水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

不射之射

2013年02月28日 | 日々のあれこれ

 ~ 言葉は過去の言葉の宝庫を喚起できればできるほど、たんにそこに並んでいる文字を超えた豊かさを得ることができます。だから過去に書かれたものに対する「模倣への欲望」は肯定すべきなんですね。しかも、たくさんの文章を読んできた読者だけが、その豊かさを分かってくれます。乏しい読書経験しかなければ、どんな文章を前にしても、それだけのことしか読めない。(水村美苗インタビュー「世界中から『国語』がなくなる日」) ~

 うん。こういう引用をすると、「さすが国語の先生」的な雰囲気がただよう。
 先日、慶応小論文の過去問を添削してて読んだ文章だ。
 本にかぎらないと思う。
 音楽しかり、映画しかり、演劇しかり。ある曲を聴いて、ある映画をみて、何を感じるか、何を感じられるか。
 経験によって築かれたその人の土台がどれくらいのものかで、感じ取れるものは変わってくる。
 本を読んで、映画を観て、おもしろかった、つまんなかったって簡単に言ったり、書いたりするけど、そしてその時点におけるその人の感想として、どんなレベルのものであっても肯定されるべきものではあるけれど、そこには「すぐれた」感想、「稚拙な」感想というのは存在するのは間違いない。
 何回も触れた堀先生の『教師力ピラミッド』にしても、10年前、20年前の自分が読んだら、今と感想は異なるだろう。
 今の自分は、この書のどの部分が比類ないものであるか、かなりはっきりわかっていると思っている。
 でも、あと10年経験を積んだあとなら(え? つまり教師生活終わるときじゃん、ひえぇ。やめたくないよぉ … )全く別種の感慨をもって、読み終えることになるかもしれない。
 10年後の自分か。ちょっとあこがれるのは中島敦『名人伝』の紀昌(きしょう)の境地だ。

 趙の国に紀昌という若者がいた。
 よしおれは天下第一の弓の名人になろうと志を立てる。
 そこで当代一の名人と言われる飛衛(ひえい)に弟子入りし、五年の修行を積み、自ら飛衛の域に達したという境地になる。飛衛から「しかし我々の技が児戯に等しいと思わせられる名人が、ある山奥にいる」と告げられ、紀昌は訪ねていく。
 はるばる訪ねていき、出会った甘蠅(かんよう)という名人は、穏やかな目をしたよぼよぼの老人だった。
 「自分の技を見てほしい!」と叫び、紀昌は矢をつがえるや遠くに向かって射かけると、はるか向こうの山の方に、鳥が五羽つながって射られていた(だったっけな、そんな話)。
 それを見た名人が穏やかな声でつぶやく。
 「なるほど、一通りはできるようじゃな。ただし、それはしょせん射之射じゃ。不射之射は知らぬようじゃ」
 「はあ? じじい、わけのわかんねぇこと言ってんじゃねえぞ。だいたい、弓さえ持ってねえじゃねえかよ、どこが弓の名人だ」
 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。若いの、見てみなさい」
といって老人は、両腕をおもむろに開き、弓をもっているかのような格好になると、ふっと矢を放ったかのように右手を離す。
 すると、遙か遠くの方で、大鳥が五羽まとまってすうっと落ちていくのだった。
 「これが不射之射じゃ」
 紀昌は思わずそこにひれ伏して、弟子にしてくださいと頼むのであった。

 なんかのひょうしに、この名人伝の話を授業ですると、だいたいみんな楽しんできいてくれる。
 「不射之射」を目の前で披露されたならば、誰もが驚くのはまちがいない。
 でも、われわれが目にして、驚くにしても、次に何を考えるかといえば、どういうしかけになってるんだろという発想だろう。
 ていうか、甘蠅老人は、すくなくとも水持の前では、その技を見せてはくれない。
 なぜなら、技の価値に気がつける人間であるかどうか、瞬時に見抜いただろうから。
 紀昌は、そうではなかった。そうではないどころか、老人のすごさを、その時代で一番感じ取れる人間が紀昌だった。
 だからこそ、老人は喜んで技を見せ、望み通り弟子にしたのだ。
 なんていうの、示唆に富む話ですね。

 さて、その後紀昌がどういう修行をしたのかは、記されていない。
 しかし、紀昌が山を下りたあと、とんでもない名人になって帰ってきたという噂が町中に広がる。
 誰もが、紀昌の弓を見たいと願う。
 しかし、紀昌にそのそぶりが一切ない。
 ある人が勇気をふりしぼって紀昌に頼みに行った。
「紀昌さま、この弓で、一度何かを射てくださいませんか?」 
 その時、紀昌はけげんそうな顔をして「いったい、それは何の道具ですか?」と言う。
 「ご冗談を、あなたが極めて弓ではございませんか」
 「弓?」
 どうも、本当に紀昌が思い出せないことを男は悟り人々に話すと、それがまた伝説となっていく。
 それ以来、都では一時、画家は筆をかくし、音楽家は楽器をかかくしてしまったという。

 どう面白いでしょ、と聞くと、うなずく子が多い。
 さて、教科書にもどるよ。ん? 教科書って何?
 あとね、先生さっきから、この白い棒が何をするものかわからないんだけど … 、といってチョークを持って笑いをとるのがお約束のパターンだ。
 なんか、いつかそんな日がほんとに来るような気がしてきた。
 そうなると、「先生、こういう文章て、どうやって解けばいいんですか?」と尋ねられたとき、「うん、それね … 、読めばいいんだよ」と穏やかな声でつげると「へ? あっ、そうだったのか … (納得)」となるにちがいない。
 ただボケたんじゃね? という扱いをうけるかどうか紙一重のところではあろうが。

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桃花源記

2013年02月27日 | 国語のお勉強(漢文)

 一年最後の漢文教材は陶淵明の「桃花源記」を読む。
 漢文は週一なのでそれを8クラスもつという今までにない形で担当したが、同じ教材を8回教えると、さすがに使えるネタとそうでないものが見極められる。
 まったく同じ話を8回してクラスの雰囲気の違いをみることもできるので、学年主任的にはありがたい持ち方だった。
 「刎頸之交」で、廉将軍が自分の非を悟り「相如」に謝りに来るところがある。諸肌脱ぎになってアザミの箠(ムチ)を担いできて、自分は打たれる覚悟で来たという当時の深い謝罪を表すやりかたで。
 こうやって、肌をだして(上着を半分脱ぐ)ね、さあこれで打ってくれ、ビシッ、もっと、ビシッ!、もっと強く!、ビシッ!! ああ!  … というのは8回やった。どん引きされたのは1クラスだったんじゃないかな。
 「桃花源記」の後半、村から帰ろうとする漁人に、別れ際に村人が釘をさす言葉がある。
 「不足為外人道也(外人の為に道ふに足らざるなり)」
 「(私たちのことは)外部の人に言うほどのものではありませんよ」と村人が言うのだ。
 つまり、桃源のこの村の存在と自分たちのことを、下界の人々に告げてはいけませんと。
 「為外人」が前置詞句だから、その下にあるのがVだね、つまり「道」は名詞ではなく、Vなんだよ。
 では、この文の「道」と同じ用法の「道」は次のうちどれでしょう。
  a柔「道」 b「道」徳  c報「道」 d「道」端アンジェリカ
 が今回ちょっと気に入ったネタ。
 これでもピンと来ない子はいるので、正解の「報道」と同じ構成の熟語は次のうちどれでしょう、と問う。
  a流氷 b地震 c読書 d善悪 e歓喜
 eですね。報道ステーションの「報道」って、伝える、言う、知らせるという意味が近い漢字を重ねた熟語です。
 そして、直前に『字統』で確認した「道」の語義を、いかにも昔から知っていたかのように語るという名人の授業を展開する。今年度の授業も大詰めになってきた。

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武器

2013年02月25日 | 学年だよりなど

 学年だより「武器」 

 あるお芝居のオーディションが行われる。書類審査に通った若い女の子が、審査する劇作家・演出家の前に立つ。「○○先生(その演出家)に、私という箱をあけてほしくて来ました、よろしくおねがいします!」的なアピールをする。
 自分の可能性をひきだしてほしい、埋もれている才能を見いだしてほしいというような意味だ。
 演出家は内心「おまえの箱をあけたって、何も入ってねえよ」と思う。
 自分が芝居一本書くのにどれくらい苦労しているか知ってるのか。たくさんの資料をひっかきまわし、自分の経験をふりかえり、何時間、何日間も頭をふりしぼって、やっと一滴の言葉をしぼりだしているんだ。
 自分の箱とか言う前に、何か身につけて来い、なんでもいいから自分で中身を埋めようとしてみろ! なんて思うことがよくある … というような話を、演劇のワークショップに参加したときに伺ったことがある(ちなみに鴻上尚史という方です)。
 丸腰で出かけていってしまったんだろうなと思う、その女の子は。
 もしくは、自分というものには、もってうまれた何かがあるという幻想を抱いているということでもあろう。
 その幻想はわれわれ現代人のほとんどが抱いているものでもあるが。
 自分の武器をふやすのは経験だ。
 どれだけたくさんの経験をしたか、どれだけ多くの人と出会ったか。
 スポーツでも、どれだけたくさんの場数を踏んだか、つまり本気レベルの実戦をどれだけ経験しているかで成長の度合いが決まることを、みんなも知っているはずだ。
 こんな人とは出会わない方がよかったと思うような出会いさえ、それをどう受け止めるかによって自分の武器にすることができる。
 西原理恵子氏の「女性の悩み相談本」に「結婚してもいい男の条件とは何ぞや」という章がある。
 ある独身の女性から「自分は病気のため赤ちゃんのできない体になった、先日も身内の心ない言葉に傷ついた」という投書に対し、西原氏はこう答える。


 ~ 凪心さんもさ、泣きたい気持ちはわかるけど、そういう無神経なこと言う人たちに対しては、鉄の心持たないとね。これからも「なんでそんなこと言うんだろ」って人に会うかもしれないし、「自分だったら、そんなこと絶対に言わないのに」って悔しい思いもするかも知れない。そんな時はね、「自分はスカウターを手に入れたんだ」って思ってほしいですね。
 知ってます? スカウターって?
 『ドラゴンボール』に出て来る道具なんだけど、瞬時に相手の戦闘能力を数値化することができるの。あなたはハンデを抱えてるんじゃない、いいスカウターを手に入れたんですよ。人の心の機微や痛みがずっとよくわかるようになったの。 (西原理恵子『スナックさいばら おんなのけものみち』角川書店) ~

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問題づくり

2013年02月22日 | 日々のあれこれ

 ある先生から、試験問題をどう作っていいかアドバイスをほしいと連絡をもらい、何々、どんな文章? あっ、その評論ね、入試の定番だから、かるくお手本みせてあげると請け負ったが、けっこう苦労している。
 せっかくだから、これからこんな観点でつくればいいよ的な一覧を示してあげようとも思った。
 評論文の設問は、内容を問うパターンはあらく言って二つしかない。
 「~とはどういうことか」「~とあるが、なぜか」の二つ。
 傍線をひいた語句や一文を言い換えること。もしくは傍線をひいた部分の理由。
 内容説明か理由説明。
 記述で答えるなら、「~ということ」「~だから」の二つのパターン。
 次元の異なる言い換えができるかどうか、因果関係が説明できるかどうか。
 問い方はいろいろあるけど、内容に関する設問ならだいたいこの二種に分類できる。
 問いは二種類、答えさせ方は「説明しなさい」「抜き出しなさい」「選びなさい」の三種だから、組み合わせで六通り。
 あと、試験では何を問うべきなのかという観点をもつこと。
 そういうのを初任者研修で教わるのだろうか。
 基本的には、評論で問うのは、あたりまえすぎるけど、筆者の言いたいことが読みとれたどうか。
 各パーツの主旨が読み取れているか、それをまとめて全体の主旨を把握できたか。
 同時に、読み取るための技術を身につけているかどうか。読み取るための知識をもっているか。
 こういう考え方で設問のパターンにあてはめれば、いくらでもできるでしょ、たとえば … って速攻でつくろうとして実作に入ったら、思ったように進まない。
 でも、いいかっこしようとしたのを貫いて、作って見せようと思う。

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2月21日

2013年02月21日 | 日々のあれこれ

 ポップス講習会の感想から


2 ためになった、勉強になったことは?

 ポップス独特のリズムのとりかた。音をどう吹いたら良いかわかった。
 ポップスを吹くときにどう吹けばかっこいいのか、ノリといっても、どんなノリがいいのか。これからポップスを演奏するのが楽しみになった。
 エンターティナーの心構え。はめをはずすこと。
 振り付け、ドラムセットの配置。
 この講習に参加してはじめて音楽とはどういうものかわかった。

4 植田先生はどうでしたか?
 とてもノリが良くて、初対面にも関わらず親近感がわきました。それもあって講習が大変楽しく感じました。
 かっこいい。みんなのテンションを上げられてモテそーな人だなあと思いました。あんなふうになりたいと思いました。
 とてもファンキーで楽しい方。神。いきいきしていた。


 講習会に参加した生徒の感想をまとめて、主催の先生にお送りした。
 部員たちも得るところ多かったようで、よかった。
 定演にすぐいかせる内容をたくさん知ることができた。
 でもね、今までも少しは教えてきたと思うぞ、吹き方とか音楽とか。
 ごめんね、いきいきしてなくて。

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2月20日

2013年02月20日 | 日々のあれこれ

 あるOBが授業の見学に来た。
 この春から埼玉県の教員採用試験に合格し、この春から高校の国語教員として教壇に立つという。
 今日は漢文だけだったが、「いつもよりたくさん回してます」的な授業をみてもらった。
「先生、音読のやり方は昔のままですね、文のSVOとかは、あんなに昔やってないですよね」
「うん、おれも成長するのさ。それより、勤務校っていつわかるの?」
「もうすぐです」
「そっか、どんな学校に配属になるかで職種がちがうと思うくらい仕事内容変わるからな。事前の研修ってある?」
「いえ、4月に入ってから毎週、初任者研修です」
「いきなり丸腰で生徒の前に立つようなもんか、がんばってな」などと話す。
 えらそうに語ってしまったが、考えてみると、自分がついぞ受からなかった教員採用試験に一発で合格した彼は、はるかに優秀だ。いい先生になるだろう。
 もし自分がすぐ教員採用試験に受かって小学校の先生になってたら、全然別の人生を歩み、埼玉ってどこにあるか知らないままだったし、たぶん今ほどには勉強してないんじゃないかなと思う。
 出会える人もまったく別だった。
 どんな暮らしをしているかで、出会う人も変わるのは間違いない。

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レベル上げ

2013年02月19日 | 学年だよりなど

 学年だより「レベル上げ2」

 レベル上げには、学力や学歴といった武器を身につけることが必要だ。
 もちろん、ここで言う学力とは、自分の偏差値がいくつかということではない。
 文字通り学ぶ力だ。自分の力で何かを学びとる方法を身につけ、実際に経験してみること。
 高校の勉強を一生懸命やることで、学ぶ力は身についていくし、その結果、学歴も手にすることができる。これは万能ではないが、人生を生きていくための貴重な武器になる。


 ~ 翌日、バイトの休憩時間にぼくが渡したプリントを瞬く間に丸つけした田岡さんが、いつになくまじめな顔で
「おまえさ、進学のこと本気で考えな」とぼくを見て言った。
「金ないですよ」
「そんな一言ですますなって。無返済の奨学金とか、推薦とか、極力金のかからない大学とか、 いろいろあんだよ抜け道が。教えてやるから。この成績で、金がないからって理由で、おまえ もったいないよ」
「 … 大学行ったって就職できない人いっぱいいるじゃないですか」
「おまえさ、今のままだったら、まるっきし丸腰じゃん。親が金持ちとか、特別な才能があると か、そういうの、今のおまえには何にもないでしょ。おまえのステータス上げる大卒っていう アイテムくらい装備しておいてもいいんじゃないの。確かに万能ではないけどさ、中村みたい にただのアホでも、名前の通った大学生って事実は世間じゃまだ使える武器なのよ。 … よっ ぽどのことがない限り」 (窪 美澄『ふがいない僕は空を見た』新潮社) ~


 世間で言う「いい大学」を出たからといって、望ましい就職先が保証される時代ではない。
 世間で言う「いい会社」に就職できたからといって、いい人生が約束されるわけではない。
 そんなことはみんなも分かっていると思う。
 だからといって、最初からそのアイテムを持たないと決めるのは愚だ。
 学歴が邪魔になる人生というのは、そうそうあるものではない。
 丸腰で世の中をわたっていけるほど恵まれた才能をもつ人は、そんなにいない。
 丸腰で世間に出て行き、気づいたら幸せな人生を手に入れました … という人は普通いないのだ。
 学歴が世渡りの一つの大きな武器であることはまぎれのない事実だ。
 性格がいい、容姿に恵まれている、親の財産がはんぱない、人脈をもっている … 、人が持ちうる武器には様々なものがある。
 しかし、身につけたいと願っても、個人の努力ではいかんともしがたいものが多い。
 学力や学歴は、自分の意志の力で確実に身につけることができ、誰からも後ろ指さされることのない貴重な武器なのだ。

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ポップス講習会

2013年02月16日 | 日々のあれこれ

 高文連主催の技術講習会に参加した。
 植田薫先生によるポップス講習会。
 ファンキーなおやじはやはりただものではなかった。
 行ってよかった。見学してただけでも勉強になったけど、モデルバンドに参加した8名の部員は特にいい経験ができたのではないか。
 「吹奏楽のポップスっていまだに、みーぎ、ひだーり、っていう動きですよね、もっとかっこよく演奏しましょう」というお話からはじまり、曲をつかって実際のやり方を教え、見学者もまきこんでの盛り上げ方、そして吹奏楽をやるとどんないいことがあるのかという高校生への語りかけ。自分の目標は「吹奏楽での世界平和実現」というお話。自分自身も、すっかりファンキー教の信者になってしまった。
 吹連ではなく高文連だから可能だったとも思える今回の企画だが、今後も続いていくといいなあ。何か出来ることがあったらお手伝いさせてほしい。
 勝間和代さんが、いい情報にどれだけ触れられるかが大事、すなわちそれはどういう人に会っているかということだと、どこかに書いてらした。講習会、勉強会に自分から出向くというのは、それなんだろと思う。あと演奏会も同じだ。

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2月15日

2013年02月15日 | 学年だよりなど

 登校して午前中だけ練習し、翌日の打ち合わせ。学年だよりを書き、メールの処理、おみやげの分配など。


 学年だより「レベル上げ」

 スキー実習、おつかれさまでした。
 全体的に天候に恵まれ、みなさんが意欲的に取り組んでくれたおかげで、いい実習になったと思う。思うように上達できなかった人もいるかもしれないが、まずは取り組んだことが大切だ。
 一年生みんなで寝食をともにしたことで、話したことはないけど川東の同学年だとは識別できる、というような相手も増えただろう。
 漠然と身内感覚を持てる仲間の存在は、これからのみなさんの高校生活の支えになる。今回の経験を大事にしてほしい。
 さあ次は、すぐに訪れる学年末試験に向けてがんばっていこう。
 そろそろ耳にタコができつつあるとは思うが、日々の授業に取り組むことが、センター試験に向けての受験勉強だ。
 3年になってから「そろそろ受験を意識して勉強し始めよう」、というような発想をする人は、その時点で相当おくれをとっている。
 まして、みなさんが行きたい大学は、中高一貫で勉強をはじめている学校や、部活はやらずに毎日8時間授業をやっている学校の生徒さん方がライバルだ。
 みなさんにも、そういう選択肢はあった。
 そして、みんなはこっちを選んだ。
 勉強も、勉強以外もがんばろうという道を自分で選んだ。
 自分で選んだことに対して責任をもたなかったら、この先何事かをなしとげるなんて無理だ。
 やるべきことは頑張る、やらざるを得ないことはきちんとこなしていくという体質に自分をかえていくのが、今の生活の目的だと言える。
 マンガ『ガキ教室』の片岡晶先生は、「なんで数学ってやんなきゃいけないんですかね?」と中1の生徒に問われてこう答える。


 ~「人生をRPGにたとえると …
   小学生の勉強なんて やれて当たり前 みんなのレベルも大差なし …  
   中学校の勉強ってのはレベル上げだな。
   中学でレベルあげできたヤツは その後の人生そう悪くない
   どんなモンスターが現れても なんとか闘えるぞ
   一方レベル上げできなかったヤツは 
   モンスターだらけの森ん中を パン一でブラつくよーなもんだ
   勉強するしないはみんな次第だけど 
   やっぱり勉強は やっておいた方がいーんじゃないかなとは思うな …
   単純に勉強できるとモテるしな オレみたいに 」 (小沢としお『ガキ教室』秋田書店) ~


 人としてレベルを上げていくために最も有効な手段は、学校生活をがんばることにつきる。

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2月14日

2013年02月14日 | 日々のあれこれ

 朝は、ごはん、味噌汁、明太子、野沢菜、温泉卵。昼は、ショウガ焼き丼。これは上越に何回も行っているが新メニュー。板長さんが変わったのだろうか。そういえば昨日のカレーも過去のとちがってて、前のドロっとして少しシチュー風のカレーの方が自分的にはこのましい。新メニューはおいしかった。ていうかショウガ焼きをおいしくなく作るのはむしろ難しいとは言える。ご飯の上にキャベツと水菜みたいな野菜(なんだろ)がしいてあって、その上にショーガ焼きがガツんとのせられる。列に並んでいたある生徒が「野菜抜きでおねがいします」と言ってたのが聞こえて「おまえ何わがまま言ってんだ(笑)」と声をかけたが、ひょっとしたらそれが正解かもしれなかった。
 最終日はフリー滑走なので、雪降らないといいなあと思っていたが、曇りときどき晴れぐらいの天気で、いいコンディションだった。トータルとしてはかなり天候に恵まれた学年だ。もちろん私めの最近の行いがいいからだろう。なんてたって、教師力でいえばモラルの塊のような生き方してるから。あっ食生活は減点かな。
 学年主任力という観点で今回の旅行をふりかえってみると、だんどり力、添乗力、雪かき力、鷹の目力、おばちゃん力、笑顔力、見守り力など、いろんな力が必要で、けっこう身につけてきたものもあれば、さらに精進せねばならない部分もある、などと分析できる自分は謙虚力が高い。
 帰りのバス内で観た「ドラえもん」がおもいのほか面白くて感動してしまった。今年観た映画一本のカウントしよう。

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