おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

空気人形

2019-04-23 09:29:26 | 映画
タイトルが「く」で始まる作品に入っていきます。

「空気人形」 2009年 日本


監督 是枝裕和
出演 ペ・ドゥナ ARATA 板尾創路 高橋昌也
   余貴美子 岩松了 星野真里 丸山智己
   奈良木未羽 柄本佑 寺島進 山中崇
   オダギリジョー 富司純子

ストーリー
空気人形は、古びたアパートで持ち主の秀雄と暮らすラブドール。
空気だけで身体の中は空っぽだったが、秀雄が仕事で留守のある日、瞬きをしてゆっくりと立ち上がる。
軒先の滴に触れて“キレイ…”と呟き、秀雄が買ったメイド服を身に着けると、街中へ出てゆく。
初めての町で様々な人間に出会う空気人形。
戻らぬ母の帰りを待つ小学生とその父親、執拗に若さを求める女性の佳子、死の訪れを予感する元国語教師の敬一などで、誰もが心に空虚さを抱えていた。
レンタルビデオ店に立ち寄った彼女は、店員の純一と出会い、この店でアルバイトを始める。
空気人形は心を持ち始め、純一に自分と似た空虚感を感じ取って、彼に惹かれていく。
彼女は、街で生活するうち、次第に自分のように空虚さを抱えた人間が数多くいることを学んでゆく。
ある日、彼女は店で釘を引っかけて穴が開いてしまうが、純一は必死に息を吹き込んで人形を救う。
誰もいない店内で思わず2人は抱き合うのだった。
愛する人の息で満たされて幸福な人形だが、帰宅すればラブドールとしての秀雄との生活が待っていた。
自分の運命にジレンマを覚える彼女は、秀雄が新しい人形を手に入れたことを知り、家を飛び出す。
心を持ってしまったがゆえに傷つく人形。
何故自分が心を持ったのか自問自答を繰り返し、生みの親である人形師の園田のもとへ。
園田の家で、回収された人形たちを見て、心を持つことの意味を理解する。
彼女は、園田に感謝の言葉を告げると、純一の元へ向かうのだった。


寸評
人形に息吹が吹き込まれ擬人化するというのはピノキオを初め時々登場する題材であるが、ここに登場する人形はダッチワイフという男の性欲発散のためのビニール人形だ。
そのためにエロチックなシーンもあるのだが、ファンタジックな要素を残しつつ、擬人化している人形を通して社会の中の孤独な人間を浮かび上がらせ、切ない恋の顛末を描く力作だ。
朝、人形が動き出してファンタジックな世界に誘われていく。
人形は雨の雫を手のひらにうけ、やがて人体へと徐々に変化していき主演のペ・ドゥナに変わる。
透明感のある美しさと、繊細な感情表現、そしてコミカルな味わいは彼女ならではのもの。
彼女が演じなければ、この映画はここまで素晴らしいものにはならなかったはずだ。
ペ・ドゥナの言葉の弊害もここでは効果的だし、実に人形らしい顔立ちなことも幸いしている。
のぞみと名付けられた空気人形の取る態度が面白く、変身したことによって引き起こされる小ネタ的笑いがくすぐったい。

人形が外の世界へ踏み出すと、目にする人間社会は孤独な人々で溢れている。
買主の秀雄は人形に話しかけ、一緒に風呂に入り、散歩に出かけ、まるで夫婦のように過ごしている。
おまけに空気人形ののぞみ相手に処理を済ませ、その後始末を自分自身で行うという、そちらに関してもさみしい生活を送っている。
若い派遣社員がモテモテで、注目を浴びることがないOLは留守電に自分を慰めるメッセージを吹き込む。
過食症の娘、フィギュアのオタク、解決した事件のことで交番を訪れ、警官を話し相手としている老婆にも出会う。
彼女は刑事から「あなたには関係ない事件でしょ」と言われ、社会からの疎外感を感じてしまう。
ビデオ店の店長も、中年となっているが未だに一人暮らしで、侘しい食事に思わず食器を投げつける。
公園で出会った代用教員だった老人からは、体の中に何もないカゲロウの話を聞き、空っぽなのは私も同じだと告げられる。
社会の中で生きている人の中には、空気人形と同じ空っぽの人間が存在しているということだ。
しかし、命は自分自身では完結できない。
花の交配は虫によってもたらされ、命は他者から欠如を満たしてもらっている。
互いに欠如を満たしていることは知らないが、そのようにしながら人は生きていると教えられる。
心をもってしまったのぞみは、恋人を亡くしたらしいレンタルビデオ店の純一に恋をする。
純一はのぞみが空気人形であることは知らないが、あることでそのことを知る。
その時の様子が可笑しくもあり、エロチックでもあり、その中にも切なさのあるファンタージーな世界だった。
空気人形ののぞみは、自分がしてもらったことを純一にも施すが、それは悲しい結末をもたらす。

人形師のオダギリジョーは戻ってきた人形を前にして「この子たちは燃えないゴミとして処理される。人間はもえるゴミだ」と言い、「人間世界で見たものは悲しいものだけだったのか、美しいものはなかったのか」と聞く。
のぞみはあったと頷き、「産んでくれてありがとう」と返事する。
のぞみはゴミの中から綺麗な空き瓶を集めるが、見過ごしてしまうゴミの中にも美しいものがあるということだろう。
そしてその美しい瓶の中に美しい心を持った自らを置いたのだと思う。