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日本人は、どんな肉を喰ってきたのか? 田中康弘

2024年06月08日 | 読んだ本
本書は、著者が30年にわたって礼文島から西表島まで南北3000キロ、日本人の肉食について調査した結果を解説してくれるノンフィクション。狩猟文化については、狩猟民の生活、生態系の変遷、自然保護など色々な観点からの考察があると思うが、著者は「肉食」という点にフォーカスして、捕獲動物の生態、捕獲方法、捕獲後の捌き方、料理方法、肉の味など様々なことを克明に教えてくれる。そうした解説の中に散りばめられた蘊蓄、例えばシカの肉は加熱するとすごく硬くなるとか、イノシシは足が短いので豪雪地帯では生きていけないとか、そうした話がとても面白い。また、文章と同じくらい充実しているのが様々な現場や料理の写真で、絶妙に文章と補完しあって読み手の理解を助けてくれているのが有り難かった。(「日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?」 田中康弘、ヤマケイ文庫)

イノシシ 激増,美味い,一頭あたりの肉が多いので貴重
シカ 激増,加熱すると固くなる,場所季節性別で味が違う
アナグマ ものすごく美味しい,賢い,脂は薬になる
ハクビシン 牛肉より美味しい
クマ 仕留めた後の回収,運搬が大変 カレー.鍋等料理法多彩
ウサギ 激減,美味しい(特に春,童謡ふるさと),肉少量→2羽必要
トド 冷凍してから切る(ふにゃふにゃ)

山ぎは少し明かりて 辻堂ゆめ

2024年06月05日 | 読んだ本
著者の作品は単独本2冊とアンソロジーに収録された短編2編の合計4作品が既読で、いずれもミステリー作品だったが、本書はミステリー要素のない内容。それでがっかりかというと全く逆で、これまで読んだ作品の中でも圧倒的に面白い一冊だった。高度成長期のダム建設に沈んだ山村を舞台に、昭和を生きた祖母、平成、令和という時代を生きる母娘の3代に渡る物語で、それぞれの世代が、戦争と戦後復興、高度成長とその挫折、現代日本の閉塞感という時代の波に翻弄されながら生きる様が描かれる。特に物語の大半を占める第3章「祖母」の物語は、その細やかな描写と緻密な展開が圧倒的だ。また、第1章でぼんやりと語られる3世代の女性の微妙な人間関係、第2章の最後に出てくる謎の一言、第3章の最後に明かされる第2章の謎の一言にまつわる真実、それらが見事につながるところもすごいなぁと思った。(「山ぎは少し明かりて」 辻堂ゆめ、小学館)

世界最強の地政学 奥山真司

2024年06月02日 | 読んだ本
地政学研究者による一般向けの啓蒙書。地政学に関するキーワードの解説、地政学の観点から読み解く米中露の外交戦略、現在進行形のロシアウクライナ紛争、イスラエルのガザ地区攻撃の解説など盛りだくさんの内容だ。本書では、国土を海に囲まれた国(英米日)をシーパワー、隣国との国境が長い国(中露独)をランドパワーと定義づけ、前者が他国との衝突を回避するリベラリズム(協調モデル)、後者が隣国との衝突を前提としたリアリズム(衝突モデル)を志向すること、さらにランドパワーが面(領土の拡大)を重視するのに対して、シーパワーがルート、チョークポイントを重視することなどを分かりやすく解説してくれる。トピックとしては、温暖化で日本とヨーロッパを結ぶ「北極海航路」が注目されていてそれに伴って北海道の重要性が高まる可能性があること、南米大陸横断回廊の開通で世界の物流などが激変する可能性があるといった話が興味深かった。びっくりしたのは「宇宙にもチョークポイントがある」という記述で、宇宙ロケットの打ち上げには出来るだけ赤道に近い場所の方が自転の遠心力でエネルギーを節約できる(日本の種子島)とか、将来的に月と地球の重力の均衡点(ラグランジェポイント)の争奪戦が起きるかもしれないとのこと。色々なことを教えてくれる一冊だった。(「世界最強の地政学」 奥山真司、文春新書)

イギリス
シーパワー、協調的なのは平和志向とか民主的とかとは別問題、その方が国家永続という目標に適っているから。
ヨーロッパに大国を作らせないが国是、パックスブリタニカでなくなってもそれだけは死守
アメリカ
シーパワー、モンロー主義(南米に介入させない)、冷戦ではロシアの海路を断つ戦略(封じ込め政策)
中国
ランドパワー、現在は陸の脅威がない稀な状況、中華思想に囚われているのがネック
ロシア
ランドパワー、国境線に緩衝地帯がないと許せない、プーチンの失政で現在海への出口をどんどん失っている

サロメの断頭台 夕木春央

2024年05月31日 | 読んだ本
著者の本は4冊目。本書はそのうちの画家と泥棒がコンビで活躍する短編集と同じ設定の長編作品。画家である主人公の未発表作品の盗作がアメリカで発見される。「誰が」「何のために」盗作を作ったのかという謎を追ううちに、組織的な贋作組織の存在、ある天才画家の謎の自死といった事実が明らかになったり、更に次から次へと殺人事件が勃発して、事態は混迷を極めていく。あまりに謎が多すぎて、読んでいてどんな謎があったのかすら記憶が覚束なくなってしまう。また、登場人物も初っ端に突然容疑者らしき名前が10人まとめて登場して面食らってしまった。盗作事件、贋作事件、殺人事件がひとつに繋がる最後の結末、見事さ、殺人事件の犯人の動機のおぞましさは半端ない衝撃だった。(「サロメの断頭台」 夕木春央、講談社)

女の国会 新川帆立

2024年05月28日 | 読んだ本
政治の世界を舞台にした殺人事件を描いたミステリー。党派の壁を超えて法案作りに協力し合ってきた仲間の議員が突然死亡してしまうという事態に直面した国会議員が主人公。事件の謎を追うのは、主人公に加えて、彼女の政策秘書、新聞記者、市議会議員たちだが、その全てが女性で、登場する男性は押し並べて犯罪者やモラルのない俗物ばかり。最近読む小説は本当にこういう設定のものが多い。全体のストーリーはかなり破天荒だが、色々考えさせられる内容だし、結末の意外性と痛快さもすごくて、とても面白かった。(「女の国会」 新川帆立、幻冬社)

大相撲と鉄道 木村銀治郎

2024年05月24日 | 読んだ本
先日読んだ交通新聞社新書の本が面白かったので、本屋さんに行って同新書のコーナーを探して見つけた一冊。著者は鉄道ファンでもある幕内格の行司さんで、大相撲の行司の仕事に関する基礎知識、全国各地の本場所や地方巡業を行うための力士・関係者の移動における鉄道との関わりなどを細かく教えてくれる内容。行司さんの仕事は、取り組みの行司だけでなく、相撲文字による番付作成、場内アナウンス、星取表の作成、力士たちの移動、宿泊手配一式、後援会との連絡、礼状、案内状の作成、イベントの司会や受付など、雑務全般の多岐に渡っているということを初めて知った。この中で重要なのが力士たちの移動と宿泊。十両以上の力士や親方などは各自で移動するが、幕下以下の力士は団体行動が原則で、年間200日弱(本場所90日+地方巡業100日)のスケジュールや移動手段と宿泊先の手配が著者の重要な仕事とのこと。本書の大半はその業務の解説だが、体重が重すぎて実質的に航空機が使えないこと、相撲界独特の上下関係の厳しさ、荷物の多さなどから、ものすごく苦労する業務だということが伝わってくるし、この世界の前時代的な悪習の闇が大きすぎて怖いほどだ。一方、上京のために同じ列車に乗車した若者が2人共横綱(若乃花、隆の里)になったという出世列車「寝台特急ゆうづる」、力士の名前がついた特急「かいおう」、全国の駅にある力士像、大井川鐵道の運転士になった元力士、「大行司」という名前の駅、力士の姿にラッピングされた列車など、相撲と鉄道という2つのジャンルに関したエピソードが多数紹介されていてその辺りはほのぼのとしていて面白かった。(「大相撲と鉄道」 木村銀治郎、交通新聞社新書)

シャーロック・ホームズの凱旋 森見登美彦

2024年05月21日 | 読んだ本
著者の本を読むのは約5年振り。久しぶりの新刊ということらしい。何故かシャーロック・ホームズやワトソン氏が京都の町に住んでいて、そのホームズが深刻なスランプに陥っていて、京都の町で起こる怪奇現象の解決に四苦八苦するというかなりはちゃめちゃな設定で、著者らしいといえば著者らしいファンタジー小説だ。ストーリーの中に実際のコナン・ドイルのホームズ作品が色々出てくるがそれも原作と微妙に違っていたりするし、あの宿命のライバルのモリアーティ教授などはホームズと同じくスランプ状態になっていてホームズと傷を舐め合う仲良しというびっくりする登場の仕方だ。ホームズの原作は多分全部読んでいると思うが遠い昔のことなので詳しいあらすじや登場人物などはほとんど覚えていない。それをしっかり覚えているか再読すれば色々原作との違いなどをさらに楽しめるのかもしれないが、そうでなくても十分面白かった。(「シャーロック・ホームズの凱旋」 森見登美彦、中央公論新社)

南方署強行犯係 狼の寓話 近藤史恵

2024年05月17日 | 読んだ本
著者の本は10冊目くらいだが、刑事が主人公という警察ミステリー小説はこれが初めて。新米刑事と教育係の辣腕女性刑事が、失踪した殺人事件の容疑者を追うというストーリーで、犯罪の背後にある動機が謎の中心なのだが、最後に行き着く事件の真実によって現代日本の抱える大きな問題が浮かび上がる。ここで何度も書いているが、とにかく最近の小説に出てくる男子、悪者比率が高すぎて、こういう世の中なのかなぁと悲しくなってくる。本書の主人公たちの活躍、すでに続編もあるようなので読むのが楽しみだ。(「南方署強行犯係 狼の寓話」 近藤史恵、徳間文庫)

令和元年の人生ゲーム 麻布競馬場

2024年05月15日 | 読んだ本
著者の本は2冊目。前作同様、今の日本の若者たちを取り巻く、自由に生きろと言われながら無言の同調圧力や競争圧力に晒される日常、自分のスタイルにしがみつきそれを若者に押し付けるばかりの大人たち、根強い学歴コンプレックスなど、複雑な環境の中で答えを見つけ出せない状況、さらには金科玉条のように礼賛される「意識高い系」の本音と虚しさがこれでもかと描かれる。読んでいて、著者自身もそうした混沌とコンプレックスの渦中にいるような気がするし、作中でアンチテーゼのような役割の登場人物でさえそこから脱せずに苦しんでいるようで、何とも切ない気になってくる。昭和世代にとって「価値観が揺らいでいて大変だなぁ」と思う平成さえものどかに思えてくる令和の闇の深さが伝わってくる。(「令和元年の人生ゲーム」 麻布競馬場、文藝春秋)

鉄道落語 柳家小ゑん他

2024年05月12日 | 読んだ本
先日聴いた柳家小ゑん師匠の落語がとても面白かったので、師匠の名前で検索したら本書が見つかり、ネットで注文した一冊。小ゑん師匠の他、私の大好きな古今亭駒治、それと上方落語の桂しん吉、桂梅團治、4名による鉄道を題材にした新作落語各2編(合計6編)と対談2編が収録されていて、どれもとても面白かった。同じ鉄道落語といっても、前駅鉄・街鉄(駒治)、機械マニア(小ゑん)、乗り鉄(しん吉)、撮り鉄(梅團治)とバラエティ豊か。中には数十ページの本文に70以上の鉄道関連の註釈が付いていたり、巻末に各地の路線図が掲載されていたりする。鉄道マニアではないが、鉄道マニアの話を聴くのが好きな自分にとってとても収穫の多い内容だった。(「鉄道落語」 柳家小ゑん他、交通新聞社新書)

(収録演目)
一両目 古今亭駒治 鉄道戦国絵巻、都電物語
二両目 柳家小ゑん てつのおとこ、恨みの碓氷峠
三両目 桂しん吉 若旦那とわいらとエクスプレス、鉄道スナック
四両目 桂梅團治 切符、鉄道親子

家族解散まで千キロメートル 浅倉秋成

2024年05月08日 | 読んだ本
著者の本は3冊目。末っ子の結婚というタイミングで長年住んだ自宅を解体することになった家族が、不用品の整理をしていると、物置きから遠く青森で盗難にあったとされる古い仏像が見つかる。誰が何のためにどうやってそこに持ち込んだのか不明のまま家族総出でその仏像を返却しに青森へと向かう。終盤になって色々な証拠から論理的に導かれる推理によってその全容がとりあえず明らかになり一件落着になるのだが、さらにその先に全てをひっくり返すような事実、それ以外にも謎の多い父親に隠された事実なども明らかになり、びっくりの連続だ。ミステリーと言うには結末が異様すぎて、推理を楽しむという感じではないが、家族だからという思い込み、現代日本の一般的な常識という盲点をついた不思議な新しさを感じる一冊だった。(「家族解散まで千キロメートル」 浅倉秋成、角川書店)

カレー移民の謎 室橋裕和

2024年05月06日 | 読んだ本
街でよく見かけるインドネパール料理店(インネパ)の歴史や現状を深掘りした一冊。現在全国に5000軒ほどあるらしく、それに伴って在留ネパール人の数もここ10年で5倍増の15万人になっているとのこと。1980年代に何軒かインドのムガール料理を提供する店が大成功を収めたことを契機にそこで働いていた料理人が独立し、そこからどんどん増えていったそうだ。インドに出稼ぎで高級ムガール(ムグライ)料理店のコックとして働いていたネパール人が日本の有名店に転職、10年くらい修行して資金を貯めて独立、メニューは修行した店のものをそのまま踏襲というのが今日本にあるインネパの典型例。日本における外国人の会社設立規制の緩和も一役買っているとのこと。多額の開業資金が必要で、しかも料理人としての在留許可の延長ができるかどうか不安定な状態での開業となるため、失敗や冒険が許されず、結果的にすでにある店と同じ、大きめの甘いナン、バターチキンカレー、タンドリーチキンなど、どこも同じメニューになってしまう。こうした状況下、開業を手伝うあこぎなブローカー、全く未経験者を来日させコック歴を捏造する犯罪、雇われる料理人の給料搾取、同伴して来日した家族の過酷な環境や教育問題、過当競争による安売りとイメージ悪化の悪循環などなど多くの問題点が現出。そのため、ネパールでも日本ブームからイギリスなどの欧州出稼ぎに流れが変わりつつあり、今後は少しずつ淘汰が進むのではないかとのこと。ニッチなテーマを丁寧に調査した熱意が伝わる内容で、明確なメッセージもあるすごく面白い一冊だった。(「カレー移民の謎」 室橋裕和、集英社新書ノンフィクション)

8月の御所グラウンド 万城目学

2024年05月03日 | 読んだ本
今年の直木賞受賞作。京都を舞台にしたアマチュアスポーツに関わる短編と中編が1つずつ収められている。短編の方は全国高校女子駅伝に参加することになった方向音痴の女子高校生、中編の方は友達づきあいで地元の草野球リーグ戦に参加することになった大学生が主人公で、それぞれ与えられた使命に奮闘する中で遭遇する奇妙な体験が描かれている。随所に京都の観光名所が出てきて、さらに不思議なエピソードも京都らしさが濃厚、京都に特に思い入れがあるわけではないが、何となく面白みを感じる著者らしいファンタジー小説だった。(「8月の御所グラウンド」 万城目学、文藝春秋)

スポーツウォッシィング 西村章

2024年04月28日 | 読んだ本
題名の「スポーツウォッシィング」という言葉、初めて耳にする言葉だったが、「スポーツの爽やかで健康的なイメージを利用して社会に都合の悪いものを覆い隠し洗い流してしまう行為」という意味で、特に欧米でここ数年よく使われるようになった言葉とのこと。行為の主体は主にその時の政治体制で、古くはヒトラーが1936年のベルリンオリンピックを国威発揚、ユダヤ政策隠匿のために利用したなどがそれにあたる。その後も、東西冷戦下の1980年モスクワオリンピック、1984年ロサンゼルスオリンピック、近年のサッカーワールドカップなど、政治に翻弄されるスポーツ大会が相次ぎ、それを問題視する言葉として「スポーツウォッシィング」という言葉が一般的になりつつあるとのこと。本書では、何故日本ではまだこの言葉が一般的でないのか、日本のメディアは何故この言葉を全く使わないのか、2021年東京オリンピックの汚職問題などの不祥事とスポーツウォッシィングの関係、スポーツ選手のドーピングとこの言葉の関係、スポーツ選手に名誉とお金を引き換えに政治や人権に関する発言を封じる圧力の深層など、この言葉を巡る諸問題について色々なことを教えてくれる。この本を読むまでは、自分も「スポーツと政治は切り離したほうが良い」と単純に考えていたが、それが本当の論点でないことに気付かされた。様々な要素が絡み合ったこの問題、すぐに解決することは困難だが、オリンピックで国歌斉奏や国旗掲揚をやめてみるなど、本書に示された小さな改革が実施されれば少しずつ変化していくかもしれないと感じた。(「スポーツウォッシィング」 西村章、集英社新書)

君を守ろうとする猫の話 夏川草介

2024年04月25日 | 読んだ本
著者の小説は何冊も読んでいるが、医療関係でないのは本書が初めて。本屋さんの新刊コーナーで見かけて面白そうなので読んでみることにした。内容は、喘息の持病がある本好きの中学生が、通い詰めている図書館から異界に紛れ込むというファンタジー小説だ。読書という習慣がどんどん少なくなっていく社会、コスパ重視で速読や要約本が好まれる社会、自分重視とか自由にという美辞麗句の元に人を蹴落としてでも得たいものを得ようとすることを是とする社会。こうした社会の変化に勇気を持って抗う主人公の活躍が描かれている。なお読んでいて過去に何かあったらしい人物が何人か登場し、しかもその辺りの事情が曖昧な表現に終始しているのでネットで確かめたら、本書はシリーズものの2作目で、本の帯にもちゃんとそう書いてあった。順番通りに読んだ方が良かったのか、順番にあまり関係ないストーリーなのかよく分からないが、衝動買いで面白い本に出会えることも多いので、まあいいかなと思った。(「君を守ろうとする猫の話」 夏川草介、小学館)