がじゅまるの樹の下で。

*琉球歴女による、琉球の歴史文化を楽しむブログ*

当サイトの掲載写真・イラスト等の無断転載/無断使用を禁じます

沖縄イメージの誕生

2020年08月31日 | ・和心な本、琉球な本


※この記事は今年の初めごろに下書きしたまま放置していたものを
追記・再編集したものです

 

『オキナワイメージの誕生
青い海のカルチュラル・スタディーズ』

多田治著(東洋経済新報社/2004)

 

以前も記事にしたことがあるこちらの本。

気になりつつも、
図書館に蔵書がなかったり
あってもずっと貸し出し中だったりで
なかなか読めずにいたのですが、
この度ようやく借りることができ、読了しました。

現在では沖縄人、観光客、ともに当たり前になっている
沖縄といえば、青い空、青い海、白い砂浜!
という「リゾートオキナワ」が、

復帰後に行われた海洋博をきっかけに
「意図的に」「作られていった」ということ。

 

復帰後の生まれで、
沖縄=リゾートというイメージが
定着しきった時代に育った私にとっては
海洋博については漠然と聞いてはいたものの、
その背景や経緯は初めて知ることばかりで
何かと驚きを覚える1冊でした。

 

・海洋博は戦後沖縄経済の「起爆剤」になるはずが、
 「自爆材」になった側面もある

・海洋博反対の地元世論も強かった

・沖縄戦や米軍基地については(ほぼ)隠され
 オキナワパラレルワールドとして演出された

・「沖縄館」で打ち出した「沖縄らしさ」、
 そして沖縄の自己定義、アイデンティティとは

・海洋博後の沖縄キャンペーン「沖縄を売る」

など。

 

電通(そう!あの大手広告会社です)が制作した
沖縄プロモーション構想は、
観光業者や本土の人向けだけではなく、
それよりも「先に」沖縄県民についての働きかけがあった
というのが興味深い。

県民向けに「沖縄の歴史と文化」を押し出し、
沖縄の心を再認識させ、
県民が(沖縄に)誇りを持てるようにする。

そうすれば観光客を温かく迎える効果を生むだろう、と。

 

沖縄の人はあたたかいとか、親切とか、やさしいとか、
得てしてそう表現されたりアピールされたりしがちだけど、
(ちなみに私は「沖縄の人は」と限定して
必ずしもそうだとは思っていない)

当時、観光客に対する理解が低く、
サービスや親切さに欠けていた沖縄人に対しての
教育やアプローチも相当あったようです。

今本土の人が感じている「沖縄県民像」も、
観光立県沖縄の理想的なモデル像として提示され
作られていった(影響を及ぼしていった)、
という面もあるのかもしれません。

 

いわば「メンソーレ」運動。

ちょっと話はずれますが、

先日、ある人から「メンソーレ」という言葉は昔から
日常的に使われていたうちなーぐちではなく、
(※なかった、という意味ではない)
観光立県オキナワになってから、
ウェルカムに対応する言葉として
ことさらに持ち上げらるようになったのでは、
という考えを聞いて
このことにも通じるな、と思いました。

 

 

ショクバで古本の整理を手伝っている時、
このような冊子が出てきました。

 

 

海洋博だより6号。

半年後に開催が迫った
1975年1月の発行です。

 

最後のページにはこんな文言が。

 

 

海洋博県民運動の実践目標

・海洋博への参加意識をたかめよう
・沖縄を美しく清潔にしよう
・観客を温かく迎えよう

このようなスローガンが出されるということは、
「現在それが十分ではない」
ということ。

県民への啓発運動がなされていたことを裏付ける
1ページです。

 

 

去年放送された特番「沖縄MASAIC」でも
#残したい沖縄
が、圧倒的に「(青い)海」でしたが、

沖縄といえば海という価値観も
ごくごく最近のことなんだな、と思い知りました。

 

そして、
平成の首里城復元と、大河ドラマ『琉球の風』、
それに連動した琉球王国時代のアピール、
王国時代の歴史や文化に関連した
観光素材の開発・活用へと続きます。

 

これらの流れを振り返ってみて感じるのは、
観光客が求める沖縄イメージと、
沖縄県民が誇りだと思う(※「現実」ではなく)沖縄イメージ。
意外とそこにギャップはあまり無いような気がします。

文化人や研究者や学者ではなく、
ごくごく普通の一般沖縄県民(私も含め)がもつ
アイデンティティにもつながるこれらの歴史・文化的“価値感”は、
得てして外部からの意図的な働きかけによって
差別化・特殊化・明確化(という言葉でいいのかな?)され、
一般沖縄県民に影響を与えていったのでは……

なんてことを思わされます。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ(29)『ゆずれないもの』

2020年08月30日 | ・キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ

抱えていた裏シゴトを納品し終え、
ほっと一息。

しばらくの間、
次に向けて充電しつつ、
ブログでのアウトプットも
再開していきたいと思います!

とりあえず今日は、
ウォーミングアップとして
いつものゆんたくマンガを。

明日以降はそれ以外の記事もアップしていくよー!
※台風で停電とかしない限り

 

 

4コマ目、キレてても
左手に持ってる花はつぶさない
というのがポイントです(笑)

 

『琉球歴女の琉球戦国キャラクター図鑑』を表す
1番象徴的なキャラは他魯毎です。
(参/キラキラ化に、何の意味があるのか

 

尚巴志や阿麻和利などはこれまでも
”かっこよく”ビジュアル化(キャラ化)されたことはあっても
おそらく他魯毎はなかったはずだからね。

 

他魯毎をもっと愛されキャラにしたいです。

 

 


「キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ」
シリーズ初見の方はこちらもご覧下さい。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ(28)『大隅(うーしみ)』

2020年08月02日 | ・琉球史散策/グスク時代

繁忙期につき、
ゆんたくマンガのみの更新が続いております。

少なからずコロナの影響もあり、
もう少し続きそうです

 

 

ゆんたくマンガ(25)を併せてお楽しみください。

 

大隅の抜け穴については
こちらの過去記事をどうぞ。

 

+

 

さて、北山落城について。

歴史としては、本部の裏切りにより
志慶真門廓から陥落。
本部の裏切りに怒った攀安知は本部を殺すも、
あたりは火の海で自刃して果てる…
という流れが一般的です。

しかし、ゆんたくマンガでは
みんながおバカにわちゃわちゃしている
姿ややり取りを描いているので、
登場人物であるキャラとキャラが
裏切ったり殺したり殺されたりetc…
ということは敢えて直接は描いておりません。

 

もーね。
みんな仲良くやったらいいよ。

 

と思っています。

 

 


「キラキラ琉球史☆ゆんたくマンガ」
シリーズ初見の方はこちらもご覧下さい。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする