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六色の蛹 櫻田智也

2024年07月26日 | 読んだ本
虫好きの青年が主人公の連作短編シリーズ3作目。短編6編が収録されているが、冒頭からの4編は主人公が追いかけているものもバラバラ、場所もバラバラで、イメージ的には放浪癖があるというか神出鬼没という感じだ。前作で既に虫に関する事柄は後方に追いやられている感じだったが本作ではさらにそれが進んで単なるきっかけのようなものになっているものもあり、あとがきで著者自身、虫という共通点が執筆の際の制約になってしまっているというようなコメントをしているほどだ。最初の作品はスズメバチの巣を探している主人公がその土地の猟友会の人間が誤射と思われる状況で死亡するという事件に遭遇する話、3編目は縄文土器の中のコクゾウムシの圧痕化石から当時の人々の暮らしを探るという研究に絡めて考古学の捏造問題を背景にした殺人事件を描いたもの、と内容はかなりシリアスだ。5編目と6編目は、前の4編の後日談のような内容で連作短編を綺麗にまとめてくれている。とにかくこの作家の文章は叙情的でありながらユーモアもあってすごく読んでいて惹かれるものがある。色々な制約があるので続けるのがどんどん難しくなっているとのことだが引き続き読んでいきたいシリーズだ。(「六色の蛹」 櫻田智也、東京創元社)

六月のぶりぶりぎっちょう 万城目学

2024年07月20日 | 読んだ本
直木賞受賞作のシリーズ新作品が早くも刊行ということで早速読んでみた。受賞作品同様、京都の町を舞台にしたファンタジー小説、今回は清少納言と織田信長が登場する京都愛に溢れた2作品が収録されている。荒唐無稽なストーリーと京都ならではという感じの迷宮要素が相俟って爽やかな読後感を堪能したし、正解のない歴史の謎に興味を持ち続けることの大切さや面白さもしっかり伝わってきた。まだまだ続編が期待出来そうなのが嬉しい。(「六月のぶりぶりぎっちょう」 万城目学、文藝春秋社)

孫のトリセツ 黒川伊保子

2024年07月17日 | 読んだ本
著者のトリセツシリーズは本書で5冊目。最初の3冊はとても面白かったが、4冊目はそれまでと似たような内容の何匹目かのドジョウ狙いという感じで、しかも著者の家族の自慢話ばかりでかなりがっかりだったが、今回は少し目線が違っていて、読んでよかったと感じた。著者の考える家族というものがあまりにも類型的すぎるのと、自分の家族への気遣いが強すぎるのは相変わらずだが、現代の育児に関するトレンドに関する言葉の解説である第2章は、ハチミツの話、ネントレの話など、なるほどなぁということが多く、この部分だけでも読んで良かったと思える一冊だった。(「孫のトリセツ」 黒川伊保子、扶桑社新書)

夜明けのカルテ 牛島志季他

2024年07月14日 | 読んだ本
医師作家の短編アンソロジー集。9作品が収められているが、そのうち作品を読んだ記憶のあるの作家の作品は2つだけ。世の中には予想以上に医師作家が多いんだなぁと感心すると同時に、それらのエンタメ要素以外に訴えてくる内容の重さ、文章の面白さに驚かされた。人の生死と向き合う職業柄、色々なドラマがあることがその最大の理由だろうが、読んでいると、旧態然とした医学会という世界の権威主義とかパワハラ体質への強い憤りが大きな背景の一つとしてあるような気がする。どの作品も面白かったが、ガンの生体検査がガンの転移を誘発するという論文発表をめぐる攻防を描いた「闇の論文」は、その内容の真偽は別にして、非常に悩ましい問題提起に考え込まされてしまった。また、伊豆市の周産期医療センターの医師の活躍を描いた「峠を越えてきた命」はつい先日オリジナルの連作集を読んだばかりだったが、改めてこの作品のすごさを実感した。(「夜明けのカルテ」 牛島志季他、新潮文庫)

難問の多い料理店 結城真一郎

2024年07月11日 | 読んだ本
著者の本は2冊目。前作が面白かったので期待して読んだが、期待以上に面白かった。内容は、ネットで注文すると料理を届けてくれるサービスの配達員の目線で書かれたミステリーの連作短編集。舞台となる料理を提供する店がかなり変わっていて、注文する料理の組み合わせが暗号になっていて、注文者(依頼者)からの求めに応じて探偵業を請け負っているという設定で話が進む。最初の数編は、火災現場から発見された謎の死体、アパートの空き室に大量に届く宅配品の謎、死亡する数ヶ月前に既に指が切断された死体の謎等、謎解き中心のミステリー短編集かと思いきや、収録された6編のうちの4編目あたりから何だか様相が非常に不穏になってきて、最終話で店のオーナーが発する言葉に唖然とさせられる。なお、話の中でオーナーが発する「最近キャンセルが多い」という一言に秘められた謎解きは、宅配料理を自分で注文したことがないのでそういう仕組みなのかと驚くと同時にすごい推理だなぁと感心してしまった。(「難問の多い料理店」 結城真一郎、集英社)

ミステリーで読む平成時代 古橋信隆

2024年07月08日 | 読んだ本
文学研究者による平成に書かれたミステリー小説に関する論説集。目次に54編の題名が載っているがそのうち読んだことのあるのは3分の1くらい。題名に「ミステリー」とあるが、取り上げてられている作品はミステリーというよりも犯罪小説、近未来小説、家族小説などの方が多いし、著者の関心はミステリー的な謎解きやトリックではなく、作品に登場する人物の置かれた社会情勢、人間関係、心象風景等にあり、本書の肝はそれらの作品が書かれた時代、扱われた時代の変化と特性を浮かび上がらせるところにある感じだ。著者にとっては、対象とした作品がミステリーであってもなくても良かったようにも思われる。強いて言えば、ミステリー作品は読者にとっては非日常であることが多いので、作家は作品にリアリティを持たせるために時代に即した設定に注力するだろうから、著者の目的である時代考察の題材に適していたのかもしれない。確かに、本書に取り上げられた自分が読んだことのある広義のミステリー作品は、社会派推理小説に限らず犯人の動機などにそうした時代背景が色濃く出ていたなぁなどと思い出しながら読み終えた。(「ミステリーで読む平成時代」 古橋信隆、平凡社新書)

失敗図鑑 大野正人

2024年07月05日 | 読んだ本
世界の偉人たちの失敗談を集めた子ども向けの本で1時間くらいで読めてしまう内容だが、半分以上は知らないエピソードが並んでいてとても面白かった。米国に住んでいた頃、米国の政治制度が日本に比べて失敗に対する許容度が高いなぁ、挽回するチャンスが多いなぁと思ったことが何度もあったが、本書を読んで政治制度に限らず失敗を回避したいという思いが強すぎない方が良いことが多いと改めて感じた。子どもから大人まで読んで為になる一冊だった。(「失敗図鑑」 大野正人、文響社)

消費者金融ずるずる日記 加原井末路

2024年07月02日 | 読んだ本
三五館シンシャの「ドキュメント日記シリーズ」は本書で8冊目。今回は、中堅の消費者金融会社の元社員が、在籍当時の日常業務の内容や色々な顧客とのやり取りなどを分かりやすく教えてくれる内容。銀行が一時的に傘下に収めた優良大手数社、悪辣な営業で世を騒がせた大手2社などについては現役中に仕事上の関わりがあったり事件の報道などを通じて少しは知識があったし、闇金のような違法会社については小説や漫画で内情を垣間見たりできたが、それらの中間的存在とも言える比較的穏健な中堅の消費者金融会社というものについてはほとんど知る機会もなく、本書を読んで色々なことが分かってとても面白かった。特に、受付時の勤務先在籍確認電話とか、審査ルール(大手は3社まで、中堅は7社くらいまで等)や取立てルールなどが実際はそうだったんだという感じで興味深かった。もう一つ面白かったのは、①貸出金利のグレーゾーンの禁止 ②取立て行為規制の厳格化 ③団信加入の禁止 ④貸出金額の総量規制(年収の1/3まで)という2010年代の改正貸金業法完全実施前後の変化についての記述。全体を通じて、これまで知ることができなかった業界の内情を色々知ることができ、面白くて為になる一冊だった。(「消費者金融ずるずる日記」 加原井末路、三五館シンシャ)

八秒で跳べ 坪田侑也

2024年06月29日 | 読んだ本
初めて読む作家の小説。書評誌で取り上げれていた本書を本屋さんで見つけたので読んでみた。内容は、高校のバレーボール部を舞台にしたコテコテの青春スポーツ小説。才能はあるが今ひとつバレーボールに情熱を注げない主人公が、天真爛漫に競技を楽しむエース、チームの纏まりに苦慮するキャプテン、冷めた主人公をライバル視するチームメイトらとの交流の中で物事に打ち込むことの楽しさに気づいていく展開は正に青春物語だし、漫画家を目指す女子の同級生との交流もお決まりのシチュエーションだ。個人的には、ちょうど孫が中学生になってどんな部活に入るのか見守っている時だったこともあり、大昔の部活時代を思い起こしながらの楽しい読書だった。(「八秒で跳べ」 坪田侑也、文芸春秋社)

まくらが来たりて笛を吹く 春風亭一之輔

2024年06月26日 | 読んだ本
人気落語家によるエッセイ集の第2弾。前作同様、軽妙な語り口のエッセイを満喫。今回個人的に特に面白かったのは、「県境移動(あつ森の話)」「アライアンス(妄想さるかに合戦)「新○○(擬人化新大阪駅)「神頼み(神棚購入顛末)」など。本書ではエッセイが125編(前作は100編)も収録されていてお得ではあるのだが、もう少し少なくてもいいような気がした。今回強く感じたのは、著者の言葉の選び方のセンスの良さと言葉に対する鋭い感覚。著者が子どもの受験に付き添った時の場面で、係の人の「雨で足元が濡れているのでご注意を」という言葉に「滑る」という言葉を避けていると気づくあたりなど、随所でそれを強く感じた。(「まくらが来たりて笛を吹く」 春風亭一之輔、朝日文庫)

あいにくあんたのためじゃない 柚木麻子

2024年06月23日 | 読んだ本
SNSによる誹謗中傷、コロナ禍で浮き彫りになった他人への不寛容などに立ち向かう人たち、何かに閉塞感を抱きながらもそれを乗り越えようとする人たちを描いた短編集。YouTuberに写真を勝手にアップされて被害を被ったお店とお客さんを描いた「めんや 評論家おことわり」は単なる復讐劇でないのが面白かった。一方、コロナ禍でリモートワークが浸透、子どもの遊び場がなくなってしまった状況下で「子どもの声がうるさい」と言われてしまった親たちがとった行動を描いた「パティオ8」は痛快な復讐劇。また、「商店街マダムショップは何故潰れないのか」はちょっと不思議なテイストの作品で、個人的には6つの収録作品のなかで最も印象的だった。その他の作品もとても面白く、しかも一口ではくくれないような色々な短編が収められていて、とても充実した一冊だった。(「あいにくあんたのためじゃない」 柚木麻子、新潮社)

道化師の退場 太田忠司

2024年06月20日 | 読んだ本
本屋さんで見つけて面白そうなので読んでみた。著者の本は何冊も読んでいるが、本書に登場する探偵が主人公の作品を読んだ記憶がないので、これがシリーズ作品の1つなのかどうか今ひとつ分からない。題名から考えてその探偵が主人公と思いきや、その探偵は余命半年を宣告されていてほとんど寝たきりで、実際に謎を解く鍵となる情報を集めるのは別の青年。ストーリー的には完全にこちらが主人公だし、話全体を魅力的にしているのもこの青年の方という不思議な設定だ。話の大筋は、その青年が自分の母親にかけられた殺人犯の汚名をはらうために彼女の過去を探っていくというものだが、調べていくうちに彼女の周りでいくつもの事故死や殺人事件が起きていたことが判明、さらに青年が謎を追う中で新たな殺人事件が勃発したりする。最後に行き着く真相は、まあ普通の謎解きミステリーと言っていいのだが、本書の最大のびっくりは、余命宣告された探偵に関わる最後の謎。この部分はミステリーの謎解きとは無関係なので、ミステリーのルール違反とかではないが、あまりにもとんでもない結末らしきもの(?)に正直唖然としてしまった。(「道化師の退場」 太田忠司、祥伝社文庫)

定食屋「雑」 原田ひか

2024年06月18日 | 読んだ本
今大人気の著者の新刊。夫に離婚を切り出された主人公が近くの定食屋さんでアルバイトとして働き出すことになり、そこでの体験や出会った人たちとの交流を通じて新たな一歩を踏み出すという物語だ。大きな事件は起きないが、ほのぼのとしたお仕事小説、お料理小説だ。その定食屋さんで供されるのは普通の食材を使った奇を衒わない定番料理で、それを作る際のちょっとしたコツが、面白くて為になる。重苦しい小説が多いなか、少しホッとする一冊だった。(「定食屋「雑」」 原田ひか、双葉社)

いちのすけのまくら 春風亭一之輔

2024年06月14日 | 読んだ本
雑誌に連載された人気落語家のエッセイを書籍化した一冊。題名通り落語のまくらのようなノリで書かれた短いエッセイが100編収められていて、まさに落語のまくらを聴いているような情景描写の妙、読んだ側からどんどん忘れていって良いような気軽さがとても楽しい。どの編もとても面白かったが、一番傑作だと思ったのは文庫化にあたって掲載された落語家本人の息子による解説文。お世辞でなく父親を凌駕するような文章の上手さ、絶妙なユーモアにとにかくびっくりしてしまった。(「いちのすけのまくら」 春風亭一之輔、朝日文庫)

クスノキの女神 東野圭吾

2024年06月11日 | 読んだ本
著者の最新刊。ある人が新月の夜に思いをクスノキに託し、満月の夜にその思いを誰かが受け取るという設定の前作「クスノキの番人」の続編。本書で登場するのは、ヤングケアラーで自作の詩を書く女子高校生、即興で物語のストーリーを絵画化するのが上手い難病の中学生など困難に直面している人たちだが、読んでいて不思議と心温まる気持ちになれるストーリーだ。最近読む本が押し並べて閉塞感の強い現代日本を映した陰鬱なものが多い中、こうした本を読むと気持ちがとても和む。前作で主人公以上に存在感の強かった主人公の叔母に大きな変化が見られ、このシリーズに続編を期待して良いか難しいところだが、このシリーズのシチュエーションを活かしたファンタジー、まだまだ読んでいきたい気がする。(「クスノキの女神」 東野圭吾、実業之日本社)