呼子にイカを食べに行く途中に、ウロウロ、探索。
「まるで作り話のようだ」
と、自分たちでも思う。
先日の、『同名の店を偶然発見した話』にしても、
これからする話にしても。
呼子でイカを食べようと、佐賀を訪れた時、
それは起こったのだ。
空腹になるにはまだ間があると、
近辺をウロウロしていたら、
小さな島で、『包丁』と大きく書かれた幟を発見して。
「はて?販売店の建物には見えないが、どういうことだろう?」
と、ちょうど柳刃包丁を欲しがっていたゴンザが車を降りて、
門を覗き込んでいたら、
中から一人の男性が現れて、
「ああ、さっき電話を下さった東京の人?」と、声をかけてきたのだ。
美しい場所との出会いは突然に。
「え!?違います。ただ、『包丁』と幟があったので気になって。
こちらで売っていらっしゃるんですか?」
「いや、うちは包丁鍛治でね」
本物の鍛冶屋さんなど、見たこともなかった我々は、
驚きながらも興味深々で、改めて敷地の中に視線を投げかける。
と、思いがけなく、男性が、
「せっかく通りがかったのも何かの縁だから、中を見ていく?」
と、招き入れて下さる。
「ええ!いいんですか!?」
ボリビア夫婦と我々二人。
「どこから来たの?」
との男性の問いに、
横浜から来てレンタカーで九州を旅していること、
ウロウロしていて幟を発見した経緯を、かいつまんで話し、
ゴンザが料理を業としていること、
ちょうど柳刃包丁が欲しくて、足をとめたことなど、付け加えて。
と、工場から出てきた年配の男性を、その人は『父親』だと紹介してくれ、
包丁を打っているのは、お父様なのだと教えてくれた。
対面販売だけなので、その包丁は、店にはなかなか並ばないけれど、
中には外国から、それを求めてくる客もいるのだと。
とっても穏やかなお父様ご本人は、
気さくで、にこやかで、
「工場も見て行く?」
なんて、大切な作業場にまで入れて下さるが、
さらに、『職人の仕事』に目を輝かせる、男子勢の食いつくような質問にも、
ひとつひとつ丁寧に答えて下さって。
やがて、お母様も加わって、
出来上がった柳刃の、見本まで見せて頂くことに。
「これは○○万円、こっちは○○万円」
『値段だけ』聞けば確かに高価と感じるものでも、
一生使う道具と思えば、決して高くはない、鏡のように光る包丁は、
ゴンザの心をいたく刺激したようで、
それぞれを見比べては、
何やら思案している様子。
「...これ、売って頂けるんですか?」
しかし、お母様によれば、今ではもう、
そのような仕上げの出来る研ぎ屋さんは数少ないそうで、
その頼りの職人さんも、ご高齢ゆえ、なかなかに仕事に時間がかかり、
予約をしても、現物が手に入る時期はわからないという。
「お父さんが自分で研いだものでよければ、分けてあげられるんだけどねぇ...」
「えっ!?それはおいくらですか?」
ゴンザの問いに、お母様は古い価格表を探し出して来て、
「この時でこの値段だったんだけど...
今だとどれぐらいになるのかなぁ?いくら出す?」
「それはもう、そちらの言い値で」
今すぐ、財布をそのまま置いてゆきかねない勢いながら、
不安と期待が交錯したゴンザの前のめりに、
「どうしようかねぇ...」
と、悪戯っぽく悩むお母様に、ついに息子さんが、
「お母さんが決めていいよ!」と声をかけ、
お父様はといえば、その横で、ニコニコと笑っていらっしゃる。
「じゃあ、○○円でどうだ!?」
思った額の、半分にも満たない、お母様の『言い値』に、
思わず「下さい!」と叫んだゴンザに、
これを運命といわずになんと言うのかと、
私は、胸がいっぱいになりながら考えた。
きっと、ボリビアカットの男もその妻も、同じ気持ちだろうと。
表に出てよくよく見れば「あっ、本当だ!『鍛冶屋』って、こっちの幟に書いてある!」
大事に大事に、新しい柳刃を抱えたゴンザと、
共に何度もお礼を言いながら、鍛冶屋さんのご家族に、一行は別れを告げる。
小さな島から、レンタカーの窓越し、
雨に煙る玄界灘を、近くに、遠くに、眺めながら...
その後。
実はあの穏やかなお父様は、大変な名工でいらっしゃることが判明。
驚きも新たに、
さらにその出会いに、感謝と不思議の念を強くした我々であった。
お父さん、息子さん、お母さん、本当にありがとうございました!
ボリビア夫婦も、いつもありがとー!
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