そのあとの話を、カオリは覚えていない。
生け贄。
ただ、その言葉だけが、頭に残る。
「カオリ!」
ふと我に返り、カオリは顔を上げる。
いつの間にか、外にいる。
あたりには、誰もいない。
「カオリ」
「メグミ……姉様」
メグミは、カオリをのぞき込む。
かける言葉が、見つからない。
「……雨が非道い」
メグミが云う。
「さあ、……帰りましょう」
「姉様」
「ええ」
「姉様、……私は」
「…………」
その表情は、戸惑い。
「私は、……」
「カオリ?」
「私は、……死ぬの?」
生け贄。
何十年も前に、海一族から出されたのが最後だと聞く。
何をするのかは、知らない。
ただ、判るのは
死ぬんだと、云うこと。
「カオリ」
メグミはカオリを見る。
「家へ戻りなさい」
「姉様」
「あなたのお母様と一緒にいなさい」
「…………」
「いいわね」
メグミは、カオリに歩くよう促す。
「家まで送るから」
カオリは地面を見たまま、歩き出す。
雨が降っている。
「さあ」
「……はい」
カオリは歩き出す。
が
「メグミ姉様……」
「何?」
カオリは顔を上げる。
「大丈夫」
「え?」
「私、大丈夫よ」
カオリが云う。
「ひとりで、家まで帰れる」
「カオリ……」
「大丈夫よ。姉様、忙しいのに、ごめんなさい」
メグミは、カオリを見る。
「本当に大丈夫?」
カオリは頷く。
「なら……」
ひとりで考え、気持ちを整理したいのだろう。
「足下、気を付けて」
「ありがとう、姉様」
メグミは、歩き出す。
その背中を見送り、カオリも歩き出す。
その方向は、村の外。
…………。
……ああ
私は、もう死ぬんだ。
カオリの目から、涙があふれる。
NEXT