TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「天院と小夜子」11

2015年03月20日 | T.B.2017年

 これは、いつの頃だったか。

「砂に、情報が漏れているな」
「砂一族に?」

 幼い義弟は、顔をこわばらせ、父親を見る。

「砂一族が、東に入り込んでるってこと?」

「いや」

 父親は義弟を見て、明かりを見る。

 日は沈み、あたりは暗い。
 部屋の中の、わずかな明かりが、揺れる。

 義弟が訊く。
「この前、視察に出た宗主様の一行が、襲われたのも?」
「砂一族だ。正確に、宗主様を狙っている」
 父親が云う。
「情報が漏れているのは、間違いない」

「じゃあ、東一族の誰かが、砂に情報を漏らしてるんだね」
 義弟が云う。
「なら、諜報員と一緒だ。お仕置きだね!」

「おい」

 呼ばれて、義弟の横に坐っていた幼い彼は、顔を上げる。

「砂に情報を漏らしている者は、あらかた見当が付いている」

 彼が訊く。

「なぜ、その者は情報を漏らしているのですか」
「それを知る必要はない」
「次期宗主様は、ご存じなのですか」
 彼の問いに、義弟が続く。
「僕も知りたいなぁ。教えてよ、父さん」

 父親は答えない。

 立ち上がりながら、云う。

「お前、一家ごと息の根を止めてこい」

 そう、彼を見る。

 彼は、思わず、父親を見返す。
 表情が凍り付く。

 父親が、何かを取り出す。

「お前たちはいくつになった?」
「え?」
 義弟が答える。
「僕、この前、二桁になったよ」
 父親が云う。
「自分が前線に出たのは、お前たちより幼かった」

 さらに

「西と砂の敵がいる以上、いつかは通る道だ」

 父親は、手に持つ鋭い刀を、彼に差し出す。

「ほら」

 父親が云う。

「いつも鍛錬をしている通りだ。こつがある。……判るな?」

 彼は、動かない。
 ゆらゆらと、明かりが揺れる。

「早く受け取らないか!」

 父親は、声を上げる。
 彼の手に、刀を握らせる。

 腕を掴み、彼を立ち上がらせる。

「一家ごと、だ」
 父親が云う。
「そのあと、必ず家に火を放て。誰にも見られるな」

「でも、火事が起きたら、みんな気付くんじゃないかなぁ」
 義弟が、おそるおそる云う。
「変な噂が立つかも」

「村人には、流行病の患者が出たと伝わる」
 父親が云う。
「感染を防ぐために、家ごと燃やした、と」

 彼は、何も云わない。
 目を見開いたまま、刀を、見る。

「お前なら、出来る」



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「小夜子と天院」14

2015年03月20日 | T.B.2017年

「体調でも悪い?」

 未央子が、小夜子をのぞき込む。
 糸を紡いでいた小夜子は、小さく頷く。
「ちょっと休んで」

 未央子は、水を差し出す。
 小夜子は、それを受け取る。

 そして、空を見る。

 なんてわけじゃない。

 ただ、空を見る。

「いったい、何があったの?」
 未央子も、小夜子の隣に坐る。
 小夜子は首を振る。
「ひょっとして、ご子息様?」

 小夜子は何も云わない。

「あんな立場じゃなかったら、私が怒ってやるわ」

「……院様」

「え?」

 未央子は小夜子を見る。

「未央子は、最近、あの人を見た?」
「最近?」
 未央子は首を傾げる。
「見ないよ」
「……そう」
「ずっと前のあの日、見たっきりだよ」

 あの日。

 小夜子が、彼の名まえを知った日のことだ。

「云ったじゃない。あの人、あまり姿を見せないって」
 未央子が云う。
「あの人によく会うあなたが、不思議だわ」
「そうなの?」
「そうよ」

 未央子が訊く。
「なぜ、あの人を気にするの?」

 小夜子は答えない。

 小夜子は、空を見る。

 おそらく、先ほどと変わらない、空。

「小夜子?」

「……いつも会ってるから、かな」

「…………?」

 未央子が云う。

「もうひとつ、気になること訊いてもいい?」
「何?」
「小夜子、装飾品をしてないけど……」

「ああ」

 小夜子が答える。

「なくしちゃったの」

「なくした!?」

 未央子が驚く。

「なくしたって!」
「なくしたの」
「どうすれば、なくなるのよ!?」

 未央子は立ち上がる。

「思い当たるところを教えて! 探すから!」
「いいの」

 慌てる未央子を尻目に、小夜子は坐ったまま、淡々と云う。

「もう見つからないと思う」

「でも、小夜子のご両親が作ってくれた、」

「確かに、父さんと母さんの形見だったけれど」

 小夜子は云いながら、旧びた布を取り出す。
 それを、開く。

 そこに

「こっちが、父さんと母さんの本当の形見だから」

 ――焼け焦げた、ひとつの装飾品。

「それは、」
「あの火事のあと、誰だったか見つけてくれたの」
 小夜子が云う。
「父さんと母さん、どちらのものか判らないんだけど……」

 未央子は、小夜子の隣に坐り直す。

「こうして形見は残っているから、私の装飾品はいいの」
「小夜子……」
「ありがとう、未央子」

 小夜子は笑う。

「誰にも見せたことなかったの」

 あの人にも、ね。

 小夜子が云う。

「内緒だよ?」



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FOR「天院と小夜子」11

「タロウとマジダ」1

2015年03月17日 | T.B.2001年

あぁ、あの子、なんて名前だったっけな。

外をぼんやり見ながら彼は思った。
視線の先で遊んでいる子供の名前は知らない。
同じ村とはいえ近所の子ではないからだ。

父親の名前はかろうじて分かるけど。
まだ、村人全員を把握しきれていないな。

そう思いながら彼は作業を続ける。
彼は村で使う農具を整備する仕事をしている。
まだ見習いなので仕事も少ない。

これが本職になればいいけれど、と苦笑しながら彼は一息つく。

「ねぇ」
「うわ!!」

驚いた。

彼は思わず後ずさる。
先ほどの子がすぐ目の前に居る。

「……勝手に入ってきたらだめだよ」

はやる心臓の音を感じながら
彼は自分の作業場をあちこち指さす。

「ほら、危ないものがたくさんあるのだから
 怪我をしてしまうかもしれない」
「それは、ごめんなさい」
「うん、それで何か用事?」

お父さんのお使いかな?という彼にその子はあさりと答える。

「ううん。
 うちの修理は信頼と実績のユウジさんの所だから」

うぐっと彼は言葉を詰まらせる。
子供は正直だ。

だって、あそこは大ベテラン。
だからといってお高いわけでもなく良心価格で
とても人気の整備屋だ。

仕方ない。

彼の所にはそのユウジが急がしくて引き受けきれない時に
おこぼれのように小さな仕事が回ってくるくらいだ。

「だって、お兄さんその仕事
 全く性に合っていないものね」

「……きびしいこと言うね」

何というか、弁の立つ子どもだ。

彼はその一回りも下の子どもに
押され気味になる。

まぁ、性に合っていないのは本当の事だから。

「それじゃあ、何しに来たのかな?」
「ヒマだから、面白そうな所を
 あちこち探していたの」
「いや、ここはあんまり面白くは、ない、かな」
「そのようね」

と言いながらもその子は
邪魔にならない範囲で工房の中を歩き回る。
時間を潰しているのだろうか?
そう、彼は声をかける。

「いつもは誰と遊んでいるの?」
「弟!!お供として連れているのよ!!」

おとも。
このお姉ちゃんはやんちゃな子かもしれないぞ。
なんだか、な予感がしながらも彼は尋ねる。

「今日は弟は?お家にいるのかな?」
「お家よ。赤ちゃんが生まれたの。
 さらに下の弟よ。
 それから上の弟は母さんにべったり、なんだもん」

「父さんも、忙しそうだし」

要するに一人でさみしいという事。

「俺も弟が居るから、なんとなく、分かるかな」

と言っても彼の場合
年が離れているわけではないから少し違うだろうけれど。

遊び相手が欲しいのだろうか。

でも、正直自分では役不足だ、彼は思う。
それに知らない人の家に出入りするのは
なんというか、危ない気もする。

「お父さんたちに話して
 良いって言われたら遊びにおいで」

時間だけはある。
お茶とお菓子を出して
何ともない話をするぐらいならば。

「ねぇねぇ」
「……うん?」
「タロウって呼んでいい」
「……??」

彼は戸惑う。
呼び捨てで呼ばれることに疑問を感じたわけじゃない。

「えっと、俺、タロウじゃないけど」

問題はそこである。

でも、
小さい子供ってそんなものだ。
ニックネームというものかもしれないな。

「じゃあ、君の名前はね」

彼はそれなりに、その遊びに付き合ってあげようと、
そう思ったわけだけど。

「えーっと、俺がタロウだから、そうだな、ハナ」
「私は、マジダ!!」

時遅くその子は名乗る。

「ちょっと男の子みたいな名前だけど
 それなりに気に入っているわ!!」

「マジと呼んでくれてもOKよ!!」

「う、……うん。了解です」

その勢いに押されて、
彼は思わず敬語になる。

「じゃあ、また来るね」

その子―――マジダは座っていた台から
ぴょんと飛び降りると
たたたたーと駆けていく。

きっと自分の所は
彼女の数ある遊び場所の一つになってしまったのだろう。
それならば、危ない道具は
彼女の手の届かない所に片付けておくか、と彼は立ち上がる。

「それにしても、……タロウ、か」

昔買っていた犬の名前とかじゃないといいな、
なんとなく当たっていそうな予感に
彼は苦笑いを浮かべた。


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「小夜子と天院」13

2015年03月13日 | T.B.2017年

 何日経ったか。

 小夜子は、前に豆を並べ、庭に坐っている。
 仕事は、進んでいない。

 小夜子は息を吐く。

 あれから、彼を見ていない。

 いったい、あのあと、どうなったのだろう。
 どう考えても、怖ろしいことしか浮かばない。

「見つけた」

 ふと、声がかけられる。

 まさか。

「小夜、見つけた」

 そこに、宗主の息子。

「ご子息様……」
 小夜子は目を見開く。
「小夜、云ったよね。いなくなったら罰だって」
 小夜子は震える。
「あの……」
 震える声で、小夜子は云う。
「天院様は?」
「さあ」
 宗主の息子は、笑う。
「気になる?」
 小夜子は、宗主の息子を見る。
「天院はー、どうしたのかなぁ。父さんのところかなー」
 さらに
「それとも、砂一族の討伐に行かされているのかなー」
「天院様は」

「天院なんか、今はどうでもいいんだよ」

 宗主の息子の表情が、凍る。

「今は、小夜の罰の話だから」
「罰……」

 宗主の息子は、小夜子をまじまじと見る。
 指を、差す。

「じゃあ。……それ」

「え?」

 小夜子は、宗主の息子が指差す方向を、見る。
「小夜の腕の装飾品、ちょうだい」
「装飾品を……?」

 小夜子は自分の腕を見る。

 東一族は、ひとりずつ違う装飾品を腕に付けている。
 ひとり、ふたつずつ。
 もちろん、宗主の息子もだ。

 生まれたときに、親が作ると云う。

 つまり

「これは……」

 小夜子の、亡き両親が作ってくれた形見の品だ。

「ふうん」

 宗主の息子が云う。

「それ、くれないなら、屋敷から出て行く?」
「え?」
「もう、天院にも、会えないねー」
 小夜子はうつむく。
「それか、小夜の罰を天院に受けてもらう?」
「…………」
「どれでもいいよ。選んで!」

 小夜子は、何も云わない。

「小夜」

 宗主の息子の声が低くなる。

「早く」

 小夜子は

 ――腕の装飾品を、ふたつともはずす。

 宗主の息子に、差し出す。

「わあ。ありがとう!」
 宗主の息子は受け取り、それを、見る。

 と

「なんか、小夜のたいしたものじゃないねぇ」

 そう、笑う。

 小夜子は顔を上げない。

「でも、もらうね」
 宗主の息子は、小夜子を見る。
「どうしよっかなー」
 云う。
「水辺に行って、小夜の装飾品で水切りしよっかなー」

 小夜子は、何も云わない。

「よし。今から行ってこよっと」

 うつむいていた小夜子は、顔を上げる。

 そこに、もう、宗主の息子はいない。



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西一族と東一族 after

2015年03月10日 | T.B.1962年

「おかえり」

船着き場に辿り着いた彼女を彼が迎える。
出迎えた彼も、迎えられた彼女も
酷く疲れ果てている。

彼らの他にも村に引き上げてきた者達や
それを向かえる人々で
辺りは騒然としている。

「無事でよかった」
「お互い様。……足、どうしたの?」

出迎えた彼は足を引きずっていた。

「たいしたことないよ。直に治る。
 向こうにも腕のいい弓兵が居たんだな」

彼は座り込む。
彼女もその隣に並ぶ。

「次はあいつを倒すよ」
「……そうね、次があったらね」

「あぁ、そうか」

彼はふと思い出す。

「争いは終わったんだった」

西一族と東一族の争いは終わった。

どちらが勝ったという訳では無い。
ただ、お互い多くの犠牲を出しすぎた。
だから彼らは争いを止めることにした。

これから先、一切の交流をしないという条件で。

「実感、湧かないな」
「そうね」

2人は西一族の船着き場から
広がる大きな湖を見つめる。

敵対していた東一族の村は、その先にある。

「あぁ、でもこれでやっと
 あなたの兄さんは式を挙げられるのね」

彼女は言う。

「争いは終わったんだもの」

彼は顔を伏せる。

「……規子(きこ)も」
「え?」

呼ばれて彼女は首をかしげる。

「私も、なに?」

彼は顔を上げない。
ただ、絞り出す様に言う。

「規子も、ここに残ればいい。
 だって争いは終わったんだ」

彼女は他の村に嫁ぐ事が決まっていた。
村を守るために。

「……そうね。でも約束だもの。
 もう取り消せないわ」

それは争いが起こる前の事だったけれど、
争いが終わっても約束は生きていた。

彼女は立ち上がる。

「それじゃあ、私は行くね」

彼は顔を上げない。

「ねぇ、いつもありがとう」

そして、彼女は歩き出す。
彼はうつむいたまま肩を震わせる。


「あなたも元気でね、燕(つばめ)」




T.B.1962年