三井マリ子さんの雇い止めで、裁判係争中の豊中市男女共同参画センター「すてっぷ」の新館長に、4月1日付けで中村彰さんが就任したらしい。ご本人のブログやHPに掲載されていた。
素早くmacskaさんが「よくあるパターンといえばそれまでだけど」というエントリで突っ込みをいれているのだが、中村さんはなんとファイトバックの会呼びかけ人、すなわち、初期からの三井裁判支援者だったということだ。せめて三井さんと話くらいしてから仕事を受けるべきだったのではないか、というmacskaさんのご意見に賛成。
さらにつけたせば、
という中村さんのブログでの表現をみれば、この館長職は非常に慌ただしく、いきなり打診があって、急遽決まったという印象だ。
「すてっぷ」館長職は、当初三井さんを初期館長として雇ったときは全国からの公募だった。三井さんの後、桂容子さんが館長に選ばれたときは、謎の多い変なプロセスではあったが、いちおう三井さん、桂さんが「選考試験」(といっても茶番だったというのが原告側の主張だが)を受けるという過程があった。しかし今回は、上記の中村さんのブログ表現からいえば、競合する候補があったようにも、試験があったようにも聞こえない。初期の公募からはほど遠く、公開でもなく、謎に満ちたプロセスだといわざるをえない。
数ヶ月前に、「日本ジェンダー学会」についてのエントリを書いたとき、この学会サイトを熟読したおかげで、「すてっぷ」の理事、評議員たちに中村さんのお知り合いであろう方々が多いことにすぐ気づいてしまった。中村さんご自身のHPによれば、中村さんはこの学会の理事らしいのだが、例えばこの学会会長の伊藤公雄さんは、ファイトバックの会ブログに掲載されている2002年4月1日~2003年3月31日までの理事、評議員リストによれば、「理事」だった。そして、このリスト中「副理事長」であり、とよなか男女共同参画推進財団についてのあり方検討委員会に財団理事として出ていた上杉孝實さんも、日本ジェンダー学会の理事である。それに加えて、上記すてっぷ理事リストで評議員として記載がある中村正さんは、伊藤公雄さん同様、中村彰さんと「メンズセンター」などで活動をともにしてきている人だ。
ということで、すてっぷで理事などしてきた/している人たちとの密な知り合いネットワークの中にいたと思われるのが中村彰さんなのだ。内情は知る由もないが、お気に入りの人を市民に非公開である、うやむやなプロセスの中で慌ただしく館長に選んでみたのではないかと、少なくとも表からはすごーく疑われてしまう状況だろう。公的な財団として、どんな基準のもとに、館長をどうやって選んだかという説明責任はないものなのだろうか。
いづれにせよ、館長に就任された中村彰さんには、ファイトバックの会の呼びかけ人でもあるのだから、どうしてこういう展開になったのかの説明くらいはしていただきたいものだと思う。(macskaさんがすでに中村さんのブログのコメント欄で素早く質問しているし!)といっても、財団や市側の「事情」によるプレッシャーがかかり、うやむやにされてしまうのでは、、というイヤな予感もしてならないのだが、中村さんがそんな「事情」とは関係なく、真摯に対応してくださるのを期待したい。
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追記:勢いよくこのエントリを中村彰さんブログの当該エントリにトラバしてまもなく、そのエントリが消されてしまった模様。中村さんのブログはhttp://danzyokoudou.cocolog-nifty.com/blog/
素早くmacskaさんが「よくあるパターンといえばそれまでだけど」というエントリで突っ込みをいれているのだが、中村さんはなんとファイトバックの会呼びかけ人、すなわち、初期からの三井裁判支援者だったということだ。せめて三井さんと話くらいしてから仕事を受けるべきだったのではないか、というmacskaさんのご意見に賛成。
さらにつけたせば、
さて、中村彰は、思いもかけず、4月1日付で「とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ 館長 兼 事務局長」を拝命しました。
意向打診を受けてから、急展開で、まだまだ、戸惑いの中にいるともいえます。
3月27日夜に人事案件が承認され、4月1日から勤務となりました。
という中村さんのブログでの表現をみれば、この館長職は非常に慌ただしく、いきなり打診があって、急遽決まったという印象だ。
「すてっぷ」館長職は、当初三井さんを初期館長として雇ったときは全国からの公募だった。三井さんの後、桂容子さんが館長に選ばれたときは、謎の多い変なプロセスではあったが、いちおう三井さん、桂さんが「選考試験」(といっても茶番だったというのが原告側の主張だが)を受けるという過程があった。しかし今回は、上記の中村さんのブログ表現からいえば、競合する候補があったようにも、試験があったようにも聞こえない。初期の公募からはほど遠く、公開でもなく、謎に満ちたプロセスだといわざるをえない。
数ヶ月前に、「日本ジェンダー学会」についてのエントリを書いたとき、この学会サイトを熟読したおかげで、「すてっぷ」の理事、評議員たちに中村さんのお知り合いであろう方々が多いことにすぐ気づいてしまった。中村さんご自身のHPによれば、中村さんはこの学会の理事らしいのだが、例えばこの学会会長の伊藤公雄さんは、ファイトバックの会ブログに掲載されている2002年4月1日~2003年3月31日までの理事、評議員リストによれば、「理事」だった。そして、このリスト中「副理事長」であり、とよなか男女共同参画推進財団についてのあり方検討委員会に財団理事として出ていた上杉孝實さんも、日本ジェンダー学会の理事である。それに加えて、上記すてっぷ理事リストで評議員として記載がある中村正さんは、伊藤公雄さん同様、中村彰さんと「メンズセンター」などで活動をともにしてきている人だ。
ということで、すてっぷで理事などしてきた/している人たちとの密な知り合いネットワークの中にいたと思われるのが中村彰さんなのだ。内情は知る由もないが、お気に入りの人を市民に非公開である、うやむやなプロセスの中で慌ただしく館長に選んでみたのではないかと、少なくとも表からはすごーく疑われてしまう状況だろう。公的な財団として、どんな基準のもとに、館長をどうやって選んだかという説明責任はないものなのだろうか。
いづれにせよ、館長に就任された中村彰さんには、ファイトバックの会の呼びかけ人でもあるのだから、どうしてこういう展開になったのかの説明くらいはしていただきたいものだと思う。(macskaさんがすでに中村さんのブログのコメント欄で素早く質問しているし!)といっても、財団や市側の「事情」によるプレッシャーがかかり、うやむやにされてしまうのでは、、というイヤな予感もしてならないのだが、中村さんがそんな「事情」とは関係なく、真摯に対応してくださるのを期待したい。
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追記:勢いよくこのエントリを中村彰さんブログの当該エントリにトラバしてまもなく、そのエントリが消されてしまった模様。中村さんのブログはhttp://danzyokoudou.cocolog-nifty.com/blog/
裁判については
マスコミ報道の範囲内の理解しかありません。 当時を知らず、裁判の経緯を知らない私は、司法判断のみの知識しかありません。
とかかれています。
http://akira.green.coocan.jp/?m=listthread&t_id=889&summary=on
裁判については
マスコミ報道の範囲内の理解しかありません。 当時を知らず、裁判の経緯を知らない私は、司法判断のみの知識しかありません。
とかかれています。
http://akira.green.coocan.jp/?m=listthread&t_id=889&summary=on
性別役割分業撤廃という基本があるかないかの違いです。
女の性(運動)は、社会変革を目指すために館長に応募し、不正に対して裁判を起こす。
男としての性(活動)は、差別をなくす女のエネルギーを、社会的パワーととらえ、利用する。
男という性(活動)は、社会的地位を得るために館長を請け負う。
この場合、原点の課題への違いは性別の違いです。性差別の根深さ、性差別撤廃への厚い意志を今、自分に感じます。
性差別をなくすと決意しているみつえは、怒りのエネルギーとなりました。まり子のくやしい~に吠えろ女たち!