晴耕雨読、山

菜園・読書・山・写真…雑記

湯気が伝わってくる「峠うどん物語」

2011年11月20日 | 読書
「カシオペアの丘で」以来の重松清の作品。タイトルだけで暖かさが伝わってきそうだが、読んでそのとおり。斎場の前にある祖父母が営むうどん屋「峠うどん」を手伝う中二の女の子と家族、斎場で旅立ちを見届けた人たちとのショートストリーがこれでもかと。今年読むからこそ余計に味が深まるのかもしれない。チョットくさい気もするが、うどんと熱燗が恋しくなってしまった。
<昔悪ガキだった坊主が恩師の葬式で送る場面には…>


晩秋の中禅寺湖畔から社山へ

2011年11月15日 | 
昨日、山トモさんと日光・中禅寺湖南岸に聳える社山(1827m)へ。登山中は日差しもあって気持ち良く、出合った登山者も一人だけで静かな山道を楽しんできた。失敗は歩き始めて間もなくの右手に入るべきところ、車道を直進してしまい戻って40分のロス。右に入る社山への標示は無かったものの地図を見てチェックすべきだったと反省。
【コース(元に戻った正規のタイム)】11月14日(月):立木観音前・歌ヶ浜駐車場1280m 9:00~9:30狸窪 ~10:00阿世潟1276m ~阿世潟峠1410m 10:25~11:35社山1827m 12:25~阿世潟峠13:25~阿世潟 13:40~狸窪~14:45駐車場


デジブック 『晩秋・湖畔から社山へ』

さきたま緑道の清掃ボランティア

2011年11月12日 | ひな人形と花のまち
今日はいつも利用のお礼込めて、2時間少しの清掃ボランティアに参加。思ったほどのゴミは無いように感じたが、終わってみればタバコの吸い殻・飴の包装紙、ペットボトル、コーヒー缶など、ビニール袋にほぼ一杯。ほっとするのかベンチ周辺が多かった。チョットした注意でもっと綺麗になるのにと思いながらの往復9キロは、小春日和のもとチューリップの球根もいただき、爽やかな気分に。


秋終わりも「終わらざる夏」

2011年11月11日 | 読書
あの8月15日に戦争は終わっていなかった。浅田次郎作の上下巻900頁の「終わらざる夏」をやっと読み終えた。アメリカの攻撃を想定して千島列島北端の島を守っていた兵士たちが戦争終結の平和を感じる間もなく、ソ連軍の侵攻で戦いを余儀なくされた。巻きこまれる普通の人々のくらし、父・母、疎開の子供、動員女生徒、ふるさと、そして短い夏に花咲き揃う北の島。遺されたノートの押し花にこの島の花(エゾトリカブト、コマクサ、チシマフウロ、レンゲショウマなど山で聞いたことのある花が)など、随所で涙腺が刺激され、読み応えあった。(我が故郷・北海道が武力占領されていたかもとは思い過ぎ?)

タマネギの植え付け

2011年11月09日 | 市民農園
茄子を収穫の後、苦土石灰・堆肥をすき込んでおいた畑をミニ耕運機で耕して、黒マルチを張り、準備万端。去年深く植えて失敗したタマネギ、葉の白い部分を出して慎重に植え付けた。
<市民農園には無料で借りられるミニ耕運機「こまめ」もある>


<来年の収穫を期待して植えた150本>

北志賀高原の須賀川そば

2011年11月06日 | グルメ
北志賀高原へ行くと昼食にいつも食べる、この集落の地名でもある須賀川そば。14軒のそば処があるらしいが、「竜王荘」が2・3度で、ここ最近は今回の「そば清(せい)」が多い。次回は新規開拓でも。
<素朴な味が美味しい「そば清」のざるの大盛り・800円>


<近くの竜王スキー場で紅葉の絨毯>

晩秋の焼額山

2011年11月06日 | 
志賀高原の近くまで行ったので、一角にある焼額山(やけびたいやま)へ登ってきた。標高が2009mのため、山の雑誌「山と渓谷」2009年1月号に、その年の山として紹介されたことがある。駐車場から僅かの時間で湿原のある頂上に到着。夏ならば雲上の庭園とのことだが、晩秋の曇天のこの日は寒々とした風景が広がっているのみだった。>【コース】11月5日(土):駐車場10:40~登山口~12:50焼額山2009m 12:40~登山口~13:45駐車場
<ミズバショウ・ワタスゲの頃に再訪したい山頂湿原>


<途中振り返り見る、黄葉のカラマツと一の瀬のホテル群>

東日本実業団駅伝とニンジンの収穫

2011年11月03日 | 市民農園
今日は午前の1時間少し、ボランティアで東日本実業団対抗駅伝のコース整理員なるものを初めて体験。選手に思い切って走り抜いてもらうことと歩行者・車への協力を何とかこなして気持ちよく、午後から畑へ向かいニンジンの収穫。形は不ぞろいだが家で食べる分には問題無い。早速、煮物・カレーに。