ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 重村智計著 「朝鮮半島核外交」  講談社現代新書

2008年04月30日 | 書評
半島国家は周りの大国を巻き込み対立を利用するー北朝鮮の戦術と経済力 第4回

1、北朝鮮の核外交戦術と経済封鎖(1)

北朝鮮は冷戦終結後はロシアの支援がなくなり中国の支援が縮小されて以来「瀬戸際外交」を基本にしてきた。瀬戸際外交にとってミサイル発射するといっては、核開発をするといっては譲歩を引き出してきた。ところが2006年6月5日ミサイルを発射し、10月9日の核実験は事態は大きく制裁へ踏み出した。これは譲歩を外交目的とする「瀬戸際外交」の大きな失敗である。西側の譲歩がなくなり制裁が行われたのである。それほど金政権は国内で追い詰められていたのである。北朝鮮はそれまでイラン、シリア、ベネズエラとの「反米同盟」(米国からいうと「悪の枢軸」)、パキスタンとのミサイルと核のバーター提携(1994年ジュネーブ協定でプルトニウム製造設備を凍結された北朝鮮はウラン濃縮に変更しパキスタンから遠心分離機技術を買い、ミサイル技術を輸出)を推進してきた。パキスタンが2001年アフガニスタン戦争で親米路線に転換し、2003年イラク戦争でシリアも北朝鮮と距離を置き、カダフィー大佐も悪の枢軸国から脱離して行き北朝鮮の孤立が決定的になった。米国市場への依存度が高くなった中国は「国際社会と国連で、北朝鮮のために孤立するつもりはない」と言明し、国連決議に拒否権を発動しなくなった。中国・ロシアは自国の存在感をかけて必要に応じて反米の姿勢をとっているだけである。「中朝は同盟国ではない」かろうじて「友好国」なのである。北朝鮮が消費する石油量は年間100万トンであるが、中国はパイプラインで年間50万トンを送るだけである。ロシアは国際価格で現金取引でなければ北朝鮮に石油は供給しない。米国のブッシュ大統領は1994年のクリントン合意(ジュネーブ協定)を失敗と非難し「二度と騙されない」、「北朝鮮を直接相手にしない」を北外交の基本とした。2002年には北のウラン濃縮開発を知った米国はジュネーブ協定を破棄し原油年間50万トンの供与を中断した。中国を議長国とする6カ国協議を立ち上げたが、何も成果はなかったが、北は韓国のノムヒョンから援助を得る手段としてきた。

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読書ノート 佐藤優著 「国家の罠」 新潮社

2008年04月30日 | 書評
鈴木宗男、佐藤優をターゲットとした小泉政権の国策捜査 第10回

4、時代のけじめとしての国策捜査(1)
 
佐藤氏は2002年5月14日東京地検特捜部に「背任容疑」で逮捕され、東京拘置所に収監される。同じ日に前島ロシア支援室課長補佐も逮捕される。鈴木宗男氏の逮捕が6月19日であるので約1ヶ月先立っての逮捕である。東京地検は取調官に西村検事を、佐藤氏は弁護士に半蔵門法律事務所の大室征男弁護士を得て5月17日より取り調べの攻防が始まる。弁護士とは特捜事案は必ず起訴されるので拘留期間は長くなること、事実を話して最後まで罪状を否認する方針で行くことになった。検事は最初から「これは国策捜査」(政治裁判)であることを明言した。国策捜査とは100%起訴されることである。鈴木氏と西村検事の間の心理的取引は機微にわたるので省略する。佐藤氏の逮捕は別件逮捕みたいなもので最後のターゲットである鈴木宗男氏の逮捕につなげてゆくのが検察の方針である。政治裁判では必ず起訴され有罪となる。したがって6月19日背任罪で起訴、拘留延長となる。6月19日鈴木宗男氏も逮捕されたので、佐藤氏は48時間のハンストを決行した。これは盟友の逮捕に抗議したものである。7月3日より別の偽計業務妨害容疑で再逮捕され、7月24日起訴され拘留延長となった。この間いろいろな人々が鈴木宗男氏を裏切ってゆき、新しい権力側へ移った。
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文芸散歩 「平家物語 」 高橋貞一校注 講談社文庫

2008年04月30日 | 書評
日本文学史上最大の叙事詩 勃興する武士、躍動する文章 第33回

富士川
関東で頼朝謀反の情報がしきりに伝えられ、八月十七日源頼朝と舅北条四郎時政が蜂起し、石橋山で大庭三郎景親に敗れ、三浦大介らの反乱も伝えられる中、平家の追っ手が下された。大将軍には少将維盛、副将軍には薩摩守忠度、侍大将は上総守忠清、総勢三万騎が九月十八日福原をたった。駿河国清見が関に着くころには駆武者は七万余騎となった。侍大将上総守忠清の策で富士川の前で軍を整えることになった。その頃頼朝殿鎌倉をたち駿河国浮島で勢揃えをすると二十万余騎であった。大将軍少将維盛が斉藤別当実盛から坂東武士の兵力を聞くと、強力の弓引きの精兵の剛勇は西国の兵の比ではないということで、すっかり怖気ついた大将は、九月二十四日の源平矢合わせの前夜、富士川の水鳥の飛び立つ羽音に驚いて全軍総退却となった。翌朝源氏の兵が川を渡るともぬけの殻であったという。賢い頼朝は深追いをせず、後方も心配なので鎌倉へ帰ったと云う。やはり兵站が伸びきっている平家のほうが不利である。大軍の輸送能力を考えて何処を戦場とするかは軍事の最重要事項である。平家も闘わずして不利を悟って兵を引いたのだから、賢明といえる。

五節沙汰
十一月八日平家の全軍は福原に戻った。中国なら将軍らは死刑と決まっているが、平家の詮議で誰も罪にしなかったばかりでなく、少将維盛は右近衛中将に上がり、重衡も左近衛中将に上がった。十三日内裏の造営が終わって主上が遷られた。大極殿がないので大礼はおこなわれず、新嘗会五節ばかりであった。
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自作漢詩 「春日野望」

2008年04月30日 | 漢詩・自由詩


翻恋穿花鳥雀     翻恋花を穿ち 鳥雀喧し

尋芳出郭緑柳     芳を尋ね郭を出ず 緑柳の村

千絲如舞迎風動     千絲舞うが如く 風を迎へて動き
  
麦隴夭夭帯露     麦隴夭夭と 露を帯びて繁し

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(赤い字は韻:十三元 七言絶句仄起式  平音は○、仄音は●、韻は◎)
(平仄規則は2・4不同、2・6対、1・3・5不論、4字目孤平不許、下三連不許、同字相侵)
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CD 今日の一枚 「ゴシック期の音楽」

2008年04月30日 | 音楽
「ゴシック期の音楽」
指揮デビッド・マンロウ 演奏:ロンドン古楽コンソート 
ADD 1975 ARCHIV

中世フランス文化は世俗音楽と教会音楽で始まった。12世紀には「ノートルダム楽派」、13世紀には「アルス・アンティクア」、13世紀後半には「アルス・ノヴァ」と云う音楽が流行した。本CDは2枚組からなり、ノートルダム楽派にはレオニヌス、ペロタンから、アルス・アンティクアにはラ・アルから、アルス・ノヴァにはヴィトリ、マショーの作品を取り上げている。カウンターテノール三人とテノール五人、バス1人の合唱である。日本でいえば鎌倉時代から室町時代のフランス歌曲である。
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