大相撲ファンを自称する人なら、行司、木村晃之助の声を聴いたことの無い、というひとはいないであろう。
今場所も、写真の様に、目にも鮮やかな紅色の装束を身にまとい、土俵上で、毎度毎度見せつけられる、両力士のぐずぐずとした、だらしのない仕切りから立ち合いを目にして、かん高い、メリハリのきいた声で叫ぶ。
「手をついて」「手をついて」
それでも、両手、両こぶしを土俵に、キチンとつこうとしない力士。
追撃で、ビシッと、うながす。
「手をついて!」
それで、やっと両手、ないし、片手を付く、擦る力士、さまざま。
現在は、幕内格の行司だが、この木村晃之助の、「手をついて」の声は、はるか「幕下格行司」の頃から、群を抜いて、他の同僚行司より多く聞かせていた。
なにしろ、地上波で中継が映る十両、幕内より、さらに手をつこうともしない力士が、幕下力士に多いのだから、無理も無い。
内心、立ち合いの正常化を、なかばあきらめかけている行司が目につくなか、彼、木村晃之助は、毅然として、力士にうながし、注意し続けている。
その姿勢に、思わず、頑張り続けてくださいと、応援したくなる。
知ってる人は、知ってるだろうが、キチンと両手、両こぶしを土俵上につけてから立ち上がらなければいけないのに、ソレをしない力士が余りに多いので、警鐘を鳴らす意味も兼ねて、ただ一人の書き手として、記事化してきたので。
ちなみに、手をつくことなく、中腰でダッシュするかのようにぶち当たるのと、キチンと両手をついてから立ち上がって当たるのとのパワー力学的数値の差は、まったく変わらないことが、実験と検証で証明されている。
むろん、行司として、「手をついて」の他に、「はっけよい」「残った、残った」「待ったなし」などの言葉も明瞭に、響く。
なにより、他の行司以上に、そのキレのある、見るからにキビキビとした動きは、有名。
入門したのは、36年前。所属は、九重部屋。
しょつぱかった金銭感覚の、故・千代の富士のもとでは、あまり良い想いはしていないであろうが、苦労して、すでに幕内格で9年半の経験を経ている。
産まれ育ちは、岩手県一関市。
そう、絶対に方言で話そうとしない、朝ドラ「ひよっこ」に出ている、シシド・カフカ演じる女性会社員の生まれ育ったところという設定の街だ。
キビキビとして、力士の激しい動きを見つめながら土俵を動き回る木村晃之助でも、想わぬことに、文字通りぶつかったことがある。
4年前のこと。
負けて、もんどりうった嘉風の足のかかとが、木村晃之助の顔面を直撃。
倒れた、晃之助。自分のかかとが当たったことを知らなかった嘉風に較べ、ぶち当たった瞬間を見届けてしまった常幸龍は、腕を差し伸べて、心配顔で、気にしてる仕草。
コレ、後日談がある。
その日、手の甲を痛めていた嘉風が、取り組み後、治療の為に診療所にいたところ、そこに木村晃之助がいた。
「こんにちは」と、声をかけて挨拶したが、晃之助は、いつもと違い、プイと横を向いてしまった。
おっかしいなあ・・・・・何か、あったのかなあ・・・・。
そう想いつつ、治療を終えて、部屋に戻った嘉風。
翌日の朝。スポーツ新聞を開いて、初めて自分がしたことに気付いたそうだ。
そして、その後の3年半前。
取り組み中、佐田の富士のまわしが、ゆるみ、ほどけそうになったため、止めて、晃之助が、まわしを締めにかかったところ、思わず、手伝おうと土俵に上がってきたのが、かの因縁の嘉風。
いや、良いです。自分だけで締めますからと言うジェスチャーをした晃之助。
締め直して、取り組み再開。
勝負を終えるや、佐田の富士。前と、まわしを押さえて、急いで通路に消えた。
んにしても、ずーーっと気にしていて、この時とばかりに、手伝おうとした嘉風の性格って・・・・・・・。
うーん。断った晃之助といい・・・・・・・。
そんな木村晃之助の、勝負の一瞬の見極めの、動体視力は、素晴らしいものがある。
膝を折り、低く姿勢を構え、キッチリ、さっと素早く、見届ける。
正確、無比。プロフェッショナルとは、実はこういうものということを、さりげなく見せる、魅せる。
そして・・・・間もなく千秋楽を迎える、今場所の4日目。
今場所から初めて、差し出されたタオルを使うようになった。
その代わり、両こぶしをつかない立ち合いを、しばしばするようになったのは、ガッカリだ。
四股も、全然、足を上げ切らない、手抜きの、醜い四股。並みの力士に、成り下がってしまったのは、残念でならない。
左足を前に出し、右足を後ろに引き、斜め七三に構え、軍配をかざす木村晃之助のキリリとした立ち姿。
左の宇良と、右の阿武咲の足。
低く構え、見定める木村晃之助。
軍配は、さっとためらわず、宇良の勝ちに。
どよめく、観客席。
一瞬、宇良の足が、0・2秒、早く出たように見えたVTRカメラ。
ところが・・・・・・・。
他の位置に構えたVTRを再生してみると、木村晃之助の軍配通り、0・2秒、阿武咲の足が速く土俵を割って出ていた。
・・・・・・・・
すごいなあ・・・・・・
しばし、ため息が。
アノ位置で、かぶさって見えたように見えて、しっかり、瞬間を見定めた、これぞ、プロフェッショナル。
いやあ。。。。すごい
「手をついて」 「手をついて」「手をついて」
来場所も、ひそかに、いえ、大いに、期待しております。