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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「辰樹と媛さん」24

2020年09月18日 | T.B.2020年

 彼女は来た道をとぼとぼと歩く。

 彼を探して、ずいぶんと屋敷から離れたところまで来てしまった。

 いつもと違う村。
 何の音もしない。
 ただ、静けさ。

「…………?」

 彼女は立ち止まる。

 顔を上げる。

 目の前に誰か、いる。

「…………」
「…………」

 東一族の、誰、だろう。

 戦術師、なのか。

 彼とそう、年は変わらない気がする。

「誰……」

 彼女は首を振る。

「いえ。……知ってる」

「…………」

「あのときの」

「……そう」

 目の前に立つ者が、云う。

「覚えてくれていたんだ」
「もちろん……」
 彼女はその者を見る。
「母様のお墓を、」
「うん」
「ありがとう」

 誰も知らなかった、彼女の母親の墓を見つけてくれた者。

 間違いない。

 けれども、今日は、あのときと何か雰囲気が違う。

「よく、お墓に来ているのね」
「うん」
「母様の隣の墓にあるのは、いつも新しい花」
「…………」
「そのお墓の、小夜子さん……は、仕合わせね」
「どうかな」
「…………」
「もし、あのことがなければ、」
「…………」

 その者は云う。

「君の母さんの墓の花も、いつも新しいね」
「そう、ね」

 彼女は呟く。

「私か、……父様が」

 その者は、目を細める。

「屋敷にいるんだ」

 その者が云う。

「危険だから」
「……うん」

 彼女は、うつむく。
 が
 再度、その者を見る。

「あなたも行くの?」
「行くよ」
「侵入者のところに」
「そう」

「何が、はじまるの」
「…………」
「……それを、知ってる?」

 その者は答えない。
 再度云う。

「屋敷に、いて」

「…………」

「そうして」

「怖い」

「怖くないよ」

「でも、……」

「日向子」

 彼女は目を見開く。

「大丈夫」
「大丈夫?」

 その者が頷く。

「すぐに、終わる」

 ははっ、と、彼女は薄く笑う。

「私の名は禾下子(かげこ)だと、教えなかった?」

 人目に付かないように。

 生まれるはずがない者だったと。

 生涯、日の当たらない影で生きるようにと。

 それを不憫に思った彼女の兄が、名まえを付け直したなんて、
 赤の他人が知るはずもない。

 自分も、実の父親も、……知らなかったのだから。

 その者は、彼女を見る。

「私を、誰と間違えているの?」

「…………」

「あなたは、いったい誰なの?」





2020年 東一族の村にて

コメント
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