晴耕雨読、山

菜園・読書・山・写真…雑記

2020秋、玉ネギの植え付け

2020年10月30日 | 市民農園

少し前のぐずついた天気が嘘のように秋晴れが続く。近郊の紅葉はまだ早いので畑作業に丁度よい。いよいよ玉ネギを植え付ける。畑は2週間前から石灰・堆肥、化成肥料を施し、前日に穴あきマルチを張って準備万端。たまねぎ苗は早めに収穫の「早生」、その後に収穫する大玉の「中生O・P黄」、サラダ用として「赤タマネギ」の3種、合計215個。地中あまり深くせず、かと言って浅いと根が定着しない。絶妙のバランスも途中からはやや適当。何とか終わって水を撒き、寒冷紗で半分覆う。これは赤城おろし対策の風除けで例年のスタイル。そして最後、残りの区画に葉物野菜の種を蒔く。これで今年の秋・冬野菜が全て揃った。野菜づくりの技術を棚に上げて、あとは天気しだいの心境。文字通り”運を天にまかせて”結果を待つ。

    

    

 


荒川・水管橋の夕景

2020年10月27日 | ひな人形と花のまち

久しぶりに市内吹上のコスモアリーナ近くに車を停め、荒川に架る水管橋付近を歩いた。時刻は夕方だが日中の暖かさが漂って寒くはない。堤防上のサイクリング・遊歩道を大芦橋まで行き、折り返してから河川敷に下りる。陽が隠れ始め、上空を見上げると綿をちぎって投げたような雲が浮かぶ。気持ちの良い秋の夕空。堤防を歩く人も足を止めて眺めている。思わずスマホを取り出してカシャリ。明日も天気が良さそうだ。

    


いよいよ玉ネギの準備

2020年10月21日 | 市民農園

先週取り終えたシシトウに続いてナスも片付ける。この二つは最後の秋になって実が大きくならなかったが、今年頑張ってくれた夏野菜の代表格。お疲れ様の言葉もかけたい気持ちだ。その跡地には、いよいよ玉ネギの出番。今日は苦土石灰をまいて第1回の耕し、来週に堆肥と化成肥料を入れて2回目。そして11月初めに玉ネギ苗の植え付け、少しだけ第二陣の葉物野菜の種を蒔く予定。9月から始めていた秋・冬野菜の先発組はまずまずに育っている。食べごろにはもう少しのホウレンソウは虫が食い始めたのが気にかかる。メインの大根の収穫は来月半ばころになるだろうか。赤カブ、サニーレタスもちょうどその頃になるかもしれない。梅雨以来、夏の一時期を除いて雨が多い今年の天候。野菜も、人間も元気になれる青空が続いてほしい。

    

    

    


紅葉見頃あと1週間の観音沼

2020年10月20日 | 写真&旅

くろがね小屋近くが源泉である岳温泉で山の疲れを癒した翌日、観音沼へ向かう。同じ福島県内の南会津地方に位置するこの沼の紅葉はカメラマン人気のところ。以前から行きたい場所だったので今回都合よく安達太良山の帰路に立ち寄ることにした。東北道白河ICから50分くらいになる。ナビで場所の特定が難しいので手前にある「道の駅しもごう」で教えてもらい、そこから10分ほど。駐車スペースが点在する正式名・観音沼森林公園に到着。観音山の西麓に位置し、周囲に広葉樹の森が広がる。駐車場はじめ遊歩道やベンチが整備され、1時間もあれば沼を一周できそう。だが残念、肝心の紅葉は色づき始めの感じ。半周にとどめ、良さそうなポイントで足を止めて撮る。途中出会った地元の人によれば1週間後あたりが見ごろになり、真っ赤な紅葉が沼一帯を彩るとのこと。前日の安達太良山の紅葉時期とずれるところが悩ましいところだ。春のころも良いですよ、と言っていたが詳しく聞き漏らしたことを反省。帰りに道の駅での「新そば」だけは忘れることなく、しっかりと味わってきた。

    

    


“智恵子の空”は無くとも紅葉真っ盛りの安達太良山

2020年10月19日 | 

久しぶりの遠出となる東北の山は福島県の安達太良山。古くは万葉集、そして高村光太郎の詩集『智恵子抄』でも有名なこの山は2度目。だが前回が22年前の昔なので記憶も薄れて初めてのようなもの。山腹にあるくろがね小屋周辺の紅葉が見ごろとの情報あり、日曜日の混雑は予想していたが遥かに超える状況だった。ロープウェイ山麓駅に近い駐車場は満車でかなり手前の草地に。チケット購入もその後の乗り場へもそれぞれ長蛇の列。1時間半並び、予定より相当遅れて山頂駅に降り立つ。すぐ北側にある薬師岳展望台から特徴ある突起の安達太良山頂部、船明神山、矢筈の森、鉄山への山なみを眺める。上方の紅葉は終わりかけているようだ。それまでの陽射しと青空が消え、寒々しい曇天の下を歩き始める。ここ最近の長雨、前日も降ったらしく木道が終わると粘土質の道は泥んこ状態。仙女平分岐でひと休みして本格的な山道になり、滑りやすい岩に渋滞。靴もズボンも泥だらけの下山者と狭い道で交差する度にストップ。急傾斜が緩やかになって間もなく火山土の広い道に。前方、山頂の岩峰が大きくなって直下の広場に着く。再び混雑する岩の道に取り付き、山頂着。雲に覆われて眺望無く、降りた広場で昼食。寒いので早々に牛ノ背へ向かう。左手眼下には荒涼とした沼の平火口原。船明神山への道を左に分け、遅くなったので馬ノ背経由の鉄山は取り止めて右折。下って峰ノ辻、ここで左手のくろがね小屋へのガレ道を下降。山麓の岳温泉へも引かれる源泉そばの小屋周辺の紅葉は今が真っ盛り。3度目となる次回こそ小屋の温泉に浸かりたいものだ。この後は馬車道と呼ばれる広く緩やかな道。後ろ髪惹かれる思いで、なおも紅葉を愛でながら下山した。「(智恵子が阿多多羅山の青い空が)ほんとの空だといふ」(『智恵子抄』)青空こそ見ることが叶わなかったが紅葉に間に合って大満足。早朝5時過ぎからの長距離運転の疲れも忘れた。10月18日(日)/(あだたら高原スキー場・奥岳登山口手前の臨時駐車場を利用。ロープウェイ7分、JAF割引で片道千円)ロープウェイ山頂駅1350m 10:05~10:40仙女平分岐10:50~11:45安達太良山1700m(昼)12:10~12:30牛ノ背~12:45峰ノ辻~13:35くろがね小屋1350m 13:45~14:30勢至平分岐1260m~15:40奥岳駐車場950m

    

    

    

    

    

    

 

         

 

 


上尾道路、工事は始まったが

2020年10月16日 | ひな人形と花のまち

自宅近くで少し前から工事が始まった上尾道路。新大宮バイパスから上尾市及び桶川・北本市を経由して北上、鴻巣市で熊谷バイパスと結ぶ。元々の計画決定は昭和44年というから50年前からの話になる。4年前に圏央道の桶川北本ICまで開通、延伸工事の一環として熊谷バイパスの起点での工事開始というわけだ。聞けばこの工事もまだ初期段階で近くのJR高崎線をまたぐ陸橋にむけた地盤工事ということのようだ。全線の開通はまだまだ先の話。ただ、個人的には都心を経由して羽田空港へ車で行く場合くらいだが、最近は滅多にない。上尾市に住む娘家族宅へも荒川寄りを走るこの道路だと遠回りになりそうだ。都心につながる関越道、東北道のインターにそれぞれ30分のこの地としては有用性をあまり感じない。国道17号の交通渋滞の解消という大義名分、この先の高齢化、人口減社会まで見据えているのだろうか。貴重な税金の使い道として気になる風景である。

 

    

 


ミズカンナ咲く羽生水郷公園

2020年10月14日 | 写真&旅

隣り町ながら、これまで機会の無かった羽生水郷公園。近くで用件があったので少しだけ寄り道をすることにした。ここは池や沼地を利用した県営の公園。広い敷地内には淡水魚の水族館や芝生の広場、大きな遊具のある「わんぱく広場」、バーベキュー場、そしてカヌー体験もできるとか。家族連れが喜びそうな場所だが季節外れの今日は閑散としている。紅葉にはまだ早く、夏の花が咲く入口から園内を散策。水生植物園まで来ると初めて見る花に出会った。ミズカンナという花らしい。小指くらいの紫色の花が垂れ下がる紐に結び付けられているようだ。夏から秋の初めころの花のようだがまだ残っていたらしい。国内ただ1ヶ所の「ムジナモの自生地」もあるとのこと。水辺の散歩を兼ねて今度ゆっくりと来ることにした。

   

    

 


秋の野菜すくすくと成長

2020年10月08日 | 市民農園

9月中旬に蒔いた秋の葉物野菜。ほぼ100%の発芽でスタートしたがその後も育ちは順調だ。小松菜、からし菜、水菜そして春菊、チンゲンサイ。間引きがてら収穫できそう。毎年発芽が悪く、育ちが良くないホウレンソウも今のところ良さそうだ。赤カブは去年、間引きのタイミングが遅く失敗した。今年は早めに間引きしたので大きく育つことを期待。ダイコンは大きな葉を広げ、あと1か月も待たずに収穫出来そう。懸念は葉だけが大きく育ち、肝心の大根が細いままに終わってしまうこと。追肥と土寄せに気を付けて大事に見守りたい。野菜たちと同様、秋風にそよぐ市民農園入口のコスモスも元気。実りの季節に彩りを添えてくれる。

    

    


十勝開拓の先駆者たち『チーム・オベリベリ』

2020年10月03日 | 読書

「オベリベリ」や「依田勉三」「晩成社」の言葉を聞いて分かる人は北海道・十勝の在住者か記憶の良い出身者くらいだろう。「オベリベリ」とは、先住のアイヌの人々が呼んでいた十勝内陸部の地名で今の帯広市のこと。明治の時代、その地に開拓の先駆者として足を踏み入れたのが「依田勉三」率いる集団「晩成社」である。社名を“大器晩成”から取ったとおり、苦労の道のりは織り込み済み。しかし道路も無く、十勝南部の海岸から丸木舟で3日かけて川を遡る奥地の大原野。そこに待っていたのは少数のアイヌ人と北の大地の過酷な気候、自然の厳しさ。住むのは茅で覆われた掘っ立て小屋、冬には家の中にまで雪が積もる。蚊やブヨと闘いながら人力で畑を広げ、育て始めた作物。それが6月にもやって来る遅霜や真夏の低温にやられ、空が暗くなるほどのバッタの大群に食い荒らされてしまう。そうした想像を絶する開拓の日々を晩成社幹部の一人と結婚した妻カネの視点で描いた作品である。郷里でもある今の酪農、農業大国・十勝の礎を築いた人々の苦闘をあらためて知らされた。そして、入植者とともに慣れぬ鍬を持って開墾に汗を流し、夫や家族を支える主人公・カネの生き方である。宣教師が設立した女学校で英語を学び、卒業後に教壇に立っていた人物は時には絶望し、心が折れそうになる。入植して7年が過ぎ、すでに半数がこの地「オベリベリ」を離れた。が、未だに成果の光りが射し込んで来ない。それでも神に祈って安らぎを保ち、学ぶ機会の無いアイヌや子らに教えることに喜びを見出す。ここで生き抜く決意を固めて物語は終えるが、補遺で知るのは夫をはじめ依田勉三、晩成社の行き末。もちろんカネについても<それぞれの人生を最後まで見守り続け、さらに帯広の誕生と発展とをつぶさに見てきた人生>を過ごし、最後まで教育への意欲、信仰と共にあったと記されている。実在の人物・史実を基にしたフィクションとあるが、作者10年に及ぶ資料集めや関係者聞き取りを経ての労作。読み手には真実に迫ったドキュメンタリーのようにも思える。700ページ近い分厚い1冊、厳しく暗い描写だけではない。冬を耐えて迎える春の表情<目映い春の陽射し、木の枝から雪が落ちる音、雪解け水の流れ>やアイヌの人々との共生・交流など心休まる場面も随所にある。いい映画を見終えたような満足感にしばし浸った。

       


初のウノタワそして大持山

2020年10月01日 | 

予定していた金峰山、直前情報によると登山口・大弛峠の70台の駐車場は朝の7時頃には満車。路肩駐車も手前の山梨側、峠先の長野側それぞれ500mほどにもなるという。土日を避けようとした平日でこの人気。この年齢で未明3時、4時台の車運転は無理と諦め、以前から狙っていたウノタワヘ急遽の変更。高速を使って約3時間半の大弛峠と違い、2時間弱で武甲山表参道登山口に着く。武甲山への道とは逆に反対側、妻坂峠への沢沿いの山道に入る。10分ほどで沢を渡り、山腹を右に左に大きく巻きながら雑木林の中を緩やかにたどれば妻坂峠。3月、沢を登り詰めて峠直前にこの道に合流したのとは大違いで楽な道。だが、これから長い一本調子の急登が続く。小ピークで一呼吸入れ、引き続き樹林帯の道をアップダウンしながら高度を上げる。再びの急登を頑張って今日初めての見晴らしの良い大持山の肩、さらに少し登り大持山の山頂。先の雨乞岩まで行ってUターン後に山頂でひと休みする。そして大持山の肩に戻り、ここからウノタワへは初めてのルート。急降下の滑りやすい道を小さなジグザグを作りながら降り、少し登れば横倉山。下って起伏の道を鞍部まで降りたところが、お待たせのウノタワ。かって鵜が住んでいたという伝説の地、今は緑の苔に覆われた静寂な広場となっている。噂にたがわず、いいところだ。誰も来ず、貸し切り状態でオニギリランチを贅沢に楽しんだ。帰りは往路を戻ることにした。横倉林道へ下り、山中分岐から妻坂峠へ向かうルートも考えられたが踏み跡が不明瞭。林道の崩壊箇所も多いとのことで次回にする。したがって急下降してきた道を登り返し、大持山の肩からは長い急下降。やっと妻坂峠が見え始め、緩やかな道に安堵。紅葉か新緑か、次に来るウノタワを頭で描きながら峠を下った。2020年9月30日(水)(一の鳥居駐車場に8時前で10数台。手前に昨秋台風の復旧工事個所あり通行に注意)駐車場535m 08:05~08:50妻坂峠840m 08:55~09:35小ピーク1110m~09:55大持山分岐~10:05大持山1294m ~10:20雨乞岩~10:40大持山10:45~(横倉山1197m)~11:15ウノタワ(昼)11:45~(横倉山1197m)~12:20大持山分岐12:30~13:25妻坂峠840m~14:05駐車場535m<6時間の山中に出会った登山者は6人、今回もマスク全く無縁の世界。入浴の武甲温泉(700円)も空いていた>

    

    

    

 

    

    

    

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