私たち夫婦に授かった初めての孫という存在。私が定年退職して間もなく始まった「孫守り」という新たな生活パターン。彼が1歳になった直後から今日まで、ず~っと離れることなく、日々の成長を楽しみ、そして見守って来た。
幼稚園のお遊戯会、運動会、学習発表会に始まって、小学校も、中学校も、ことあるごとにカメラを抱えて彼の姿を追った。我が家にも入り浸りで付き合ってきた。良くも悪くも、娘夫婦がすぐ近くに住んでいるという宿命みたいなものがあった。
そんな彼が、今日、平成という年号の最後となる平成31年3月1日 島根県立飯南高等学校を卒業した。仕事の都合でどうしても出席できない父親に代わってジジが、母親の運転するクルマに揺られて出席した。
一人ひとりが壇上に上がり、校長先生から直接卒業証書を授与された。最後となる校歌斉唱に声を張り上げ、在校生や大勢の保護者の拍手に送られて教室に戻る。ここからが、彼や彼女にとっての本当の意味での「涙のお別れとなる卒業式」が始まる。これまで母校の高校卒業式では経験してこなかった、最後の教室でのお別れ会に侍らせてもらった。
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羽織はかまに身を包んだ30代半ばとみられる男性教師が「おめでとう」の挨拶を始める前から、涙涙涙で言葉にならない。卒業生から励まされやっと言葉が出始めた。この一瞬で、孫君はいい学校でいい教師との巡り合いがあったことを確信した。
「2年前の4月。新天地にやって来てまさかの2年2組の担任に。君たちも驚いただろうが、君たちは僕を受け入れてくれた」から始まった感謝や感動の言葉は続く。そして3年となって過ごした1年間で一番の印象は?などと聞かないでくれ。それはあり過ぎるから。濃すぎるから。とまたハンカチを目に当てる。
そして改めて、一人ひとりに卒業証書と「こんな時欲しくはないだろうが・・・」と通知表を渡しながら、それぞれの個性を紹介して最後の言葉を一人ひとりに述べさせる。これは感動せずにはいられない「本当の卒業式」という思いで最後まで付き合った。
気持ちの中であふれかえる思いがなかなか言葉にならず、先ずは涙がほとばしる。ここでは男も女も関係なく感激の涙を流す。そしてやって来た我が孫君の番。意外に涙なく淡々と振り返った、と思っていたら「母ちゃん、遠いところを何回も何回も足を運ばせてごめん。今までは言えなかったけど、今は言える。」ここで下を向きしばらく次の言葉が出てこない。しばらくして「じいちゃん、ずーっと俺のこと見ていてくれてありがとう」などと言われるともういけん。メガネを外して下を向きハンカチの出番。実に感動的な卒業式を終えた。時計を見たら10時から始まった式から延々4時間半が過ぎていた。
こうして新たな一歩を踏み出した。
さてさて明日から、彼にとってどんな日々が待っているのだろう。
応援しようにもだんだんジジの手など届かなくなる遠くへ羽ばたくのであろう。ひたすら応援団は旗を振りエールを送るのだ。
ガンバレルーキー!!