わくわく活動日記

山本ゆきこ~子どもこそ未来

普天間基地即時返還!沖縄連帯北信越キャラバン・石川集会

2010-04-16 01:09:52 | 平和・人権
 4月15日、石川県平和運動センター主催の「不天下基地即時返還!新基地建設ノー! 沖縄連帯北信越キャラバン・石川集会」があり、参加してきました。

 集会に先立って、午後4時半から武蔵が辻で街宣を行いました。沖縄から下地 敏男那覇市議(写真中央)も駆けつけ、ともにマイクを握りました。気温20度以上の暖かな沖縄に対して、今日の金沢はとても寒く、下地市議にはさぞかし寒さがこたえたことでしょう。しかし、沖縄県民の思い、普天間の問題を本土の人にも知ってもらいたいという熱い思いがあふれていました。集会の後は、市民へのアピールのために、市内をデモ行進しました。

 自民党政権時代の1996年、辺野古基地建設を条件に普天間基地返還が日米合意されました。しかし、沖縄県民の強い反対にあい、辺野古での基地建設は行えませんでした。
 昨年8月の総選挙で鳩山内閣が誕生しました。以前から沖縄の基地問題に理解があった鳩山首相は、辺野古移転の見直しを表明しました。

 キャンプ・シュワブ陸上部、ホワイトビーチ沖合、徳之島など、移設先の候補となった地では、沖縄県内・県外を問わずいずれも強い反発が起きています。重大な被害が起きることが予想される基地の移設を容認する自治体がないということは当然です。とすれば、それをいつまでも沖縄に押し付けていていいのか、ということになります。戦争に加担し、住民にとって危険きまわりない基地の、沖縄県内、日本国内でのたらい回しはもうやめるべき時です。
 普天間の移設先を日本が決めることができなければ、普天間は存続せざるをえないものでしょうか?これを機に、普天間基地を閉鎖するという明確な外交スタンスはとれないものでしょうか?かつて米軍が駐留していたフィリピンで、米軍基地を撤退させたように。フィリピンでは、植民地時代以降約100年にわたり米軍基地があり、沖縄とともに冷戦期の重要な軍事拠点がありましたが、根強い反対運動の結果、1992年に撤去させました。

★深刻な基地被害(4月6日付北陸中日新聞より)
 1995年の少女暴行事件に代表されるように、米兵による暴行事件、交通人身事故が後を絶ちません。しかも、それらの事件への対処は、「日米地位協定」の壁により、日本の警察として容疑者の逮捕や身柄の拘束ができないという不平等なものです。
「沖縄は基地を押し付けられ、米兵は県民の生活圏でやりたい放題。事件事故を起こせば本国へ逃げ帰る。この植民地的状況への県民の積もり積もった怒りが、普天間飛行場の県外移設を求める声の根底にある」(「米軍犯罪被害者救援全国ネットワーク沖縄」代表 池宮城 紀夫弁護士)

 米軍機墜落事故は2年に1件。県民の6割が環境基準を超える騒音にさらされている。米軍の実弾演習で原野火災が毎年10件前後。

★米軍基地大国ニッポン
・駐留米軍の数(約5万人)は世界第2位
・基地面積は世界第3位。基地の資産価値は世界第1位。基地数は123か所と世界第2位。
・駐留経費負担は世界第1位。

普天間の問題は沖縄だけの問題ではありません。
沖縄をいつまでも捨て石にすべきではありません。
イラク・アフガン戦争に加担する米軍基地は整理すべきです。
鳩山首相は、普天間問題に対して「命がけで」行動すると明言しています。
「対等な日米関係」構築のためにも、本当に「命がけで」臨んでほしいと思います。

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