「しらない方がよかった?」
「え?」
「吉岡先生と会わなかったら、こんなこと考えなかったよね」
「知らない方が、幸せだったのかな。悩まなくてすむし」
「うん。でも、会えてよかった」
屋上で、演劇のこと、将来のことを語り合うさおりとユッコの台詞。
「知らない方が幸せ」という考え方もありだろう。
奥深い世界を知ったばかりに、人生をかけてのめりこんでしまい、堅気の暮らしができなくなることもある。
「高校で音楽に出会えたおかげで大学でも楽しんでます」とか、「社会人になってからも趣味として楽しんでます」なら、ほどよいのだろうが、時に度をこえて人を虜にする魔力をも芸術はもつ。
「大学に行っても続けたいから楽器買って!」「勉強もがんばるんだよ」「大丈夫」という親子の会話は成り立っても、「音大に行って、プロを目指したい」と言い出した息子は、「ねぼけたこと言ってないで、勉強しろ!」と叱られるのが普通の流れではないだろうか。
もちろん、それくらいの反撃であきらめるなら、その道は向いてないのだから、親は一旦は拒否するのが正しい接し方だと思う。
劇団「Theatre劇団子」さんの復活公演「トウキョウの家族」をみながら、ここにも業の深いひとたちがいると、しみじみ感じた。
劇団子さんの本公演は30作目。たぶん、6、7こは見ているから、ひいきの劇団と言っていいよね。
必ずこの小屋で、という定位置感がない劇団なおかげで、いろんな所に行けた。シアターグリーン、スペース107、あうるすぽっと、座高円寺、レッドシアター … 。
有川浩作品を紀伊國屋ホールでかけたのが、一番キップの売れてた時なのだろうか。
今回の復活公演は、下北沢駅前劇場。100席ちょっとのハコで、計7公演。チケット代はももクロの半分以下。
補助椅子の出る盛況ぶりだったが、東京公演全部足しても、ももクロさんの舞台一回分に満たない集客だ。
しかし、あの狭い空間で繰り広げられたお芝居のアツさは、ももクロさんにまさるとも劣らない。
母親と長女が切り盛りする伊豆大島の民宿を舞台に、ある家族の歴史が描かれる。
次女は、長女と折り合いが悪く島を飛び出してから連絡がない。
三女は大阪に暮らしの基盤をつくり、連れ合いを見付けて、最近子供も授かった。
気持ちも離ればなれになったままの次女と長女をなんとか仲直りさせたいと考えた母親が策を巡らし、三女を呼び寄せることにする … 。
客電が落ちるとともに、母親役の斎藤範子さんが三味線を持って登場。
「劇団子復活を祝って三下がりさわぎをおおくりいたします」と弾き語りをする。大学時代に6年間三味線を弾いたおれさまには、どれくらい上手かわかってしまう。練習し続けてるひき方だった。芸達者な方だ。
しゃきっと弾いてて、歌い終わると同時にがくっと首を落とし、完全におばあちゃんになる。
このシーンがすべての伏線だったことに、終盤気づくのだが。
この家族の再生作戦に絡んでくるのが、たまたまその民宿に泊まることになった、ある劇団の主宰者。
まもなく幕を開ける芝居の脚本が書けず、逃げるように島を訪れたが、恋人でもある劇団の女優が追いかけてくる。
姉妹の仲直り作戦が、その劇団員の力も借りながら繰り広げられるのだが、一筋縄にはいかない。
いくつかのどんでん返しがあり、諍いの原因となった過去の事件が、見てる側にも明らかにされていく。
長女と次女との激しいやりとりの中で、相手の本当の気持ちに気づきはじめると、自分の気持ちが思い込みにすぎなかったことにお互い気づいていく。
事件が起こった時にそう言えばよかったのではないか、と一瞬思うが、その瞬間の当事者には何を言っても通じないということは、いろんな場面で言えるはずだ。
家族「だから」わかりあえる、なんてこともない。
身近な存在だからこそ、いやなところは余計に鼻につく。
距離をおけばいいのに、いつもそばにいる。
いったん物理的、時間的に距離をおいてはじめて、お互いの気持ちもわかりあえたりするものだ。
いったん距離をおいたからこそ気持ちがわかりあえたというスタンスは、二年間のブランクを経て再出発した劇団子さんの姿とも重なる。
「おれにとってお前は家族なんだよ」と女優を抱きしめるシーンに胸があつくなるのは、演じている劇団員同士に心からそう思う気持ちがあるからだ。もちろん脚本の石川英憲氏にも。
それにしても、最前列で見たけど、みんな声でかすぎてびんびんひびく。
900席のはこでも、マイクいらないんじゃないかな。
セリフももちろんしっかりしてるし、小さな動きも理に適っているし、ちゃんとトレーニングを積んでる役者さんの身体能力は大変なものだ。
もし、彼らが芝居に出会わなかったら、役のように地元で地道な暮らしをしていた、できた方々ではないか。
あれだけのスキルを身につける努力をできる人たちだから、地元で地に足を付けて生きてたって、しっかりとした生活を作ることができるにちがいない。
でも、出会ってしまったんだよね。
斎藤範子さんのリーダーシップ、大高雄一郎さんの存在感には目を見張るものがあった。
おそらく活動停止中も劇団をひっぱっていたであろうお二人に心意気に頭が下がる。
そんな劇団員の意気に答えた石川英憲の脚本は、自分的には劇団子ベストだ。
劇団の復活を祝って、芝居の神が舞い降りたかのような舞台だった。
もしここを大阪の方が読んでらっしゃったら、来週末の大阪公演に行ってみて下さい。
東京風こてこてエンタメの一つの完成形があると思うので。