一人の髪の毛の長い背の高い細身の女性が机に座り、ノートパソコンを叩いています。
彼女の名はレイカ(31)・・・とある雑誌の取材記者です。
「えー、それでは、タケルさん、夜の日本学「歌入門編」・・・お願いします。ええと、歌入門編の日は、割りと楽しくやっていこうということでしたよね?」
と、レイカはノートパソコンを叩きながら、赤縁のメガネを手で直し、こちらを見つめます。
「そうそう。日本においては「歌の前の平等」という事が言われているから、まずは入門して、あれこれ語りながら、理解を深める感じかな」
と、タケルは話します。
「ということなら、私も楽しく参加させて頂きますわ。じゃあ、ミルクティーなど飲みながら、のんびり始めていきましょう」
と、レイカはミルクティーを用意しています。
「ま、金曜日だし、のんびり行きたいね」
と、タケルは笑顔になりながら、言葉にするのでした。
今日の「夜の日本学」はじまり、はじまりー・・・・。
「さて、前回はあの紫式部さんの娘「大弐三位」さんの歌を見たけど、今日もその続きから入っていこう」
と、タケルは言葉にする。
「なんとなく、涸れ枯れになる男性が多かった印象・・・逃げるオトコを追う印象のある大弐三位さんでしたね・・・」
と、レイカ。
「さ、今回はどうかな?」
と、タケルは言葉にした。
詞書「かたらひける人の久しくおとづれざりければ、つかはしける」
「うたがひし命ばかりはありながら契りし中のたえぬべきかな」
(このうえ生き長らえるかと疑った命は未だ残っているのに、約束し合った仲は絶えてしまったのですね)
「うーん、これも涸れ枯れになった男性に送った歌だね・・・女性としてどういう心境なんだろう・・・」
と、タケル。
「焼き木杭に火をつけたいイメージなんでしょうか。男性の方から切った恋愛は、復活しずらいイメージがありますけどね」
「女性としてのプライドとしては、好きな男性なら、ずっと追いかけるけど・・・中途半端な男性は追わないものですけどね・・・」
と、レイカ。
「なんだか、こういうパターンが多いところを見ると・・・女性としての魅力にちょっと欠けるところのある女性だったのかな?」
と、タケル。
「確かに・・・なんとなく、自分をうまく出せない女性のイメージがありますね。好きだけどそれを表情や態度に出せない・・・だから、飽きられる女性のイメージ」
と、レイカ。
「うーん、そういう女性だったようにも思えるね」
と、タケル。
詞書「堀川右大臣のもとにつかはしける」
「恋しさの憂きにまぎるる物ならばまたふたたびと君を見ましや」
(恋しさが、煩しい些事に気が散って紛れるものなら、もう二度とあなたにお逢いしましょうか。紛れなどしないから、またお逢いしたいのです)
「これは直接的なズバッとした物言いの告白だね・・・」
と、タケル。
「今まで中途半端なイメージとは違いますね。女性の側から、「逢いたい」と告白していますから・・・堀川の右大臣もちょっとびっくりしたのでは?」
と、レイカ。
「でも、多分、彼女の本命がこの右大臣だったんでしょうね。だから、ズバッと言い抜いた。ここまで言われたら男性冥利に尽きるでしょうね」
と、レイカ。
「ああ、そうだろうね。「んじゃ、ちょっと行ってくるか」とかいいながら、つい頬がゆるんじゃう、男性の姿が目に浮かぶよ・・・」
と、タケル。
詞書「秋の頃、をさなき子におくれたる人に」
「わかれけむなごりの露もかわかぬに置きやそふらむ秋の夕露」
(別れを悲しむ名残の涙もかわかないのに、あなたの袖にはさらに秋の夕露が置き添っているでしょうか)
「これは幼子を病気で亡くした女性に送った歌なんだね。袖に涙は付き物だから・・・それを秋の夕露といい表しているんだね」
と、タケル。
「この時代は、病気で亡くす幼子も多かったんでしょうね。大弐三位さんのやさしいこころが察せられます」
と、レイカ。
詞書「上東門院、世をそむき給ひにける春、庭の紅梅を見侍りて」
「梅の花なににほふらむ見る人の色をも香をも忘れぬる世に」
(梅の花よ、なぜそんなに美しく咲き匂っているのか。おまえを見て賞美すべき人が、すでに出家して、色も香も忘れてしまった世であるというのに)
「梅の花は、賞美すべき人がいてこその梅の花・・・そういう思いなんだね、大弐三位さんの思いは・・・」
と、タケル。
「上東門院さんが出家したことが、それだけ寂しいと言う事なんでしょうね、大弐三位さんにとって・・・」
と、レイカ。
「うーん、大弐三位さんは、なんとなく普通の女性に感じたかな・・・情熱的と言うより、あまり恋が上手じゃないような」
「・・・ズバッと告白するのも一瞬情熱的にも思えたけど、人間性の大きくない女性が思い余って言ってしまったように思えたね・・・」
と、タケル。
「確かに人間性はあまり大きくないかもしれませんね・・・オトコマエな女性の代表、小野小町さんの歌と比べても、歌がどれも小粒だし」
「あまり、いいエピに囲まれていません。どちらかと言うと中途半端な感じの女性と言う印象がありますね・・・」
と、レイカ。
「じゃ、次、赤染衛門さん、行こうか・・・」
と、タケルは言葉にする。
「消えはてぬ雪かとぞみる谷川の岩間をわくる水の白浪」
(消えきらずに残っている雪かと見える――谷川の岩の間を分けてゆく水流の白波)
「春の情景を詠み込んだ歌だね・・・水の流れと雪・・・いい取り合わせだね。美しい情景が目に浮かぶよ」
と、タケル。
「美しい風景を切り取るのが上手い女性ですね」
と、レイカ。
詞書「鷹司殿の七十賀の月次(つきなみ)の屏風に、臨時客のところをよめる」
「紫の袖をつらねてきたるかな春立つことはこれぞうれしき」
(公卿の皆さんが紫の袖を列ねてやって来ましたねえ。春になることはこれだから嬉しいのです)
「なかなか、心情が伝わって面白いよね。ま、赤染衛門さんにすれば、公家のイケメンが打ち揃って登場したから、ちょーっと嬉しくなっちゃったって感じ?」
と、タケル。
「ほんと、生唾ゴクリな感じの赤染衛門さんの表情まで見えるようですね。余程のイケメン好きだったんでしょう、赤染衛門さんは・・・」
と、レイカ。
「かへる雁雲ゐはるかになりぬなりまた来む秋も遠しと思ふに」
(北へ帰って行く雁たちよ――その声からすると、遥か雲の彼方に去ってしまったようだ。再びやって来る秋は遠いと思うのに)
「急に叙情的な歌になったけど・・・次の秋はまだまだ遠いと言う意味もかかっているんだね」
と、タケル。
「なんとなく風景が目に浮かぶようで・・・この赤染衛門さんは風景を切り取るのが上手いですね」
と、レイカ。
「踏めば惜し踏まではゆかむ方もなし心づくしの山桜かな」
(踏んでは勿体ない。踏まなければ行きようもない。心をすり減らせる山桜の散り花であるよ)
「その気持ちよくわかるね。赤染衛門さんも美しいモノの好きな素敵な女性だったんだろうね。散ったサクラのピンクの絨毯を踏みしめるのが勿体ない気持ちなんだね」
と、タケル。
「美しいモノが朽ちていく姿も見たくない心地だったんでしょうね。赤染衛門さんの繊細さを感じさせる歌です」
と、レイカ。
詞書「ひさしくわづらひけるころ、雁の鳴きけるを聞きてよめる」
「起きもゐぬ我がとこよこそ悲しけれ春かへりにし雁も鳴くなり」
(雁の帰るところは常世と聞くが、ずっと起きもせずにいる私の寝床――その「とこ」世こそ悲しいことだ)
(春に帰ってしまった雁が、秋になって帰って来て、啼いてている。それを私は相変わらず寝床にいて聞くのだ)
「これは前に掲げた雁の歌を意識して詠んだ歌なんだね。次の秋は遠いと詠んだのに、その秋まで患ってしまった。それが悲しい・・・と情感がこもるね」
と、タケル。
「この時代、雁は季節を呼ぶ存在だったんですね。そして、そんな遠いと感じた秋にまで患った自分・・・ちょっと自分に自信を無くしている感じですね」
と、レイカ。
詞書「上東門院にまゐりて侍りけるに、一条院の御事など思し出でたる御気色なりけるあしたに、たてまつりける」
「つねよりもまたぬれそひし袂かな昔をかけておちし涙に」
(常にもまして濡れまさった袂ですことよ。ご存命中の昔に思いをかけて溢れ落ちました涙に)
「この赤染衛門さんもまた、紫式部が「源氏物語」を与えた彰子のサロンの女性だから、もちろん、上東門院=彰子さんで、一乗院はその夫の一条天皇の事なんだね」
「一条天皇は譲位直後に亡くなっているから、その事を話していて悲しくなったんだろうね」
と、タケル。
「袂を涙で濡らす・・・彰子さんは余程、一条天皇の事を愛していたんでしょうね・・・」
と、レイカ。
「しかし、彰子さんのサロンには文芸に秀でた女性が多数いたんですね。大弐三位さんより、赤染衛門さんの方が歌は上手いように感じられますね」
「それとイケメン好きを公言していて・・・オトコマエな女性の匂いがぷんぷんしています。好感が持てますね」
と、レイカ。
「うん。ここのサロンは歌が上手い女性が揃っているから・・・歌の勉強にはちょうどいいね。藤原道長さんがもちろん集めたんだろうから」
「時代を越えて、藤原道長さんに歌の勉強をさせて貰っているような感じで、ちょっと歴史好きには、楽しい事だよ」
と、タケル。
「ま、勉強は始まったばかり・・・焦らずのんびり、言葉にしていこう」
と、タケルは言うと、
「さ、レイカちゃん、飲みに行こうか」
と、タケルは机の上を片付け始める。
「はい。お伴します」
と、レイカはメガネを取り、髪を解いた。
(おしまい)
金曜日の夜・・・まあ、こういう日は楽しく飲むに限りますね。
焼き肉なんかやりながら、ビール。
ま、レイカちゃんと楽しく飲んじゃお!ってなところで、
週末に繰り込んでいく感じですかねー。
ではでは。