ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

後付の理屈

2017-12-26 08:20:12 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「名目」12月19日
 『小学校の英語教員1000人増 来年度から』という見出しの記事が掲載されました。記事によると、『学校現場の課題に応じて政策的に半分する加配定数を改善させる』という趣旨で、『英語を専門的に教える「専科教員」の1000人増』『授業負担軽減による教員の働き方改革も想定。文科省は20年度までの3年間で計4000人の専科教員は一を目指す』『生徒指導体制の強化や、貧困による学力格差といった課題に対応するなど、計595人の増員も決まった』とのことです。
 少子化に伴って減る教員数を、政治的な配慮で補っていくというシステムは以前から行われてきました。学校教育の充実を願う立場からすれば、必要な制度です。ただ、この記事が示すことの意味を正確に把握しておかないと違ったイメージを抱いてしまう可能性があります。
 まず、『小学校の英語教員1000人増』についてです。この記述を目にして、次年度に小学校の英語専科教員を新たに1000人採用すると考える人がいるかもしれませんが、そうではありません。おそらく1000人の大部分は、現在学級担任等になっている教員が専科に振り向けられることになります。各教委は、そのための研修を積み重ねているのですし、授業を成立させるには、英語そのものの知識や技量よりも子供を動かし評価する「授業力」が求められるからです。それには現場で経験を積んだ中堅・ベテラン教員が相応しい面があるのです。
 さらに、英語専科教員には、その小学校の英語教育全般を視野に納めリーダーシップを振るうことが求められることになるので、そうした意味でも学校という組織の特性を知る経験者が望ましいのです。
 そして、各校から選ばれて英語教育という新しい課題に向けて研修を重ねている教員は、当然のことながら、授業力があり、自己向上意欲をもった優秀な人材であるケースが多いはずですから、そうした教員が担任を離れることによって生じるマイナス面に対する配慮も欠かせません。つまり、よいことばかりではないのです。
 また、「生徒指導体制の強化や、貧困による学力格差といった課題に対応する」ための教員配置については、そのイメージがはっきりしません。例えば、貧困による学力格差と貧困以外の原因による学力格差では、対応が異なるという発想だとすれば、担当となった教員に求められるのはSSW的な役割となります。一方で、学力不足への対応という意味で共通なのだとすれば、TTなどで手厚く対応するというイメージになります。前者なのか、後者なのかによって、求められる教員像や能力・資質は違ったものになります。
 生活指導体制強化についても同様です。いじめ防止に主眼を置くか、暴力や飲酒・喫煙防止など問題行動への対応を重視するのか、自己肯定感の低い子供への対応やカウンセリング機能の充実を主目的とするかなど、想定している内容は曖昧です。
 その結果、文科省が自分たちの縄張りである教員数を削られることを避けるためのお題目なのではないか、という疑問をもたれることにつながりかねないのです。あるいは、文相の顔を立てるためとか。
 私自身、スケールは違いますが、先に政治的思惑で決まった予算や数値があり、それに合わせてもっともらしい理屈をつけるという経験がありました。そのせいで、こんな邪推をしてしまうのかもしれません。次年度末以降、きちんとした成果の検証とその公表が待たれます。

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 情報源はどこ | トップ | 何歳でもいい »

コメントを投稿

我が国の教育行政と学校の抱える問題」カテゴリの最新記事