ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 中村桂子著 「科学者が人間であること」(岩波新書2013年8月 )

2014年04月30日 | 書評
デカルト的二元論の科学文明から、人間が自然のなかにある生命論へ 第7回 最終回

4) 生命科学の道

 この章は中村氏が館長を務めるJT生命誌研究館の歴史と目標及び中村氏の生命科学研究について概説する。生命誌研究館についてはJT生命誌研究館ホームページを参照してください。生命誌研究館とは、京都大学人文科学研究所に似た、多面的な研究討論で切磋琢磨する生物学サロンともいえる。だから研究所ではなく研究館なのだ。研究者の梁山泊的な存在でしかも民間企業JTがスポンサーである。企業の意志が前面に出ないことで知られる三菱生命科学研究所よりはもっとサロン的で、社会に対して開かれたパフォーマンスを心がけている。子供でも行ける科学博物館的な性格も備えている。設立は1988年なので25年ほど経過した。中村氏は東大理学部化学科生物化学専攻で、江上不二夫氏の薫陶を受け、渡邊格氏の指導を得た。1970年代江上不二夫氏は生物学を人間を対象とするものに変えようという「生命科学」を提唱し、「生命とは何か」という問いから始まった。つまりDNA研究を基礎として生物学の総合化を企てたのだ。当時生物学は分子生物学というファイン領域と生態学というグロス領域に分裂していた。1970年代は世の中では環境問題、エネルギ―問題(石油ショックから)が顕在化した。その時通産省は「サンシャイン計画」、「ムーンライト計画」、「ニューサンシャイン計画」を推進したが結局ものにならず、政府は別の道である原発一本やりの政策を推進したのである。1970年代アメリカではがんとの闘いというライフサイエンスプロジェクトが始まっていた。その実態は生物医学であり、医療の科学技術化だった。臓器移植ではバイオエシックスという分野ができたが、倫理問題というより経済的問題からの線引きに過ぎなかった。そしていま日本で生命科学と呼ばれているものはじつはこの「アメリカ式ライフサイエンス」のことである。日本の科学技術予算で生命科学研究に投資されるのは、役に立つ、具体的には医学につながる(病気治療)、経済効果のあることに集中しています。「生命を見つめて新しい生き方を探る」のではなく、「人間を機械とみてその故障を直して技術開発」にお金をつけるのです。2003年にゲノムプロジェクトは終わりましたが、遺伝子治療は期待通りには進んでいません。そして日本ではゲノムは終わったと称して、ゲノム研究には予算がつかなくなりました。なんとアカデミックの浅はかな流行現象でしょうか。脳研究は一時21世紀の初めに流行しましたが、脳やガン研究は今や流行から外れています。「集中と選択」という官僚好みのスローガンで、継続した研究は不可能となりました。現在のアカデミックな研究課題は大型プロジェクトに集中します。研究費のばらまきはよくないという理由で、研究者の発想で生まれた新しい研究の芽は大事にされません。機械論的世界観に基づいたライフサイエンスはアメリカのまねをして競争原理に染まっています。研究課題は中央集権化し均質化し大型化が求められます。質より量の動機で支配されています。こうなったのも近代科学文明のなせる業です。異質な研究課題を認めないという偏狭な科学政策になっています。グローバル金融資本と手をつないだ科学技術文明は、一律化を求めて突進するのです。これではいけないと、多様性を求めてより自然に近づくため、生命誌研究館は研究課題を設定します。少ない予算で動いている生命誌研究館には研究員は少なく、5つの少ない研究テーマで動いています。内容は多様ですのでちょっと紹介しますと、
①石川良輔研究グループの「オサムシ研究」は、DNA配列の系統分析から、日本列島の形成過程を追っています。
②蘇智慧研究グループの「イチジクコバチの共生研究」、
③小田、秋山康子研究グループの「オオヒメクモの体節研究」、
⑤尾崎克久研究グループの「チョウ研究」で人口産卵です。
膨大なデータは出ませんが、なんか昔風ののどかな研究体制です。しかし独創的です。

(完)


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読書ノート 中村桂子著 「科学者が人間であること」(岩波新書2013年8月 )

2014年04月29日 | 書評
デカルト的二元論の科学文明から、人間が自然のなかにある生命論へ 第6回

3) 日本人の自然観

 人間と自然の関わり合いでいつも話題となるのは和辻哲郎の「風土」であり、オギュスタン・ベルクがその解説をしている。「自然が人間生活を規定しているのではなく、人間存在の構造契機として風土が意味を持つ」という。ユクスキュルの「環世界」にもつながる。先の大森氏の言葉「心ある自然が立ち現れる。それが私がここに生きていることに他ならない」の「立ち現れ」にリンクする。中村氏の「生命誌」ではあらゆる生物にとっての「環世界」と人間にとっての「風土」を意識してゆきたいという。日本人にとって風土とは、「里山」、「棚田」はその象徴です。日本人が生きる風土を略画的世界観としたときに、どんな重ね描きができるかを、宮沢賢治と南方熊楠を例にして考えようと中村氏はいう。「無為自然」を説く老荘の教えでは近代科学文明を批評することはできても、それに代わるものを構築することはしょせん不可能である。東洋的専制君主支配を安泰にする民力不活性化理論(民の反抗力を鎮静化する君主論の一種)であるからだ。自然一体化論(アニミズム)ではやさしくはなれるが、呪術では世界観変革のエネルギーにはなりえない。中村氏の期待に背くことになるが、色ごとにしか興味がなかった日本的自然観が近代科学思想を変革するとはとても考えられない。原発事故で反省をすべきは日本人であって、原発事故を起こしたのは西洋の科学崇拝思想で悪いのは日本的思想ではないと考え、その日本人の伝統的思考法に変革の期待をむける中村氏の論はいただけない。同義矛盾か論理が相反している。ここでも反省しない日本人の心が如実である。理科教育で日本人は「自然を大事にしてきた」と中村氏はいうが、日本人だけが特別に自然を大事にしてきたとも思われない。そうすれば「環境問題」は起きなかったはずだ。また一時期の農業に親しむ教育が「自然の中にある人間」形成に役立つとも思えない。英会話や株投資教育よりは自然に近いといっても、自然破壊は個人のことではなく経済界・産業界の大きな枠組みで行われている点を見逃している。宮沢賢治の童話の数々から、谷川徹三編 宮沢賢治童話集 「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」 (岩波文庫)より賢治の人々の生活を思う心は十分にわかるが、吉本隆明氏は「宮沢賢治の世界」で「自然は変えられるというのが、宮沢賢治の重要な思想だ」と述べている。中村氏は賢治の童話作品群より「グスコープドリの伝記」、「土神と狐」、「虔十公園林」を取り上げ、「本当の賢さ」、「本当の幸せ」が賢治のテーマだという。そして賢治の世界に生命誌のテーマを見るという。「当たらずといえども遠からず」式の両者の間にそれほどの連関を私には発見できない。東北の貧困の中で生きた明治の人のひたむきな真面目さは理解できても、科学というものが希薄だった頃の素朴さが略画的世界だとか自然観だということにはならない。南方熊楠という人は、全くアカデミズムに近づかなかった人として有名である。学校も出ず、留学しても学校に行かず、帰国してアカデミズムに属さず、野外で粘菌の研究と民俗学にいそしんだ人であった。したがって天才か狂人かその評価は難しい。常人の域を脱した博学であることは確かである。熊楠の言葉に「心界が物界と交わって生じる事柄の重要性」とある。接点を「縁という。」中村氏はこのことは生命誌のなかで同感するという。熊楠の思想のるつぼは「南方曼荼羅」と呼ばれているが、神羅万象の複雑な関連図をさし、その形式の複雑さは生物学でいう代謝経路図にも通じるという。それが曼荼羅の様相をさす。21世紀の科学はまだ複雑系を理解する手法を開発していない。熊楠は「今日の科学、因果(決定論)は分かるが縁(生命論)が分からぬ」というが、21世紀の科学は、決定論から生命論へ変わる生命誌の出番だと中村氏は我田引水している。科学計測の分野では観測者は観測系に影響を与えてはいけないことが原則である。ところがポランニーは対象に住み込む(コミットメント)ことでわかる「暗黙知」があるという。知もしくは認識は必ず言語化されなけばならない。ポランニーは言語化できない知、それが暗黙知だという。
(つづく)
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読書ノート 中村桂子著 「科学者が人間であること」(岩波新書2013年8月 )

2014年04月28日 | 書評
デカルト的二元論の科学文明から、人間が自然のなかにある生命論へ 第5回

2) 機械論から生命論へ

 このあたりから、中村桂子氏の著述はほとんど大森荘蔵著「知の構築とその呪縛」に則った展開となる。そういう意味で本書を理解するには大森氏の書を読む必要があるので次に紹介する予定である。ひとまずここは中村氏の口を借りた大森氏の哲学・文明批評を述べる近代的世界観とは16世紀から17世紀に起きた科学革命に端を発する。近代科学とともに生まれた近代的世界観は「機械的世界観」と呼ばれます。近代科学を準備し構築したのは、ガリレオ、デカルト、ニュートンでした。近代科学の父といわれるガリレオは「自然という書物は数学で書かれている」といいます。つまり科学は自然を数量化して関係を表現できると考えました。デカルトの自然観は自然を徹底的分析して、幾何学と代数的ですべての運動を表現する機械論そのものでしたベーコンは「知は力なり」という言葉で知られており、自然の操作的支配ゐ唱えました。実験による帰納的方法の必要性を説きました。ニュートンは古典力学と微分法を開始し、光学〈光の粒子性)と力学で多くの業績を残しました。万有引力の法則は20世紀はじめアインシュタインの相対性理論でさらに重要性をまし、素粒子論や宇宙の起源論で飛躍的な進歩を見ました。すべてのものを還元可能な粒子に分解し、あらゆる現象に普遍的な性質を探究する科学への道を開きました。ここから事柄は一意的に動くという考えが出てきました。もちろん統計力学(熱力学)や量子力学(波動と量子)で修正を受けますが、決定論的に動くという考え方は普及しました。つまり「還元性、普遍性、、決定論」というのが科学の特徴となりました。大森氏は生命や自然を機械としてみることの問題の核心は、数値化にあるといいます。そしてさらに数値化する際に、対象たる自然を死物化しているといいます。数値化(抽象化)はいいとしても、死物化を回避することで新しい知が開けるというのが大森氏の論点です。大森氏が呼ぶ「死物化」という言葉は実がガリレオから引用している。「私が物体を考えるとき、形態とか数とか運動をイメージとして描くのであり、その物質に対して主体がもつ感覚は遠ざけられ、物質の感覚的性質はすべて消え失せる」という。数字で表現できない感覚的性質は無視されるのである。生きた自然も観察的主体にとっては「死物」であるとみるところから科学文明は始まった。これを主客二元論という。大森氏は「活きた自然との一体感は現代科学でも可能である」と書き、20世紀の思想を変えるカギとなると考えました。「日常描写と科学描写の重ね描き」がそのポイントになると大森氏はいう。日常的にみる外界と接しているとき、大森氏は我々が描く世界像は「略画的」(全体のスケッチ)と呼び、近代科学によって可能になった世界像の描き方を「密画的」(細部分析的)と呼びます。天文学のケプラー、血管循環論のハーベイをはじめ、近代科学を切り開いた巨人たちは自然・人体の密画化を極めてゆきました。等身大で考えることができない天文学や細菌学などの分野で対象の「死物化」(抽象化)が行われました。人間も死物化されたのです。「医者は患者の生活(年齢も含めて)を見ないで、臓器を見る」という言葉も、患者の死物化です。重ね描きとは、人間の生活と臓器の両方を見ることです。そうすれば医者は外科的切除に走らずに、QOL(生活の質)の向上が図れることと同質です。他人の心の細部はよくわからないが、すっきりわかるのは自分の心の動きです。自分の心から他人の心を察するのを「私に擬した理解」と大森は言います。では分子生物学を略画で描くとはどういうことでしょうか。ここから中村氏は「生命誌」の世界へ導く。原始の細胞から同じ仕組みで遺伝子を進化させてきた「生き物は、生きる基本を同じくする仲間」と理解するのです。個人的主観的といって排除した心に不安を覚えているのが現代人です。大森氏は「むしろ、科学こそすべてという見方こそ現代人の迷信である」という。そこで大森氏は心の働きすべては自然の働きだという「物活論」(ギリシャイオニア学派の反機械論)を復活させます。ちょっと違うけれども、唯物論か唯心論かということになります。物すべてに魂があるという「アニミズム」にも通じる考え方で、いかにも東洋的で自然一体化論ですが、ちょっと飛躍していて私は賛同しかねます。大森は「心ある自然が立ち現れる。それが私がここに生きていることに他ならない」という。主観と客観の分別もない一心同体の世界である。科学は知ることつまり知識を軸に営まれてきた。しかし肝心なのは事実を知ることから何が分かったのかということです。つまりわかるということは部分を知ることではなく全体が見えてくることです。この辺の論は武谷光男氏の弁証法的3段階認識論(現象ー実体把握―法則化)に近いと思われる。ここで中村氏は大森氏の密画と略画の重ね合わせで見えてくる全体像を、「生命論的世界観」に我田引水します。本書の流れは言うまでもなく、原発事故という近代科学文明の失敗が引き起こした文明の危機、そして大森荘蔵哲学を下敷きとした近代科学文明の2元論の誤謬と重ね描きの方法論的展開、最後に中村氏が関わってきた生命科学研究「生命誌」という知の構築へ流れ着くという構成です。

(つづく)
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読書ノート 中村桂子著 「科学者が人間であること」(岩波新書2013年8月 )

2014年04月27日 | 書評
デカルト的二元論の科学文明から、人間が自然のなかにある生命論へ 第4回

1) 近代文明を問う (2)
 自然(生活)から離れてしまった現代社会を見直すには、まず科学文明が作ってきた世界観を問い直すことから始めなければならないと著者は力説する。ではその近代的世界観とは何かを、大森荘蔵著「知の構築とその呪縛」(ちくま学芸文庫 1994年)の定義に依ります。大森氏は「世界観とは、学問的認識を含んでの全生活的なものである。自然をどう見るか、人間生活をどう見るか、どう生活し行動するかを含んでワンセットである」という。この全生活的世界観に根本的な変革をもたらしたのが近代科学であったと思われるので、原発事故という近代科学の失敗をまえに、科学の全否定に走るのか、それを正当に乗り越えるのかで岐路に立つが、これほどの文明を否定しては原始生活に戻ることになるので、科学文明を問い直すことで再構築が可能かどうかという検討が正当な対応ということになる。開けたパンドラの箱を閉めることも選択肢に入る。プロメテウスに火を返すこともありうる覚悟で検討しなければならない。近代社会の特徴を「科学技術社会」と捉えると、科学技術者つまり専門家のありようが重要になってきます。今回の原発事故で官僚や科学技術者(医者も含めて)の考え方が偏狭で一部の利害からしか発言しないものだということがよくわかり、社会からかけ離れた考えや行動パターンに国民は嫌気がさし、専門家に言うことは信じないという風潮が広がりました。政治的に動く官僚と組織の利益を大事にする科学技術者が作り上げた原発「安全神話」は、もともとコミュニケーション不能な状況で国民がギブアップして原発の安全性を考えなくなったときに、便利な錦の御旗として原発推進役を果たしました。アカデミズムは「役に立つ科学」を標榜して、政治的経済的な利益に結び付きました。研究の意義と効果を作文して巨額の予算を獲得すること自体が専門家の至上命題になったのです。研究結果も作文でだれも責任を追及する人はいません。独法機関の評価委員会審議を見れば、いかに形式的に終始しているかが分かります。誰も評価できる人が居ないか、へたに評価すると逆襲されることを恐れているからです。こうして戦略研究やプロジェクトは自己肥大してゆくのです。これはまた官僚の予算獲得と連動しています。その悪しき例を日本のポストゲノムにみることができます。2003年にヒトゲノムプロジェクトを終えたアメリカは次のターゲットをガン遺伝子にあてました。現在一筋縄にはゆかないがん関連遺伝子研究に悪戦苦闘していますが、その複雑な関連について解き明かす日が来るでしょう。ところが日本の大型プロジェクトでは、「ゲノムの後はタンパク」という単純な発想で3000個以上の蛋白質構造を決めるという質より量の大型研究に巨額の資金を投入しました。そこには医療や生命科学への明確な戦略は全く感じられません。もっとも忌むべきは、復興資金を利用して東北大学が始めた「東北メディカルメガバンク機構」です。被災地の現状を考えると、東北人の遺伝子情報をむやみに集めて何の役に立っつのでしょうか。国民総背番号制で社会福祉・納税・収入などの情報を集約することさえ国民的合意が得られない現状で、東北人の遺伝子情報を集めるのは「ナチスの優性人種主義」につながる恐れや、個人情報を集めたがる中央集権官僚臭がぷんぷんします。ここまでアカデミズムが普通の人の生活感情から離れてしまって、まるで神のような立場にいることに恐怖を覚えるのは私一人ではないでしょう。原発事故後に政府がリスクコミュニケーションのために言い出した「安全と安心」というキャッチフレーズは、言い換えると「絶対に安全とは神のみぞ知るので、人は安心感を持って行動ほしい」ということに尽きる新手の安全神話構想である。日本の社会は事故に向かい合う姿勢を欠いてきた。西欧では危険はいつも背中合わせにいることを子供に教えますが、日本では「鉄腕アトム」の歌のように未来技術に無条件にバラ色の夢を吹き込みます。科学技術者に対する世間の信頼が崩壊した今、必要なのは科学技術者の反省の姿勢です。それも「のど元過ぎれば熱さ忘れて」、また無節操に研究資金獲得に血眼になる姿を見せつければ、日本の再生の姿は出てこないでしょう。大都市に集約する電力需要にこたえるため作られた大規模集中型9電力会社体制にお願いしても「自然・再生エネルギー」には見向きもしません。多様な電力需要と多様な発電・送電体制が地方の生活に密着して構成されなければ現実味を帯びません。

(つづく)
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読書ノート 中村桂子著 「科学者が人間であること」(岩波新書2013年8月 )

2014年04月26日 | 書評
デカルト的二元論の科学文明から、人間が自然のなかにある生命論へ 第3回

1) 近代文明を問う (1)
 
 16世紀から始まった西欧の科学文明、それから300年後の日本の明治維新後の近代国家建設と西欧文明の移入によって、人々が求めてきた文明とは何より「便利さ」と「豊かさ」だったといえます。アダムスミスの「国富論」(諸国民の富の源泉についての考察)でも豊かさを求めて、分業によって生産性を向上させ、商業によって市場を拡大し、そこで得た利潤を再投資してさらに事業と利潤を拡大することでした。そこで果たす貨幣の役割の重要性は言うまでもありません。豊かさを進歩と呼び、その様な社会を文明社会つまり先進国の象徴としました。ところが人が生きるということは、時間とともにあることでその中で思い出を紡ぐことです。何も先を急いだり手を抜いたり、お金を積み上げることではありません。日本の近代化とは結局「東京一極集中」の中央集権制のことでした。大阪市の橋本市長は東京都の分け前がほしくて、大阪「都構想」という中央集権支配体制(ガバナンスという)をもくろんでいますが、地方分権と真っ向から矛盾します。収奪体制の頂点が2つあることも矛盾です。1990年以降アメリカ式金融資本全盛時代となって以来、経済は実体を離れカジノ投機資本により翻弄されています。それが何回も金融危機をもたらし、世界経済を混乱させました。大阪大学の堂本卓生氏は堂目卓生著 「アダム・スミス」(中公新書 2008年3月)においてアダムスミスの「道徳感情論」に注目して、「道徳感情論」から「国富論」が生まれたという。アダムスミスには他人の不幸を思いやる倫理(道徳)がありました。アダム・スミス著 「道徳感情論」(岩波文庫 2003年)では「秩序を導く人間本性 」として、「道徳感情論の主な目的は、社会秩序を導く人間本性は何かを明らかにすることである。私達は、自分の感情や行為が他人の目に晒される事を意識し、他人から是認されたい、或いは他人から否認されたくないと願うようになる。この願望は人類共通のものであり、しかも最大級の重要性を持つものだと考える。経験によってすべての感情、行為が、すべての同朋の同意・是認を得られるものではないことを知る。そこで経験的に自分の中に公平な観察者を形成し、その是認・否定にしたがって自分の感情や行為を判断するようになる。同時に他人の感情・行為も判断する。基本的に胸中の公平な観察者の判断に従う人を賢人といい、常に世間の評価を気にする人を弱い人という。」という。 また「繁栄を導く人間本性」として「私たちは他人といっしょに悲しむ事より、他人といっしょに喜ぶ事を好む。富は人間を喜ばせ、貧困は人間を悲しませる。我々は自分の境遇を改善したいと望むのは、同感と好意と明確な是認とをもって注目されることが全目的である。経済の発展は最低水準以下の生活(貧困)にいる人の数を減らす事である。しかし弱い人の心情は自己欺瞞ではあるが、経済を発展させ社会を文明化させ、他人をも豊かにさせるのである。自分の生活必需品以上の富を生産する事で幸福が平等に分配され、社会は繁栄する。富と地位に対する野心は,社会の繁栄を押し進める一方、社会の秩序を乱す危険性がある。下流と中流の人々は財産への道を進む事によって、徳への道も身につけることができる。」という。経済学の祖スミス、ハイエク、ケインズにはどのような社会がいいかという道徳や思想があった。決してお金の額GDPを暮らしやすい社会づくりの基本とはしなかった。

(つづく)
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