東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

サイモン・ウィンチェスター,柴田裕之 訳,『クラカトアの大噴火』,早川書房,2004

2006-06-21 17:21:17 | 自然・生態・風土
Simon Winchester, kRAKATOA,2003.
訳者のなまえは、しばた・やすし。

1883年8月27日の(本文中でも詳しく解説されているように現地時間である。)クラカトア(本文中でも解説されているように、このKrakatoaという表記は、間違った英語表記に由来する。現代インドネシア語表記ではKrakatau,カタカナ書きでもクラカタウのほうが一般的だが、以下、本書の表記に従っておこう。こういうのって、検索するとき、すごく不便なんだなあ。書名のほうは固有名詞だから変更できないし。)の噴火をめぐる長編ノンフィクション。

まるで、わたしのために書かれてわたしのために翻訳してくれたような、待ちに待った内容だ。
ずっと前からこのクラカトアの噴火と津波は知っていたが、詳しい本はもちろん、概略を書いたものも日本語ではない。
クラカトアの本というと、たいてい、噴火後の生態変移、移入生物のテーマなのだ。
しかし、史上最大の噴火、史上最大の津波というフレーズもよく目にする。
ほんとうに史上最大なのか?
資料はあるのか?
ほんとにすごい被害だったのか?
これが本書であきらかになった。すごい災害であったし、資料もあふれるほど存在する。著者が資料の山をかきわけて、噴火前後を実況中継してくれる。

さて、著者サイモン・ウィンチェスターはまず香料諸島へのヨーロッパ人の到来、連合東インド会社、オランダ人のつくった都市バタヴィアの成立など、歴史的バックグラウンドを説く。
そして、鳥類学者スレイター、ウォーレスなどの博物学者、進化論、大陸移動説の解説を加える。
さらに、当時の通信網の発達、新聞、ロイズ保険、汽船航路など、コミュニケーションの近代化も解説している。
海底電線の絶縁体材料グッタペルカ(ジャワ島原産のゴム状樹脂)のトリビア知識もあり。

こういう具合にわきを固めたうえで、いよいよ1883年の噴火に話がすすむ。

要約してもしょうがないので、各自楽しんでください。
目撃証言、新聞記事、各種報告書が豊富に存在する。
気圧計による衝撃波の記録、大音響がスリランカやサイゴンまで聞こえたこと、津波の被害はジャワ北岸は少ないこと、などなど詳しく書かれている。
津波の被害の実態は、意外と伝達されず、後の調査や生存者の証言を記録する以外ない、という災害につきまとう目撃証言のあやふやさも示されている。(あたりまえだが、津波から命からがら逃げている最中に冷静な観察はできない。)

というわけであるが、大絶賛するわけにはいかない内容も含んでいるぞ。

この災害の後、イスラーム原理主義が台頭したなんてのは、こじつけでしょう。
オランダ政府の「倫理政策」は、肯定的に評価するのはオランダ人だけかと思ったら、ここでも能天気に評価されている。
全ページトリヴィア知識がいっぱいで楽しいが、やっぱり災害と政治的不安定の結びつけはこじつけですよ。
東南アジアは、どこでも20世紀になってからのほうが、貧困と圧政が進行したのだから、ジャワやスマトラばかりの話ではない、と思いますが。

本書は『本の雑誌』の浅沼茂さんのコラムで知る。浅沼さんの2004年ベスト1だそうだ。浅沼さんの2003年ベスト『メアリー・アニングの冒険』もおもしろいので、本書といっしょにどうぞ!

ヴェーゲナー、『大陸と海洋の起源』,とくに第5章

2006-06-21 00:27:08 | 自然・生態・風土
ヴェーゲナー,都城秋穂・紫藤文子 訳,『大陸と海洋の起源』,上下,岩波文庫,1981.
Alfred Wegener, Die Entstehung der Kontinete und Ozeane,1929.
原書第1版は1915年、本書は第4版1929年をテキストとする。翻訳者都城秋穂(みやしろ・あきほ)の解説と各章の要旨、現代の成果を示す図版を加える。

大陸移動説の提唱者ヴェーゲナー自身の著作である。

反論や批判どころか嘲笑と罵倒の的になったヴェーゲナー、その執念の第4版、たったひとりでよくまあこれだけの著作を書き上げたもんだと感心する。個人で、これほど大胆な仮説が提唱できる時代であったのか。

有名な、大西洋をはさんだふたつの大陸がぴったり重なるという思いつきは昔からあった。
本書も、その思いつきばかり注目されることがおおいが、そんな一瞬のひらめきだけの学説ではない。
植物・化石・地層・有用鉱物の分布・古気象など、あらゆる地球上の現象を観察して練りあげられた理論である。

ただし、ヴェーゲナーにわからないことがあった。

まず、マントル対流。これが大陸を動かす物理的力であるが、これには気がつかなかった。
これにより、ヴェーゲナーの学説は、物理的基盤をもたない仮説となる。かなしいことに、物理的に説明できない学説は認められないのだ。
つぎに、過去の大陸移動の決定的証拠となった、磁気の測定。これは、ヴェーゲナーの時代には技術的に無理だった。
それから、現在の大陸移動を測るという実測。これは、ヴェーゲナー自身が、グリーンランドや北アメリカが実際に動いていると主張しているが、現在、この測定値は誤りであることがわかっている。勇み足である。

しかし、それ以外の仮説の構築がすごい。
とくに、地球の自転軸の移動、それにともなう気候の変化、その結果としての、現在の石炭の分布を示した図がすごい。
北アメリカ、ヨーロッパ、シベリアの石炭鉱脈が、地質時代の熱帯とぴったり一致するのだ。
ちなみに、北ヨーロッパの泥炭は、寒冷地だからこそ泥炭層ができるのであって、もし過去に熱帯であったら泥炭層はできない、という反論があった。その反論をやぶったのが、インドネシアの泥炭を観察していたオランダの学者だった。

オランダの学者の幾人かは、ヴェーゲナーの理論に好意的だったようだ。
ヴェーゲナーの仮説による、スンダ列島、マルク、ニューギニア、ビスマーク諸島、ソロモン諸島の複雑な地帯構造が、みごとに解かれているからである。
この地域のヴェーゲナーの仮説は、今日の知見と一致する。つまり大正解だった。

スマトラ・ジャワから西につらなるスンダ列島とビスマーク諸島の間にニューギニアが南方向から割りこんだのである。
その結果、スマトラ・ジャワから東方向にのびた列島がパンタイ島・ウェルタ島・ダマル島と続き、バンダ海で時計と反対回りにねじまげられ、スラウェシ島の西部分につながり、ミンダナオまで延びる、おおきく曲がった火山帯になった。
チモールからのびる、島列はその外側をやはり時計と反対回りにセラム島、ブル島へねじまがっている。
ニューブリテン島が半月型なのも、突進してきたニューギニアに引きづられたためである。
また、スラウェシの北東部分と南東部分はニューギニアにおされて、西側(Kの文字の縦棒)にくっついて全体がKの文字になった。

というように、この部分(第5章、7節)はみごとにインドネシア東部の構造を説明している。(各自、かってに地図をみてください。)

大陸部東南アジアの構造も大陸移動の結果であって、ヒマラヤ東部の褶曲が、大河の方向を捻じ曲げ、山脈をつくり、深い峡谷を形成した。(ただし、ヴェーゲナーは、インド亜大陸が、もともとユーラシアにくっついていた、と考え、ビョーンと南西方向に突きでたユーラシアの図にしている。この図を今でもつかっている概念図があるので注意。インドは、インド洋を南極方面から動いてやっていきたのです。)

また、インド洋に面したスマトラ・ジャワ・小スンダ列島の火山、フィリピン諸島から日本列島、アリューシャン列島までの火山帯も、その結果であるが、ヴェーゲナーは、この点には気づかなかった、というか、かんちがいしている。

そう、ヴェーゲナーの理論と、今日のプレート理論の一番大きな違いはここにある。

ヴェーゲナーが大陸の移動のみを考えたのに対し、今日の理論は、海洋底の移動も含めた地殻全体の移動なのである。

残念ながら、これは時代の制約というか、個人の力でできることの限界である。
なにしろ、50年代、60年代の海洋調査は莫大な予算を使い、軍の援助を受けた国家プロジェクトなのである。
グリーンランドの野外調査、石炭層の地図、植物分布、化石分布、そんなことだけで到達できるものではなくなったのだ。
ヴェーゲナーは、偉大な仮説を提出した最後の単独研究者だろう。