東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

ジョエル・E. コーエン 著,『新「人口論」―生態学的アプローチ』,農村漁村文化協会,1998.

2006-03-13 23:29:38 | 基礎知識とバックグラウンド
ジョエル・E. コーエン 著,重定 南奈子・高須 夫悟・瀬野 裕美 訳,『新「人口論」―生態学的アプローチ』,農村漁村文化協会,1998.

アマゾンの検索で、"新人口論"でヒットしない。"新「人口論」"とかぎかっこをつけないとだめなようだ。なんてこった。

人口増加の実態を数学的に示し、なぜ人口を減らさなければならないかを、数学的に論じた本。
おそらく原書は政策担当者や研究者向けに書かれたとをもわれるが、この本を楽しんで読めるのは、たとえばマーティン・ガードナーの『自然界における左と右』とか、野崎昭弘の本を楽しめる読者ではないだろうか。

環境保護原理主義者や少子化対策で一儲けしようとしている連中にはとても本書の内容を冷静にうけとれる素地はないだろう。

本書は数学的な基本をはずさず、人口問題に付随するあらゆる要素を勘定にいれて冷静に地球の人口問題を論じたものである。

土台となる、前提は、
もし、人類が生存を続けたいとおもうなら、人類の存続が望ましいと思うなら(この段階ですでに、哲学的な前提があるのだが、)人口は減らさなければならない。
ということ。

かといって、強制的な断種、ジェノサイド、戦争が人口増加を抑制した例は過去にない。
宗教的な禁欲、隠遁が人口増加を抑制した例もない。
著者の主張する(そして、国連機関や先進国の共通認識でもあるが)教育と衛生と女性の選択権の増進がもっとも穏当な方法であるようだ。(これらの方法の有効性に関しては著者も自信があるわけではない。)

本書の内容を少し離れて、東南アジアの現状をみると、戦争や飢餓が人口を抑制する有効な手段になったことはないのだ。
第二次世界大戦に使用された爆弾と同じくらいの爆弾が投下されたラオスで人口は減っていない。
地域人口に対する減少率が歴史上最大と思われるカンボジアの内乱でも、内乱がおさまると、すぐさま人口増加に転じている。
どっか知らない未開発国の人間が死ねば人口問題が解決されると思っている政治家がいるとしたら、カンボジアやラオスの例を知らないのである。

一方で、低開発国にカウントされるヴェトナム、ミャンマーはすでに合計特殊出生率が2以下になっている。現在の合計特殊出生率が2以下になってもしばらく人口増加は続くから、当分人口はマイナスにはならないのだが。
一方で、GDPではヴェトナム,ミャンマーを越えるフィリピンではまだ合計特殊出生率が3近くである。
インドネシアも産児制限政策ととっているものの人口は増え続けている。
マレーシアは、マレー系住民の人口を増やすという、信じられない政策ととっていて、(その政策が影響しているのか、他に原因があるのか不明だが)人口が増えている。この政策が本当に有効に作用しているか、というのもむずかしい問題だ。

そして、おそろしいのはインド・中華人民共和国の人口増加である。
中華人民共和国は特殊合計出生率は下がっているものの、母集団が大きいから、当分巨大な人口が増加を続ける。
人口抑制というのは、フルスピードのタンカーを止めるようなもので、機関を停止しても巨大なモーメントで動き続ける。危険を察知してから舵をとり、スクリューを逆回転させても、しばらく動き続けるのだ。
さらにインドはまだ人口が減少する傾向を見せていない。

もしもインド・中華人民共和国が人口減少に転じたら、人類にとって、農業の開始以来の画期的な転機になるとおもうのだが、その前に、未曾有の混乱や大量死があるかもしれない。
幸か不幸か、わたしの生存中に、大クラッシュもばら色の未来も見ることはできないようだ。
地球規模の大混乱があるとすれば30年後くらいか?

インドと中華人民共和国が人口増加を克服したとしても、アフリカやアラブが人口増加を続けるのだからどうせ同じだ、とかんがえる人がいるかもしれないが、その心配はあんまりなさそうだ。
母集団の大きさからみて、インド・パキスタン・バングラデシュ・中華人民共和国が最初の危機だろう。

わたしとしては、インド亜大陸と中華人民共和国の人類がみんな死んでしまえばいいとさえ思っているのだが、彼らが今住んでいるところで死んでいくなんて、うまい結末はないのだよ。
おそらく、インド亜大陸と中原から膨張した人類が地球のあらゆる方面へはみだし、戦乱と飢餓と差別を生み出すだろう。

残念ながら、はみだした人間を機関銃で射ち殺すとか、原爆で一まとめに殺すという手段はとれないのだ。
そういう手段がとれると思う方は自分で殺してください。
原爆をおとすと人間も死ぬと同時に耕地や水資源も汚染されてしまう。

日本は世界に先駆けて人口減少に転じる地域となる。
これは人類の歴史に残る転機になるだろう。
人口減少していく地域として、国家としてどういう道を進むか、偉大な実験である。

移民が押し寄せるかもしれないし、経済や文化が停滞するかもしれないし、軍事的に弱体化して他国に占領されるかもしれない。
でも、それが先頭をきって人口減少にむかった地域の運命だろう。

無限に人口を増加させることはできないのだ。
本書にはその理由がちゃんと説かれている。

日本だけ人口を増加し、他の国が人口を減少させることはありえない。
アメリカ合衆国だけ人口が増加し(先進国で唯一合計特殊出生率が低下しない国)、ほかの国が人口が減少する、ということは、ありえない、と思われるが、意外とそんな未来が訪れたりして……。これ、SFのアイディアになりそう。

高谷好一,『東南アジアの自然と土地利用』,勁草書房,1985.

2006-03-13 00:03:31 | 自然・生態・風土
東南アジアを知るための基本中の基本にして、戦後日本人の研究の最高峰、だと、思います。

といっても、わざわざこの本をさがして読むべきかというと、めんどくさい人はその必要はないだろう。

基本中の基本であるから、ほとんどすべての研究者、歴史家、東南アジアに興味を持つ一般人に、すでに共有された成果である。
たとえば、中央公論社の『世界の歴史 東南アジア世界の形成』の一番最初にかいてあることは、本書の内容を下敷きにしている。山川出版社の東南アジア史も同様である。
てっとりばやく内容を知りたければ、『事典東南アジア』(弘文堂)とか『東南アジアを知る事典』(平凡社)を見ればよい。

であるけれど、やっぱり、本書はおもしろい。
ものすごく退屈そうな書名で、とっつきにくいが、東南アジアの生態を核心にせまることばでずばっと言い切ったおもいきりのよさが気持ちいい。

外国語の翻訳調やもってまわった表現など使わず、面白い旅行話を語るように、著者の経験をどんどん書いていく。
学者にあるまじき独断(?)や感想(?)をまじえて、その地域の特徴を読者に伝える技はみごとである。

第1章にある、東南アジアの民族(というより、小さいまとまり)を、農耕生産のタイプで分類した表がある。
この表は結論部分だけ紹介した記事で引用されることはないのだが、みごとに生態と生業が分類されていて、すぱーとわかる。
わたしは、カレン族とかアチェーとかニュースでみるたびに、この表に照らし合わせているのだ(今はもうやってないが)。
現在の生業とは食い違う部分もあると思われるが、稜線・山腹・盆地/モンスーン林・熱帯林/乾季が長いか短いか/火山帯か褶曲山脈か/という要素の組み合わせですぱっと分類できる。

分類できるだけでなく、そこに明確に風景や暮らし、心意気、信仰、の違いがあることが著者の見聞から伝わってくる。