次の日、彼は再度、患者の元を訪れる。
離れ家に入る。
短く白い髪の彼女が、中でせっせと刺繍をしている。
彼女が、彼に気付く。
「……医師様」
「ああ」
彼が云う。
「続けて、いいよ」
その言葉に、彼女は会釈をする。
刺繍を続ける。
彼は、昨日と同じように荷物を置き、坐る。
部屋を見回す。
部屋は荒れたまま、だ。
ものが落ち、割れ、破片がいたるところに散らばっている。
少しも、片付けた様子はない。
「ねえ」
彼は、声をかける。
「この部屋、どうしたの?」
「部屋?」
「こんなに荒れて、」
彼が云う。
「君がやったの?」
刺繍をしながら、彼女は首を振る。
「……じゃあ、いったい」
誰が?
白い髪の彼女は、ここから出ることは出来ない。
ここに出入り出来る人間も、限られているはずだ。
けれども、彼女は答えない。
「破片とか、危ないし……」
彼が云う。
「片付けようか?」
彼女は顔を上げずに、云う。
「大丈夫です」
「え?」
「いずれ、関係なくなりますから……」
「…………」
いずれ、自分は死んでしまうから。
ここでの生活も、終わりだから。
そう、彼女は云っているのだ。
彼は居たたまれなくなる。
が、
坐ったまま、彼女を見つめる。
……話題を変えよう。
彼は云う。
「きれいだね、それ」
彼女が頷く。
「いい布と糸なんです」
「布と糸もだけど、刺繍の模様とかも、さ」
「…………」
「刺繍が、上手いよ」
彼女唯一の仕事なんだから、当たり前なのだろうけど。
彼は、思ったまま、言葉にする。
彼女が、云う。
「この男物の衣装は、女性の衣装と対になるよう刺繍をしてあるんです」
「へえ」
「女性の衣装はもう、出来上がっていて……」
「うん」
「並べると、もっと素敵です」
「そうなんだ」
彼は云う。
「じゃあ、その衣装を着るふたりは、仕合わせだね」
彼女は顔を上げる。
彼女が、……微笑んでいる。
「そうだといいです」
ああ。
そっか。
それが、彼女として
せめてもの救い
なのかな。
ふと。
彼は、自分の恋人を想う。
研修医の自分を、心配してくれる、恋人。
流行病かもしれない患者と接触してることを知ったら、心配するのだろう。
その恋人に。
彼女が作った晴れの日の衣装を
いつの日か、着させてやりたいな。
そう、思った。
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