すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

霧の中

2020-12-27 17:27:41 | 山歩き

“トガリ岳”は標高1500mに満たないが
その名の通り険峻な 修験道の山だ
昔の行者はここを標(しるべ)もなく
白足袋に草鞋で登ったのだ

今はクサリもあるし赤ペンキの印もあるが
それでも両手両足で攀じ登らなければならない
ただ 俺は昔の人のように
クサリに頼らずに
できれば赤ペンキもなく
祈るような気持ちで登ってみたいのだ

天が俺の意思を試すつもりか
途中から濃い霧が立ち込めて
目の前の岩場しか見えなくなった

根性無しの俺は
さっきの高揚はたちまち失せ
不安に駆られ
ホワイトアウトの向こうに
必死に赤い丸を探す

“針の山”と思われる場所では
強風が左の谷から吹き上げ
右の“無間”へ落ちて行く
あの向こうには“血の池”もあるはずだ

僅かな木の根を掴んで
次の足場を求めて大きく踏み出す
岩棚に両手をかけて
思い切って体を持ち上げる

俺は鉄棒の懸垂
一度もできたことがなかった
ここで上がり切らなければ
死ぬな と脳をふと過る

なんでこんなことをムキになってしているのか
馬鹿じゃないか俺は

やめようかと思うが
もう引き返すのは無理だ
向こう側に下るしかない

それに
こんなことをしてでも
捨て去りたい思いもあるのだ

長い
そんなに大きな山ではない
道を間違えたのか?
でもやはりまだ岩場は上に延びている
上に延びている限り
山頂へは向かっているはずだ

何度もやっと息を継ぎながら
どれだけ登ったことだろう

ついに 頂きと思われるところに着いた
霧の中に木の柱が立ち
小さな祠もある
反対側は見えないが
今のよりきつい山稜ではないはずだ

息が上がり 膝が崩れそうになり
冷たい汗が背中を這う
天を仰いでも何も見えない

だがその時 その柱の傍らで
確かに俺は 見るはずのないものを見た

白い髪と髭の老人
と思われるもの
声をかけようとした瞬間に
それはふっと 霧の中に消えた

コメント
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