TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「水樹と嗣子」1

2019年06月11日 | T.B.2003年

「ねむい」

「…………」
「ねむいねむいねむ」
「うるさいなあ」

裕樹(ひろき)は
水樹(みずき)の頭を小突く。

「あとちょっとだろ。
 もうすぐで夜が明ける」

目の前に広がる砂漠。

その向こうに暮らしているのは
砂一族。
裕樹たち東一族と敵対する一族の1つ。

そして、一番危険な一族。

「隣り合うから争っているのか、
 違う一族が隣でもこうだったのかね?」

砂漠には
塀も、堀も、何も無い。
だから特に忍び込みやすい夜間はこうやって見張りを立てる。

「今日は当番終わったら
 何食べに行く!?
 俺、ご飯系が良いな~」
「眠いんじゃなかったのか!!」

ああもう!!と
裕樹の口からため息が漏れる。

当番は必ず2人以上。

基本的には裕樹達の世代で
代わる代わる務めるのだが
ちょうどその世代は人が少ない。

もう一回り上と下には
人が多いが、
狭間の世代になっている。

なので、上の世代が
その見張り番に入ってくれているのだが
熟練の人達なので
一緒は一緒で緊張する。

「かといって、同世代はなぁ」
「なに?
 デザート系ならそれはそれで良いよ。
 朝パフェ!!」
「ご飯の話から離れてよ。
 水樹兄さん!!」

おまけに、
水樹の方が1つ年上。

ちなみに、
東一族は年上には全て
兄、姉と呼ぶので本当の兄弟ではない。

「あ、日が昇ってきた」

東の端から、
だんだんと辺りが明るくなっていく。

「さて、水樹兄さんあがろうか」
「………んん?」
「兄さん?」

どうしたの、と言う前に
水樹が飛び出していく。

「水樹兄さん、ちょっと
 待って!!」

慌てて裕樹も後を追う。

水樹の向かう先、
ちょうど日が昇る方に
僅かに人影が見える。

「!!?」

ちっ、と腰に携えた武器を
再度確認する。

日の出で砂丘の影が長く伸びている
そこに隠れるように進む姿。

「砂一族っ!!?」
「裕樹」

水樹が声をかける。

「お前は回り込め」

「了解!!」

二手に分かれ進む。

が、余程のことがなければ
裕樹が手を出す必要も無いだろう。

水樹がその影に走り寄り
組み伏せているのが
目に入る。

今ならば、見張りの目が緩むとでも思ったのだろうか。
東一族を甘く見過ぎている。

「初心者でもあるまいし」

何も分からず送り込まれたのか
それとも、余程の手練れだろうか。

「………うーん?」

ふと、疑問がよぎる。

「砂一族?」

あれ、何かおかしいぞ、と
裕樹は違う意味で
恐る恐る水樹に駆け寄る。

「兄さん」
「なぁ、裕樹」

困ったな、と水樹が取り押さえた相手を見ながら
裕樹に問いかける。

「この子、
 ウチの一族の女の子だよな」

むすっと、
顔をしかめているのは
紛れもなく東一族。

「そうだな。
 兄さん、まずはいったん押さえている腕を放そうか」


NEXT

「成院と患者」5

2019年06月07日 | T.B.2002年


 彼が、指導医から受け取った薬。

 流行病に対抗出来る、唯一の薬。

 それは、

 流行病が広がるのを防ぐため、感染者を殺すためのもの、なのだ。

 彼女が流行病に感染しているのならば、
 今すぐに、彼女に、この薬を投与しなければならない。
 彼女を、……殺さなければならない。

 しなければ、また、病が広がる。

 広がれば

 ――その原因である自分は、お咎めを受ける。

 そう

 彼女は、気付いているのかもしれない。

 彼は息を吐く。

「君がどう云う状態か、診たいんだ」
 彼が云う。
「診察をさせてもらっても、いい?」

 彼女は首を振る。

「出来るだけ、完成を急ぎます」
 彼女は、持っている布と針を、見つめる。
「待っていただけませんか」

「そんな、……待てないよ」

 彼女は、再度首を振る。

「最後の願いになると思います」

 その言葉に、彼は、目を見開く。

 しばらくの間。

 彼女は、少しだけ手を動かす。
 刺繍をはじめる。
 少しでも、刺繍を進めたいのだろう。

「それを……」
 彼が云う。
「そんなに、完成させたいの?」

 彼女が頷く。

 その手は、動き続ける。

 彼は、坐ったまま、彼女を見つめる。

 ……最後の、願い。

「晴れの日の衣装って、云ったよね」
「……はい」
「それは、男物?」
「ええ」
 彼は。ふと、思い出す。
「……この前、一族の結婚式があったのだけど」
 彼が云う。
「そのとき使われていた衣装も、君が作ったやつかな?」
「結婚式……」
 彼女が呟く。
「そうかも、しれません」

 彼女は、刺繍を続ける。
 彼は彼女を見る。

 彼女の表情が、少しだけ緩んでいる。

 自分の作った衣装が、誰の手に渡るのか知ることもないだろうに。
 なぜ、そんなに、それを完成させたいのか。

 中途半端に、

 終わりたくない

 と、云うことだろうか。

 しばらく、彼女の様子を見ていた彼は、立ち上がる。
 彼女も、顔を上げる。
 彼と目が合う。

「また、来るよ」

 そう云うと、彼は荷物を持ち、部屋を出る。

 ……最後の願い。

 彼の頭を、先ほどの言葉が巡る。

 たぶん
 彼女は、流行病に感染していても、まだ発症はしていない。
 咳も出ていなかったし、喉が渇いた様子もなかった。

 大丈夫。
 少しだけなら、きっと待てる。

 そうだ。
 薬の投与期限があるか、上の者に訊いてみよう。

 上の者か……

 ……上の者は、あまりいいように思わないだろうけれど。





NEXT

「高子と彼」13

2019年06月04日 | T.B.2002年

湶の弟が病院を尋ねてくる。
体の弱い彼は
定期的に健診を受けている。

「最近はどう?
 少し寝不足かしら?」

あぁ、と少し宙を見つめながら
湶の弟は答える。

「うん。ちょっとね」

「1人であの子の面倒を見ているのだもの。
 休める時間を作った方がよいわ」
「いや」

彼は首を振る。

「沢子や透が気遣ってくれる。
 今日も面倒を見てもらっているし」

でも、と続ける。

「沢子の所ももうすぐ生まれるだろ。
 そうしたら、
 無理は言えないから」

1人でこなすことに慣れないと、と。

「抱え込まない方が良いわ。
 あなたが倒れたら
 誰があの子の面倒を見るの?」
「そうだな」

んん、と
まだどこか眠そうな顔で湶の弟は答える。

「もっと大変な時に
 1人であの子を見ていたんだなって」

もう居ない人の事を。

「頼れる人を増やしておきなさい。
 具体的にはどうなの?」
「夜、なかなか寝付かなくって。
 母親が恋しいのかな」

「………子守歌でも歌ってあげたら」

母親が歌っていた物を。

「あーうん。
 俺はあんまり上手じゃなくて」
「上手下手じゃないわよ」

あ、と思いついたように
湶の弟は言う。

「湶は結構上手だよ」

「そうね、」

きっと、良い声で
歌ってくれるのだろう。

「所で、高子は?」

子守歌、と問われて
高子はいやいや、と首を振る。

「全く持って自信はないわ」

えーでも、と
それまで後ろでカルテを控えていた
医師見習いの稔が突然会話に入ってくる。

「自分全然歌えないからって人ほど
 歌、上手いですよね、先生!!」
「そうなのか、高子!?」
「止めなさい、そういうフリは!!」

もう!!と
高子は後ろの稔に振り返る。

「あれ?」
「………圭、どうかした?」
「いや、」

その羽根飾り、どうしたの、と
問いかけて、止める。

誰がそれを持っていたか
ふと、思い出したから。

「落ち着くところに落ち着いてくれたら
 俺は別に良いんだけど」
「だから、何が?」
「んんー、別に」

T.B.2002
彼女と彼の話。
「高子と彼」