学年だより「選択(3)」
『行列のできる法律相談所』に出演していたムロツヨシ氏が、役者として本当に「食える」ようになったのは、2013年の朝ドラ『ごちそうさん』以降だと話していた。
今や映画でもテレビでも、しょっちゅう見かける。みなさんには、それほど馴染みがないかもしれないが、NHKの「LIFE」や、「勇者ヨシヒコ」のメレブ役と言えば顔がうかぶだろうか。
朝ドラで一気に俳優として名が知れるようになったのは36歳。
東京理科大を一ヶ月で中退して役者を志して以来、実に18年間の下積み生活を送った。
ムロ氏が夢をあきらめなかったのは、アルバイトで知り合った人の言葉だったという。
大学をやめて劇団の養成所に入り、魚市場でアルバイトをはじめた。
あるお総菜屋さんに配達に行ったとき、「おまえ、腹減ってるだろ」と店主から声をかけられる。
やせこけて青白い顔をしている若き日のムロを、見るに見かねて声をかけたと、後に店主は語っている。「これでも食え」とアジの天ぷらとおこわのパックを渡される。
それから配達にいくたびに、店主は何かを食べさせてくれるようになった。
役者を目指しているんですとムロが告げたとき、店主は険しい顔つきになってこう言う。
「甘えたたことを言ってるんじゃないぞ。そんなものになれるわけがない、やめておけ」
そうして、配達にたびに食事をさせてもらいながら、「役者はやめろ、堅い仕事に就け」というお説教もルーティンになった。
ムロは感謝しながらも、いつか見返してやる、名の売れた俳優になってやると思うようになる。
このおやじさんへの「なにくそ!」という思いが、その後の十数年間にわたり、ムロのエネルギーになったという。
今はお総菜屋さんをたたんだ店主が、インタビューを受けていた。朝ドラを見たとき、すぐにムロであると気づいたという。「たいしたもんだ、ほんとに役者になれて」と涙ぐんでいた。
もちろん、ムロ氏のようにメジャーになれる人は、ほんの一握りだ。
アルバイトをしながら芝居をし、月収は手取り10万、もう少しシフトを入れたいが、すると稽古の時間が足りなくなる … みたいな暮らしをいつまで続くのかと葛藤しながら生きる。
小さな劇団の公演に足を運ぶと、それなりに働き盛りの年齢の方も舞台に立っている。
何年も下積みをした結果、あきらめて他の正業に就く、故郷に帰るといった選択をする場合が、現実としてはほとんだ。
そうして途中で夢をあきらめたなら、彼らの人生は失敗だろうか。
「あきらめる」ではなく「夢と自分との折り合いの付け方」と言った方がいいかもしれないが、それにはいくつかのパターンが考えられる。
a 最初から夢を追わない
b ちょっとやってみてから諦める
c 期限を決めてやってみる
d とにかくやるだけやってみる
e 何があっても諦めずに追い求め続ける