三島を出て、わずか10分程度で早くも鰻屋に引っかかる(笑)
あまりにもいい匂いだったもんだから@桜家
「人は富士山だけでは頑張れない」
そう思ったのは、初めてである。
旧東海道歩きも三島を越えて、
まずは美味い鰻に舌鼓を打ったはいいが、
その後の景色の単調さに...。
いや、富士山はよく見える。
なんなら丸ごと、大開放。
角度を変えつつ、陽も当たりつつ。
そりゃあもう美しい!
...のは間違いないのだが。
いかんせん、 歩く者の両サイド。
ひたすら住宅街が続くのだ。
かな~り長い、住宅街が。
旅人にはなぜか、少し心細い風と景色。
...そして側溝。
穴の空いた蓋がついた側溝が、
もう、ただただ、歩く者の足に、
地味~にダメージを与えてくる。
もはや箱根より難所?と思えるほどに(笑)
歩き続けて、
「精神を削られる」と感じたのは、
あれが初めてである。
地形から?
吹き抜ける風の強さも
関係したかもしれないが。
かつては賑わったであろう道も、時代と共にか、所々こんな光景も。
あ、いや。
誤解されると困るから言うが、
お住まいの方には、
とても素晴らしい環境だとは思う。
少し道を外れさえすれば、
もっと大きな、新しい街道が通り、
不便も何もなく生活出来るのだろうし、
何より美しく壮大な富士山が、
いつも目の前にあるのだ。
だが、旅人には...
その壮大さが恨めしい(笑)
あの、箱根を降りる際の、
「わあ~♪富士山が見える!!」
という『はしゃぎっぷり』はどこへやら。
やはりチラリズムというのは、
トキメキという点において、
いつも不可欠な要素らしい。
実際、その『難所』を通り抜け、
再び薩埵峠あたりでチラリ富士が見えた時は、
大喜びしたし(爆)
富士川を渡る橋上からの富士は最高だったし。
結局は見る人の心?見よ!富士川橋上からの富士の美しさを!
もはや、どんどん進んで、今や富士山など、
少しも見えなくなってしまった
旧東海道歩きの旅ではあるが。
これまでのところは、
実は『変わらぬ景色』が、
旅人には一番の『難所』なのではないか、
と思っている次第である。
「富士山がデカすぎて嫌い」に笑いました(笑)
でも、なんとなくわかるようになった気が。
富士山は偉大で神々しく美しく。
恐れ多く、遠くで拝むくらいの方が、人間にはピッタリくるのかもしれません。
今や愛知県に入り、富士山などちっとも見えなくなってしまった東海道歩きですが、程よい距離感があったほうが良いのは、富士山も人間関係も一緒なのかもー。
富士川まで到達ですか!!どこまで行くのかなー
確かに、風景がずーっと変わらないと飽きてしまうし。。。
富士山は、ウチくらいまでの距離で、見えたり見えなかったりするのがいいんですね。
河口湖町の人に聞いたら、富士山がデカすぎて嫌いだ、と言ってました。
威圧感がありすぎるようです。
かと思うと、遠くの地で山登りとかで遥か彼方に見えたときは
「あっ富士山?富士山だよね?」とみんな喜ぶんですよねー