これらの座には、白い衣を看て、金の冠を頭にかぶった二十四人の長老たちがすわっていた。(黙示録四・四)
天国における聖徒の代表者たちは、「御座の回りに」いたと記されている。雅歌の中に、ソロモンが食卓についている王を歌っている箇所がある。ある人はそれを「円卓」と訳す。ここから、ある注解者たちは、「聖徒たちは平等である」と言うが、これはみことばの意味を正しく解釈していると思う。二十四人の長老が同じ距離を保って、みな御座に近くいたというのである。
天にある栄化された霊たちは、主に近くおり、その栄光をはっきり見、その宮廷に常に出入りをし、ご自身と親しく交わっている。この点に関して、聖徒たちの間に優劣はない。神の民は、使徒も、殉教者も、教役者も、また名もない信徒も、すべてが御座近くに座るのである。そこにおいて彼らは、とこしえに高められた主を見、その御愛に満ち足りる。彼らはみな主に近くおり、主の御愛を喜び、同じ食卓で主と共に食し、全部の者が主に近くある友として、平等に愛される。
地上にある信者も、キリストに近くいることにおいて、天上の聖徒にならおう。地上にある私たちも、天上における長老たちのように御座の回りに座ろう。どうか、私たちの思いがキリストに向けられ、キリストが生活の中心となられますように。どうして私たちは、愛する主から遠く離れて生きていけるだろう。
主イエス様。私たちを近くに引き寄せ、「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります」と私たちに告げてください。そして「ああ、あの方の左の腕が私の頭の下にあり、右の手が私を抱いてくださるとよいのに」と歌わせてください。
もっと高く私を引き上げ
もっと近くで会わせてください
私のたましいをへりくだらせて
御足の下におらせてください
ますます自分に頼まなくなり
ますますあなたの愛にある楽しき慰めを
証しさせてください