一人の髪の毛の長い背の高い細身の女性が机に座り、ノートパソコンを叩いています。
彼女の名はレイカ(31)・・・とある雑誌の取材記者です。
「えー、それでは、タケルさん、夜の日本学「歌入門編」・・・お願いします。ええと、歌入門編の日は、割りと楽しくやっていこうということでしたよね?」
と、レイカはノートパソコンを叩きながら、赤縁のメガネを手で直し、こちらを見つめます。
「そうそう。日本においては「歌の前の平等」という事が言われているから、まずは入門して、あれこれ語りながら、理解を深める感じかな」
と、タケルは話します。
「ということなら、私も楽しく参加させて頂きますわ。じゃあ、ミルクティーなど飲みながら、のんびり始めていきましょう」
と、レイカはミルクティーを用意しています。
「ま、金曜日だし、のんびり行きたいね」
と、タケルは笑顔になりながら、言葉にするのでした。
今日の「夜の日本学」はじまり、はじまりー・・・・。
「さて、早速、赤染衛門さんの歌を鑑賞していこうか」
と、タケルは言葉にする。
「はい。女性の歌はやっぱりいいですね・・・」
と、レイカ。
詞書「梅の花もさきにけり、桜の花みなさくけしきになりにたりと人のいふをききて」
「君とこそ春来ることも待たれしか梅も桜もたれとかは見む」
(あなたと一緒だからこそ春の訪れも待たれたのだ。梅も桜も、誰と共に見ればよいのか)
「えーと、これは赤染衛門さんの旦那さんが亡くなった次の年の春に詠まれた歌なんだそうだ」
と、タケル。
「なるほど・・・赤染衛門さんのこころの震えが伝わりますね・・・」
と、レイカ。
詞書「さみだれ空晴れて月あかく侍りけるに」
「五月雨の空だにすめる月影に涙の雨ははるるまもなし」
(五月雨の降り続いていた空に、珍しく顔を出し澄み渡る月――その光のもとでさえ、私の涙の雨は晴れる間もない)
「日本人の女性は特に月を見て涙しますね。あまりの美しさに亡き人の面影を思い出すのでしょうね」
と、レイカ。
「毎日、泣きながら暮らしているんだろうね。それだけ深く愛していたんだろうね、旦那さんを・・・」
と、タケル。
「やすらはで寝なましものをさ夜更けてかたぶくまでの月を見しかな」
(迷ったりせず、さっさと寝てしまえばよかったものを、あなたが来るかも知れないからと、夜が更けて沈もうとするまで、月を見ていました)
「同じ女性としてわかります、この気持ち・・・好きな人が来るかもしれない・・・そう思えば、寝てなんていられませんからね・・・」
と、レイカ。
「女性は月を見ながら・・・美しいものを眺めながら、自身に素敵なストーリーがやってくるのを待っているんだね・・・」
と、タケル。
「夜は・・・そして、月は女性をロマンティックに誘うモノですから・・・」
と、レイカ。
「そして、オトコも夜には、ロマンティックを夢見るからね・・・」
と、タケル。
「はい・・・」
と、レイカ。
「恨むとも今は見えじと思ふこそせめて辛さのあまりなりけれ」
(恨んでいると今は見られたくないのです――そう思うのは、あなたの態度がひどくつれなかったからだわ・・・あなたのせいなの・・・)
「こころとは裏腹の態度に出ちゃうのも、弱い存在の女性だから・・・そういう歌みたいだね・・・ちょっとかわいいな」
と、タケル。
「同じ女性として、よくわかる感情です。ほんとは好きなのに・・・あまりにつれない態度だから、思わず、そんな態度をとってしまったの・・・そんな感情なんでしょうね」
と、レイカ。
「じゃあ、実際は、恨んでいるって事?相手の男性を・・・」
と、タケル。
「恨んでいると言うより、好きなんでしょうね、その相手の男性が・・・とても愛おしい存在・・・だからこそ、言い訳もしたくなる・・・」
と、レイカ。
「なるほどね・・・奥が深いや・・・」
と、タケル。
「いかに寝て見えしなるらむうたたねの夢より後は物をこそ思へ」
(どんな寝方をして、あの人が夢に見えたのだろうか。うたたねの夢から覚めたあとは、物思いばかりしているのだ)
「好きなオトコの事を思うと夢で逢える・・・と、よく小野小町さんが歌っていたけど・・・文脈的には、そういう歌だね」
と、タケル。
「また、逢いたいから、どんな寝方をしていたか、考えている・・・そういう歌ですね・・・」
と、レイカ。
「なんでも、枕の置き方などで、夢をコントロール出来ると言う話が広がっていたみたいだ。この時代」
と、タケル。
「それだけ、相手のオトコに逢いたいと言う事でしょうね」
と、レイカ。
「越えはてば都も遠くなりぬべし関の夕風しばしすずまむ」
(ここをすっかり越えたら、都も遠くなってしまうに違いない。関山に吹く夕風にしばらく涼んでゆこう)
「これは夫の任地、尾張の国に下向途中に逢坂の関で詠んだ歌だそうだ。逢坂の関は、よく歌の世界に出てくる場所だしね・・・」
と、タケル。
「女性にとっては、都がやはり、好きな場所なんですね・・・」
と、レイカ。
「もっとも、最初に夫を亡くして泣いてる歌があったから・・・その夫との二人での旅行も実は楽しかったんじゃないのかな、彼女にとっては・・・」
と、タケル。
「そうですね・・・夫婦水入らずですものね・・・」
と、レイカ。
「思ふことなくてぞ見まし与謝(よさ)の海の天の橋だて都なりせば」
(物思いもなくて、存分に眺めを楽しんだろうに――与謝の海の天橋立よ、ここが遠い異国でなく都であったなら)
「今度も旦那に従って、丹後の国に行った時に詠んだ歌だね。天の橋立も都には敵わないと言うところかな」
と、タケル。
「都での恋物語がやっぱり、女性には一番だと言う事でしょうね。そのことにかなり固執してそうな赤染衛門さんです・・・」
と、レイカ。
「ま、宮中にいた方が楽しそうだしね。才能綺羅びやかな歌人の女性も何人もいることだし、自分と話の合う女性も多かっただろう」
と、タケル。
「そうですね。やっぱり、女性同士のおしゃべりは、女性の大好物ですもの・・・」
と、レイカ。
「神な月ありあけの空のしぐるるをまた我ならぬ人や見るらむ」
(神無月、有明の空に時雨が降るのを、私以外の人もまた寝られずに見ているのだろうか)
「また、誰かオトコの人を思い出している・・・そういう歌だね」
と、タケル。
「同じ月をあのひともみてるのかしら・・・そうあって欲しい・・・そういう歌ですね。ある意味、ロマンティック」
と、レイカ。
詞書「和泉式部、道貞に忘られて後、ほどなく敦道親王にかよふと聞きて、つかはしける」
「うつろはでしばし信太(しのだ)の森を見よかへりもぞする葛のうら風」
(心移りせずに、しばらく和泉国の信田の森を見守りなさい。葛に吹く風で葉がひるがえるように、あの人がひょっとしたきっかけで帰って来ることもあるのですよ)
「出ました!恋にオトコマエな女性、和泉式部さん・・・友人の彼女に贈った歌なんだね。その和泉式部さんを振るオトコもいるとは思わなかったけど」
「傷心の和泉式部さんを慰める歌なんだね、これ・・・」
と、タケル。
返し。
「秋風はすごく吹くとも葛の葉のうらみがほには見えじとぞ思ふ」
「和泉式部さんは、恨んでは、いないと返しているんですね・・・でも、女心は複雑・・・やっぱり、こころを残しているんでしょうね」
と、レイカ。
「やへむぐらたえぬる道と見えしかど忘れぬ人は猶たづねけり」
(和歌の道は葎(むぐら)が幾重にも繁茂して途絶えてしまった道と見えましたけれど、忘れない人はやはり訪ねてくれたのですね)
「これはあるオトコが赤染衛門さんの家を訪ねた事に対する「ありがとう」の気持ちの歌なんだね・・・忘れない人もまた、いてくれる事に感謝って感じかな」
と、タケル。
「平安時代も離合集散の時代だったんでしょうね。特に女性からすれば、訪ねてくれる男性がいるだけでもありがたい・・・そういう気持ちが伝わりますね」
と、レイカ。
「今日は坦々と赤染衛門さんの歌を鑑賞したけど・・・人のこころは移ろいやすく、また、忘れない人もいてくれる・・・そんな事を思ったね・・・」
と、タケル。
「情熱の歌人と言う感じではないですけれど・・・和泉式部さんに歌を贈ったり、割りと親切な女性のイメージがありますね、赤染衛門さんは・・・」
と、レイカ。
「でも、やっぱり、都が好き。宮中のサロンが好き・・・そういう女性なんだろうね」
と、タケル。
「女性はどの時代でも、同じ女性とのおしゃべりを楽しむ存在ですからね・・・その気持ちはわかります」
と、レイカも言葉にした。
「ま、勉強は始まったばかり・・・焦らずのんびり、言葉にしていこう」
と、タケルは言うと、
「さ、レイカちゃん、飲みに行こうか」
と、タケルは机の上を片付け始める。
「はい。お伴します」
と、レイカはメガネを取り、髪を解いた。
(おしまい)
金曜日の夜・・・まあ、こういう日は楽しく飲むに限りますね。
焼き肉なんかやりながら、ビール。
ま、レイカちゃんと楽しく飲んじゃお!ってなところで、
週末に繰り込んでいく感じですかねー。
ではでは。