京都立本寺 「蓮の花」
防衛省と大学の共同研究制度「安全保障技術研究推進制度」で大学は何を失うか 第10回
第3章) 軍事化する日本の科学 (その3)
③ 大学改革による大学運営への政府の介入:
政府が進める軍事化路線においては、人材を抱える大学の協力が不可欠なので、大学改革が遅れているとの言いがかりをつけ、主に財政的措置を通じて国家が大学の軍事化を促す方策がとられている。安倍内閣は財界の要請を受け国立大学を産業界に奉仕する場とするため、産学共同のための条件整備と職業教育に軸足を移すよう「大学改革」を進めてきた。2014年8月国立大学法人評価委員会において、教育や人文・社会科学という分野の組織廃止・転換を進めるべきだという方針が出され、2015年6月各大学に通知が出され組織改編を促した。2004年の国立大学の法人化以来、文科省の大学支配が貫徹されるようになっていた。大学を競争原理に曝して短期の成果を競わせ、財界が要求する「改革」を実行する大学を優遇して差別化して全体として安上がりに済ませるのが、文科省の「大学改革」の目標です。そしてさらに政治的な要素が加わり、政府に楯突くような「社会科学」は廃止したいと菅官房長官も言っていました。2016年1月に綜合科学技術イノベーション会議CSTIで決定された「第5期科学技術基本計画」では、我が国の大学が欠ける問題点を検討して、「世界における我が国の科学技術の立ち位置は全体として劣ってきた」という厳しい結論であった。そこまでは正常な現状認識であるといえる。問題は、「大学などの経営・人事システムをはじめ組織改革の遅れや、組織間、産業間、府省間、研究分野間などの様々な制度的要因が存在する」と、大学に責任を押し付けるのがCSTIという為政者の常である。具体的には大学に人材、組織改革を強要するものである。政府は「第5期科学技術基本計画」を受けて、「科学技術イノベーション総合戦略」(略して「総合戦略2017」)という処方箋を出した。しかしピント外れの処方箋は事態を一層悪化させるものでしかない。イノベーションの意味を「価値の創成」とするか、「社会における改革」と取るかでは不明瞭であるが、政府の文脈は「改革」という意味である。創造性のない人、研究テーマにいくら金をつけても決して成功しない。また組織、人事システムを猫の目のように(朝令暮改)変えても、いい研究は生まれない。そんなことは自明である。「総合戦略2017」は基本的に「第5期科学技術基本計画」と同じ課題を掲げているが、新たに「知の基盤の強化」、「資金改革の強化ー外部資金の京化による資金源の多様化」、「国立大学改革と研究資金改革の一体化」等が提示されている。資金の多様化という無責任な官僚用語は国家の責任を放棄し、金は自分で工面してくるという国家にとって都合のいい安上がり策であるが、空文句である。この文章の無味空論さは、日本経済再生本部で議論され閣議決定された「日本再興戦略」と同じく空理空論の作文である。「我が国が強い分野を支える拠点・人材への集中投資」では、現状の日本の劣位の認識は正しいとして、政府は「選択と集中」政策しか眼中になく、選ばれたエリート分野やエリート大学に資金を集中すれば、それで日本の科学技術は一流になると考えているようである。強い分野を支える拠点・人材はどうしてできたかへの検証は無く、最初から存在するアプリオリの分野へ資金を流し込めというに等しい。政府の誤った政策によってやせ衰えた体に鞭を撃つ政策である。ますます日本全体の科学技術はガタガタになってゆくことは必至であろう。
(つづく)