TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「辰樹と媛さん」23

2020年09月11日 | T.B.2020年

「兄さん!」
「武樹!」

 武樹が走ってくる。

「これは何!?」
「はっきりとは判らない」

 いつもと違う雰囲気。
 慌ただしく動く、東一族の戦術師。
 何かが、起きている。

「入ってきた」
「侵入者?」

 武樹は目を細める。

「包囲網は?」
「今から張る!」

 辰樹は武樹を見る。

「お前、下の奴らに、出来るだけ上の者と動くよう伝えてくれ」
「判った!」
「何か起きても、うかつに動くんじゃないと」
「そんなに!?」
「勘だ!」
「うっ……」

 しかし、事態ははじまっている。
 動いている。

 ここは経験者を頼るしかない。

「もし遭遇したら、相手が何者か探るんだぞ」
「判ってる」
「砂なら毒に気を付けろ」

 武樹は頷く。
 辰樹は訊く。

「大将はどこだ」
「父さんなら、占術大師様と合流するって」
「うちの父親と?」
「そう云ってた」
「…………」
「それって」
「結界まで張る、のか?」

 辰樹は首を傾げる。
 武樹に目配せする。
 あたりを警戒しながら、武樹は走り去る。

 辰樹もあたりを見る。

 いつもと違う雰囲気。
 慌ただしく動く、東一族の戦術師。

 けれども

 不気味なぐらい静かだ。

「えっ、ちょっ!?」

 辰樹は目を見開く。

 こちらに向かって走ってくる、ひとりの

「媛さん!?」
「ねえ!」

 走りながら彼女が云う。

「どうしたの!? お屋敷に誰もいないの!」
「媛さん!」
「ねえってば!」
「侵入者だ!」

「侵入者……?」

 彼女は立ち止まる。

 瞬間、思い出したことは

「東一族の宗主を、」

 殺しに来る者。

 そう、先の話ではない、と

 父親が云っていた。
 東一族の現宗主が。

「兄様……」

 彼女は息をのむ。

「侵入者って、……ひょっとして」
「とにかく、お屋敷に戻れ媛さん!」
「まさか、父様を……」
「媛さん!」

 彼女は、彼を掴む。

「変だよ! 何か村が変だよ!」
「判ってる」
「父様を殺しに来たのかな!? 父様が!」
「何目的かは、まだ判らない!」
「殺されちゃう、父様!」
「まさか!」

 彼は首を振る。

「宗主様は絶対に負けない」
「…………」
「東一族で、宗主様に勝てる者はいない」
「そう……」
「だろ?」

 彼女は頷く。

「お屋敷に戻って」

「……判った」





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「武樹と父親」9

2020年09月08日 | T.B.2017年

「むつ兄さあ」

哉樹が言う。

「どうして修練サボるわけ」
「………」

見つかったか、と、武樹はため息をつく。
これから修練の時間だが
武樹はそこを抜け出して帰る所。

「ずるいと思ってるなら、
 お前もさぼれば」

「そう言う話じゃ無いだろう」

哉樹は眉をひそめる。

「なんでサボるんだって
 聞いてるんだよ」

「なんでって
 面倒だからだよ。
同じ型を繰り返したりって
そういうの苦手なの」
「学術はちゃんと聞いてるのに」
「お前は学術苦手だもんな」
「苦手なりに、やってるだろう、俺」
「うんうん、
 偉いと思うよ、そう言うの」

「話し、逸らすなよ」

ああ、怒らせたな、と
武樹は振り返る。

「むつ兄、
 体術得意だろう?
 なのに、手ぇ抜いたり、
 前も時々さぼっていたけど、最近酷いよな」

うん、と頷く。
哉樹が言ってる事は何も間違っていない。

「でも、俺、
 戦術師になりたいわけじゃないし」
「じゃあ、なんになるんだよ。
 占術師?医術師?」

「どれにもならない」

「はあ?」

「前からいってるじゃん。
 俺、商いとかして暮らしていくって」
「冗談言うな!!」
「冗談じゃないよ」

「逃げてるだろ!!」

「は?」

「むつ兄の逃げ道に、言ってるだけだろう」

「黙れ!!」

づかづか、と
武樹は哉樹に詰め寄る

「っつ!!
 何度も言うぞ、
 勿体ないし、失礼だ!!」
「黙れ、って
 言ってるだろ!!!」

襟首を捕まれても
哉樹は言葉を止めない。

「沙樹兄なんて、
 戦術師になりたくたってなれないのに」

武樹は頭が真っ白になる。

「俺だって、なあ!!!」

「ってえ」

「………あ」

頬を押さえる哉樹。
痛む右手の甲に、
手を出してしまった事を知る。

「………」

武樹は逃げるようにそこから駆け出す。

待てよ、と
哉樹の声が聞こえるが
今は振り返れない。

ああ見えて、哉樹は真面目だ。
色々考えて動いている。

怒らせたくて言った訳じゃない。
他の人から武樹が悪く言われるのが
許せなかっただけだろう。

そんなの放っておいて良いのに。

「俺だって、」

体を動かすのは好きだし、
体術も得意な方だと思う。

この村で暮らすのならば
きっと戦術師になっていただろう。

「でも」

なんだろう。

悲しいのと、悔しいのと、
虚しいのと、それが全部。

全部ぐちゃぐちゃになって
武樹自身、
混乱している。

「俺だって、
 戦術師になりたくても、なれないんだよ」

ひとり、呟く。

「あれ、むっくん?」

あてもなく走ったつもりでも
結局、いつもと同じ所に向かっていた。

もうすぐで我が家が見える。
そんな所にある小さな小川のほとり。
鍛錬や学術の帰りに
いつも遊んでいる場所。

「えっと、どうしたの……泣いてる?」

こっちおいで、と
手招きする沙樹に武樹は頷く。

「俺もう、嫌だよ、
 出て行かなきゃ、
 ………どうしよう、沙樹くん」


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「辰樹と媛さん」22

2020年09月04日 | T.B.2020年

「いっつうぅううぅう(涙)」

「…………」

「お腹っ……」

「食べ過ぎだ」

「仕合わせの痛み……」

「加減と云うものが、」

 しくしく、涙を流しながら
 彼女は布団の上で、ごろごろする。

「うぅう、父様。お腹が痛い」
「直に医師が来る」
「急いで、医師様……」

 まあ、食べ過ぎなのだから
 出すものを出して休めば、収まるはずなのである。

 薬を飲むほどではない。

「もう食べない、果物、食べない」
「…………」
「今日は、食べない」
「決意が何とも……」

「失礼します」

 医師ではなく、従姉が入ってくる。
 父親は立ち上がる。

「わあ、もう。食べ過ぎでしょ!」
「従姉様、本当にめっちゃ痛いのお腹」
「あなたの護衛さんは尋常じゃないんだから、真似しちゃ駄目!」
「兄様は?」
「普通に務めに出てる」
「尋常じゃないのね、兄様……」

「護衛さんどうなんでしょうね?」

 従姉は、ちらりと彼女の父親を見る。

「一度、他の者に変えてみるとか?」
「腕は確かだ」

 父親が云う。

「出来ることは多い」
「そうですか?」
「戦術も、仲間を想うことも」
「そう、……ですか」

 従姉の頭の上に、ぐるぐると彼の妙な光景ばかりが浮かぶ。

 虫かごいっぱい虫をいれてたなぁ、とか
 川に向かって走り出して、足が沈む前に次の足を! って沈んでいたなぁ、とか。
 机の上に見えない帳面がある! って、それ忘れ物ごまかしてんじゃん、とか。

 以下、いろいろ。
 数え切れない。

「どうした?」
「いえ、切実に動悸が」

 父親は、彼女を見る。

 彼女は布団に顔を沈める。

「だから、あの子の相方にも選んだんだ」
「…………」
「様子を見てみろ」
「だいぶ見てますけど」

 従姉は、彼女の父親を見る。
 あの子とは、たぶん、従兄のことだろう、と。

 医師が入ってくる。
 彼女と従姉を見る。

 彼女の父親に何かを云う。

 彼女の父親は頷き、そのまま部屋を後にする。

「何かしら?」

 従姉は首を傾げるが、彼女はそれどころではない。

「医師さまぁああぁああ」

 そのあと、医師から渡された薬を飲んで、休む。
 お昼過ぎに目が覚めたときには、すっかり体調は戻っている。

「お、治った!」

 若いってすごい。

「そして、お腹空いた!」

 本当に、若いってすごい。

「従姉様どこかな~。食べるものもらおうっと」

 彼女は屋敷を歩く。

「…………?」

 屋敷は静まりかえっている。

「何?」

 彼女は呼ぶ。

「従姉様ー!」

 何か、様子がおかしい。

「え? みんなどこ?」

 彼女は、外へと出る。




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「武樹と父親」8

2020年09月01日 | T.B.2017年

ほう、と武樹は一人帰り道を歩く。

今日は学術の試験も良い結果だった。
気も乗ったので
サボりがちな修練にも出席した。

えらい、と
自分で自分を褒める。

「なにか、いいことあったりして」

夕飯、好きなおかずとか。
思っても無いような
驚きの知らせが舞い込む、とか。

「武樹じゃないか」

声をかけられ振り向くと
沙樹の父親が手を振っている。

武樹は駆け寄り、
目上の人への礼をする。

「いつもウチの子達と
 遊んでくれてすまないな」
「いえ」

沙樹の父親は医術師。
外で見かけるのは珍しい。

「今日はお休みですか?」
「いや、外回りなんだ。
 先生が急用で外しているから交代だ」
「へえ」

元々戦術師だったという沙樹の父親は
生まれた沙樹の体が弱いと知って
医術師に転向した、とかなんとか。

「ああ、そうそう。
 これをあげよう」

沙樹の父親は
袋を取り出す。

「豆菓子なんだけど、
 甘いのは好きか?」
「やった」
「もらい物のお裾分けなんだが、
 珍しだろう、南一族のお菓子だ」
「わあ」

沙樹と羽子にはあげてないから
秘密だぞ、と
貰ったお菓子を頬張りながら帰路につく。

「甘いけど、甘すぎず」

ふむふむ、と
味わっている間に家の前に辿り着く。

いかんいかん
食べ歩きとか母親に怒られる、と
名残惜しいが飲み込む。

「うん、いいことあったな」

南一族の村。

他一族の村もだけれど
まだ武樹は村の外には出たことが無い。

行くならば市場がある北一族の村、と
決めていたけれど
南一族の村なんかも、良いかも知れない。

「ただい……うん?」

あれ?と首を捻る。
家の奥からは話し声。

「お客さん?」

顔を見せて挨拶をするべきだろうが
何やら明るい雰囲気ではない。

「………うーん」

深刻な話だったら
大人しく
部屋に引っ込んでおいた方が良いだろう。

「ただい、ま~」

少し遠慮がちに声を出し、
そうっと居間を通り過ぎようとする。

「武樹」

「……!!」

その顔ぶれに武樹も驚く。

自分の母親と、
そして、未央子の父である医師。

二人は武樹が帰って来た事で
話しを終わらせる。

「そういう事か、分かった」
「………」

医師の言葉に、母親は黙って頷く。

出されていたお茶を飲み干して、
それでは、と医師は立ち上がる。

「こんにちは、医師様」

武樹は立ち去る医師を見つめる。
何をしに来たんだ、と
睨み付けるように。

「ああ、すまない。
 お前の母さんと少し話しをしていた」

医師は武樹を見つめる。

「………あぁ、お前が、そうなのか」

小さな呟きを武樹は聞き逃さなかった。

感慨深げに、哀れむような、懐かしむような、
医師自身も何かに驚いているような、
そんな目で。

来客が去り、
家に居るのは母親と武樹のみ。

「武樹おかえり。
 もうこんな時間ね、夕ご飯作らなきゃ」

何が良いかしら、と
立ち上がる母親。

「母さん」

武樹は問いかける。

「医師様となんの話?
 なんであの人が家に来ていたの?」

「うん」

気になるよね、と母親は言う。

「武樹にもちゃんと話すわ」

でも、と困った顔をして
母親は呟く。

「少しだけ時間を頂戴」

ごめんね、とそう加える。

何があったんだ、と
知りたいけれど、
武樹は母親を困らせたい訳じゃない。

「……分かった、待っとく」

その言葉に、母親は頷く。

「ありがとう。
 さあ、夕飯の仕度をしないとね」


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