史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

御徒町 Ⅳ

2022年04月23日 | 東京都

(龍福院)

 龍福院には浮世絵師小林清親の墓がある。門前に台東区教育委員会の建てた説明板がある。残念ながら墓地入口は堅く施錠されており、墓は未公開(台東区元浅草3‐17‐2)。

 

龍福院

 

清親画伯之碑

 

 墓地には入れなかったが、本堂前に「清親画伯之碑」が建てられている。

 小林清親は、弘化四年(1847)、浅草御蔵屋敷に武士の子として生まれ、上野戦争には幕府方として参加。維新後は、新聞、雑誌に挿絵を描き、生計を立てた。イギリス人ワーグマンに洋画を、河鍋暁斎、柴田是真から日本画を習得し、浮世絵師として大成をはかった。やがて清親の版画には、上野、浅草を中心に新しい東京の風俗、建物が光と影によって描き出され、明けゆく明治の時代を先取りしたものとして、広く一般に迎えられた。広重や国芳とも違い、写実のなかに木版の刷りの美しさを生かした作風は、浮世絵の興亡の歴史において、最後の光といわれた。我が家が焼けたとも知らず、両国の大火を写生していたと伝わる。大正四年(1915)、六十九歳で没。

 

 龍福院墓地には、石川光明(彫刻家・東京美術学校教授)、守邨抱儀(俳人)の墓もあるはずだが、墓地に立ち入ることができないまま撤退することになった。

 

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