教員を取り込んで人的交流を図っている。米軍から日本の大学への資金援助は戦後始まったようだが、明るみに出たのは1967年朝日新聞の記事で会った。日本学術会議が軍事研究を拒否する「声明」を出した。2008年以降米軍からの援助は累計135件、八億八千万円であった。日本学術会議は、「まず研究の入り口で研究資金の出所等に関する慎重な判断が求められる」として、教員は企業、財団などから研究資金供与や寄付金の申し出があると、「寄付金収入」として大学当局に届け出て、「委託経理金」という扱いになる。金の流れを透明化するためである。日本の大学で様々な形で軍事化が進んでいるが、アメリカのように国の研究予算の半分が軍事研究に使われる事態にはまだなっていない。しかし「安全保障技術研究推進制度」を突破口にして大学や研究機関が軍事化に邁進すれば、「軍産学官複合体」への道につながってゆくのである。

(つづく)

読書ノート 池内 了著 「科学者と軍事研究」 岩波新書(2017年12月)

2019年07月28日 | 書評
ひまわり

防衛省と大学の共同研究制度「安全保障技術研究推進制度」で大学は何を失うか 第7回

第2章) 日本学術会議の態度表明(その4)

日本学術会議「安全保障と学術に関する検討委員会」は、2017年2月4日に一般の人々向けに日本学術会議主催の学術フーラム「安全保障と学術の関係:日本学術会議の立場」を開催した。杉田委員長から「中間とりまとめの状況報告」がなされ、大学等においては軍事研究に慎重であるべきだとする見解を集約しつつあることが述べられた。このフォーラムで反対派が多数を占めたといっても、軍事研究の賛成派箱のような集会には来ないものであり、結局力を持っているのはどちらだということになる。また政治的な問題には首を突っ込まない研究者も多い。これまでの日本学術会議の歴史を見ると、核兵器禁止問題、水俣病等の公害問題、エイズの非加熱製剤の薬害問題、原発や放射線被ばく問題など、科学に関連する数々の問題が起こっていながら、日本学術会議は指導的な意見を言うことができなかった。しかし大学の軍事研究資金導入問題は、差し迫った大学内部の問題であり、自身の崩壊に繋がりかねない危険性を持っている。検討員会は重大な問題であるため、17年3月24日の幹事会で「声明」が了承され、4月の総会で決議されることを望んだ。幹事会の議論の結果、幹事会が「声明」として決定し発表することになった。その前に総会での議論が必要という意見があったが、幹事会は「声明」そのものを出すことを重要と考えた。こうして3月24日に「声明」が発表され、4月13日の総会に「幹事会報告」が付属文書として提出された。「報告」は総会で承認され翌日発表された。報告は、Ⅰ「作成の背景」、Ⅱ「現状及び問題点」、Ⅲ「報告の内容」からなっている。「報告の内容」については次の六点が述べられている。要点だけを記す。
① 科学者コミュニティの独立性: 戦前の日本の科学者は科学者コミュティが政府からの独立性を確保していなかったために、戦争に協力してきたことを反省し、科学者コミュニティは学術の健全な発展と社会の負託にこたえるべきである。
② 学問の自由と軍事的安全保障研究: 学問の自由の確保には学術研究の自主性・自律性・成果の公開性が保障される必要があり、人権・平和・福祉・環境など普遍的な価値に照らして研究の適切性を判断する。学術研究は政府の介入がってはならない。軍事研究の分野では内容や秘密性の保持に関するする政府の介入が懸念される。
③ 民生研究と軍事的安全保障研究: 軍事的安全保障研究には、直接的軍事目的の研究、資金源が軍事機関である研究、成果が軍事目的に利用される可能性がある研究に分けられる。また自衛のための研究という論は自衛手段=攻撃手段を区別することは困難であるので成り立たない論である。
④ 研究の公開性: 軍事的安全保障研究では秘密性の保持が要求されるので自由な研究環境を阻害する。自由な研究は公開性が原理原則である。
⑤ 科学者コミュニティの自己規律: 大学では軍事安全保障研究とみなされる研究の適切性について、その目的・方法・応用について技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである。学会・協会でもガイドラインを設定することが望ましい。
⑥ 研究資金のあり方: 現在基礎研究分野を中心に研究資金の不足が顕著であり、資金の豊富な軍事安全保障研究資金に研究者が流れる可能性がある。科学者の自主性・自律性・成果の公開が尊重される民主的な研究資金の充実が望まれる。

(つづく)

読書ノート 池内 了著 「科学者と軍事研究」 岩波新書(2017年12月)

2019年07月27日 | 書評
ギボウシとゆり

防衛省と大学の共同研究制度「安全保障技術研究推進制度」で大学は何を失うか 第6回

第2章) 日本学術会議の態度表明(その3)

④ デュアルユース技術について
a) 民生利用と軍事利用: デュアルユース技術とは軍民両用技術のことである。軍事技術とは軍からの資金で国家安全保障の名目で戦争を効率的に行う技術開発である。
b) スピンオン=軍民転換: 民から軍への転換は民生技術の地用を軍が独占することで利用範囲が狭まる。軍の技術開発は、将来民生用に使えるという言い訳は逆転した論である。
c) 防衛省のデュアルユース: スピンオフ=軍から民への転換については防衛省は何も考えていない。防衛省としてはスピンオンしか念頭にない。
d) 軍事用品の民生利用: スピンオフをデュアルユースの利点であるかのような論は無責任というより詐欺である。
⑤ 防衛省資金が学術研究に及ぼす悪影響 
a) 大学への直接の影響: 研究の発表・公開の完全な自由が保障されないことからくる悪影響として、大学の研究者及び設備の囲い込みであり大学の自治の侵害である。研究者間の自由な意見交換交流が阻害される。学生の教育上、偏向した知識、秘密漏洩罪への恐怖、研究発表の躊躇となる。
b) 大学等の社会的立場への悪影響: 研究活動や研究内容が外部から見えなくなり、国民への説明責任が果たされない。偏った研究内容は大学の社会的信用を失わせる。医学関係では非人間的な研究の恐れが十分にある。科学者の高慢と独善、反社会的エリート意識を増長させる。
c) 研究者個人の意識への悪影響: 一度公募に応じるとさらに防衛省受けするテーマへの志向へ走り、知らず知らずに軍事協力という役目を果たすことになる。これを「同調心理」という。軍に資金面で頼ることは軍依存体質を産む。これを「麻薬効果」とよぶ。原発依存地方自治体と同じ体質となる。
d) 学生への悪影響: 軍事研究への学徒動員は、学術の原点についての倫理意識や社会的意識に欠けた学生しか育たなくなる。
e) 今後の研究への悪影響: 防衛省から委託を受けた企業との産軍連携は、分担研究に大学を巻き込むことにより防衛省の迂回援助となり次第に産軍学連携へと拡大してゆき、アメリカのような産学軍複合体に取り込まれてゆく危険性が大きい。
⑥ 日本学術会議が軍学共同を容認する場合に悪影響 
1950年、1967年の2回「軍学共同」に反対した学術会議が、防衛省の資金導入によって軍事研究に携わることは研究行為における秘密保持を容認することであり、研究内容や成果の無条件の公開と自由な交流が阻害される可能性を受け入れることである。それは「世界の平和と人類の福利に貢献する」という学問の原点を放棄することである。防衛関係者から「学者は金の力で屈服させられる」とみられる。そして御用学者への道に迷い込むのである。学術研究者の社会的信頼度は3.11東電福島原発事故のときと同じように失墜してしまう。

(つづく)