◆ プロローグ
読谷村楚辺の、ごく普通のひっそりとした集落の一角に、大きなガジュマルの樹がある。
そのガジュマルは長い年月をかけ根を伸ばし、枝を張り、葉を広げこの集落を見守ってきた。
そのガジュマルの下には大きな石灰岩。かつては中に大きな空間を持つ洞窟(鍾乳洞)であったのだろう。
今では岩は削られ入り口はふさがれ、こじんまりとしてはいるが、その上に張り出しているガジュマルの根に包まれ、支えられ、
まるでガジュマルがこの大岩を守っているかのような、そして人目から隠しているかのように見える。
そしてその様が、明らかにここがただの自然風景ではないことを感じさせる。
―――昭和14年、ここが、かつて勝連に絶大な繁栄もたらし、首里王府を脅かすほどの勢力を誇った勝連按司、阿麻和利の墓だということが、地元の新聞で報じられた。
しかし、琉球王府が編纂した「正史」では、1458年、護佐丸・阿麻和利の乱で王軍に攻められた阿麻和利は、勝連グスクに乗り込んだ王軍総大将・大城賢雄に斬られ果てた、とある。
勝連で死んだはずの阿麻和利の墓が、勝連でもなく、生まれ島とされている嘉手納町屋良でもなく、なぜここ読谷にあるのか。
なぜ数百年もの長い間、隠れ墓としてひっそりと影を潜めていたのか、そして一体誰がその墓を守ってきて今に至っているのか。
この話は、その史跡の謎を元にした創作小説である。
「月下に語る」 原案/和々 著者/シルフ+和々
*参考文献*
読谷村文化財めぐり(読谷村教育委員会)
読谷村民話資料集(読谷村教育委員会 歴史民族資料館編)
読谷山風土記(渡久山朝章)
新琉球王統史4(与並岳生)
琉球王女 百十踏揚(与並岳生) 他
◆ 一
ドドォォォォ……ッ!!!
爆音とともに炎が舞い上がり、あたりを火の海に染めた。
天空の城とも評された勝連グスクは今まさに首里軍の手によって落とされ、分厚い黒煙が濛々と空へと立ち登っていく。
膨大な武器を貯蔵していた上グスクの按司館に引火し、大爆発を引き起こしたのだ。
炎は瞬く間に、あたりに転がっている戦死した骸を、敵味方に関係なく飲み込んでいく。
「―――賢雄様!」
火の海となった上グスクから一時退却してきた大城賢雄に、部下が駆け寄ってきた。
「ご無事でしたか。見事、阿麻和利按司を討ち取ったとは言えこの業火、避難する我らが軍兵もあわや、と心配しておりました。」
「……ああ。」
「それにしても、さすがは鬼大城と異名を持つお方です!あの阿麻和利按司を倒すとは!!」
興奮気味に話しかける部下達の賞賛の声もどこか上の空で、賢雄は燃え盛る上グスクを見上げた。
難攻不落といわれた勝連グスクを落城させ、首里王府に弓を引いた“逆賊”阿麻和利按司を討伐し、見事王命を達成した今、
意気揚々としている部下たちとは対照的に、賢雄の表情は曇っていた。
―――そう、この部下の言うとおり、俺は阿麻和利按司と一騎打ちとなり、この手で倒した。倒したのだ。
だが……。
―――あの勝負は、たまたま俺の運がよかっただけだ。
本当の腕は、互角、いや……阿麻和利按司のほうが上だった。
それに…
胸に、妙なざわめきを感じる。
まるで、まだ阿麻和利按司が生きていると訴えているような。
いや、そんなはずはない。確かに俺は阿麻和利按司を斬り伏せた。
…しかし、その直後に起きた按司館の爆発ですぐに下グスクへの避難を余儀なくされたのだ。
地に伏せた阿麻和利はそのまま炎に飲まれた、はずだ。
だが、この目で見届けたわけではない。いや、でもまさか。
賢雄は自問自答を繰り返す。
あれだけの深手を負い、あの炎の中を逃げおおせるとはとてもじゃないが考えられない。
阿麻和利按司は死んだのだ。この手によって、確かに。
賢雄は阿麻和利按司を斬った刀を握り締める。その刀にも、手にも、鎧にも、確かに阿麻和利按司の血がへばりついている。
その様が2人の戦いのすさまじさを物語っていた。
ぬぐいきれない胸のざわめきは収まることなく、賢雄は今だ炎を吹き上げる上グスクを見つめ続けた。
◆ 二
―――はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ
闇夜にまぎれて人目を避け、森の中を行く2人の男の人影があった。
一体ここはどこなのか。泥と、汗と、血にまみれた様子は、まさにたった今戦火をくぐりぬけ必死に逃げてきた落ち武者の姿そのものだった。
一人は従者のようだった。まだ17・8であろうか。少年の面影をかすかに残した男は必至でもう一人の男を抱きかかえるようにして支え、よろけながらも歩いていく。
支えられているもう一人は深く傷つき汚れてはいるものの、身に纏った武具や、整った口髭がただの雑兵ではなく身分ある者であることが分かった。
手で押さえた脇腹からは血があふれ、 滴って地面に吸い込まれていく。
「はぁっ…はぁっ……。阿麻和利様、ひとまず、ここまで来れば大丈夫でしょう。」
従者は、必死で支えている隣の男―――阿麻和利に声をかけた。
阿麻和利の反応はなく、ただ苦渋に満ちた顔でゆっくりと立ち止まり息を整えた。
支えられていた男の手から離れると、そばの大木にもたれかかり、ずるりと地面に倒れこむ。慌てて男が体を支え、ゆっくりと座らせた。
「阿麻和利様、傷の手当を。」
ずしりと重い鎧を外し、傷口を覆っていた布を剥ぎ取ると、自分が血で汚れるのも厭わずに応急処置を施し、着ている着物を引き裂いてきつく巻きつけた。その刺激に一瞬阿麻和利の顔がゆがむ。
一通りの処置が終わり、近くから汲んで来たわずかながらの水を飲ませるとやっと落ち着いたのか、阿麻和利はゆっくりと目を開いた。
「………津堅。」
かすれた声で阿麻和利は初めて口を開いた。
「……何故、…私を逃がしたのだ。」
「阿麻和利様…。」
「勝連が落とされた以上、私に出来ることは城と運命を共にすることだけだったというのに……」
その声は悲痛に満ちていた。
「……阿麻和利様。」
従者―――津堅は阿麻和利の前にひざまずき言葉を続けた。
「わたしは、阿麻和利様に拾われて、あなた様の従者になりました。」
「………」
「あの頃のわたしは、親と死に分かれ、頼りにする親類縁者もなく、孤独に打ちひしがれ餓えて痩せ細り、生きる気力も失っていました。
あの時、私は自ら命を断とうとしていたのです。」
その言葉に昔を思い出し、阿麻和利は津堅を見つめ返す。
「……ああ。そうだったな…。そんなお前に、昔の自分を重ねて声をかけたのだ。」
「はい。そして、阿摩和利様はわたしにこう仰って下さいました。『流れ者の私でさえ、按司になれた。お前も、生きていれば、生きながらえていれば、新たな可能性が広がるかも知れないだろう?』と。」
「……!」
「阿麻和利。死んではなりませぬ!!」
「わたしとて、あれほどの戦火の中を逃れられるとは思っていませんでした。
しかし、奇跡的にも逃れられたことはきっと天命なのです。阿摩和利様はまだ生きているべきお方だと、天が導いてくださったに違いありません!」
津堅は阿摩和利を説得するようにまくしたてた。
しばらくの沈黙の後、阿摩和利は口を開いた。
「………お前の気持ちは、よく伝わった。」
その言葉に津堅はハッと顔を上げた。
「はは…自分の言葉が跳ね返ってくるとはな…。」
弱々しくも穏やかな顔で、阿摩和利は笑みを浮かべた。
「…わかった。お前に救われた命、少しは長引かせよう。…だがしかし。」
阿麻和利は津堅をしかと見据え言った。
「王府からの追っ手が来るも、その前に力尽きるも、どれも天命。…その時はわたしも覚悟を決める。お前もそのつもりでいてくれ」
その瞳には、ある種の覚悟を決めた光が宿っていた。
「―――承知しました。」
阿麻和利の静かな気迫に、津堅はそう言わざるを得なかった。
(2/4 へ続く)
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薬が効いたのかちょっと落ち着きました…(^-^;
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