ささやんの週刊X曜日

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

幸福と監視社会

2020-07-06 11:30:09 | 日記
おもしろい記事を見た。「おもしろい」というより、トンデモ記事、ゲテモノ記事と紙一重の、妙に心をざわつかせる記事である。

「日立製作所は、人の幸福度を計測して企業などに提供する新しい会社を設立することになりました。新型コロナウイルスをきっかけに働き方が大きく変わる中で、幸福度を高めることで組織の活性化を支援するねらいです。」
(NHK NEWS WEB 6月29日配信)

まず私をとらえたのは、そもそも「人の幸福度を計測する技術」などあり得るのだろうか、という疑問である。この新会社は「スマートフォンの加速度センサーを使って、本人が気付かない体のわずかな動きや揺れを計測」しようとしているようだが、仮に「本人が気付かない体のわずかな動きや揺れ」を数値化することができたとしても、それがその人の「幸福度」を示すと、どうして言えるのだろうか。

次に私が感じたのは、この発想に潜む危険な臭いである。私はハラリ(Yuval Noah Harari)が書いた次の文章を思い出したのである。

「現在、各国政府は生身のスパイに頼らずとも、至るところに設置したセンサーと強力なアルゴリズムを活用できる。
実際、いくつかの国の政府は、新型コロナの感染拡大を阻止するため既にこうした新たな監視ツールを活用している。最も顕著なのが中国だ。
中国当局は市民のスマホを細かく監視し、顔認証機能を持つ監視カメラを何億台も配置して情報を収集する。市民には体温や健康状態のチェックとその報告を義務付けることで、新型コロナの感染が疑われる人物をすばやく特定している。それだけではない。その人の行動を追跡し、接触した者も特定している。感染者に近づくと警告を発するアプリも登場した。」

コロナ感染の追跡技術と、(政府にとっての危険人物を特定しようとする)国民監視の技術と。コロナ感染の追跡技術から、国民監視の技術へ。その中間に位置するのが、この「幸福度」の計測技術だと言えるだろう。

日本政府はつい最近、新型コロナの接触通知アプリCOCOAの提供を開始した。このアプリは個人情報を抜き出さないから問題はない、とされているが、その気になれば、政府がこのアプリを使って国民監視の手段にすることも不可能ではない。そのためには、国民一人ひとりの「反政府度」を計測する技術の開発が欠かせないが、その前段階に位置するのが、国民の「幸福度」を計測するこの技術だとみることができるのである。

政府によって国民がその一挙一動まで監視される社会は、決して幸福な社会ではない。むしろ不幸な社会だと言えるだろう。「幸福度」の計測が不幸につながるとしたら、それは皮肉なことと言わなければならない。
コメント
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