これは、いつの頃だったか。
「砂に、情報が漏れているな」
「砂一族に?」
幼い義弟は、顔をこわばらせ、父親を見る。
「砂一族が、東に入り込んでるってこと?」
「いや」
父親は義弟を見て、明かりを見る。
日は沈み、あたりは暗い。
部屋の中の、わずかな明かりが、揺れる。
義弟が訊く。
「この前、視察に出た宗主様の一行が、襲われたのも?」
「砂一族だ。正確に、宗主様を狙っている」
父親が云う。
「情報が漏れているのは、間違いない」
「じゃあ、東一族の誰かが、砂に情報を漏らしてるんだね」
義弟が云う。
「なら、諜報員と一緒だ。お仕置きだね!」
「おい」
呼ばれて、義弟の横に坐っていた幼い彼は、顔を上げる。
「砂に情報を漏らしている者は、あらかた見当が付いている」
彼が訊く。
「なぜ、その者は情報を漏らしているのですか」
「それを知る必要はない」
「次期宗主様は、ご存じなのですか」
彼の問いに、義弟が続く。
「僕も知りたいなぁ。教えてよ、父さん」
父親は答えない。
立ち上がりながら、云う。
「お前、一家ごと息の根を止めてこい」
そう、彼を見る。
彼は、思わず、父親を見返す。
表情が凍り付く。
父親が、何かを取り出す。
「お前たちはいくつになった?」
「え?」
義弟が答える。
「僕、この前、二桁になったよ」
父親が云う。
「自分が前線に出たのは、お前たちより幼かった」
さらに
「西と砂の敵がいる以上、いつかは通る道だ」
父親は、手に持つ鋭い刀を、彼に差し出す。
「ほら」
父親が云う。
「いつも鍛錬をしている通りだ。こつがある。……判るな?」
彼は、動かない。
ゆらゆらと、明かりが揺れる。
「早く受け取らないか!」
父親は、声を上げる。
彼の手に、刀を握らせる。
腕を掴み、彼を立ち上がらせる。
「一家ごと、だ」
父親が云う。
「そのあと、必ず家に火を放て。誰にも見られるな」
「でも、火事が起きたら、みんな気付くんじゃないかなぁ」
義弟が、おそるおそる云う。
「変な噂が立つかも」
「村人には、流行病の患者が出たと伝わる」
父親が云う。
「感染を防ぐために、家ごと燃やした、と」
彼は、何も云わない。
目を見開いたまま、刀を、見る。
「お前なら、出来る」
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