「である」ことと「する」こと 第四段落 ⑬~⑰
「する」社会・「する」論理への移行
⑬ 「である」論理から「する」論理への推移は、必ずしも人々がある朝目覚めて突如ものの考え方を変えた結果ではありません。〈 これ 〉は、生産力が高まり、交通が発展して社会関係が複雑多様になるにしたがって、家柄とか同族とかいった素性に基づく人間関係に代わって、何かをする目的で――その目的の限りで取り結ぶ関係や制度の比重が増してゆくという社会過程の一つの側面にほかならないのです。近代社会を特徴づける社会学者のいわゆる〈 機能集団 〉――会社・政党・組合・教育団体など――の組織は本来的に「『する』こと」の原理に基づいています。そうした団体の存在理由が、そもそもある特定の目的活動を離れては考えられないし、団体内部の地位や職能の分化も仕事の必要から生まれたものであるからです。封建社会の君主と違って、会社の上役や団体のリーダーの「偉さ」は上役であることから発するものでなくて、どこまでも彼の業績が価値を判定する基準となるわけです。
⑭ 武士は行住坐臥常に武士であり、またあらねばならない。しかし〈 会社の課長はそうではない 〉。彼の下役との関係はまるごとの人間関係でなく、仕事という側面についての上下関係だけであるはずです。アメリカ映画などで、勤務時間が終わった瞬間に社長と社員あるいはタイピストとの命令服従関係が普通の市民関係に一変する光景がしばしば見られますが、これも「『する』こと」に基づく上下関係からすれば当然の事理にすぎないのです。もし日本で必ずしもこういう関係が成立してないとするならば、――仕事以外の娯楽や家庭の交際にまで会社の「間柄」がつきまとうとするならば――〈 職能関係がそれだけ「身分」的になっている 〉わけだと言えましょう。
⑮ こういう例でおわかりになりますように、「する」社会と「する」論理への移行は、具体的な歴史的発展の過程では、すべての領域に同じテンポで進行するのでもなければ、またそうした社会関係の変化がいわば自動的に人々のものの考え方なり、価値意識を変えてゆくものでもありません。そういう〈 領域による落差 〉、また、同じ領域での組織の論理と、その組織を現実に動かしている人々のモラルの食い違いということからして、同じ近代社会といってもさまざまのバリエーションが生まれてくるわけです。
⑯ たとえば一般的に言って経済の領域では、「である」組織から「する社会」組織へ、「属性」の価値から「機能」の価値への変化が最も早く現れ、また最も深く浸透します。封建的土地所有から「資本」の所有へという巨大な変化にそれが現れていることは言うまでもないでしょう。同じ資本主義でも、それが高度になると所有と経営の機能的な分離と言われている傾向が出てきます。株主であること、資本の所有者であることと、経営をすることとは必ずしも一致しなくなる。サラリーマン重役という言葉は、日本の場合にはまた特殊の意味合いを持っていますが、一般に高度の資本主義の下では経営者はすべてサラリーマンであって、トップ・マネジメントということがますます独立した仕事になってきます。無能な金持ちということはあまり問題にならないが、有能な経営者を得るかどうかということは企業にとって死活の問題になります。ところが、ここで厄介な問題があります。それは〈 政治の領域では経済に比べて「する」論理と「する」価値の浸透が遅れがち 〉だということです。
⑰ 政治の世界では、政治において「する」原理を適用するならば、それは〈 指導者の側 〉について言えば、人民と社会に不断にサービスを提供する用意であり、人民の側からは指導者の権力乱用を常に監視し、その業績をたえずテストする姿勢を整えているということになるわけです。私たちの国の政治がどこまで民主化されているかを、制度の建て前が民主主義であるということからでなしに、〈 右のような基準 〉で測ってみたらどうでしょうか。現在何に貢献しているか、いかに有効に仕事をしているかに関わりなく、ただコネとか資金の関係で、または長く支配的地位についていたとか、過去に功績があったとかいうことで、政治的ポストを保っている指導者が大は一国の政治家から、小は村のボスまで、〈 どんなにうようよ(傍点)していることか 〉。派閥とか〈 情実 〉の〈 横行 〉ということも、つまりは「『する』こと」の必要に応じて随時に人間関係が結ばれ解かれる代わりに、特殊な人間関係それ自体が価値化されるところから発生してくるものなのです。
Q23「これ」の指す内容を抜き出せ。
A23「である」論理から「する」論理への推移
Q24「機能集団」とは端的に言って何のためにつくられている集団のことか。9字で抜き出せ。
A24 ある特定の目的活動
Q25「会社の課長はそうではない」とあるが、「武士」と「会社の課長」の違いは何か、60字以内で説明せよ。
A25 武士はいついかなる時も武士としてと振る舞うことが求められる身分だが、
会社の課長は仕事中に限っての地位であるということ。
Q26 「職能関係がそれだけ『身分』的になっている」とはどういうことか。50字以内で説明せよ。
A26 本来何かを「する」目的で結ばれた上下関係が、
その目的以外の場面においてもつきまとっていること。
Q27「職能関係がそれだけ『身分』的になっている」組織は、筆者の言葉で言えばどういう組織と表現できるか。6字で答えよ。
A27 非近代的組織
Q28「領域による落差」とあるが、何の「落差」か。30字以内で記せ。
A28「する」社会・「する」論理への移行の速さや浸透度の違い。
Q29「政治の領域では経済に比べて「する」論理と「する」価値の浸透が遅れがち」とあるが、その結果どういう問題が生じているのか。20字以内で抜き出せ。
A29 特殊な人間関係それ自体が価値化される
Q30「指導者の側」とあるが「「する」原理」に基づくなら、指導者はどういう基準で選ばれるべきだというのか。26字で抜き出せ。
A30 現在何に貢献しているか、いかに有効に仕事をしているか
Q31「右のような基準」とはどのような基準か。
A31 政治的な判断が必要な場面で、
指導者及び人民がともに、「する原理」に基づいているいるかどうかの基準。
Q32「どんなにうようよ(傍点)していることか」という表現について説明せよ。
A32 日本の民主主義が建前だけの状態にあることについて、
指導者側の人々の行状に対する苛立ちと不快感が表明されている。
Q33 「情実」の意味を記せ。
A33 個人的な利害・感情に基づく不公平な取扱い。
Q34 「横行」のこの文章中の意味を記せ。
A34 悪事でありながら盛んに行われること
「行住座臥」 … 日常の立ち居振る舞いのこと。つねづね。ふだん。
「である」論理から「する」論理への推移
生産力の高まり・交通の発展→社会関係の複雑多様化
↓
何かをする目的の「限り」で取り結ぶ関係や制度
∥
機能集団(会社・政党・組合・教育団体etc) … 「『する』こと」の原理に基く
↓
会社の上役や団体のリーダーの「偉さ」
上役「である」ことからではなく
彼の業績が → 価値を判定する基準となる
⑭武士 … 行住坐臥常に武士
↑
↓
会社の課長 … 仕事という側面についての上下関係
∥
「『する』こと」に基づく上下関係
⑮「する」社会と「する」論理への移行 … 領域によって差がある
⑯ 経済の領域
「である」組織 「属性」の価値
↓ ↓
「する社会」組織 「機能」の価値
∥
封建的土地所有 領主―農奴
↓
「資本」の所有 資本家―労働者
↓
所有と経営の機能的な分離 株主―経営者―会社員
⑰ 政治の世界
現在何に貢献しているか、いかに有効に仕事をしているか
↑
↓
コネ・資金
長く支配的地位 政治的ポストを保つ指導者 → うようよ(傍点)
過去に功績があった
↓
派閥・情実の横行
∥
特殊な人間関係→それ自体が価値化
↑
↓
「『する』こと」の必要性→人間関係が結ばれ解かれる