「教員?」6月15日
『こども家庭庁設置法きょう成立』という見出しの特集記事が掲載されました。その中に『いじめ対策なお困難』という小見出しがあり、『いじめ対策は従来通り文科省が担うが、こども家庭庁の設置は、その改善につながるのだろうか』という問題意識で、分析と実情紹介が掲載されていました。
そこに気になる記述がありました。『大津市は、13年度から全市立小中学校55校に学級担任を持たない「いじめ対策担当教員」を約70人配置し(略)21年度に市が「いじめ疑い」として把握した件数は8498件で、12年度の20倍超となり、早期対応が可能になった』という記述です。
といっても、気になったのは施策の成果についてではなく、学級担任を持たないという教員の存在についてです。その70人は「教員」なのでしょうか、という疑問が浮かんだのです。記事の中には『いじめの兆候を見つけられるのも、その後の対応をしてきたのも教員だ』という文科省幹部の声が紹介されていましたが、私も教員だからこそいじめ発見も対応も出来ると考えています。学校のこと、学校での子供のこと、教員のことを知らない人では、いじめの発見も対応も難しいと考えます。
だからこそ、大津市も教員をいじめ対策担当にしたのでしょう。しかし、学級担任をせずにいじめ対策に専念することが何年も続けば、その人は教員の特性を失っていってしまいかねません。教員は学校に勤務していれば教員としての勘や技能を保持できるというものではなく、授業や学級経営、学級における掃除や給食活動、特別活動の指導、休み時間のむだ話などで子供と接し続けるからこそ、教員としての能力に磨きをかけることができ、そうでなければだんだんと子供から遊離した存在になっていってしまうのです。そうなれば、単なる外部の大人と変わりません。
大津市の制度の実際の運用は分かりませんが、仮に毎年担当教員が変わるのだとすれば、担当としての専門性が揺らいでしまいますし、変わらないのであれば、教員としての能力が減ずるという問題が生じます。もし、10年間、いじめ担当を務めた後、学級担任に戻るとしたら、その教員は、学級担任として新卒とあまり変わらない能力しか発揮できないと思われるのです。
また、校長からいじめ担当を命じられた教員はどのように感じるのかということも気になりました。学級担任として自分が描く理想の学級経営をしてみたい、そんな思いをもって教職を目指した人がほとんどでしょう。大丈夫なのでしょうか。かといって、学級担任は大変だから、少し楽をしたいという教員を充てたのでは、うまくいかないでしょうし。
記事からは、大津市のような制度を拡充することが望ましいというニュアンスがうかがえました。全国規模での導入を検討する前に、大津市の全教員の意識調査をし、同制度について教員がどのように受け止めているのか、分析考察してほしいものです。