転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



(以下の感想には、部分的にネタバレを含んでいるところがあります。
まだご観劇になっていない方で、舞台を白紙の状態でお楽しみになりたい方は、
現時点では、このあとの文章をお読みになりませんようお願い致します。)

**************

この作品がバウホール・デビューとなる原田 諒の脚本が
大変綺麗にまとまっていたというのが、
まず、出発点として成功していた点だと思うのだが、
それに加えて、主人公シャルル・トレネの描かれ方が、
現時点での凪七瑠海の若さや真面目さに実に良く似合っていて、
うまい配置だったと感じた。

シャルル・トレネは実在のシャンソン歌手だが、
この舞台で描かれるのは彼の青年時代で、
名も無く地位もなく、ただ前途と夢だけがあった若い彼の、
人生に対する素直な向き合い方が、凪七瑠海の演技でよくわかった、
自分の感じたままを真摯に歌う姿が、彼の周囲を魅了したように、
観客の私たちも、ごく自然に彼の支持者となって、
物語の展開を見守ることができたのが、とても良かった。

凪七瑠海は痩せ過ぎというほど細くて、しかも優しい顔立ちなので、
シルエットの点で、男役としてどうかなと思う点もあったのだが、
シャルル役は、力むことなく自然体で演じていて、
それがぴたりと嵌っていたと思う。
そんな主演男役に対しては、今回の花影アリスのように、
繊細で華奢な娘役でなければ、釣り合いが取れないと思うのだが、
彼女がまた、女優(美穂圭子)の付き人をしていた若い頃から始まって、
後にレビューのスターとしての地位を確立するところまでの変化を、
少しも不自然さを感じさせずに作っていて、とても巧かった。

そして、今回は脇も名演揃いだったのだが、
まず、物語全体の骨格をつくった功労者が、美穂圭子だった。
彼女の、輪郭の鮮明な演技があった御陰で、
話の要所要所に句読点を打たれたような効果があったと思う。
それからもうひとり、陰の功労者は磯野千尋で、
この人が劇場支配人として大きな存在感を発揮してくれた御陰で、
そこに関わる歌手やレビュー・スター達の社会的地位が明確になり、
シャルルが名声を獲得していく様も明瞭になったと思う。

シャルルの親友で作曲家のジョニー(鳳樹いち)の明るさも良かったし、
無名時代のシャルルの勤務先にいた映画監督バロンセリ(風莉じん)、
歌手としてのシャルルを最初に見出すラウル・ブルトン(寿つかさ)、
最後に物語を動かす一役を担う、マネージャーのベル(美風舞良)、
といった面々も、素晴らしい名演揃いだった。
皆、それぞれの場で、台詞に表されていない心情も演技で見せてくれたし、
後々の展開に備える伏線のように、必要な印象は過不足なく残して、
シャルルの人生の、どの部分に彼らがどう関わったかがよくわかり、
見終わったときにパズルが全部おさまったような納得感があった。

そして私が、今回、どうしても書いておきたいのが、
ゲオルグ・シュタイネル少佐役の春風弥里だ。
華やかなレビューのスターとなったジジ(花影アリス)の愛人として、
シュタイネル少佐は一幕の最後になって初めて登場するのだが、
立ち姿が見事で、この一発目の印象が大変鮮やかであった上に、
少佐の出現をきっかけに物語が、というか時代そのものが、
新たな局面を迎えることが、はっきり示された瞬間になっていた。
本当に、春風弥里は、巧かったと思うのだ。

加えて、ナチス将校としての彼の立場、男性としての愛情と苦悩、
などが、とてもよく客席に伝わるように演じていたのも素晴らしかった。
少佐は、ナチス親衛隊としての自分の信条を揺るぎないものとしており、
ジジが自分と関係を持ったのも「打算」であると看破しているのだが、
にも関わらず、彼は男性として、ジジを愛しているのも本当なのだ。
それは、ユダヤ人の父親を持つという、ジジの出自を知ってからも
結局変わることなく、それゆえに彼の苦悩はいっそう深まることになる。
おそらく、一番の悲劇は、シャルルではなく少佐の人生だったと思う。
ある意味、彼の出番がこの程度に限定されたものであって良かった。
もし作者が、もう少しシュタイネル少佐について書き込んでいたら、
「黒い役」の面白さと相まって、誰が主役かわからなくなっていたかもしれない。

どの角度から見ても非常によくまとまった舞台だったと思うのだが、
使われている楽曲の、本質的な素晴らしさも、とても印象に残った。
タイトルでもある『私は歌う(Je Chante)』だけでなく、
『ブン (Boum)』『ラ・メール(La Mer)』『パリに帰りて(Retour a Paris)』
など、宝塚歌劇の過去のショーでもお馴染みだったシャンソン・ナンバーが
シャルルやそのほかの歌手によって劇中で繰り返し歌われ、どれも心に染みた。
この作品の、もうひとつの主人公は、シャルル・トレネの遺した、
名曲の数々だったと、見終わってしみじみ思った。

Trackback ( 0 )



« 日本版DVD到着 波乱!のエル... »