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「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「ホームラン記念日」

2025年08月20日 | 追っかけ爺!

   
       ホームラン記念ボール             新人高等学校野球大会1回戦スコア

朝から小雨がパラついたり、雷さんがゴロゴロぐずるお天気。予定されていた山口県新人高等学校野球大会の会場に駆け付けた。案の定、雨や雷さんの影響で、孫君の学校の試合は1時間30分遅れでスタートした。
先の甲子園大会山口県予選は、3年生も含めた学校野球部全体の公式大会であったが、今回の場合、3年生は引退していて出場は出来ない。2年生と1年生で新たなチーム編成した新人チームによる、山口県高野連主催の公式大会である。孫君の学校も出場で、追っかけ爺の出番でもある。

そのチャンスは2回の裏の攻撃にやってきた。ワンアウトランナー二塁、ワンヒット1打点の打席に、6番ショート孫君。第3球目、カッキーーン!!場内にこだまする金属音を残して打球はセンターの頭上をライナーで超えた。三塁打かなと思っていたら、ボールが返って来ないのを見たランナーは一気にヘッドスライディングでホームベースにタッチ。もちろんセーフ。

これが今大会公認の第1号ホームランに認定されたのだという。
夕方になって、嬉しそうな顔をした孫君が、ボールを握って母親と共にやってきた。山口県高野連の印字があるそのボールは、今日のランニングホームランの記念ボールであった。これにはジジも驚いた。たかが高校野球、されど高校野球。県高野連も粋な計らいをするものではある。
高校生になって4カ月と10日。こんな奇跡が待っていてくれたことは、ラッキーこの上ないだけでなく、必死に野球と取り組む孫君にとって、この上ない励みになったのではなかろうか。

あまりにも自慢話になって、書こうか書くまいか迷ったが、事実は事実としてジジが取り組む忘備録ブログには残しておきたい出来事なので、申し訳ないですが書かせて頂いた次第です。アホなジジと野球バカの高校生の青春の一ページとご寛容頂けると有難いです。

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「のど越し缶ビールの味」

2025年08月19日 | 健康イチバン!

                

お盆はとっくに過ぎた。残暑見舞いを出すタイミングも見失ってしまった。それほどに今年の夏は、いつが盛夏だったのか、いつから残暑といえるのか、全くその境目・節目がつかめないほど、7月頭からこんにちまで、毎日毎日夏真っ盛りの猛暑の連続。こんなとき、たまに呑む缶ビールが美味いんよね~。
日の暮れ加減に畑に出て、生い茂る草を電動小型草刈り機でホンの少し刈るだけで汗は滴る。いち早くシャワーを浴びて何はともあれ、冷えた缶ビールをプシュ、グラスに半分注いでキューっと飲み干す。

威勢はいいが相変わらずの下戸は下戸。苦みの効いた本物ビールは苦手。そこへいくと発泡酒は私のような者には有難い。それもグラスへなみなみとは行かない。半分くらいがちょうどいい。ビール会社にとっては取るに足らないお客ではあるが、一夏に350㎖24本入り一箱はなんとか消化する。その程度でも、冷蔵庫にはいつも入っていないとなんとなく寂しい。

今日は朝から、高校野球ベスト4をかけた4試合をチラッと見ながら、あれこれ作業もした。メインは、二人の子供の無事な成長を願って、幼いころの二人の手形を鉛で作った、5.5㎏もある額縁を鴨居から取り外した。そして今一つ、娘婿殿が若いころに贈ってくれた絵画の30号額縁を壁から取り外した。もう一つ、背高食器代の上に置いていたガラスケース入り人形二体を下ろした。
いずれも南海トラフ地震に備えての災害予防措置の一つである。こんなに重い、四角いガラス張りの額縁や人形ケースなどは、高い所に置くべきではないと判断。しかももう長い間楽しんできたものばかり。今は楽しみより安全を最優先に考えるとき。部屋は少し殺風景にはなるが、安堵が大きい。そんな模様替えにも手を付けた今日の、発泡酒缶ビールののど越しは格別であったような。

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「夏、笑顔大集合」

2025年08月17日 | 季節の移ろいの中で

              
               笑顔の合唱 ハッピーバースデー!!

毎年の我が家の一大イベント、お正月と盆には二家族全員が集合する。物入り覚悟で出来る限りの準備をして待つ。娘家族も倅家族も可能な限り、揃って広くもない我が家にあつまり、呑み、食べ、しゃべり、笑う。
成長した孫は遠くに出た者、就職して友達との付き合いを優先する者。未だ父さん母さんにべったりの姫孫など、それぞれの思いと、叔父さん伯母さんに合う楽しみ、従姉同士の遊びを楽しみに笑顔の大集合となる。

今年のお盆は8月16日の集合となった。早くから帰省していた倅家族が夕方からBBQの第一陣で盛り上がっているところへ、娘一家がやって来る。こちらは大男4人組が勢ぞろい。我が家の場合、呑みの方は家主が呑まない、倅はアルコールアレルギーで、来客の方も遠慮気味でお酒はあまり進まない。その代わり食べる方は半端じゃない。BBQに至ってはたっぷり3㎏のお肉が「足りるかしら」と心配になるほどの食べっぷり。もちろんポテトサラダに天ぷらトウモロコシ、それに炊き立て白ご飯が飛ぶように売れる。私たち二人の約3週間分の食材が一晩一食で果ててしまう勢い。来客の笑顔は老夫婦の苦笑いと重なる(笑)

散々食べて呑んで満腹を抱えて今度は、エアコンの効いた居間に上がって二次会の始まり。
孫の一人が8月15日に誕生日を迎えた。今年で23歳になる物静かな自動車整備士君。お母さんが持たせたバースデーケーキにローソクを立て、皆で1日遅れのハッピーバースデーを合唱するだけで盛り上がる。みんなでバースデーケーキを分け合って食べるところにまた笑顔がはじけ、BBQの後の甘さに舌鼓を打つ。

お盆休みも今日日曜日で終わり。それぞれの持ち場に向かって「また来るね~」と出て行った。残された二人で後始末に汗を流しながら、いつまで続けられるかね~と腰を伸ばす。まだまだ続けていきたい思いで、あの孫、この孫の行く末を見てみたいね~と言う結論に至る。考えてみれば、盆も正月も親と言う人生の一里塚みたいだね~。

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「八月十五日」

2025年08月15日 | 季節の移ろいの中で

                
                   お墓参り

8月6日の広島、8月9日の長崎に次いで今日は、午後0時00分、終戦記念日のサイレン吹鳴に合わせて黙とうを捧げた。
愚かな戦争をしない。侵略を仕掛けられない。対話と外交を積み重ね、独立国家として主権を貫き通せるJAPANであって欲しいものだ。そして防衛力を整備し、自分の国は自分で守る気概と実力を持つ国家であって欲しい。改めて8月15日終戦記念日に、今後の我が国の在りように思いを馳せている。

ある調査では、日本人の約8割が、外国による我が国への侵略があり得る。と回答している事実がある様に、毅然とした防衛力の整備はおろそかに出来ない。それほど、理不尽がまかり通る世界になってしまっている。
国連安全保障理事会、略称国連安保理という組織はあるのだが、本当に機能しているのか、形骸化していないか、疑問を持っている。アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国、これらの大国には拒否権が与えられており、自国に不利な事項に対しては拒否権を発動する。それ以上会議は前に進まない。言い換えれば、大国は何をやっても不利になることはない、という仕組みである。

そんな大国が隣国を武力で侵略する。誰も止められない。これが国連安全保障理事会の現状である。こんな国際秩序の中で、自分の国は自分で守れる最低限の防衛力整備するのは当然のことである。そうした気概と装備を備えることで、同盟国の援助も受けれらるというもの。いずれにしても難しいね~。

こんなことを考えながら、正午の黙とうを捧げたその足で、真昼間の陽射しの中お墓参りに行ってきた。
「この暑さの中をよく来たね~」と迎えてくれるのか、「無理しちゃいけんよ、若くはないのだから」とたしなめられるのか。いずれにしても、お水を上げお線香をくゆらすのは一瞬である。暑さも我慢できる。
お墓の帰り道いつも思うのは、わずかな時間をこうして墓前に立つだけで、なんかしら気持ちの安らぎを感じられるのがいい。そりゃそうだね、ご先祖のお陰で今があり、元気に生かせてもらっているのだから。

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「迎え火のころ」

2025年08月13日 | 季節の移ろいの中で

               

よく降りましたね~。九州南部と山口県がセットになって、大雨洪水警報・線状降水帯発生予報などが連日連夜テレビ画面を騒がせた。それもこの地方はわずか3日で過ぎ去った。スマホの画面も、下関気象台発表の大雨情報、岩国市防災センター発の大雨警戒や、避難場所開設情報などで覆われていたが、昨日午後あたりからほぼ元通りのお盆が近い、高温多湿の蒸し暑い日が戻ってきた。

たった、などというと怒られるかもしれないが、わずか3日ばかりの大雨に閉じ込められただけで「雨はもういいや」などと思ってしまう。それまでの雨不足に悩まされ、雨ごいしたくなるねと嘆いたことをケロッと忘れている。人間なんていい加減なもんだね~、などというのは問題発言で、私一人が思っていることです。

同じ山口県でも、ここらあたりは雨量そのものは確かに、この3日間の方が例年の8月1か月分より多かったようだが、それでも特筆すべき被害情報もない。そこへ行くと日本列島各地でもたらされた甚大な大雨被害はお気の毒である。そして一旦落ち着きかけたコメの価格推移にまた異変を来さなければいいがと心配する。

そんなこんなで迎えた8月13日。この雨を得て、生き返った五葉の松の下にひっそり咲く花のそばで、迎え火を焚いて、ご先祖様の霊が間違いなく我が家にお帰りになる道しるべにしたい、などという気にさせられている。
特に、昨年12月から今年前半にかけて、二人の甥っ子をはじめ、隣の奥さんなど親戚知人に多くの新盆を迎える仏さんが頭の中にある。おおむね人生を全うされたひともあるが、まさしく人生半ばで、無念の病に斃れた人もある。柄にもないと笑われるかもしれないが、新盆の供養に手を合わせて差し上げたい。
そんな気持ちを起こさせる迎え火のころである。

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「腰痛対策・キッチンチェアー」

2025年08月12日 | 健康イチバン!

                                       

寄る年波には勝てず、台所仕事が段々つらくなってきた様子の山の神。無理もない70代後半。思えば長く使い続けた足腰背中。骨格を支える筋肉や脂肪の極端な不足。健康診断でいう身長と体重のバランスを示すBMI(ボデー・マス・インディックス)が、20以下。要するに体重が極端に少ない、というかまるで足らない。暑さも寒さもすぐ骨身に沁みる。
特に、去年今年のような逃げ場のない暑さはやり切れないと弱っている。

そこで、台所の立ち仕事をわずかでも軽減する方法はないか、立ちっ放しの時間を少しでも減らせないか。大人数が集合した時の長時間調理を休み休みできないか。無い知恵を絞る。
そうだ、背もたれ付き、高さ調節自由、移動もキャスターで自由。そして足をちょっと高くして休める。ラウンドチェアーという代物を見つけた。対症療法でしかないが、兎に角試してみることにした。

どんなホームセンターよりも豊富な品揃え。値段もピンからキリまでどこまでも探りを入れられる。しかもどんなに欲しそうな顔して物色していても、店員さんが寄って来る心配がない気楽さ。それがネットショッピングデパートである。この頃では、アマゾンデパート、yahooデパート、楽天デパート、色んなデパートを品比べ、値段比べしながらゆっくり買い物を楽しめる。但し、カード管理をおろそかにすると、財産を根こそぎ持っていかれる危険性もはらんでいるので慎重さは欠かせない。

そんなわけで、キッチン椅子は手に入れた。ただそれで解決するわけではない。一番手っ取り早い解決方法を知っているのは誰あろうこの私である。男性料理教室に何年も通いながら、ただの一度も家で復習をしたことがない。そんなことを自慢たらしく云う暇があったら、料理教室からもらって帰るレシピの数々をひも解いて、一品でも二品でも作ってみることだ。そうなのだ。手が動くじゃろうか。

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「雨降って地固まる」

2025年08月10日 | 季節の移ろいの中で

            
         8月10日13時:37分、山口県上空を覆う線状降水帯

昨日から九州南部と山口県に線状降水帯発生による大雨情報が、全国ネットで繰り返し放送された。今日午後に山口県西部に発生した線状降水帯。ここ県東部の岩国でも、夕方5時を回った今も、夕立を思わせる大雨が音を立てて降り続いている。瀬戸内海に面したここらあたりは、非常に穏やかで、日の暮れ方には「瀬戸の夕凪」と言われる一瞬風が止まって、何とも言えない蒸し暑さが戻るのが通常だが、今日の場合は、夕凪どころか、クルマを使うのも遠慮するほどに大雨に見舞われている。

今日の午前中は、月一の定例会が予定されていたが、それも早くに中止を要請して、雨対策に万全を期していた。こういった用心が不慮の事故からお年寄りを守る護摩札になるのかもしれない。
予定が水に流れた分、友から拝借した重松清著「旧友再会」に収められた「どしゃぶり」を手に取った。
50歳を回った同級生男子の、中学校野球部活動の回顧話。それと、息子が同じ学校で野球部に入ったために、今と昔の部活事情の変遷が面白おかしく描かれている。

昔の野球部は、先輩後輩の規律が軍隊形式ほど厳しかった。ちょっとした迂闊をつかんだ先輩は、後輩に向かって暴力沙汰の体罰が行われていた。いつの時代かに誰かが「異を唱えて」そういった古い体質が皆無となり、今の野球部は強くはないが仲良しグループと化しているという筋書き。それがよいのかどうなのか。という疑問にさいなまれる。

我が孫君の高校野球部も強くはないが、飽くまでも学校の部活という意味での仲良しグループに見える。このままでも強くなってくれるなら有難いのだが。優しさと厳しさ、二兎追うものは・・・。
などとと苦笑いしていたら、お隣広島県代表の広陵高校が、この夏すでに甲子園で初戦を突破しているにも関わらず、部員の暴力行為が発覚して、甲子園を辞退するに至った、というニュースが流れた。

まさに土砂降りのなかで「どしゃぶり」の本を読んで、複雑な野球部員の心の動きに触れるとは、皮肉な思いの一日となった。ただ、高校野球が強くなるのはいいが、クラブ活動が一部部員の手で牛耳られるのは本末転倒である。指導者の力量が試される。孫君の応援はもとよりであるが、学校教育の中での部活動の意味や存在価値を考える立場としては、より一層注意深く観察する必要を感じている。

出来れば野球部は強くなって欲しい。そして今の土砂降りの大雨は、そこそこに上がり地固まって欲しいものである。

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「長崎 鎮魂の鐘」

2025年08月09日 | ニュース・世相

                         

8月6日の広島への原子爆弾投下に続いて、8月9日の今日、長崎に2回目の原子爆弾が投下されてから80年。「最後の被爆地に」を目標に掲げた、長崎平和祈念式典が行われた。
8月6日と同じように、原爆投下時刻11:02分に合わせて、鎮魂のサイレン吹鳴に合わせて黙とうを捧げた。

核兵器をめぐる世界情勢が厳しさを増すなか、『長崎の使命として、世界中で受け継ぐべき人類共通の遺産である被爆の記憶を、国内外に伝え続ける』との決意が表明された。
世界各国と地域から96の代表が参加した。その中にはアメリカもロシアもいた。この人たちはいったいどんな気持ちで、平和宣言や日本の総理大臣の言葉を聞いたのだろうか。「そうは言ってもねー、相手が放棄しない限り自分も持ち続けないとヤバイよねー」と言った程度の感情ではないのだろうか。

それとも、紛争が長引けば互いに損害が広がる、それを収束させるためなら、核兵器使用も止む無し。あるいは、覇権を狙うためには絶対必要。などと簡単に考えているんじゃなかろうか。そのうえで、核を持たない国には「持ってはいけない」と言いつつ、自国の核兵器は密かに増強する今の世の中。
世界の警察権を持つくらいの良識ある強国が一つ存在すればいいのに、と思った時代もあった。それも夢のまた夢。似たり寄ったり自国の富強ばかりを考える大国・強国など、この世には要らない。
などと、得物を持たない小国の声がどこまで届くのか。それでも声を上げ続けなければ、核競争は止まない。

昨年、我が国の被団協に贈られたノーベル平和賞は何だったの?打ち鳴らす平和の鐘はどのように響くのだろう?全世界共通の課題として取り上げたいのだが。

     

昨日までの暑さを忘れさせるような、朝からエアコンのスイッチに触ることのない、涼しすぎる一日を過ごしている。核兵器にまつわる矛盾や身勝手さを考えると、またまた暑さが蒸し返しそうな気がする。

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「 原爆の日 広島平和祈念式典 」

2025年08月06日 | ニュース・世相

 『 平和  鎮魂  祈り !』  
  
   平和の鐘を合図に祈念式典スタート          参列者全員による黙とう
    
        各国、各代表による献花。 鎮魂の炎揺れる原爆死没者慰霊碑 
 
  
      松井広島市長による「平和宣言」         子供代表による「平和への誓い」
     
            一瞬にして瓦礫と化す戦禍の爪痕、広島原爆ドーム

あのピカドンが広島に投下されてから80年になる原爆の日の今日、過去最多といわれる世界120カ国・地域とEU・欧州連合の政府代表が参列して、原爆死没者慰霊平和祈念式典が行われた。
ここ岩国でも、原爆投下時刻の午前8時15分にサイレンが吹鳴され、黙とうを捧げた。

昨年は、核兵器廃絶を世界に訴える「被爆者団体協議会」にノーベル平和賞が贈られた。この事実は、この地球上から二度と原子爆弾被害者を出さない悲願の運動や、核兵器廃絶運動が、世界の為政者に少なからぬ影響を及ぼすことに大いなる期待を抱かせたものだ。世の中はというか、侵略戦争の当事者にとっては、そんな甘い話ではなかった。これ以上侵略戦争が長引くようなら、本気で核兵器使用も辞さないと豪語しているという。それに追随する小国の兵器大国が笑顔で核兵器の準備をするようなことになったら、それこそ収集が付かなくなる。

しかも、アメリカンファーストを標榜するリーダーが、広島、長崎に原爆を投下することで戦争が終結したと吹聴するに至っては、プーさんが核兵器を使うことで、侵略戦争にケリを付けようと考えるのも無理はないねー、などと妙な所で納得してしまいそうになる。こんな恐ろしい世の中なのである。

平和祈念式典では、それはそれは高尚な平和祈願メッセージが世界中に発信された。原爆投下80年の今日を境に、今一度世界中が本気に本気を出して、核なき世界を目指したいものである。

             (  https://yok12sioka12.hatenablog.com/   はてなブログアドレス)

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「念力って・・・」

2025年08月05日 | つれづれ噺

                                                    

 ❝ 念力のゆるめば死ぬる大暑かな ❞  村上 鬼城 

ずいぶん前にどなたかから教わって、ブログや色んな所で使わせてもらってきた。死にそうな暑さを表現するには非常に分かりやすい句である。今日の毎日新聞、坪内捻典さん監修の『季語刻々』に取り上げられていた。まさしく昨年・今年のように、押しつぶされそうな暑さに対抗する私たちの気概を鼓舞して、暑さに負けないでね、死なないでね、と叫んでくれる、そんな一句である。

この念力とはいったい何者ぞ。超心理学の分野で研究されており、心に念じることで物理的な効果を引き起こすとされている。例えば、サイコロの目を思い通りに出したり、スプーンを曲げたりする現象が挙げられる。
そういえば『心頭を滅却すれば火もまた涼し』などと、明治生まれの親父さんから時折発破をかけられたのを思い出している。ずいぶん無理な注文をしたものである。火はどれだけ念じても熱いよね~。

仏教においては、念力は悟りに近づくための五力(ごりき)つまり、念力・信力・権力・定力・慧力の一つであり、物事を深く思い込み、いつも忘れず心に留め置く力、記憶力と密接に関係していると言われている。(ウィキペディアより)

 暑さ寒さに耐えること。逆境や困難に立ち向かうときの心構え。身の丈を忘れて己の限界に挑む心意気。そんな目に見えない大きな力に立ち向かう時に、己を信じて耐える、そして立ち上がる、その気力の根源を仏教は教え説いているのであろう。 ちょっと難しくなったが、所詮門前の小僧的考察と思召せ。

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