水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

Today is a gift

2022年02月27日 | 学年だよりなど
1学年だより「Today is a gift」


 カーリング準決勝スイス戦を前に、ロコソラーレ代表の本橋麻里さんが、ツイッターで北京にいる選手達にメッセージを送った。

~ Yesterday is history, Tomorrow is mystery, and Today is a gift.
  That is why we call it “present”.
  『今日』というプレゼント🎁を楽しもう✨✨✨(本橋麻里Mari Motohashi2月18日) ~

 なんて素敵な言葉だろうと思い検索してみると、大元はアメリカの歴史学者の言葉だそうだ。


~ The clock is running. Make the most of today. Time waits for no man.
  Yesterday is history. Tomorrow is a mystery. Today is a gift.
 That's why it is called the present.
  時計は進み続ける 今日を精一杯過ごそう 時は誰も待ってくれない
  昨日のことはもう歴史 明日どうなるかは不可思議 今日この日は頂き物
  だから今日のことをプレゼントというんだ (A.M.Earle『Sundials and Roses of Yesterday』)~


 みなさんは知っていたかもしれないが、「今」のことを「present」というわけがわかった。
 今日、今こうして好きなことをしていられる時間は、ほんとうに奇跡的な贈り物というしかない。
 決して過去も未来も関係ないから、今だけを刹那的に楽しもうという意味とも違うだろう。
 過去に感謝し、未来を見据えるからこそ、今日という日はギフトになる。
 北京冬季オリンピックは、自分に与えられた一日を、思う存分に過ごしたアスリートやサポートの人たちの姿にあふれていた。
 メダルを獲得した、入賞したという記録だけでは測れないものを、彼らは手にし、だからこそ、その姿を見る私たちにも力を分け与えてくれた。
 メダルを期待されていて、500mで17位、1000mで10位に終わった小平奈緒選手は、

~「成し遂げることはできずとも、自分なりにやり遂げることはできたと思っています」~

と、1000mの後のインタビューで語っていた。
 大会前に足を痛め、それを公にすることもできず、ギリギリの状態で本番に臨んでいたことも、後にわかる。やり遂げることができるかどうかを、本人だけが切実に考えていたことだろう。
 言い訳もせず、泣き言も言わず、そして1000mの後、静かに高木美帆選手を讃えに向かった姿には、スポーツ選手としてというか、人としての気高さを感じた。
 たとえばメダルを獲得することを「成し遂げる」というなら、ほとんどの選手は成し遂げられずに大会を終えているのだ。
 結果的に成し遂げられなくても、「やり遂げる」実感を得るために、辛い練習にも耐えられる。
 今日というギフトを大切にすることができる。
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ROLAND(2)

2022年02月25日 | 学年だよりなど
1学年だより「ROLAND(2)」


 やりたいことが見つかった、少しやってみた、でもうまくいかない、そうか自分には才能がないのだろう、諦めよう……。こんなふうに判断するのも、筋は通っている。
 才能があるかどうかは、やってみないとわからないから。
 ただ才能のありなしは、どれくらいやってみると、はっきりするのだろうか。
 実際のところ、これについては誰も判断できない。
 周りからみて、「さすがに才能が不足しているのではないか、あきらめて別の道をさがした方が幸せなんじゃないか」と言いたくなる人は、実際いるだろう。
 一方で、客観的に才能がなさそうに見えていて、かなり高齢になってから突然花開く例も、たくさんある。60歳過ぎて商業作家デビューした方とか。
 けっきょく、どっちを選ぶのも、その人しだいということだ。


~「才能がない」なんて、別にそんなにたいしたことじゃない。
 成功と失敗を分ける、決定的要素なんかじゃないんだ。
 才能がないからって諦めるのか? 「たかが」そんなことで。
 人は事が上手く運んでいるときに、自分を見つめ直すことはなかなかできないもの。
 苦難の時期は、徹底的に今取り組んでいることに向き合い、自分を見つめ直すことができるチャンスなんだ。
 その瞬間はつらいかもしれないが、悩んで試行錯誤した期間は、のちに成功するための、とても大事な財産になる。
 今君が、なかなか結果が出せず、そんな才能のない自分を後ろめたく感じているのなら、才能がないことも、一個の才能だと知ってほしい。
 さあ、努力で才能をぶっ倒そう。
 そして、数年後にこう言ってやるのさ。
 ああ! 私は才能がなくて、なんてラッキーだったんだろう! 
 とね!        (ROLAND『君か、君以外か。』KADOKAWA)~


 「自分には才能がなさそうだから諦める」という人の場合、そこまでやったのかな? と首をかしげたく場合も実際には多い。
 才能があるかないかなど思い悩まず、ひたすらやり続けている人が、最終的に高みに達するというのが、本当のところではないだろうか。
 あきらめる人は、「自分はこんなにがんばっているのに」と言う。
 あきらめない人は、「まだまだ足りない」と言う。
 あきらめる人は才能のせいにするし、あきらめない人は努力する。
 どんな分野でも、最高レベルに達する人というのは、「あきらめなかった人」、もしくは「あきらめられなかった人」たちのことを指すように思える。
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ROLAND

2022年02月22日 | 学年だよりなど
1学年だより「ROLAND」


 ローランド、1992年八王子生まれ、本名松尾風雅。帝京大学理工学部中退後、ホストになる。ホストの仕事をよく理解している人は少ないだろうが、その独特の存在は、みなさんも知っているのではないだろうか。現在「ホスト界の帝王」と呼ばれ、タレント、実業家として幅広く活躍する。
 そんなローランド氏にも下積み時代はあった。西新宿の6万円のワンルームアパートに暮らし、自転車で歌舞伎町に通っていた日々は、つらい時代だったという。


~ 自分で認めるのは恥ずかしいが、俺はとても調子に乗りやすい人間だ。
 もし自分に少しでもホストの才能があり、初めからトントン拍子に売れていたとしたら、きっと「運転手付きの調子」にでも乗りながら、勢いで適当に仕事をし、無駄なプライドが芽生えてミスを認められず、今頃消えていただろう。
 なかなか結果が出なかったからこそ、「どうやったら売れるのだろう?」と徹底的に仕事に向き合えた。
 女心を読み解く力や、トークスキル、洞察力などを磨くために、徹底的に研究し努力できた。
 自分に才能がないと知っていたから、無駄なプライドが芽生えることなく、何か失敗をしたときは、まず自分が変わらないといけないのだと理解することができた。
 自分だけが売れ残る中、センスのある同期や後輩達に次々と抜かれていったあの時期は、当時の俺にとって、つらく苦しいものだったが、あの時に培ったものが、今の自分を支える基盤となってくれている。あの苦悩の時期がなかったら、今の俺はなかった。そう断言できる。 (ROLAND『君か、君以外か。』KADOKAWA) ~


 オリンピックで活躍する選手達をみながら、この人たちはなんと素晴らしい才能の持ち主ばかりなんだろうと、私たちは感じる。
 同じ競技をやっている人なら、なおさらそんなことを思うかもしれない。
 「ああ自分にも、○○さんと同じだけの才能があったなら……」
 しかし、才能の量は、どうやったら測れるだろう。
 たとえば高梨沙羅さんが跳んだ103メートルのうち、何メートル分が才能で、何メートル分が努力なのか。高木美帆さんのタイムの何%分が才能によるものなのか。
 メダルをとった選手に、「あなたはとんでもない才能をお持ちですね」と問いかけたとき、多くの選手は「才能なんて私にはありません」と答える。
 「練習はたくさんしました」ぐらいは言ってくれるだろう。
 そして、みんなが付け加える。「自分だけの力ではここまでこられませんでした」と。
 ローランド氏の「自分に才能などない」という言葉を聞くと、「そんなことはない」とわれわれは思ってしまうけれど、本人のなかでは、嘘偽りなく「ない」のだと思う。
 だから、頑張った。頑張ったおかげで、結果がついてきた。
 そして「自分に才能がなくて本当によかった」と感謝する。

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まず告れ!(2)

2022年02月19日 | 学年だよりなど
1学年だより「まず告れ!(2)」


 フラれたらどうしよう、負けたらどうしよう、不合格だったらどうしよう……。
 失敗することが不安だったら、最初からプランB、プランCをつくっておけばいい。
 この作業は、気分を上げる方向性にはたらくだろう。
 行動しないで心配ばかりすると、失敗のイメージトレーニングになってしまう。


~「フラれたらどうしよう」と「失敗」のイメージトレーニングをする人には、ノルアドレナリンが分泌されます。ノルアドレナリンは、不安や恐怖の源となる物質。つまり、「フラれたらどうしよう」と思って告白する人は、ホラー映画を観た後のような表情をしているわけです。表情がこわばったような感じですね。どう見ても幸せそうには感じられない。そんな人とは、誰もおつき合いしたいとは思いませんから、告白は失敗に終わるのです。
 この“「失敗」のイメージトレーニングをする人は失敗しやすい”、という法則は、恋愛に限らずスポーツ、ビジネス、すべての人間関係において当てはまります。 ~


 オリンピックに出場している選手たちは、試合に勝つ自分、技が成功する自分を徹底的にイメージトレーニングしていることだろう。
 想像もできない量のトレーニングを積み重ね、何年間も食事や睡眠の管理を行いながら生活しし続けたうえで、勝つイメージしか持たずに試合に臨んでも、叶わない夢がある。
 全参加者におけるメダリストの比率を考えると、ほとんどの夢は叶わないとさえいえる。
 それに比べたら、われわれレベルの負けとかフラれるとか何でもないではないか。
 失敗したところで、命までとられるわけではないし、そもそも誰も注目していない。


~ 前回の記事では、一流大学を卒業して、一流企業に就職したのに上司に叱られてメンタル的に凹み、1ヵ月で退職した人のエピソードを紹介しました。いささか乱暴な言い方になりますが、そんな人も3回くらい失恋経験を繰り返せば、会社を辞めることはなかったでしょう。
 失恋はメンタルを強くする。だから、今すぐ告白して、フラれたらいいのです。たった一度の失恋でも、メンタルは強くなります。それは、人生においてものすごい財産となります。ですから、10回以上は告白して、10回くらいは失恋したほうがいいのです。
 いや、「3分の1の成功率」からすれば、10回のうち3回以上は成功するかもしれない。仮にフラれたとしても「メンタルが強くなる」という、はかりしれないメリットを享受することができるのです。 (樺山紫苑「読むエナジートーク」週刊FLASH)~


 昨夜カーリングの吉田知那美さんが、「たくさんのミスや失敗がわたしたちの強みになっている」と語っていた。逃げずにチャレンジすると失敗できる。失敗こそが強いメンタルをつくる。
 「まず告れ!」の法則の正しさは、オリンピックでも証明されている。
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語彙力アップ 池内了「文化としての科学」

2022年02月17日 | 国語のお勉強(評論)
語彙力アップ⑨ 池内了「文化としての科学」
空欄に漢字・読み方・意味・対義語etcを記入しなさい

1( 所産 )しょさん……うみだされたもの
 ☆( 所得 )しょとく・( 所見 )しょけん・( 所信 )しょしん(所……名詞化)
 ☆ 所与……与えられたもの・( 前提 )
2( 多様性 )たようせい……英( ダイバーシティ )
3 彩る( いろど る)……色あざやかにする 
4( 独自 )どくじ……英( オリジナル ) ☆ 独特……ユニーク
5( 基幹 )きかん……構造の中心部分 ←→( 末端 )
6( 弁別 )べんべつ 弁える( わきま える)
7( 便宜 )べんぎ……つごうがいい。☆ 宜しい( よろ しい)・むべ
8( 潤 い)うるおい
9( 浄財 )じょうざい
      …… 慈善・社会事業などのために( 見返り )を求めずに寄付する金銭。
10( 負託 )ふたく……責任をもってまかせること 
11( 享受 )きょうじゅ……享ける( う ける)+受ける ←→( 提供 )
12( 独善 的)どくぜん的……自分さえよければいいという考えや態度
13 世界観……人や集団・社会が持っている世界の( 捉え方 )。
14( 円滑 )えんかつ……円やか( まろ やか)+滑らか( なめ らか)
15( 特殊 )とくしゅ ←→( 普遍 )ふへん
16 パラダイム……ものごとの考え方の( 枠組み )
17 滞る( とどこお る)……物事が進まないこと
18( 創薬 )そうやく……新しい薬をつくりだす ☆( 製薬 )……薬の製造
19( 終始 する)しゅうしする……最初から最後まで続く
20( 微視 的)びしてき……( 巨視 的)きょしてき
21( 迎合 )げいごう……自分を曲げて( 他者 )に調子をあわせる
22( 産学 連携)さんがくれんけい
        ……民間( 企業 )と( 大学 )が共同で研究開発を行うこと
23 コスト・パフォーマンス……費用対( 効果 )。支出した費用と得られたものとの割合
24 習い性になる( ならいせい になる)
        ……身に付けた習慣が、持って生まれた( 性質 )のようになること
25( 危惧 する)きぐする……危ぶむ( あや ぶむ)+惧れる( おそ れる)
26( 癒着 )ゆちゃく……望ましくない状態でぴったりくっついている
27( 傲慢 )ごうまん……おごり高ぶる ←→( 謙虚 )
28( 収束 )しゅうそく……おさまる ←→( 混乱 )・拡散
29( 罹患 )りかん……罹る( かか る)+患う( わずら う)
30( 豪語 )ごうご……自信たっぷりに大きなことを言う ☆大言( 壮語 )する
31( 完璧 )かんぺき……元々、瑕(きず)一つない円環状の( 宝石 =璧)のこと
32 責任( 転嫁 )せきにんてんか……責任を他人におしつけること
33( 妥協 )だきょう ☆( 妥結 )だけつ・( 妥当 )だとう
34 破綻( はたん )……破れる( やぶ れる)+綻ぶ( ほころ ぶ)
35( 自戒 する)じかいする……自ら( みずか ら)+戒める( いまし める)
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まず告れ!

2022年02月17日 | 学年だよりなど
1学年だより「まず告れ!」


 友人、知り合い、先輩、上司といった身近な人に恋心を抱いたとする。しかし現状の関係性を壊したくないとの思いで一歩踏み出すことができなかった……という経験のある人が、8割近くいるそうだ。いわゆる片思いのまま告白できなかった状態。実はその相手も自分に好意を抱いていたことを後になって知る例も3割近くあるという(「恋愛に関する男女1000名のアンケート」株式会社プールサイド)。精神科医の樺沢紫苑氏は言う。「まず告れ!」と。


~ 何かにチャレンジして失敗した場合と、チャレンジせずに成果を得られなかった場合、どちらが後悔が大きいでしょう。言われてみると当たり前なのですが、告白の成功率は、チャレンジしない場合は0%、した場合は33%です(先のデータから)。
 多くの人は、「失敗したらどうしよう」「フラれたらどうしよう」とチャレンジを躊躇します。しかし、告白しなければ「相手とつき合えない」=「フラれる」と同じ結果になるのです。
 確率0%と33%。どちらを選択するかは、言うまでもありませんね。 ~


 告白すれば、成功するかもしれない。データからは3割くらいの可能性がある。
 告白しなければ、失敗もしないが、100%成功もしない。
 その結果、自分が思いをよせていた人は、別の誰かとつきあうことになる。
 理論的にこれ以上も以下もない。もちろん、どちらを選ぶのも本人の自由だ。
 告白して成功する確率を上げる方法がある。
 告白しない人は、失敗する自分をイメージして踏み出せないだけだと、樺沢先生は言う。


~ そういう人には、告白して「もし成功したらどうしよう」と「成功」のイメージトレーンニングをおすすめします。「最初のデートはどこにいこうか?」「彼女と一緒にディズニーランドに行っちゃう?」「夜はミシュラン星つきの高級フレンチで食事しちゃう?」……。
 こんなふうに「もし成功したらどうしよう」と考えると、ワクワクが止まりません。「それは妄想だ!」と言われるかもしれませんが、妄想でいいのです。こうしたワクワクする瞬間には、ドーパミンが分泌されます。この連載でも何度かお伝えしましたが、ドーパミンは「幸せ」の源、「幸福物質」。ドーパミンが分泌している人は、目がキラキラしていて、「やる気」と「自信」にあふれています。つまり、一緒にいると楽しそう」「一緒にいると幸せになりそう」と相手は思ってくれるのです。(樺山紫苑「読むエナジートーク」週刊FLASH)~


 たとえばスポーツ選手がモテるのは、ドーパミンがぐいぐい出ている状態を目撃されているからなのではないだろうか。会社でばりばり働いている人とかも。
 試合に勝って仲間と肩をたたき合っている姿や、大学に合格してキャンパスを闊歩している様子を思い浮かべると、気分が上がる。難しい問題が解けそうなときの静かな興奮もそれに似ている。
 ドーパミンを出す機会は日常いたるところにありそうだ。
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伝われ(2)

2022年02月14日 | 学年だよりなど
1学年だより「伝われ(2)」


 予定されていた初の武道館ライブは延期となったが、二度の手術を乗り越えて、活動を再開する。 翌2014年、武道館で復活ライブを行った。ナースに抱えられて登場し、そのスカートの中をこっそり覗きこもうとする姿に、場内は爆笑に包まれたという。
 年末には横浜アリーナでの2Daysを開催する。作曲を始めたころの自分と、これからの自分をつなげるライブにしたいと考え、初日は弾き語りになった。


~ あの頃、6畳一間の中のさらに狭い、2畳ほどのサイズまでしか聞こえない小さな小さな音で作った曲を、広大な横浜アリーナで歌う。ピンスポットが自分を照らすと、周りは真っ暗で何も見えなくなった。その瞬間、1万2000人の観客は消え、ひとりぼっちになった。
 あの頃、夜中、寝静まり、音もしない街で何の未来もない自分の無能さに押しつぶされそうになり、眠れず、意味もなく片眼から涙を流し、息苦しくなって掛け布団をゆっくりとはぎ取り身を起こし、傍らにあったギターで真っ暗な中歌を作った、あの瞬間。それが今、歌っているこの瞬間と繋がった。こんなことがあるのかと思った。
 あのとき「誰かに伝われ」と心から飛ばした電波は、幻想でも、ナルシスティックな妄想でもなかった。何年もかけてゆっくりゆっくり飛んでいき、ここにいる大勢の人たちの元に届き、受信されていたのだ。無駄なものだと思っていたあの想いは、ここにちゃんと繋がっていたのだ。 ~


 「ひらめき」という曲を歌いながら、自分が六畳間にいるような感覚に包まれていく。
 自分の歌を聴いてくれる人は、すぐそばにいた。


~「大きいステージでやるライブは本物の音楽ではない」
 「狭いライブハウスでやるものが正義だ」
 自分も昔そう思っていた。だが、それは間違いである。
 音楽、そしてライブにおいての広さや距離というものは、会場のサイズで測られるものではなく、演奏している音楽家と、聴いているお客さんの心の距離の近さによって測られるのだ。
 とても幸福な時間だった。どれだけ会場が大きかろうが、あの2日間、横浜アリーナは最高に狭かった。      (星野源『いのちの車窓から』角川文庫)~


 2015年、4枚目のアルバム『YELLOW DANCER』でCDショップ大賞を受賞、2016年に『星野源のオールナイトニッポン』も始まった。2017年、『逃げると恥だが役に立つ』の主演と主題歌「恋」は社会現象とよばれるほどのヒットとなる。
 幼いころ、一人マイケル・ジャクソンを見つめていた少年が、夢にも見ない未来だ。学校に行けなかった日々、自分は一人だと感じていた高校時代も予想できなかった未来。
 今のみなさんが、10年後、20年後にどうなっているかは、誰にもわからない。
 誰でもない「自分」になれるとしたら、好きなことから逃げないことではないだろうか。
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伝われ

2022年02月10日 | 学年だよりなど
1学年だより「伝われ」


 川口市芝にある小さな一軒家の一室で、テレビに映し出されるマイケル・ジャクソンを一心不乱に見入る小学生がいた。
 小学校でうまく立ち回れず、一人の時間をすごすことが多かったその少年は、マイケルの圧倒的なパフォーマンスの裏側にある寂しさを感じ取ってもいた。
 ダンスも歌も楽曲も、すべてそれまでに聞いた他のどの音楽ともちがう、そしてどこか切なさを感じる。この人は、なんか自分と似ているかもしれないと少年は夢中になった。


~ 初めて自分の歌を作ったのは、たしか14歳だった。
 親からおさがりでもらったガットギターで、古くびろびろに伸びたナイロン弦をそのままに、音の少ない簡単なコードで歌い始めた。技術も歌心もない、それはひどい、もうまったくひどい歌だった。
 高校生になり、カセットテープでアマチュア・レコーディングができる機材を友人から借り、宅録を始めた。親が誕生日に買ってくれた、小さくチープなドラムセットに毛布やタオルケットをかぶせ、音が近所に響かないように録音した。重ねて入れるギターも声も、迷惑にならないほどほどの大きさに。自分の声がとても嫌いだったから、シンガーソングライターになろうなんて考えていなかった。ただの趣味であった。 ~


 自由の森学園を卒業した彼は、一人暮らしを始める。
 六畳一間、風呂無しの安アパート。バイトにはげみ、劇団に入り、夜は作曲した。ギターを弾く音はつつぬけになるため、最小限の音量で作曲する。雨の日だけは、おもいきりギターを弾けた。


~ 夜中、眠れないときはいつも歌を作った。
 詞を書き、作曲しながら、今、これが誰かに届けばいいと思った。
 この、隣の部屋にも聞こえない小さな歌が、ラジオの電波のようにどこかへ飛び、今誰かが受信しているはずだ。そう思い、妙に確信していた。
 でもそれは、若者特有のナルシスティックなどうしようもない願いだとも思っていた。クズであり、敗者であり、1円の価値もなく何者でもない人間の無様な幻想だと思っていた。


 二十歳の時、高校の同級生を誘い、インストゥルメンタルのバンド「SAKEROCK」を結成する。
「何者でもない」人間が、業界に一歩足を踏み入れることになる。バンドのメンバーの一人だった浜野謙太は、今や役者さんとして引っ張りだこだ。
 雑誌の対談で知り合った細野晴臣氏に勧められ、ボーカルでデビューする。ファーストアルバム「ばかのうた」はオリコン最高36位。CDショップ大賞にもノミネートされる。
 2作目のアルバム「エピソード」は、オリコンチャートで5位。一気にメジャーへの階段をかけあがっていくかと思われたが、2012年、くも膜下出血に倒れ、活動休止を余儀なくされた。
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練習問題「利他的行動」

2022年02月09日 | 国語のお勉強
一 次の文章を読み、後の問いに答えよ。

 利他的な行動には、本質的に、「これをしてあげたら相手にとって利になるだろう」という、「私の思い」が含まれています。
 重要なのは、それが「私の思い」で〈 Aしか 〉ないことです。
 思いは思い込みです。そう願うことは自由ですが、相手が実際に同じように思っているかどうかは分からない。「これをしてあげたら相手にとって利になるだろう」が「これをしてあげるんだから相手は喜ぶはずだ」に変わり、さらには「 〈 ① 〉」になるとき、利他の心は、容易に相手を支配することにつながってしまいます。
 つまり、利他の大原則は、「〈 ②自分の行為の結果はコントロールできない 〉」ということなのではないかと思います。やってみて、相手が実際にどう思うかは分からない。分からないけど、それでもやってみる。この不確実性を意識していない利他は、押しつけであり、ひどい場合には暴力になります。
 「自分の行為の結果はコントロールできない」とは、別の言い方をすれば、「見返りは期待できない」ということです。「自分がこれをしてあげるんだから相手は喜ぶはずだ」という押しつけが始まるとき、人は利他を自己犠牲ととらえており、その見返りを相手に求めていることになります。
 私たちのなかにもつい芽生えてしまいがちな、見返りを求める心。先述のハ(注1)リファックスは、〈 B警鐘を鳴らし 〉ます。「自分自身を、他者を助け問題を解決するキュウ〈 Cサイ 〉者と見なすと、気づかぬうちに権力志向、うぬぼれ、自己〈 Dトウ 〉スイへと傾きかねません」(『Compassion』)。
 ア(注2)タリの言う合理的利他主義や、「情けは人のためならず」の発想は、他人に利することがめぐりめぐって自分にかえってくると考える点で、他者の支配につながる危険をはらんでいます。ポイントはおそらく、「めぐりめぐって」というところでしょう。めぐりめぐっていく過程で、私の「思い」が「予測できなさ」に吸収されるならば、むしろそれは他者を支配しないための想像力を用意してくれているようにも思います。
 どうなるか分からないけど、それでもやってみる。ブ(注3)レイディみかこは、コロナ禍の英国ブライトンで彼女が目にした光景について語っています。
 ブレイディによれば、町がロックダウンしているさなか、一人暮らしのお年寄りや〈 E自主隔離 〉に入った人に食料品を届けるネットワークをつくるために、自分の連絡先を書いた手づくりのチラシを自宅の壁に貼ったり、隣人のポストに入れて回ったりしていた人がいたそうです。普通ならば「個人情報が悪用されるのではないか」などとケイ〈 Fカイ 〉するところですが、そうではなく、とりあえずできることをやろうと動き出した人がいた。
 ブレイディは、これは一種のア(注4)ナキズムだと言います。アナキズムというと一切合切破壊するというイメージがありますが、政府などの上からのコントロールが働いていない状況下で、相互扶助のために立ち上がるという側面もある。コロナ禍において、とりあえず自分にできることをしようと立ち上がった人は、日本においても多かったように思います。
 レ(注5)ベッカ・ソルニットの「災害ユートピア」という言葉があります。これは、地震や洪水など危機に見舞われた状況のなかで、人々が利己的になるどころか、むしろ〈 ③見知らぬ人のために行動するユートピア的な状況 〉を指した言葉です。
 このようなことが起こるひとつのポイントは、非常時の混乱した状況のなかで、平常時のシステムが機能不全になり、さらに状況が刻々と変化するなかで、自分の行為の結果が予測できなくなることにあるのではないかと思います。どうなるか分からないけど、それでもやってみる。混乱のなかでこそ純粋な利他が生まれるようにみえる背景には、この「読めなさ」がありそうです。
 他方で平常時は、こうした災害時に比べると、行為の結果が予測しやすいものになります。少なくとも、平時の私たちは、自分の行為の結果は予測できるという前提で生きています。
 でも、だからこそ「こうだろう」が「こうであるはずだ」に変わりやすい。実際には相手は別のことを思っているかもしれないし、いまは相手のためになっていても、一〇年後、二〇年後にはそうではないかもしれない。
 にもかかわらず、どうしても私たちは「予測できる」という前提で相手と関わってしまいがちです。「思い」が「支配」になりやすいのです。利他的な行動をとるときには、とくにそのことに気をつける必要があります。
 〈 ④そのため 〉にできることは、相手の言葉や反応に対して、真摯に耳を傾け、「聞く」こと以外にないでしょう。知ったつもりにならないこと。自分との違いを意識すること。〈 ⑤利他とは、私たちが思うよりも、もっとずっと受け身なことなのかもしれません 〉。
 さきほど、信頼は、相手が想定外の行動をとるかもしれないという前提に立っている、と指摘しました。「聞く」とは、この想定できていなかった相手の行動が秘めている、積極的な可能性を引き出すことでもあります。「思っていたのと違った」ではなく「そんなやり方もあるのか」と、むしろこちらの評価軸がずれるような経験。
 他者の〈 G潜在 〉的な可能性に耳を傾けることである、という意味で、利他の本質は他者をケアすることなのではないか、と私は考えています。
 ただし、この場合のケアとは、必ずしも「介助」や「介護」のような特殊な行為である必要はありません。むしろ、「こちらには見えていない部分がこの人にはあるんだ」という距離と敬意を持って他者を気づかうこと、という意味でのケアです。耳を傾け、そして拾うことです。
 ケアが他者への気づかいであるかぎり、そこは必ず、意外性があります。自分の計画どおりに進む利他は押しつけに傾きがちですが、ケアとしての利他は、大小さまざまなよき計画外の出来事へと開かれている。この意味で、よき利他には、必ずこの「他者の発見」があります。
 さらに考えを進めてみるならば、よき利他には必ず「自分が変わること」が含まれている、ということになるでしょう。相手と関わる前と関わった後で自分がまったく変わっていなければ、その利他は一方的である可能性が高い。〈 ⑥「他者の発見」は「自分の変化」の裏返しにほかなりません 〉。
 利他についてこのように考えていくと、ひとつのイメージがうかびます。それは、〈 ⑦利他とは「うつわ」のようなものではないか 〉、ということです。相手のために何かをしているときであっても、自分で立てた計画に固執せず、常に相手が入り込めるような余白を持っていること。それは同時に、自分が変わる可能性としての余白でもあるでしょう。この何もない余白が利他であるとするならば、それはまさにさまざまな料理や品物をうけとめ、その可能性を引き出すうつわのようです。
 哲学者の鷲田清一は、患者の話をただ聞くだけで、解釈を行わない治療法を例にあげて、ケアというのは、「なんのために?」という問いが失効するところでなされるものだ、と主張しています。他者を意味の外につれだして、目的も必要もないところで、ただ相手を「享(う)ける」ことがケアなのだ、と言うのです。

  他人へのケアといういとなみは、まさにこのように意味の外でおこなわれるものであるはずだ。ある効果を求めてなされるのではなく、「なんのために?」という問いが失効するところで、ケアはなされる。こういうひとだから、あるいはこういう目的や必要があって、といった条件つきで世話をしてもらうのではなくて、条件なしに、あなたがいるからという、ただそれだけの理由で享ける世話、それがケアなのではないだろうか。(『「聴く」ことの力』)

 〈 ⑧つくり手の思いが過剰にあらわれているうつわ 〉ほど、まずいものはありません。特定の目的や必要があらかじめ決められているケアが「押しつけの利他」でしかないように、条件にあったものしか「享け」ないものは、うつわではない。「いる」が肯定されるためには、その条件から外れるものを否定しない、意味から自由な余白が、スペースが必要です。 
                                   (伊藤亜紗「『うつわ』的利他――ケアの現場から」)

注1 ジョアン・ハリファックス……一九四二年生まれ、アメリカの人類学者・僧侶。
 2 ジャック・アタリ……一九四三年生まれ、フランスの経済学者・思想家。
 3 ブレイディみかこ……一九六五年生まれ、福岡県出身、イギリス在住の作家・保育士。
 4 アナキズム……政治的・社会的権力を否定して、個人の自由と独立を望む考え方。無政府主義。 
5 レベッカ・ソルニット……一九六一年生まれ、アメリカの作家。

問1 二重傍線部Aと同じ種類の助詞に該当するものを選べ。
 ア 駅から歩いて十五分くらいだ。
 イ そろそろ出発しようか。
 ウ 町に出ると、人があふれていた。
 エ イベントには一万人も集まった。

問2 二重傍線部Bの意味として最も適当なものを選べ。
 ア 注意を喚起する  イ 欠点を指摘する  ウ 危険を察知する  エ 世間に知らしめる

問3 二重傍線部C・D・Fと同じ漢字を書くものをそれぞれ選べ。

C「キュウサイ」
 ア ヘンサイが滞っている   イ 昆虫サイシュウに行く
 ウ サイバン所に訴え出た    エ シザイをなげうった

D「トウスイ」
 ア トトウを組むのはよくない   イ 不法トウキを監視していた
 ウ 定年後はトウゲイを楽しむ   エ 心のカットウを乗り越える

F「ケイカイ」
 ア カイの公式が思い出せない   イ 知人をカイして依頼された
 ウ 厳しいカイリツがあるようだ  エ 病気はカイホウに向かっている

問4 二重傍線部Eと同じ構成でできている四字熟語を選べ。
 ア 権力志向   イ 一切合切   ウ 相互扶助   エ 機能不全

問5 二重傍線部Gの対義語として最も適当なものを選べ。
 ア 混在     イ 顕在     ウ 偏在     エ 自在

問6 空欄①を補う言葉として最も適当なものを選べ。
 ア 相手は喜ぶにちがいない
 イ 相手を喜ばせたい
 ウ 相手は喜ぶべきだ
 エ 相手が喜ぶとはかぎらない

問7 傍線部②とは、どういうことか。最も適当なものを選べ。
 ア 自分の行為を相手がどう受け止めてくれるのかを意識しすぎると、自分の感情がコントロールできなくなってしまうということ。
 イ 自分の行為に対して相手から何らかの見返りがあるかどうかについては、多くの場合において予測するのが難しいということ。
 ウ 純粋に相手のことだけを思った行為のつもりであっても、見返りを求める気持ちが自然に芽生えることを抑えるのは難しいということ。
 エ 相手のためを思ってした行為であっても、それによって相手が喜ぶ結果になるかどうかについては、自分で制御できるものではないということ。

問8 傍線部③とあるが、そのような状況はなぜ生まれたのか。最も適当なものを選べ。
 ア 大きな自然災害に見舞われたとき、政府や自治体の支援を待っていたのでは自分たちの生命さえ脅かされかねないため、平常時とは全く異なる支援のシステムが自然発生するから。
 イ 大きな災害が起きると、日常における人間関係や社会的地位が何の意味も持たなくなり、人として平等な存在同士として新たな関係性を作ることが可能になるから。
 ウ 災害という状況下においては、自分の行為がどういう結果をもたらすかについて全く予測が立たないため、困難に陥っている人を目の前にしたときに、人は後先を考えずに行動するから。
 エ 平常時のシステムがまったく機能しなくなった非常事態におかれ、将来の生活の見通しが全く立たない状況のなかで、ふだんは夢物語にすぎなかった理想的な共同体が出現するから。

問9 傍線部とあるが、何のためか。最も適当なものを選べ。
 ア 利他的な行動をとるため
 イ 自分の「思い」が「支配」にならないようにするため
 ウ 相手の気持ちを十分に予測するため
 エ 自分の「思い」が伝わるようにするため

問10 傍線部⑤には、どのような思いが込められているか、最も適当なものを選べ。
 ア「利他」の本質を理解すればするほど、他者からの承認を受け入れている自分を感じることができ、受け身でいられること自体に喜びを感じるはずだという確信。
 イ「利他」とは、本来は他人のために何かをするという能動的な行為を表す言葉だが、むしろ受け身的にこの言葉をとらえる必要があるのではないかという気づき。
 ウ 他人に何かを「してあげる」のではなく、「させていただく」という受け身の姿勢になることで、本当の「利他」を実践できる自分に変われるのではないかという期待。
 エ 自分の「利他」の行為は、相手が心から受け入れてくれることによってはじめて利他的ふるまいと認められるのだから、相手への感謝を失ってはならないという戒め。

問11 傍線部⑥とあるが、なぜそう言えるのか、最も適当なものを選べ。
 ア 相手の予想外の行動に接し、純粋にそれを受け入れながら相手の思いに気づくことで、自分の中に新しいものの見方の基準がもたらされるから。
 イ 相手の潜在的な希望に気づくという自分の変化は、自分の発見であり、たんなるお仕着せではない他人への行動がそこにあったことになるから。
 ウ それまで外に現れていなかった他者の意外な願いに気づいてしまうと、それまでと全く異なる自分として接したくなるということ。
 エ 相手が意図的に表に出さないようにしていた本当の願いを見抜くことで、真に利他と言える境地に達することができるから。

問12 傍線部⑦と述べるのはなぜか、最も適当なものを選べ。
 ア 意外性にあふれる他者の行為をすべて受け入れようとするケアとしての利他は、どんなものを乗せても大きな余白を感じられる「うつわ」の存在感に通じるものがあると考えたから。
 イ 十分に他者の意見を聞き受け入れながら、ケアとしての利他を計画的に推し進めることにより、人としての「うつわ」の大きさを周囲にアピールすることができるはずだから。
 ウ 自分の思いとは無関係に相手の存在そのものを受け入れようとするケアとしての利他は、どんな料理や品物も受けとめ引き立てようとする「うつわ」に似ていると感じられるから。
 エ ケアとして利他に関わることで自分に変化がもたらされるならば、「うつわ」に乗せられた様々な料理や品物にこめられた作り手の思いを実感できる存在になれると考えるから。



問1 エ   問2 ア   問3 C ア  D ウ  F ウ
問4 ウ   問5 イ   問6 ウ   問7 エ   問8 ウ
問9 イ   問10 イ   問11 ア   問12 ウ

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アクション

2022年02月08日 | 学年だよりなど
1学年だより「アクション」


 自分が本当にやりたいことは何か、自分は何を目指したいのか、そもそも自分とはどんな人間なのか……。人は、とくに若者は、時折このような「問い」にとらわれる。
 大人は言う。「しっかり自分で考えよ」「自分を見つめよ」「自分らしく生きよ」と。
 その言葉を素直に信じて自分を見つめた若者は、なかなか見つからずにいらだち始める。
 しっかり見つめれば見つめるほど、自分がいかに空疎であるかに気づいてしまうからだ。
 しかし、そういうものだ。
 それほどたいそうな自分を、みんながみんな持っているわけではない。
 たしかな志がまずあって、それに従って生きているわけではない。
 何かをやり始めて、たまたまそれが結果につながる。
 トップアスリート、トップミュージシャンとよばれる人たちも、多くはそうではないだろうか。
 ジャンプの小林陵侑選手は、たまたま雪国に生まれ、スキーをはじめた。中学時代にすでに日本一になる才能をもっていたが、5歳の段階で「金メダルをとる」と目標を立ててはいないだろう。
 ショパンコンクール2位の反田恭平さんは、幼い頃はサッカー少年だった。骨折をしてサッカー選手になる夢をあきらめてから、本格的にピアノのレッスンをはじめたという。


~ フランスの哲学者アランは名言を遺している。
「幸福だから笑うのではない。笑うから幸福なのだ」
 そのとおりだと思う。アクションから本質が生まれる。本質はあくまでも事後的に発生するものであって、本質という抽象はそれ単独で先行的に存在するものではない。~


 たまたま自分のそばにあったもの、他人にすすめられたことが、その後の人生を決める。


~ ぼくは中学生時代、プログラミングに夢中になった。よくわからないまま手さぐりでパソコンを使っているうちに、多彩な処理システムを構築できるプログラミングの魅力にどんどんのめり込んでいった。それがやがてビジネスにつながり、ぼくはそのビジネスでさらに成功を収めるべく野心をたぎらせていった。
 要するに今日にいたるぼくのキャリアは、プログラミングとの出合いがすべてだ。プログラミングに出合わなければ、それはそれでまたまったく別のキャリアを描いていただろう。
 あらかじめ目指すキャリアがあって、プログラミングに足を踏み入れたわけではないのだ。まずアクションがあって、結果的にキャリアがある。
アクションを起こさなければ、なにもはじまらない。 (堀江貴文『最大化の超習慣』徳間書店)~


 やりたいことをみつけた人とは、何かをやってみた人だ。
 夢を叶えた人は、たまたま始めたそのことに、とりあえずのめり込んだ人だ。
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