今日のおじさん(気持ちは坊ちゃん)

55歳から走りはじめ、70歳サブ4なんとか維持したいと日々精進
ゆっくり長く走れば強い脚になれる・・信じて。

5月23日 小豆島オリーブマラソン・・・・雨(涙

2010年05月23日 | 走ること
初めてのトライ おじさんのふるさと香川県のマラソン大会
小豆島オリーブマラソン

24の瞳とか、ソーメンとかオリーブとかちょっと
楽しみなハーフマラソンでしたのに・・・

雨なんです~


前日から高松に入って、高松港から23日早朝にマラソンランナー専用の船に

のっていくんです。

1時間半くらいで到着。ものすごい雨です


テントの中で着替えるんですが

このテントがまた雨漏りで大変

なんとか1時間前に着替えても、荷物を預けるので

ランニングスタイル雨の中まつこと1時間

寒いこと!!そんな中での開会式



号砲とともにスタート

今回のおじさんは、雨ですがとりあえず気合はいって

最初から飛ばしていきました・・



雨のやけくそが効いたのか、苦しくて苦しくて

それでもキロ4分半を目標にがんばりました。

ちょっとくやしいのは、早くに抜いたおじいさんが


最後数キロのとこで、すーと抜いていった。

やはり作戦は、飛ばさずに、同じ速度が一番なんですよね。


タイム、1時間38分台

総合順位 290位台/2879人中

年齢別では 50歳台 50位台/431人中


練習は裏切りませんでした。

それにしても、せっかくのソーメン食べ放題なのに

寒くてまったくいただいておりません。

24の瞳 いったいどこをどう走ったのか???

ようやく、15時すぎ 高松に戻ってまいりました

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5月3日18時スタート 140キロ物語 (涙のリタイア)

2010年05月21日 | 走ること
去年5月4日70キロを完走したあと、1年かけてがんばってきた
メインは、この大会 「萩往還マラニック 140キロ」


5月3日 18時 瑠璃光寺 スタート
140キロランナーたちが思い思いのかっこう
やがて暗くなるであろうために、頭にヘッドライト・背中にリュック
のいでたちでウェブスタート開始。
靴はフルマラソン用の軽めの靴もってきてたが悩んだあげく
途中交換なしの戦術に変更。

まだ明るいうちに、距離をかせいでおこうとキロ6~7分で
とばし。
だんだん暗くなってきたので、ヘッドライト点等が!!
なんと、まったく道路を照らしてくれない。
試走してないつけがきた!!!
まったく役にたたないのである。悲惨。
しかたなく、頭から外して手でもってラン。
62歳のスーパランナーの方と話す機会があり
おしゃべりしながら鯖山(しゃもじ) (往路21.5km/復路37.1km)エイドに
到着。20時40分到着

ここまでリュックにつんである水筒はのまずに到着。
これが、のちの悲劇の前兆。
初めての休憩所での食事タイム。
肉うどん、おにぎり、ゆで卵、トン汁、お茶
しっかり食べすぎて少し重たい
それでも、食べたらすぐにスタート
防府市内にはいって折り返し地点 英雲荘 (29.3km) 
ここは第一チェックポイント(制限時間23時)
21時37分到着
バナナと梅干、スポーツドリンク1杯のんですぐにスタート。

スーパランナーさんは、前を快調に飛ばしていきはりました。
さすがです。もうおいつけません。マイペースで・・
どうも下腹部が重い・・違和感がするがただひたすらラン

ふたたび、鯖山(しゃもじ)エイドにもどってきた。
22時49分 (キロ7.5分なら22時38分につきます)
ここでトイレに立ち寄ると、ちょっとだけ小水でるも少し色が赤い
体調的には、もっと小水がでたい気分なのにでない・・

休まずにそのままスタート 

山口福祉センター (49.6km)ついたのが午前12時過ぎ
00時27分到着(キロ8.5分なら00時24分につきます)
まずはトイレ・・・
ほとんど尿がでないまま、真っ赤な血に近いものが
もうこれで、完走はあきらめようと判断

着替えをしに、預けておいた荷物をもらい
2階に着替えに・・ここでもう5~6人毛布かぶって寝てます。

この人たちはあきらめたのか、しばらく寝たら走るのか?
それにしても、時間的には余裕がないはず。

とりあえず、萩(約85キロ)まで行ってリタイアと
決め、とぼとぼと出発
着替えて、水筒に飲み物もらって深夜の路を
山(標高600M)へ向かってスタート(午前0時半くらい)

ゆっくりゆっくり山路にはいりますが、のぼり走ることはほぼ
不可能。1歩ずつ前に進みあまりのしんどさに暗闇の中
休憩。少しやすんでいたら、前後誰ひとりいなくなり
心細いながらもスタート。これがのちの命とり

しばらく歩き続けると広場が右手にみえ、車道にでて
道しるべに萩の文字がみえた。
その道しるべにしたがい、車道を矢印方向に走りはじめる。
どんだけ走っても、人一人、車一台通らない。
やばい!!路を間違ってコースアウト
もう、後戻りできる距離でないのでそのまま1時間ほど
走り続ける。時間は午前2時半すぎ。

自販機で、缶コーヒを買って落ち着いて一服。
気力をとりもどし、どこにいくのかどこにでるのか
わからないまま、スタート

20ほど走り続けると、なんと奇跡の合流!!
右山方向から、赤い点滅等(夜間ラン用に、配布ランプ)
がぞくぞくと車道に舞い降りてきた。

ほんまに、よく出会えたもんです。
安心して、みんなのあとついてラン開始。

途中エイド「64.7キロ佐々並市」到着
3時間21分(キロ8.5分なら2時43分) 迷った時間でかなり遅れてしまった

ただひたすら走り続けてエイド 「74.5キロ 明木市(あきらぎいち)」到着
もうかなり明るくなってきた
5時05分(キロ8.5分で4時06分、キロ10分で6時02分でつきます)

 このエイドで2人ほどリタイア決意 迎えの車をまっているとのこと。

誘われたが、とにかく萩まではなんとかいきます
そこでリタイアしますと宣言し、のろのろとスタート

それからがまた、すごい山路 ごろごろと石の硬さが
靴の底につたわってくる。
くだりは、とくに速度あがり足元があぶない。

だんだん、夜があけてきて路もみえはじめると
後ろをずーとついてきていたおばさまは
颯爽と、おさきに~と行ってしまった。
明かりとりで、同行 体力温存してたんでしょうね。
ものすごい人たちばかりです。

午前7時なんとか、平地にはいり萩市内
まがってまがって、ついに萩のチェックポイントに到着しました。
7時間10分到着(キロ8.5分なら5時43分、キロ10分なら7時55分でつきます)


85.8キロ ここでこの物語は終わることに・・・

到着する直前、もう次に向かって走っていく人たちに
出会い、こんなにみんながんばっているのに
情けない、足、腰はまだまだ自分的にはいけるかもしれないが
心がすでに折れて、体調が悪いんだ、コースアウトもしたし
と、自分に言い訳ばかりしながらつらいせめぎあいの心。

以上でした。


お迎えのバスで山口市内にもどりホテルに入り。
ほんとは、15時からの宿泊を、ホテルの親切な対応で
11時に、部屋にはいらせてもらった。

翌日の朝フロントでチェックアウトしてると
予約名簿らしきものが?
これなんなんですかと聞くと、来年の予約受付だと。

もうかなりの人が予約してます。
もうすでに、戦いは始まっているんだ!!
くそ、絶対来年は完走するぞと
ぼっちゃんも、5月4日 宿泊予約してきました。

松山に到着した日から、もうその日ジムで5キロラン。
翌日は、20キロラン。
反省、反省、反省 残してきた走れなかった約55キロ
3日連続ランでとりあえず達成はしました。

以上、反省ばかりのくやしいランでした。

追伸

 来年のために、先週は東京のマラニック専門店へいき
 足元を照らす角度調整つきのヘッドライト
 山道も走れるマラニック用シューズ
 走りながら給水できる、キャメルの給水バックと専用のリュ ックを購入しました。

 言い訳できない装備は確保、140キロ耐えれるからだつくりにがんばります
コメント (4)
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2010年05月20日 | Weblog
広島に船でいくことになら
朝港につくとなんと濃霧で欠航

あったかくなってきた
瀬戸内の風物詩でもある

仕事に遅れようとも
自然には勝てず

一時間あとの船にのれたことに感謝
この景色を堪能しながら
ぼちぼちいきまひょ
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