事実の報道は、それ自体がメッセージ性を持つ。朝日新聞はけさ、こんな記事を掲載した。
「《(ウクライナ侵攻)制裁、強気崩さぬプーチン氏 17年北朝鮮への対応でも激しく反発》
ウクライナに侵攻したロシアに対し、欧米が矢継ぎ早に厳しい制裁を打ち出している。だが、ウクライナに事実上の降伏を要求するプーチン大統領の強硬姿勢に変化は見られない。プーチン氏に制裁は効くのか。北朝鮮への制裁をめぐる2017年のプーチン氏の発言を振り返ると、容易ではないことが浮かび上がる。」
この記事は、北朝鮮の核開発問題に関するプーチン大統領のこれまでの発言をいくつか紹介している。
「小さな国々は、独立と主権を守るためには核兵器を持つ以外の方法がないと考えている」。
プーチンがこう発言したのは2017年だが、この年の3月、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)を念頭においた大出力エンジンの地上燃焼実験に成功。7月にはICBMの発射、9月には水爆の実験にも成功したと発表した。
その頃の記者会見では、プーチンは
「(イラクの大統領だった)フセインは大量破壊兵器を製造しなかったが殺された。北朝鮮もこれを覚えている。制裁で大量破壊兵器の製造をやめると思うのか」
と主張し、
「北朝鮮は草を食べることになってもやめないだろう」
と述べている。
プーチンのこうした発言を伝えることで、朝日新聞はどういうメッセージを出そうとしているのだろうか。容易に見てとれることだが、ここに出されているのは、「プーチンには、制裁は効かないのではないか。ウクライナ問題で、経済制裁に効果を期待するのは難しいのではないか」というメッセージにほかならない。
「いやいや、ウクライナ侵攻に対する経済制裁は、ロシア経済に確かなダメージを与えている。経済制裁は着実にプーチンの首を絞めている」とする楽観的な論調が大勢を占める中、朝日新聞があえて真逆の悲観的なメッセージを出す意味は、どこにあるのか。朝日新聞は一体、何を主張しようとしているのだろうか。
いいや、経済制裁などという生ぬるいやり方では駄目だ。武力による軍事的対決しかない、ーーまさかそういう暴論を、慎重路線の良識派・朝日新聞が振りかざすことは考えにくい。
アメリカをはじめとするNATO諸国が武力攻撃を(したくても)できないでいるのは、そんなことをすれば、(悲惨な結末が目に見えている)核戦争を誘発しかねないからである。
経済制裁も駄目、さりとて武力攻撃も駄目ということになれば、では、残された道はどこにあるのか。狂人プーチンの傍若無人を、ただ指をくわえて見ているしかない、ということになるのだろうか。他に何か有効な打開策はないのだろうか。
打開策の決定打を常識的な朝日新聞に期待することは難しいので、不肖私、こと天邪鬼爺が、そこはかとない見通しを述べさせていただくことにしよう。
それはひと言でいえば、情報統制で雁字搦めになったロシア社会に、風穴を開け、グラスノスチ(情報公開)を実現することにほかならない。
それは難しいのではないか、と言う人がいるかもしれない。
だが数日前、ロシア国営テレビのニュース番組放送中、スタジオに乱入し、プラカードで反戦を訴えた女性がいたことを思い出して欲しい。
「プロパガンダを信じないで。あなたたちはだまされている」というプラカードのメッセージを見たロシア人は、おそらく百万人を下らなかったはずだ。勇気あるこの女性は、「蟻の一穴」を百万個以上も穿ったことになる。
また、さらにその数日前には、国際的なハッカー集団「アノニマス」が、ロシアのテレビ放送システムを乗っ取り、ロシア軍がウクライナに侵攻する様子を伝える動画を流した事件があった。この企ても、情報統制で雁字搦めになったロシア社会に、大きな風穴を開けることに貢献したはずだ。
こうして穿たれた多数の「蟻の一穴」は、情報統制社会の堤防を突き崩し、「おまえは引っ込め!」というメッセージの刃を、狂った独裁者の喉元に突き付けるだろう。ロシア軍将校たちのクーデターが期待できない今、私としてはそうした「情報統制崩し」の力に期待したい。ひと言でいえば、それは「民主化」への第一歩である。