TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「山一族と海一族」7

2015年08月14日 | T.B.1998年

 そのあとの話を、カオリは覚えていない。

 生け贄。

 ただ、その言葉だけが、頭に残る。

「カオリ!」

 ふと我に返り、カオリは顔を上げる。

 いつの間にか、外にいる。
 あたりには、誰もいない。

「カオリ」
「メグミ……姉様」

 メグミは、カオリをのぞき込む。
 かける言葉が、見つからない。

「……雨が非道い」
 メグミが云う。
「さあ、……帰りましょう」

「姉様」
「ええ」
「姉様、……私は」
「…………」

 その表情は、戸惑い。

「私は、……」
「カオリ?」

「私は、……死ぬの?」

 生け贄。

 何十年も前に、海一族から出されたのが最後だと聞く。

 何をするのかは、知らない。

 ただ、判るのは

 死ぬんだと、云うこと。

「カオリ」

 メグミはカオリを見る。

「家へ戻りなさい」
「姉様」
「あなたのお母様と一緒にいなさい」
「…………」
「いいわね」

 メグミは、カオリに歩くよう促す。

「家まで送るから」

 カオリは地面を見たまま、歩き出す。

 雨が降っている。

「さあ」
「……はい」

 カオリは歩き出す。

 が

「メグミ姉様……」
「何?」

 カオリは顔を上げる。

「大丈夫」
「え?」
「私、大丈夫よ」
 カオリが云う。
「ひとりで、家まで帰れる」
「カオリ……」

「大丈夫よ。姉様、忙しいのに、ごめんなさい」

 メグミは、カオリを見る。

「本当に大丈夫?」

 カオリは頷く。

「なら……」

 ひとりで考え、気持ちを整理したいのだろう。

「足下、気を付けて」
「ありがとう、姉様」

 メグミは、歩き出す。

 その背中を見送り、カオリも歩き出す。
 その方向は、村の外。

 …………。

 ……ああ

 私は、もう死ぬんだ。

 カオリの目から、涙があふれる。



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「海一族と山一族」4

2015年08月11日 | T.B.1998年

トーマは山に足を踏み入れる。
山といっても
海一族の集落からそう遠くない、
まだ、海一族の土地だと言える範囲の場所。

山一族が暮らす土地は
これより遠く離れているという。

トーマが採っているのは
魚料理に使うと臭みを消す
今の時期にだけ生える香草だ。

「雲が出てきたな」

雨はいつも山から下りてくる。
早く終わらせなくては、と
雲行きを見つめる。

雨が降り始めると
山全体が鬱そうとした雰囲気になる。

最近はそれが
気持ちの悪い物の様に思えて
早くここから出なくてはという気分になる。

「トーマ」
「うわっ!!」

妙な事を考えていたときに声を掛けられ
トーマは思わず声を上げる。

「なんだおい、情けないな
 こんな事で驚くな」

長の補佐を務めるミツグは
逆にトーマの声に驚いたらしい。

「ミツグさんか、
 脅かすのは止めてくれよ」
「脅かしたつもりはないし
 こんな所まで探しに来たんだ
 感謝されても良いくらいだ」
「何だ、用事ならば
 言付けてくれたらこちらから行ったのに」

わざわざこんな所まで。
山の入り口で、場所の目星は付いているとは言え
手間のかかることだ。

「山の様子を見て回るのも
 俺の仕事だしな」

ついでだ、とミツグは言う。

「そして、こんな所でしか
 伝えられない用事だ」

ミツグの言葉にトーマは改めてミツグに向き直る。

「山一族から知らせが来た、
 そろそろ、時期だ。
 心構えだけしておくように」

チヒロが言っていた。
山一族からの鳥の知らせ。
トーマは分かった、と頷く。

「まぁ、そう気を張ることじゃない」

先に降りるぞ、と
ミツグは山を下っていく。

「気を張るなと言ってもなぁ」

しばらく考え込んでいたトーマだったが

「あ」

腕に水滴を感じて
空を見上げる。

「雨だ」

山から下りてきた雨雲が
海一族の土地にも雨粒を落とし始める。


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「山一族と海一族」6

2015年08月07日 | T.B.1998年

 カオリは、待つ。

 部屋の中央に、カオリは坐る。

 壁側に、各家の長たちが並ぶ。
 反対の壁に、義母姉と、義兄。

 山一族の族長であるフタミは、まだ現れない。

「カオリ」
 
 メグミが、カオリに声をかける。
 カオリは顔を上げる。

「姉様」
「大丈夫?」

 カオリは暗い表情のまま、答えない。

 ただ、首を振る。

「この場で、大丈夫なはずがない」

 メグミの横に坐る義兄が云う。

 占師の義兄は、メグミの夫である。

「異母姉妹とは云え、君とは神経が違うに決まってる」
「ええ。そうね」

 義兄は、あからさまなため息をつく。

「まさか、こんなことになるとはな!」
「ヒロノ!」

 メグミは、ヒロノを制止する。

「その話は、フタミ様が来るまでは、」
「判ってる」

 と

 扉が開く。

 一気に、その場の空気が変わる。
 誰もが、頭を下げる。

 フタミが部屋に入ってくる。

 その表情は、堅い。

 フタミが坐ると、皆は頭を上げる。

 大きく息を吐き、フタミが話し出す。

「皆の者、また、この時期がやってきた」

「この時期……?」

 カオリは呟く。

 いくつもの一族が住む、この地。
 どの一族も
 友好面もあれば、争い合うこともある。

 山一族と領土を接する海一族。

 彼らとは
 互いに中立を守り、それぞれの場所で生活を営んでいる。

 山一族は、山で狩りをし、
 海一族は、海で漁を行う。

 当たり前のように。
 旧くから、続いていることである。

 けれども、
 一部の者にしか知られていない、こと。

 何年かに一度。
 この地が乱れる。

 自然が荒れ、
 病が流行る。

 そうなれば、両一族とも、存続が危ぶまれる。

 それゆえに、

 そう云われている時期が来ると
 どちらかの一族から、

 必ず

「カオリ=ロ=フタミ」
「はい」

 フタミに呼ばれ、慌てて、カオリは顔を上げる。

「お前に、栄誉ある役目を授ける」

 カオリは、首を傾げる。

「栄誉ある、役目?」
「そうだ」
「……えっと」

 フタミが云う。

「カオリ=ロ=フタミ。山一族からの生け贄とする」



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「山一族と海一族」5

2015年08月07日 | T.B.1998年

 雨が降り続ける。

 マユリは、屋根のあるところへ鳥を誘導する。
 鳥たちは、止まり木に集まり、身体を寄せ合う。

 雨が降る音。

 マユリは、鳥を見る。

 そこに

 先ほどまでいなかった、鳥。

 アキラの、鳥。

「……アキラ様」

 雨が降っているのもあり、あたりは暗い。
 月は、見えない。

「鳥は」
「え?」
「鳥は、無事か」

 アキラの問いに、マユリは頷く。

 マユリは、アキラに近付く。

 村の外から戻ってきたアキラは、濡れている。

 そして

 腕から、血。

「……怪我を?」

 マユリは顔をしかめる。

 アキラほどの鳥師が、怪我?

「今、水をお持ちします」
「大丈夫だ」

 マユリは、アキラの額を見る。

 雨ではない。
 汗が、流れている。

「いったい、何が」
「判らない」
 アキラが云う。
「判らない。けれども、人だった」
「まさか」
 マユリが云う。
「一族の誰かが?」

 アキラと判っていて攻撃を?

 マユリは、アキラの腕を見る。

 血が流れている。が、深いわけではない。
 かすった痕。

 マユリは布を取り出す。

「これは、毒かも……」
「毒?」
「身体は何とも?」
 アキラが答える。
「今は何も」

 マユリは、アキラの腕に布を巻く。

「毒抜きを行います」

 マユリが云う。
「もしや、……海一族が毒を?」
「その可能性もあるな」
「こんな山奥にまで、海一族が来るのでしょうか?」
「判らない」
 アキラが云う。
「どちらにしても、大事になる」

 マユリは、アキラの腕から毒を抜く。
 血と共に、瓶に入れる。

「誰だ」

 アキラの言葉に、包帯を巻いていたマユリは顔を上げる。

「誰だ!」

 アキラは、村の外を見ている。
 マユリもその方向を見る。

「見えたか?」
「いいえ。私には、何も」

 あたりは、暗い。

 雨が降り続いている。

「え?」

 気付くと、アキラが走り出している。

「アキラ様、危険です!」

 叫ぶマユリの横を、アキラの鳥が飛ぶ。
 アキラの元へ。

「アキラ様!」

 アキラはもはや、そこにいない。



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