がじゅまるの樹の下で。

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創作琉球小説「月下に語る」 3/4

2010年12月30日 |   …… 「月下に語る」


 

「月下に語る」(3/4)  予告編  はじめに  1/4  2/4
原案/和々  著者/シルフ+和々

 

◆ 五

――――なぜ俺は、こんなところまで…。…読谷山まで……。
下弦の月の明かりがひとり行く賢雄を照らす。
涼やかな虫の鳴き声が聞えてくる穏やかな夜だった。
眠れぬ夜に嫌気が差し、賢雄は結論の出ない疎ましい自己の思いと胸のざわめきを振り払うかのように、
人里を離れ、あてもなくひたすら歩いていた。
――――今だ定かでない阿麻和利按司の幻を追って…。なぜ、俺は…。
「………。」
例の胸のざわめきが、読谷山へ向かえと言っているような気がした。
―――俺は、このざわめきに従っているのだろう。無視しようとすればできるものだ。
…だができない。従わなくてはならないような気がする。
―――もしや……護佐丸公が呼んでいる?
「まさか。」
思わずつぶやく。
―――あの方は死んだのだ。
阿麻和利按司と、俺の仕掛けた戦……いや、実質的には“俺の仕掛けた”戦のせいで。
だが、一度そう考えるとだんだんそう思えてくる。
もしそうだとしても、なぜ俺をここに?
あの方にとって、俺は、まさに自身の死の原因ではないか。
そのような者を何故、自分の生まれ島に呼ぶのだ。
――――……仇を?
自分の思考にハッとし、我に返るといつの間にか広い平野に出ていた。
後に俎畑(マルチャバタキ)と呼ばれるこの場所は、作物ができない地質なのか、
農耕されている形跡はなく草が自然のままに伸びた荒れた土地だった。
賢雄がふぅ、とため息をつき、来た道を戻ろうとした時だった。
「……?」
向こうに人影が見えた。
月の淡い光の中だったが、確かにはっきりと。
どこか見覚えのある、その影の形。
「―――まさか……。」



◆ 六

賢雄は息を殺してその人影を見据える。
疑いは次第に確信へと変わっていった。月明かりに浮かぶ、見慣れた後ろ姿。
「……―――!」
思わず賢雄は我が身を隠そうと後ずさった。が、その反動で静かな空間に、がさりと草が割れる音が響いた。
その音に、人影が振り返る。
しばしの沈黙の後、人影の正体―――阿麻和利は声を発した。
「―――…賢雄…、大城…賢雄か…?」
その声に賢雄がハッと顔を上げる。
瞬間、阿麻和利と賢雄、二人の視線が絡み合う。
「…本当に……阿麻和利按司なのか…?」
幻ではないのか。賢雄は自分の名を呼ぶその声に、驚きを隠せなかった。
しかし、その実態は確かなものであり、阿麻和利按司の体には身に覚えのある傷――そう、勝連で賢雄が負わせた傷に他ならない――も見ることができた。
阿麻和利も一瞬驚いた顔で賢雄を見据えていたが、すぐに緊張を緩ませ自嘲気味に笑った。
「はは…。よりによって護佐丸公の故郷で再会するとは。…なんという運命の悪戯よ。
…いや、さては護佐丸公が我らを呼び寄せたのであろうか。」
お前もそうは思わぬか?と親しげな顔を賢雄に向けた。その顔に、敵に再会した緊張感や殺気は一片もなかった。
「やはり…生きていたか、阿麻和利按司…。」
賢雄は自分を今一度納得させるようにつぶやいた。
自分の勘は正しかったのだ。胸のざわめきが一層大きくなる。
と、その時。
草むらの向こうから物音がした。賢雄は目でその音の方向を追う。
そこには愕然とした表情をした津堅が立っていた。
人目を忍んで調達してきたであろう作物を抱えていた。
「…おぬしは……確か、津堅とか言ったか。」
百十踏揚の守役として共に勝連グスクで過ごしたとき、何度か顔を合わせたことがある。
親しく会話を交わすほどではなかったが、阿麻和利の側近の一人として見覚えがあった。
津堅は返事もせず賢雄を睨んだ。
「…なるほど。こやつのお陰で、傷を負いながらも勝連から逃げおおせたのか。」
そう言った時だった。
津堅は剣を抜き、問答無用で賢雄に向かって駆け出した。
否、駆け出そうとした。
「――――おのれ賢…!」
「来るなっ!!!!」
阿摩和利の剣幕に、津堅は思わず足を止めた。
「頼む。来ないでくれ、津堅。」
「阿麻和利様…!」
虫の声がぴたりとやみ、静寂が辺りを包んだ。
三人の間を吹き抜ける一陣の風。
阿麻和利は、津堅がとどまったことを見届けると賢雄に向き直って話しかけた。
「賢雄。頼みがある。」
「頼み?」
「……私を、斬れ。」
「「!?」」
賢雄と津堅は同時に驚きをあらわにした。
「阿麻和利様!?なにをっ!?」
「……どういう意味だ?」
真意を測りかねた賢雄は阿麻和利に尋ね返す。
阿麻和利はしっかり賢雄を見据え、落ち着いた口調で言った 。
「―――私はもう長くはない。お前につけられたこの傷が、思いのほか深くてな。……剣を振り回すことはおろか、立って歩くこともままならぬ。
…今だに生きているのが不思議なくらいだ。」
さすがは鬼大城よ、と阿麻和利は苦笑いした。
「追っ手の兵や密偵ではなくお前がひとりで現れたところを見ると、私は勝連で死んだことになっているのだろう。
……しかし、王命に忠実なお前のことだ。生死があいまいなままにするはずはないと思っていたことだ。
お前とて、わたしの生死を確かめて殺しにきたんだろう?」
―――違う!
ざわり。
賢雄の胸のざわめきが高まる。
―――確かに俺は阿麻和利按司を探して、胸のざわめきのままここ読谷山まで来た。
しかし、阿麻和利按司の生死を確かめて殺すためではないのだ。
では、なんのためだ。
護佐丸公が俺をここ、読谷山に呼んでいると感じたのは、……俺と阿麻和利按司とを再会させたのは、一体、なんのためだ!
「さあ、何をためらうことがある。わたしに刃向かう力はもうない。」
「―――だとしても!!」
賢雄は阿麻和利に噛み付くように声を荒げた。
賢雄はやっと気づいたのだ。この胸のざわめきの理由を。
私情を殺した王の忠僕としてではなく、一人の人間、一人の男としての本当の気持ちを。
―――俺はこの男に、生きていて欲しかったのだ。この肝高き、強き男に…!!

「阿麻和利様!!」
耐えかねて津堅が口を挟む。
「死んではならぬと、天がその命を取るまでは生きろと!!そうおっしゃったのは阿麻和利様ではありませんか!!」
動揺を隠せない津堅に、阿麻和利は諭すように語りかけた。
「―――津堅。遠く離れた、それも護佐丸公の故郷である読谷山で賢雄と再会した。それこそがもう天命なのだ。
…天にいる護佐丸公が、按司としてけじめをつけろと、そうおっしゃっているに違いない。
わたしはやはり、按司として死なねばならぬ。」
「……っ!」
「賢雄。わたしはここで降伏しよう。このままのたれ死ぬよりも、今一度、鬼大城と名高いお前に斬られ死ぬほうが按司として名誉というものだ。」
「――しかし!踏揚様は……百十踏揚様は!!」
津堅はなおも食い下がる。
賢雄も津堅に同意して言葉を重ねる。
「……津堅の言うとおりだ。踏揚様のことはいいのか。」
踏揚と言われ、一瞬、阿麻和利の顔に哀愁の色が浮かんだ。
「……あの夜。…私は誓ったのだ。
護佐丸公の遺体を目にした時。中城の戦から戻ったわたしに恨み言一つ言わず必死に悲しみに耐えている踏揚の姿を見たあの時…。」
「戦を避けるためにも力がおよばず、護佐丸公を見殺しにした。
また、お前のようにゆるぎない信念を持って王命を遂行することさえもできなかった。
わたしはどちらも成し遂げられなかった中途半端な人間だ。それ故に踏揚に辛い思いをさせた。
この罪は、私が踏揚のそばにいて、踏揚を、私の一生をかけ、守りきることで償おうと…。」
津堅も賢雄も何も答えることができず、ただじっと阿麻和利を見つめていた。
「……だが……。首里で…踏揚を自ら手放した時から、それももう……叶わぬことだ。」
阿麻和利は遠い目をして首里の方角に目をやった。
脳裏には炎の中泣き叫ぶ踏揚の姿が浮かんでいた。
阿麻和利はしばしの沈黙の後、賢雄に向き直って静かに言った。
「……だから賢雄。…私は、お前に踏場を託したいのだ。」
「―――…!」
驚きに目を見開く賢雄を見て、阿麻和利はふっと笑った。
「先の中城戦に加えてこのたびの勝連戦。お前は総大将として立派に王命を果たしたではないか。」
阿麻和利は自分の刀を腰から引き抜き、賢雄に向かって差し出すように持ち上げた。
「今、わたしを確かに討ち取り、その証としてこの刀を持ち帰れ。
この阿麻和利の刀こそが、まことに阿麻和利を討ち取った証としてお前の地位は更に高くなろう。
己の地位を高くし、踏場の近くで、踏場を守って欲しい。そのためにも、わたしを斬り、わたしの刀を持て。
―――これが勝連按司としてのけじめでもあり、護佐丸公や踏揚に対する最後の償いでもあるのだ。」 

「……本気なのか?阿麻和利按司。」
「ああ。」
落ち着いた様子を見せている阿麻和利に対し、賢雄はまだ気持ちの整理がつかないような複雑な表情をしていた。
同じ武将どうし、阿麻和利の言いたいことは頭で理解できても、心で踏ん切りがつかないというところだろうか。
賢雄は自分の気持ちを整理すべく、目を閉じ、黙想した。
阿麻和利按司に生きていて欲しいと願う、一人の人間としての情を自覚したとたん、その命を獲ることを求められた。
人間としての情を通したいと願いながらも、結局はそれを押し殺さざるを得ない。これも武将としての性なのか―――……。
私情を自覚した上で、武将として生きる覚悟が求められた。
私情を殺して武将として生きるよりも、なんと辛いことか。
護佐丸公が俺に伝えたかったのはこれなのか。
按司として、武将として、そして一人の人間として大きな存在であった護佐丸公。
ここ読谷山で二人を引き合わせたのは、やはり護佐丸公によるものだったのだ。
阿麻和利には按司としてのけじめを、
賢雄には武将としての性を―――……。

「…相分かった……。」
長い瞑目の後、賢雄は覚悟を決めて目を開いた。
「……よし。…これでこそ、琉球一の武将、鬼大城だ。」
阿麻和利は満足そうに頷いた。
「阿麻和利様!」
津堅が刀を投げ捨てて阿麻和利に駆け寄った。
―――ああ、阿麻和利様は、本当に、死ぬおつもりだ。
顔こそ穏やかなものの、その目から、意志の強さがうかがい知れた。
「……津堅。」
阿麻和利は津堅の頭に手を置き、穏やかに言った。
「お前は、私にとって一番の従者だ。お前ならきっとどのようなところでもやっていける。」
「嫌です。言わないで下さい…っ、そんな、今の際みたいなこと!!」
阿麻和利の着物を握り締め、諦めきれぬように阿麻和利の体を揺さぶった。
「言ったであろう、お前も武士の端くれなら覚悟を決めろ…!」
叱責するような阿麻和利の声に、津堅はハッとして身を引いた。 
…が、阿麻和利はすぐに優しい笑みを浮かべると津堅を見つめ最期の言葉を伝えた。
「今までありがとう。達者で暮らせ。」
 そして阿摩和利は、賢雄殿に背を向けて座った。
「さあ、斬れ。」
「………津堅。下がっておれ。」
賢雄はすらりと刀を抜いた。
「賢雄殿!!」
「……では、よろしいか。」
 阿摩和利は、ははっと笑った。
「なぜお前がそんなに辛そうな顔をする。」
「……しておらぬ。」
短く答えたその声は、心なしか潤んで聞こえた。
「後ろを向いていても、気配でわかるぞ。」
賢雄。と阿麻和利は呼びかけた。
「踏場を、頼んだぞ。」
「承知……っ!」
そう言うと、賢雄は刀を上に振り上げた。
刀に月明かりが反射する。
「―――ああ。」
阿麻和利は穏やかな顔で、その眼(まなこ)に月を映す。
「真に、……いい月だ。」

シュッ

刀が、振り落とされた。

 

4/4につづく

 

 

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創作琉球小説「月下に語る」 2/4

2010年12月30日 |   …… 「月下に語る」

 

「月下に語る」(2/4)  予告編  はじめに  1/4 
原案/和々  著者/シルフ+和々

 

◆ 三

勝連グスクを焼き尽くした炎がやっと鎮火し、賢雄が再び上グスクに登ったのは丸一日たった後だった。
上グスクはもちろんのこと、そこから見下ろす下グスク、城下もすっかり瓦礫の山と化し、見るも無残な有様だった。
まだ戦の激しさが生々しく残る中、首里軍による戦後処理が行われていた。
「賢雄様」
指揮を執る賢雄に、部下が報告にやってきた。
「ご指示の通り、阿麻和利按司の遺体を捜しましたが、それらしきものは見当たりませんでした」
「……そうか。―――…やはり…。」
思案顔でつぶやいた賢雄に部下は言葉を重ねた。
「賢雄様は、阿麻和利按司が生きているとお考えで?」
「……。」
賢雄は肯定も否定もできなかった。
「しかし、あれだけの業火。阿麻和利按司の遺体が燃え尽きてしまったとしても不思議ではありません。
それに、例え生きていたとしてもあの状況から逃れられたとはとても…。
万が一に奇跡的に逃れられたとしても、阿麻和利按司は賢雄様から太刀をその身に受け深手を負っているのですから、先もそう長くはないはずです。
賢雄様のご心配には及びません。」
「―――うむ。確かに、お前の言うとおりだ。…ご苦労だった。」
部下は「は。」と、頭を下げ持ち場へ戻っていった。
その後ろ姿を見送って、改めて昨日阿麻和利按司と剣を交えた場所を見つめる。
紙一重の差で相討ちを避け阿麻和利按司の体を貫いた手ごたえ、地に伏した阿麻和利按司、直後の大爆発、天高くそびえる上グスク。
――――なぜ俺は……。だが、これは勘なのか。言葉では言い表せない何かで、阿麻和利按司がまだどこかで生きているような気がするのだ…。
しかし、いったい、どこへ。

ふと、向こう側から話し声が聞こえてきた。
「そう言えば、百十踏揚様はまだ床に伏せっているらしい。」
「誰ともしゃべらず、食事も摂らずにいると聞いたが……。」
「祖父であられる護佐丸殿や夫婦として過ごした阿麻和利按司が反逆者として立て続けに殺されたのだ。無理もない。」
「早く元気になって下さればよいが…。」

阿麻和利に嫁いだ、現琉球国王・尚泰久の娘、百十踏揚。彼女は護佐丸の孫でもあった。
護佐丸公―――かの琉球統一の偉業を成し遂げた英雄・尚巴志から始まる代々の王に仕え、
琉球一の武将・中城按司としてその名をとどろかせていた按司の中の按司。
その護佐丸を討伐せよとの命令が阿麻和利と賢雄に下されたのは、このたびの勝連の戦よりそう前のことではなかった。

                              *

――――「護佐丸が謀反を企てているゆえ、討伐せよ」
国王・尚泰久からそのように王命が下されたとき、阿麻和利も賢雄もさすがに耳を疑った。
阿麻和利は、百十踏揚との婚姻を通して護佐丸とは親類関係で結ばれていた。
そして、大城賢雄も元をただせば護佐丸と祖を同じくする一族縁者であった。
二人にとって護佐丸はいわば身内であり、また武将として、按司として尊敬していた人物だった。
――――しかし、王命には逆らえない。
特に賢雄の、尚泰久王に対する忠誠心はゆるぎないものがあった。
尚泰久が王となる前、越来城主であった頃からの仕えているただ一人の君主だ。
尚泰久は賢雄の武将としての能力を高く買って重用してくれた。六代目の王となり首里に登るときも共に首里へと連れ立ってくれた。
その恩を忘れることができようか。 
護佐丸が自分にとってどんな人物であろうと、君主の命令を受ければすぐに心は無になった。

しかし、阿麻和利は違ったのだ。
「護佐丸に謀反の疑いあり」との王府の判断に疑問を持ち、その真相を調べるべく密かに護佐丸と直談判しようとした。
しかし中城にはすでに首里の密偵が送り込まれており、今や「謀反人」とされている護佐丸と会うことは思うように進まなかった。
そうこうしているうちに、時が迫ってきたのだった。
戦の日取りや軍備などは王の側近である金丸から十分な根回しがされていた。
阿麻和利は王の義理の息子として、何もしないわけにはいかなかった。
最後の策として、戦に見せかけたそのただ中で直談判に持ち込むか。
そのため、阿麻和利は「わたしの合図があるまで今しばらく待て」と、反対側から軍を進める手はずになっていた賢雄に指示をだしていた。
しかし、賢雄率いる首里軍は指示を待たずに火矢を放った。
勇猛な中城兵たちはすぐに応戦し瞬く間に中城グスクは戦場となった。
阿麻和利は不意に起こった戦火と喚声に気付いて急いで一の廓に駆けつけたが、時はすでに遅く、護佐丸は自害し倒れていた。
阿麻和利が駆け寄ると死に逝くわずかな息の中で護佐丸は阿麻和利に話しかけた。
最期の命をかけて阿麻和利に伝えた言葉はなんだったのか…。
ともあれ、阿麻和利は護佐丸公に謀反の意思はなく、絶大な勢力を誇る護佐丸公を除くべく謀られた首里の陰謀であったことを悟った。
しかしそれは護佐丸の死と引き換えであり、余りにも遅く、悲劇的なことだった。

阿麻和利は総大将たる自分の命令を無視して先走った賢雄に対して怒りをあらわにしたが、
賢雄は「御主加那志前のご命令に従っただけだ」と取り付く島もなかった。
むしろ「この期に及んでしばし待てとは、阿麻和利按司は一体何をなさるおつもりだったのか」と追求してきた。
言葉に詰まる阿麻和利を横目に、賢雄は王へ戦の報告をするためそのまま首里に向かったのだった。

                              *

――――ああ、あの時の阿麻和利按司の怒りは本気だった。
それほど護佐丸公を生かしておきたかったということか…。
阿麻和利按司のことだ。直接戦を仕掛けたのは俺にせよ、相当自分を責めたことであろうな。
あの時の阿麻和利の様子を思い出して、賢雄はある考えが浮かんだ。
――――……もしや……読谷山か?
戦が終わってまだ間もない中城はまだ首里軍が駐留していた。
また中城は首里と勝連のちょうど間に位置している。
護佐丸最期の地とは言えども中城に向かうことは敵陣に乗り込むことと同じであった。
しかし、護佐丸の故郷である読谷山なら……―――。

賢雄の胸がまるで「そうだ」と言っているかのように小さくさざめいていた。

 

 

◆ 四

「阿麻和利様、ここが…。」
「ああ、ここが読谷山だ。」
阿麻和利と津堅の二人は今、読谷山にいた。
重症の傷をかばいながらの移動は安易なものではなく、人目を避け、闇夜の中を行く過酷なものだった。
そこまでして敢えて読谷山に向かったのは、護佐丸公の故郷を参りたいという阿麻和利の希望からだった。
中城討伐は不本意、そして阿麻和利が直接手を下したわけではないにせよ、
結局王命に逆らえず「総大将」として中城に向けて軍を出したのは事実だ。
反対側の戦況に気づくのがあと一歩早ければ、いや、王命を下された時点で戦を避けるべく動いていれば。
首里の目を気にせずもっと堂々と迅速に…と阿麻和利は悔やんでも悔やみきれない気持ちでいた。
「………。」
かの地を見ながら阿麻和利は護佐丸公を思い、合掌する。

見上げると、澄んだ秋の夜空に下弦の月が浮かんでいた。
静かに、そしてどこか寂しげに降り注ぐ月明かりが、百十踏揚を思い出させた。
敬愛する祖父を、父の命により、夫・阿麻和利と腹心の守役・大城賢雄に殺されたあの夜。
「琉球国のため」
「家臣として王命には逆えない」
―――男たち、そして武将たちそれぞれの「義」がそこにあることを王女・百十踏揚は頭では理解していた。
そしていかに王女といえども、女の身でそのような「男たちの義」に口出しなどできるはずもないことも。
百十踏揚は誰も恨むことができず必死で悲しみに耐えていたのだ。
その横顔。
思い出すたびに胸が痛む。
「……踏揚…どうしているだろうか……。」
思わず、阿麻和利がぽつりとつぶやいた。
その言葉に津堅はハッとする。
津堅は阿麻和利と百十踏揚が別れたあの夜のことを思い出した。

                              *

―――中城討伐が王府を脅かす勢力である護佐丸公を打つため陰謀であったと知った阿麻和利は、次に狙われるのは自分、勝連だと悟った。
しかし勝連を中城の二の舞にするわけにはいかぬ。
勝連の民を守るのも按司の役目。
阿麻和利は王と直談判するため自ら首里へ向かった。
その時同行したのが津堅ら側近数名と、そして百十踏揚であった。
百十踏揚は護佐丸討伐の真相を阿麻和利から聞いていた。
そして、二度とあのような悲劇は繰り返したくない、「女ゆえ」と黙しているわけにはいかぬ、王女として勝連を守らねば…
という使命を抱いて無理を言って同行を願い出たのだ。
しかし、事態は阿麻和利が思っていたよりも深刻であり危急だった。
首里は既に厳戒態勢に入っており、とても都に入れる状態でもなかった。
阿麻和利一行は首里の都の明かりを向こうに見ながら、郊外の山の中で途方にくれた。
国王の側近、金丸の知恵と迅速さの方が一枚うわ手だったと思わざるを得なかった。
中城討伐同様、勝連討伐ももはやゆるぎないものになっており今さら直談判しようと到底無理なこと、
むしろ捕らわれの身となり殺されるだけだと悟るほかなかった。
そう、首里の本音は「謀反の疑いゆえに討伐する」ではなく、「阿麻和利・勝連を滅ぼし、その膨大な富を手中に収めたい」のだ。
いかにこちらが謀反の意思はないと訴えても、相手は聞く耳を持っていないのだった。
阿麻和利は無念さに唇を噛み締めた。
いっそのこと、自分が出てゆき処刑されて戦が避けられるのであればそうしようとも思った。
しかし、百十踏揚と部下たちに止められた。
首里は阿麻和利個人の命もさることながら、勝連の富、貿易権そのものも狙っているのだと。
阿麻和利がここで一人殺されたとしても首里は勝連を攻めるつもりであろうし、
むしろ総大将無き勝連軍はいとも簡単に滅ぼされ、捕らわれた民たちはその後一体どんな酷い扱いを受けるであろうか、と。
事態がここまで来ている以上、今、勝連ができることは首里を迎え撃ち、撃退することに他ならない、と。

「―――誰だ!」
阿麻和利らの話し声に気づいて見周りの首里兵士が声を上げた。
咄嗟に津堅ら側近が阿麻和利と百十踏揚を守るように剣を構える。
同時に兵士は指笛で侵入者―――阿麻和利の存在を仲間に知らせようとした。
が、その時、
「待て!」
それを制して向こう側から現れたのは大城賢雄だった。
「賢雄……。」
「―――阿麻和利按司。早々に引き上げられよ。」
賢雄は阿麻和利に冷たい視線を投げかける。
「もう悟っているであろうが、我ら首里軍は近々勝連へ戦をしかける。」
「――……!」
百十踏揚が息を飲む。
「…何ゆえに。何ゆえに勝連を攻めるのだ。……戦しか、方法はないのか。」
何を言っても無駄だと思いつつも、阿麻和利は尋ねずにはいられなかった。
賢雄は感情を捨てた無機質な声で答えた。
「―――先の中城での戦、一体阿麻和利按司は何をなしえた。
御主加那志前のご命令は護佐丸公を討て、そのものであったはず。
そのご命令の遂行を渋り、勝連軍は高みの見物。あの場において戦ったのも犠牲を出したのも首里軍のみではなかったか。」
「しかも軍は出し従うかのように見せかけて王を欺き、実は裏で護佐丸公と同盟を組もうと企んでいたのではあるまいか。」
「―――っ!」
阿麻和利は何かを言いかけて言葉を飲んだ。
その様子を尻目に賢雄は続ける。
「阿麻和利按司が王命に逆らい、護佐丸公と同盟を組んで首里に刃向かおうとしていたというのであれば、
もはや阿麻和利按司は首里王府の敵。これ以上に理由が必要であろうか。」
誤解だと、そう言いたくても言えなかった。
中城の戦においての阿麻和利のとった行動は賢雄の言う通りであり、同盟のつもりこそなかったもののそう思われても仕方のないことであった。
何を言っても言い訳に聞えよう。
言い訳の代わりに、阿麻和利は言葉をつなぐ。
「―――護佐丸公は踏揚の祖父、わたしにとっても義理の祖父だ。
何より、わたしは護佐丸公を按司として、武将として尊敬しておった。
賢雄、お前にとっても護佐丸公は始祖を同じくする一族であったというではないか。」
「俺の君主は尚泰久様、御主加那志前のみ。
いかに護佐丸公が一族の誉れであろうとも、御主加那志前が下された命に従うだけだ。
阿麻和利按司、私情に捕らわれ、君主の命を遂行できぬは武将として恥と知られよ。」
武将として、また王の忠臣として私情を挟むことなく命令に実直な賢雄を恨むことはできなかった。
賢雄の尚泰久王に対する忠誠心は阿麻和利も十分知っていた。
「―――では、このわたしも討つというのか。」
「………先ほど御主加那志前から直々に勝連討伐の総大将をおおせつかった。覚悟されよ、阿麻和利按司。」
「賢雄!」
たまらずに踏揚が声を出す。
「踏揚様、これはお父上のため、また、琉球のためにございます。」
賢雄は百十踏揚の嫁下の際、守役として勝連に渡り阿麻和利と共にすごした日々があった。
阿麻和利らと共に会話をし、酒を酌み交わし、時には剣術を交えたこともあった。
最初は阿麻和利なんぞ所詮流れ者のなりあがりと高をくくっていた賢雄だったが、
その男気溢れる懐の広さ、自分のような無愛想でそっけない人間の心さえも開く暖かさ、また剣を取ったときの勇ましさに、同じ男ながら惹かれるものがあった。
しかし、忠臣・大城賢雄は王命の元にはこのような私情さえ沸かせなかった。
君主の命は、絶対なのだ。
「阿麻和利按司。ここは勝負を決するにふさわしくない。
勝連の按司として、王軍の総大将として、勝連グスクにて堂々と剣を交えようぞ。」
「………分かった。」
ただし…と、阿麻和利は百十踏揚に向き直った。
「踏揚。そなたをはこのまま首里に残り、達者であられよ。」
「阿麻和利様…何を…。」
踏揚は不安の色に揺れる瞳で阿麻和利を見上げた。
「聞いての通り、勝連はじきにいくさ場となる。そなたを戦に巻き込むわけにはいかぬのだ。」
阿麻和利は静かに賢雄に振り返って、言った。
「賢雄。踏揚を、頼む。」
「……。」
「阿麻和利様!何をおっしゃるのです!わたくしはあなた様の妻です。
たとえ勝連がいくさ場になろうとも最後まであなた様についていきます!」
「踏揚……!」
「嫌です!」
言い聞かすように名を呼んでも、踏揚は離れまいと必死に阿麻和利にすがりつく。
しかし阿麻和利とて、踏揚のことを思えばこそ勝連へ連れて帰るわけにはいかなかった。
意地でも、ここで別れなければならぬ。
それが今生の別れとなっても。
事はもう、引き返せなのだ。
―――ならば…。
阿麻和利は意を決して、自分にすがりつく踏揚の体を引き剥がすと、どんと突き倒した。
踏揚がよろめき倒れ二人の間に空間ができた隙に、阿麻和利は間髪を入れず筒に入っていた油を足元に撒き散らし、松明を取って投げた。
「阿麻和利様!!」
踏揚が狼狽して叫んだ。
油に引火した炎は瞬く間に赤い障壁となって二人の間を引き裂いた。
「何事だ!!」
「勝連だ!勝連が来たぞ――!!」
「者ども!!であえっ、であえーっ!!」
騒ぎに気づいた首里の兵士たちが向こうからやってきて辺りは騒然となった。
この混乱に乗じて阿麻和利は踏揚から視線をそらせて叫んだ。
「早く連れていけ!!賢雄!!!」
「いやあぁぁっっ!!阿麻和利様ぁっっ!!」
「危険です!踏揚様!!!」
なおも阿麻和利にすがろうと必死に手を伸ばして泣き叫び、炎の中に向かおうとする百十踏揚を、賢雄は力ずくで抱き押さえる。
阿麻和利と百十踏揚を隔てる炎はいよいよ大きく燃え盛る。
「―――引き上げるぞ!」
阿麻和利は瞬時に馬に飛び乗り、もう後には引けない運命を呪いながら、勝連へと引き返したのであった…。
1458年、この年、二度目の悲劇の始まりだった。

                              *

ああ、あれは一体どれくらい前の出来事だったか。
中城の戦は確か中秋の名月の時だった。あれから数日しか経っていない。
ついこの間のことなのに、もうずっと前のように思える。
日々じわりと欠け行く月が、まるで自らの命のように思え、阿麻和利は瞳を閉じた。

 

3/4につづく

 

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写真はフリー素材のサイトから拝借して加工しました。
3/4、今日中にupします。

「月下に語る」―はじめに― の諸説、1つ追記しました。